魔法少女リリカルなのはA’s −その想い、緋に染まる暁のごとく−

[368]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/07/28(金) 05:51:37 ID:57UZVUxl
[369]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/07/28(金) 05:53:36 ID:57UZVUxl
[370]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/07/28(金) 05:55:03 ID:57UZVUxl
[371]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/07/28(金) 05:58:46 ID:57UZVUxl
[372]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/07/28(金) 06:00:05 ID:57UZVUxl

ゆっくりと、青い宝石が落ちていく。
どこまでも、どこまでも。
果てしのない空間を、生けるもののない道程を、静かに落ちていく。

どうやら世界は、シグナムに考える時間をそう多くは、与えてはくれないらしい。
偶然が重なるということは、恐ろしい。



魔法少女リリカルなのはA’s −その想い、緋に染まる暁のように−

第五話 回帰線 前編



──あれは、いつ頃だろうか。そう、まだ主はやてと出会う、遥か昔のことだ。
夜天の書が闇の書と呼ばれるようになって、まださほど経たない、とある時代であったように思う。
……皮肉なものだ。
今までの安穏とした日々の中に思い出せなかったものが、心乱されてはじめて、
徐々に鮮明に思い出せるようになってくるなんて。


*   *   *


「シグナム、主がお呼びだそうよ。蒐集の進行具合はどうなっているか、って」

川のほとりの、小さな木陰は、照りつける太陽から逃れるには丁度良かった。
小鳥達の囀る声が時折聞こえ、涼しげな川のせせらぎの流れるその場所が、当時の私の気に入っていた場所で。
私を呼びにきたシャマルも、やはりここだったかという表情を、隠そうともしない。

「そうか、今行く」

……数百年も、昔になるだろうか。

思い返せばその頃のシャマルは──今と比べてみると殆ど、笑うことはなかった。
……そう、そうだ。思い出してみると、確かにそうだ。
ザフィーラや私も、シャマルやヴィータから変わったと指摘を受けることが、この時代に生きるようになってから、多くあったが。
一番変わったのはやはり、指摘する本人であるシャマル。そして、ヴィータであったように思う。

「ヴィータと、ザフィーラは?」

連れ立って歩きながら尋ねた私に、案の定シャマルは、にこりともすることなく、顔を向けることもなく答えてくる。

──もっとも、こう言えるのも、今の笑っているシャマルの姿を、現在の私が知っているからなのだが──……。

「ヴィータは、昨日の出撃の疲れで、部屋で眠っているわ。ザフィーラは団長さんと、警備兵達の見回り」
「そうか」
「終わり次第、合流するって。そんなにかからないだろうし、団長さんも主に呼ばれてるそうだから」
「わかった、いこう」

この時代は、戦乱の多かったベルカの地において、稀有といっていいほどに平和で、のどかな時代だった。
民達は平和に暮らし、領主達は自警団として優秀なベルカ式魔導騎士達を集め、騎士団を組織して治安の維持に努め。
ベルカの地に覇を唱える者たちが消耗した力を蓄えるため一時的に矛を収めた、戦乱の合間のわずかな安定期とはいえ、
安定し落ち着いた時間がそこには流れていた。

我々が仕える主も、そんな覇権を欲する領主の一人だった。

彼は強大な軍事力と魔力を持ち、呪われた魔導書と化していた闇の書からすればある意味、
選ばれるべくして選ばれた主であった。
度重なる戦で消耗した国力を回復させながら(その点において主は、善政を行った人物ではあった)、
優秀な魔導騎士を集め自警の騎士団によって犯罪者を摘発、私達に秘密裏に蒐集を行わせる。
当時の彼の行っていた施策・行動は、こんなところだ。目的はともかくとして、有能な領主であったといっていい。
民たちが飢えることは殆どなく、稀に出る離反者や罪人については、厳しく接していたのだから。
犠牲よりも多くの益を生んでいたことは確かである。
我々は闇の書の存在、守護騎士たる素性を隠すため、彼の指揮下にある騎士団の一員として扱われ、
彼に仕えていた。

「……残りは、100ページ弱といったところか」

暗く冷たい牢へと、繋がれる。
畜生以下の奴隷も同然に、扱われる。
碌に休息も与えられず、牛馬のごとく働かされる。
かつての私達は、そのような境遇を受けることが多かった。それしかなかったと言い換えたっていい。
けれどその時代、私達は比較的自由な生活を許されていた。

───また、主から五月蝿く催促されるのだろうな。

少なくともそんな風に主に対して思えるだけの余裕を持てる自由が、私達にはあった。

最低限、簡素で狭く、埃っぽいながらも寝食をするには困らない程度の機能のある部屋に、
到底主はやての作る食事に及ぶべくもないし、質素で質も量も到底十分ではないにしろ支給される食事。
身分の明確に分かれた、階級制度の厳しいベルカの社会において辛うじて、最下層の下級市民のレベルに
ひっかかる程度の生活ではあったが、それまでに私達が受けてきた扱いからすれば、遥かにましな生活だった。

「シグナム」
「───ん」

シャマルに促され、前方に見えてきた城門の方を見やると、「彼」が立っていた。
私達が、そうしていられたのも、それも、これも、みんな。
城門のところで蒼い身体の狼を従えて、私達の到着を待っている、
おせっかいな一人の青年のおかげだった。

彼は私達の長い生涯の中で、今日の生活を得るまでの間において数少ない、
我々が信頼し、心を許した存在だった。

その時代、確かに私達は、生まれてはじめての。
「友人」。そう呼べるだけの存在を、得ていた───……。


*    *    *


「シグナム、なにか飲み物買ってけど、あなたもいる?」

腰掛けたプールサイドにやってきたシャマルに声を掛けられ、
シグナムはちらと振り向いて首を振る。
彼女達のようにはしゃぎまわっていない分、大して喉は渇いていない。

「いや、特に動き回っていないしな。あとでいい。必要になったら自分でいくさ」
「そう?わかったわ」

椰子の木を模したらしき時計塔のほうを見ると、自分で思っていたよりも時間は過ぎていた。
忘れていた曖昧な記憶を思い出すという作業は、没頭すると随分時間を食うもののようだ。

──きっと、彼女も覚えてはいまい。ヴィータや、ザフィーラも。

シグナムが思い出したこととて、奇跡に近いことなのだ。
その現実を改めて思うとなお一層、自分達の重ねてきた業の深さ、年月の長さを実感する。

「こーら、シグナム。何辛気臭い顔してるのよ?」
「お、お姉ちゃん……なにもそんな風に言わなくても」

月村姉妹が、自分達のドリンクを片手に傍に来ていた。
忍は当然のように、その横へとすずかが一言「失礼します」と断ってから腰を下ろす。
性格はあまり似ていなくても、その仕草は姉妹らしく、実によく似ている。

「何?まだ何か悩んでるの?」
「……ああ、いや。そういうわけでは。恭也はよかったのか?」
「ええ、今はクロノくんと男同士、話し込んでるわ。だからこっちも女同士、ってことで」

正確に言えば、その悩みの原因を自覚したが故に、
憂鬱なのだけれど。そのようなことを、言えようはずもなくシグナムは言葉を濁す。

「飲み物、よかったんですか?よろしかったら、私買ってきますけど」
「いや、いいよ。すまないな」
「いえ」

頷いてみせたすずかは、手元の缶へと視線を落とし、こくこくと音を立てて喉に中身を流し込んでいく。
さきほどまで彼女達が興じていたビーチバレーはかなり白熱していたようだったから、
喉も渇いていたのだろう。
見ていると、さっきのビーチバレーの戦利品です、と笑ってみせる。
罰ゲームというか、景品というか。相手をしていたヴィータたちは、負けたらしかった。

「話くらいなら聞くから、言ってみなさいよ。言えるところだけでも」
「……」

躊躇しているのが、彼女にもわかるのだろう。
シグナムは彼女の目線に、居心地の悪さを感じた。

「……あの、私、席はずしましょうか?」
「……いや」

空気の気まずさを感じたのであろう、すずかが言うが、シグナムは頭を縦には振らない。
そんな、遥かに年下の少女にまで気を遣われては、シグナムとしても立つ瀬がない。
丁度いい機会だ──……、そう思う自分がいた。

「忍」
「ん?」
「もし、だ。もしも。もしも、お前に人を斬ることができるだけの力が、あったとしよう」
「シグナム、さん……?」

荒唐無稽な彼女の仮定に、すずかが目を丸くする。
無理もないだろう。突然自分の姉に対して
「あなたは人殺しができる、そう考えてください(意訳)」なんて言われているのだから。
しかし、言われた当の本人である忍は、いたって冷静であった。
掌中のレモンティーの缶を呷っていたにもかかわらず、吹き出しもせず、
飲み終えて右手の缶を下ろすと、こう質問をし返す。

「それは、仮定ね?仮定の話なんていくらしたって意味のないものだけど……いいわ。そう、仮定しましょう。それで?」
「ああ、助かる。それでもし───……」

一瞬、すずかのほうを見て、言葉を切ってから、続ける。
今ここにいる本人を例えに出すのは、気が引けるけれど、
深く考えてもらうためには止むを得ない。
更に、聞く者が他にいれば唖然とするような質問を、はっきりと口にする。

「もし、その力で。恭也や妹であるすずか嬢を殺めてしまったとしたら、お前はどうする、忍──?」
「……!!」
「な、あの、シグナムさん?え?」
「大切な者を、自らの手で斬ってしまったら。お前ならどうする?」

問いかける彼女の目には、忍とすずかの姉妹を通して映っていた。
「彼」にとって大切な存在であり、自身にとってもよき友人であった女性の存在を。
全ては、あの日、あの時。
彼の出撃を他の守護騎士たちとともに見送ったその日から、続いている後悔であった。

───『コーニッシュ』。『ベクトラ』。私は、赦されるのだろうか。それを望む資格が、あるのだろうか。

彼女が心中で問いかけた名に、答えるものはなく。
推し量るような目でこちらを見る忍も、二人を交互に不安そうに見るすずかも、
沈黙を貫いていた。

彼らの存在、そのものを忘却していた自分に赦しなど、あるわけがないということを知りながら。
彼女赦しを欲していた。
だから、忍の答えが、聞きたかった。
彼女なら、どうするのか。
自分以外の答えが、ただ、欲しくて。

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著者:640

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