ストロベリー・パニックのSS保管庫です。

著者:名無しさん(3-276)


昔々、あるところに王国がありました。その王国は巨大な領地を持っておりました。
その国のトップは、他国から“大王”と呼ばれ、色んな意味で恐れられてました。そう、色んな意味で。

その大王は、白くウェーブが掛かった長い髪を指で弄りながら、玉座で頬杖をついて退屈そうにしています。
この国は陽射しが強いんですが、肌は真っ白で日焼けなど皆無です。気温も高いので、服も薄い布地の白衣を身に着けてます。
「ねぇ、深雪」
名を静馬という10代の女性は、割と幼い口調で、傍らのブレーンに玉座から呼びかけました。
「何でしょう、姫さま」
優雅に蜂蜜入りのドリンクを、豪奢な造りのカップで飲みながら、宰相である彼女は答えます。大王なのに“姫”なのは仕様です。
「戦争したいんだけど」
「ぶ────っ!!!」
飲んでたドリンクを派手に吹き出し、ゲホゲホと咳き込む深雪という名の宰相。大王は足をパタパタさせて喜んでます。
「リアクションがベタねぇ、深雪」
「な・・・・・・何故、戦争を?」
お付きの者たちに床を拭かせて。その者たちを下がらせ、ようやく落ち着いてから深雪は尋ねます。
「可愛い子たちを増やすためだけど」
「分かりやすいですね・・・・・・」
この国では3桁の従者たち(全員女性です)が、大王の世話をしています。そして全員、大王に手を付けられてました。
「昔から戦争の理由なんて、そんなものじゃない?」
あっけらかーんと静馬さま。先代の国王が早くに亡くなり、10歳で即位した彼女はそれから今まで数え切れないほど戦争を行って。
そして、その全てに勝利して領土と人を得たのです。持って生まれたカリスマ性は、自国兵の力を5割増しで発揮させたのでした。
「ダメです。姫さまには、もっと内政について勉強してもらわないと」
意識的に“ツン”とした表情で深雪は拒絶します。姫の教育係でもある彼女は、何とか静馬を真人間にしたがってました。
「ねぇ深雪」
そんな宰相に声を掛けるや、玉座を降りると、正面から近づいていく静馬姫。
「世の中には、お勉強よりも大切なものって、あると思うの」
言いながら、ソッポを向いている深雪の首筋を撫でて、耳元で囁きます。13歳の時に、家庭教師として雇われた深雪は、
同い年の静馬に今と同じ事を言われて、その日の内に食べられちゃって。
今では静馬の一番のお気に入りとなり、王国でナンバー2の地位に居ます。政治などの細々とした事柄は、みんな深雪の仕事です。
「こう考えてくれないかしら? これは、課外授業。私は常に、外に出て見聞を広めたいのよ」
「ま・・・・・・まぁ」
薄い布地の上から、透けた胸の突起を撫でられて。怪しい理屈を聞きながら、妖しい気分にさせられた深雪ちゃんは、
「姫さまの教育係として、色々な経験を積んでもらう事には、やぶさかでは有りません」
と、いつもながら暴君に屈服させられました。
「じゃ、やっていいのね? 戦争」
「え、えぇ・・・・・・。だから、止めないで・・・・・・」
「OK。お礼も込めて可愛がっちゃう」
という訳で、次の日の朝まで寝かせて貰えないほど、深雪は満足させられて。1日ぐっすり寝てから、彼女は姫と共に出陣しました。


変わって、こちらは、とある小国。この国も基本的に気温は高いんですが、標高が高く、涼しい風も吹いて過ごしやすい気候です。
そんな快適な気候もあってか、人々の性格は穏やかで。その国民を治める王様は、やはり穏やかで、温厚な人柄でした。
その国は、王様の名を取って、“玉青国”と名づけられてました。たまに“玉国”と縮めて呼ばれ、
王国と掛けたナイスジョークと好評でした。

「ふぅ。国を統治するって大変」
うら若き少女は城の中で、そう言って自分の肩を、手でトントンと叩きました。従者を侍らせてマッサージさせるような、
何処かの姫とは大違いです。
「蕾ちゃん。お茶を持ってきて」
側に控えている、背の低い女の子に、柔らかい声と表情でお願いする玉青姫。命令口調というものが、この人には全く有りません。
「は────い・・・・・・って、何で私なんですかぁ? 学園も違うのに・・・・・・」
呼ばれた従者の彼女は、何故か釈然としてません。
「何、訳の分からないこと言ってるの。この国、人材が少ないんだから、しっかりして頂戴」
あくまでも優しく叱り付ける玉青姫。彼女の言うとおり、小国のここは、姫以外に有能なスタッフもおらず。
国のあらゆる事は、姫が全て1人で行なってる状態でした。そりゃ肩も凝るってものです。
「はい、お茶ですよ姫さま」
「ありがとう・・・・・・いい香りね。お茶の入れ方、上手くなってるわ」
ニコリと微笑んで、従者を褒める玉青ちゃん。茶の淹れ方は、一から彼女が教えたものです。
自分でも良く、蕾ちゃんにお茶を入れてあげるので、どっちが従者か分かりません。
「あ・・・・・・ありがとうございます!」
思わず顔を上気させながら、名君の姫に仕える幸せを噛み締める蕾ちゃんでありました。

と、
「て・・・・・・敵軍です!!」
と報せの声。その声に、ゆっくりとカップを置いて、城の窓へと向かう姫。
小さな城は山の上にあって、窓から下界が見て取れます。そこに見えるのは、自国の人数よりも多い兵が、遥か下方から見上げる姿。
山の裾野で待機している大軍を見て、
「・・・・・・静馬姫ね」
と、ただ一言、彼女は呟きました。これだけの兵を動かせる大国は、他に思い当たりません。
「あ・・・・・・あああ、あの恐怖の大王!?」
横で蕾ちゃんが、蒼白になって叫びます。他国から静馬姫は、そう呼ばれてました。
「あの、戦争しては可愛い子をひっさらって、取っては食ってを繰り返してるイナゴみたいな人!!?」
害虫と一緒にされてますが、確かに実態は、全くその通りでした。
「落ち着いて、蕾ちゃん。迎え撃つまでよ」
敵兵に目を向けたまま、毅然と姫は言い放ちます。
「私の国民を、あんな野蛮な人の所には、絶対に行かせないわ」

「ここが、玉青国? あの城を越えないと、女の子を食べられないって訳ね」
馬上から、彼方の城を見上げ、深雪に語る静馬。玉青国は山々に囲まれた場所で、攻め落とすには難しい地理にありました。
「姫さま、もう少し言葉を選んでください」
渋い表情で、やはり馬上から静馬に告げた深雪は、ガイドブックを取り出します。
「これによれば、ここは気候も穏やかで税金も無し。善政も手伝って人心も良好。
したがって多くの美少女が大量発生している、とあります」
「パタリロのマリネラみたいな国ね・・・・・・」
妙な感想を述べながら、大いに闘志を燃やす静馬姫。
戦いの火蓋は、今まさに切って落とされようとしてました・・・・・・


「よ────し! 突撃!!」
馬上から後方の兵たちに向けて宣言した静馬姫は。その瞬間、
「姫!!!」
隣の深雪にハリセンでスパァーン!、とハタかれました。
「痛いじゃないの、深雪」
頭をさすりながら振り返る姫に、乗っている馬を寄せて、胸倉を掴みながら深雪は迫ります。
「どーして何時も、先頭に立って突っ込むんですか! 少しは自重してください!」
「いいじゃないの。いつも勝ってるし」
敗北を知らない静馬姫は、常に先頭で兵を鼓舞して、力任せに突っ込むスタイルが身に染み付いてました。
姫が敵の罠にも掛からず傷ひとつ負ってないのは、人並み外れた豪運のオカゲでもあり。
13歳の頃からは、いち早く敵の企みを看破して姫に伝える、深雪という名将を得たからでもあるでしょう。
「大体、いつも言ってるでしょう! 馬に乗る時はヘルメットを被るようにって!」
「嫌よ! 髪が乱れるもん!!」
“あの大王を、こうも叱り付ける人は深雪さまだけだなぁ・・・・・・”と、兵士達(全員女性)は感心しています。
「どうして言う事を聞いてくれないんですか! いつも私が、どれだけ姫のことを、心配・・・してる・・・と・・・・・・」
胸倉を掴んだまま手と声を震わせて、下を向いて深雪が泣き出すと、さすがの静馬姫も慌てます。
「み、深雪? ほら、兵が見てるわよ? ね、泣かないで、私の可愛い深雪・・・・・・」
ポンポン、と頭を撫でながら、幼子をあやすように静馬姫は繰り返しました・・・・・・

そんな様子を、山上の城から、遠眼鏡で玉青姫と蕾ちゃんは見ておりました。
「あの女の人、泣いてますね。何があったんでしょう?」
「さあ・・・・・・。あの人たちのやる事は、私には分からないわ」
玉青姫は、ただただ首をかしげるばかりです。
「女の人を泣かせるなんて、やっぱり静馬姫って悪い人ですね。蕾、許せません!」
「そ、そうね」
何だか燃えている蕾ちゃんに圧されて、ただ曖昧に応答するばかりの玉青姫でした。

結局、深雪の進言を聞き入れて、静馬姫は彼女と共に後方で待機する事にしました(ヘルメットの件は譲りませんでした)。
「敵の出方が分からないわ。だから第一部隊の後から、距離を空けて残りの兵は動くように」
深雪の指示によって、全軍の半数が、更に幾つかの部隊に分かれて進軍する事になりました。
山の上の城までは、極めて狭く険しい道があるのみで。大軍を展開するには非常に不向きなのです。
と言っても、静馬姫の軍は百戦錬磨。それに兵の数から言っても、まだまだ玉青軍よりは多いはずでした。


「道が悪いから、途中からは馬も使えないのね」
徒歩に切り替えて山を登る第一部隊を、下方から眺めながら静馬が呟きます。
「でも、変ですね。敵兵が、全く出てこないなんて・・・・・・」
とは深雪の疑問。城を越えれば、後は無防備な町があるのみです。こちらの兵が近づいてるのは分かってるはずなのに、
城からは一兵も出てくる気配が感じられませんでした。それが深雪にすれば不気味です。

「十分に、引き付けたわね」
会心の笑みを浮かべながら、城から敵兵の様子を窺っていた玉青姫は、コントロールパネルの前で待機してた蕾ちゃんに指示します。
「来たわ。蕾ちゃん、スイッチオン!」
「はい!!!」
ポチッとな、とスイッチが押されると、城の外壁の一部がパカッと開いて。そこから出てきたものは、カラフルなボール。
山の斜面を、ポヨンポヨンと弾みながら、色とりどりのボールが転がってきます。
「・・・・・・綺麗な光景ね」
何だろアレ、と静馬は口を開けてます。
「・・・・・・でもアレ、凄く大きいですよ・・・・・・」
と深雪。遠くから観てると分かりにくいんですが、ボールの直径は2メートル。ソレが勢いを付けて転がってくるから大変です。
「きゃああああああ!!?」
悲鳴を上げながら、斜面を駆け戻る先頭兵士たち。何人かは逃げ遅れて、ボールの下敷きになりました。
「あ、死んだかな?」
「・・・・・・いえ、無事みたいです。あのボール、かなり柔らかいですね」
地面にメリコミながら、それでもピクピクと、ボールに轢かれた兵は動いてます。
「怯むな! 剣で突き刺せ!」
逃げようとする馬を押さえながら、後方の部隊は前方へと指示します。勇敢な兵士が腰溜めに剣を突き立てると、ボールは割れて!
中からは、ドロリとした粘液が、勢い良く噴き出して。四方八方に飛び散った液体は、そこらじゅうの兵士を汚していきます。
「キャ──────!!! 白くてネバネバする──────!!! 変な匂い──────!!!」
ボールの中に詰められていた液体は、何か良く分からない理由で、兵士たちの生理的な嫌悪感を引き起こしました。
転がってきたボールは、岩などに当たって、次々に割れていきます。そのたびに噴き出す白い粘液に、兵士達はパニックを起こして。
「て、撤退! 撤退よ────!!」
百戦錬磨の静馬軍は、今やベソを掻きながら山を降りていきました。
「・・・・・・ね? 様子を見て良かったでしょう?」
「う・・・・・・うん」
深雪の言葉に、静馬は頷くしかありません。
「あれが髪に付くのは、嫌だなぁ・・・・・・」

玉青姫。またの名を、後世の伝記作家は、こう記しています。玉王(たまおう)と。
The king of a ball.彼女は歴史上、もっともタマとアタマを使った王であったと、その伝記には書かれていました。


「やったあ! 敵が逃げて行きます」
嬉しそうに下界を見下ろす蕾ちゃん。今さらながら、この装置を作った姫の頭脳に感心しています。
「これで国まで帰ってくれれば良いんだけど・・・・・・そのつもりは無さそうね」
玉青姫の言う通り、静馬軍は再び、最初の位置に兵を戻して城を見上げていました。
「それにしても、凄い光景ですね。白濁液だらけで、足の踏み場も無いくらい・・・」
ボールが転がった一帯からは、何だか変な匂いまで届いてきそうです。
「大丈夫よ。放っておけば土の養分になるから」
「・・・・・・あの粘液って、何で出来てるんですか?」
「知らない方がいいわ・・・・・・ふふふっ」
そう笑った玉青姫の横顔が、とってもブラックなものに思われて、蕾ちゃんは少々ゾッとしました。
「で、でも凄いですね! あの“恐怖の大王”をヘコませたし!」
何だか怖くなった蕾ちゃんは、意識的にハシャいだ口調で話題を変えてます。
「それも、あんなに相手をオチョくった完勝で! あんな勝ち方、姫さまにしか出来ません!」
従者からの絶賛の前で、しかし姫の表情は、やや憂いを帯びて。次の言葉は、蕾ちゃんにとっては意外でした。
「別に凄くないわ。・・・・・・人が死ぬのが怖いだけ」
ひとつ、溜息をついた後で、蕾ちゃんに対し、
「情けない王様でしょ?」
そう言った玉青姫の笑顔は、実に気弱になってます。
「そんなこと無いです! そんな優しい姫さまだから、みんな慕ってるんです! 蕾だって姫を・・・・・・」
「・・・・・・ありがとう、蕾ちゃん。大好きよ」
従者の頭を撫でながら、しかし、姫の心は晴れませんでした。
“あの大軍が、犠牲を恐れず突っ込んできたら・・・・・・。何人、死ぬのかしら? 私の軍と、向こうの軍は・・・・・・”

時は夜。静馬軍は見張り番を立ててから、めいめいに寝袋やテントによって野宿しています。
山の裾野に張られたテントの中で、特大のものが1つあって。中にはダブルベッドが“でん!”と置かれてます。
使っているのは、モチロン王国のナンバー1とナンバー2。深雪と静馬姫は2人きりです。


「兵の士気は最低です。“汚れちゃった・・・・・・”と、何だか深刻に泣いてる子が、山ほど出てます」
毛布の中で、深雪は姫に報告しています。
「“あの粘液に満ちた道は、もう進みたくない”だとか、泣き言ばっかりです。片っ端からビンタで活を入れましたけど」
「んー。まともに戦えれば、私たちが負けることは無いんだけど・・・」
ころん、と仰向けになりながら静馬姫。裸の胸は動きに伴い、弾むように揺れました。
「向こうも知ってますよ、それは。だから城に篭って兵も出さず、トラップを発動させて」
ここで一旦、言葉を区切って。
「我が軍のプライドをズタズタにしたんです。それも、敵も味方も、1人の犠牲者も出さずに。大したものですわ、あそこの姫は」
皮肉な口調で、姫に現状を説明しました。つまり、このまま帰国すれば、王国の威信は地に堕ちると深雪は言ってるのです。
“無敗だった静馬姫は、小国の天才策士に完敗し、情けを懸けられて命は助けられた”と、
後世にまで、尾ひれの付いた噂が残りかねません。
「姫の威光が衰えれば、反逆の徒も出てきます。最初の動機はどうあれ、始めたからには、この戦いには勝たないといけません」
「かと言って、勝ったとしても私たちの被害が大きかったら、それはそれで国の衰退に繋がる・・・・・・か」

むー、と軽く唸って。
「どうしよっか、深雪?」
今度は寝返りを打って、体を彼女に向けて、軽ーい口調で尋ねる姫でした。
「考えるのは私なんですね・・・・・・」
「今回、力押しの戦いは有効じゃない。やれば最終的には勝つと思うけど、ダメージが大きすぎる」
不満げの深雪に、淡々と語る姫。やや考え無しの所はあっても、彼女は単なる猪武者では無いのです。
「だから深雪の頭脳が必要なの。ねぇ、あるんでしょ? 策が」
戦(いくさ)とは、要は勝てば良いのだと、姫はドライに割り切ってます。深雪の智謀に助けられた事は、過去に何度もありました。
「知りません。他所の国の女の子集めに夢中な人なんて」
プイ、と、姫に背を向けて。そのまま黙ってるのは、本人も気付いてないかも知れませんが、深雪なりの姫への甘え方なのでしょう。
「み・ゆ・き」
つつつー、と小指を、彼女の真っ白な背中で滑らせながら。クスクスと姫は笑います。
「分かってるでしょう? 私が必ず、最後には貴女の元に帰るって事は」
背中を弄られながら、深雪は黙ってますが。声が出ないように耐えているのは丸分かりです。
「ま・・・あ・・・、考え付いた事は・・・・・・あります・・・・・・けど」
やけに途切れがちながら、何とか深雪は言い終えました。
「・・・・・・でも、策というよりは博打です。成功するかどうか」
「博打は大好きよ。やってみましょ?」
会議は終わりです。彼女達はベッドで、最も大好きな事に、遠慮なく没頭していきました。


翌日、深雪の指示によって、何人かの兵は奔走させられました。
やっつけ工事で、木造の小屋を作らされ、そこは簡易の“工房”となりました。
「これだけの大きさの、大理石が必要よ。そして工具一式を至急、取り揃えて」

「何か始めましたけど・・・・・・何なんでしょう?」
城から遠眼鏡で、下方を覗きながら不思議がる蕾ちゃん。
小屋をカバーするように、大勢の兵が常に取り囲んでて、何をしてるかは見えません。
「分からないけど・・・・・・こっちからは動きようが無いのよね・・・・・・」
玉青姫も小屋で何が行なわれているか、気になってますが。それを確かめるために大軍めがけて出陣するバカも居ないでしょう。
数日後、小屋の中には入れ替わり立ち代わり、人が出入りを始めて。何かを中に運んでるようですが、周りの人間が多すぎます。
何が運び込まれたのか、何人が出て入ったのか、上からは窺い知れない状況です。

ある日の朝。全く静馬軍が攻めてこないので、玉青姫はノンビリ入浴中でした。やっぱり朝シャンは気持ちよいものです。
「ひ・・・・・・姫さま! 姫さま────!!」
そこに慌てて蕾ちゃんが踏み込んできます。平和なときは、2人はお風呂でイチャツク仲ですが、今の従者は服を着たままです。
「どうしたの!? 敵が攻めてきた? さっき私が見た時は動いてなかったけど」
湯に浸かりながら、彼女の様子にビックリの玉青ちゃんです。
「敵が来たら1番のボタンを押すようにって言ったでしょ? 音楽を聴きたかったら2番のボタン。オヤツが出るのは3番よ?」
あらゆる事態を想定して、どのボタンを押せば良いか事前に説明してた姫は、もう一度それを繰り返しました。
「そうじゃなくて、敵が・・・・・・敵が・・・・・・」
アワアワするばかりの蕾ちゃんは、ちょっと深呼吸してから報告します。
「帰っちゃいました! 一兵も残らず!」
ザバァッ!、と音を立てて、玉青姫は湯船から立ち上がりました。

“引き揚げた・・・・・・? あの静馬姫が、こうも簡単に・・・・・・?”
遠眼鏡で確認しながら、それでも玉青姫は、事態が信じられません。
姫が見ている前で静馬軍は、もと来た道を戻って、小山を越えて去っていきました。
ひょっとしたら、小山の向こうに待機してるかも知れませんが、
玉青姫の城まで続く山道付近までは何時間も掛かる距離です。わざわざ後退する理由が分かりません。
「勝った・・・んでしょうか」
同様に信じられない表情の蕾ちゃん。玉青姫は、その時になって、あの木造の小屋が取り壊されてる事に気付きました。
“そういえば、あの小屋も訳が分からないわ。・・・・・・中で何をしていたの?”
小屋のあった辺りに視線を向けると。引き揚げていく大軍にばかり気を取られていた姫は、初めて、あるものを確認します。
「あ・・・・・・あれは!!?」


「姫さま、危ないですってば! 回収は私たちが行ないますから・・・・・・」
「いいえ、私の目で確認します! 大丈夫よ、伏兵もいないみたいだし」
蕾ちゃんを含めた少数の従者と共に、城から出て山道を下り、玉青姫は小屋が元あった場所へと向かいました。
そこにあったのは、神が創ったとしか思えないほどの、美しい大理石の彫像です。
「何て・・・・・・素晴らしい・・・・・・」
彫られていたのは、1人の少女の姿。まるで舞踏会に行くようなドレスを着ています。下方は裾の膨らんだスカートで、
すっぽりと足は隠れた姿。彫像の底辺は、モビルスーツのジオングのような状態で安定してます(だから直立できるのです)。
フィギュアを持ってれば、2足キャラは土台無しでは直立が難しいということが、良く分かるでしょう。
ちなみに彫像の底面は、ただの石です。スカート内部までは彫られてないので、引っくり返してもパンツは見えません。
「ホントに凄いですね・・・・・・国宝級ですぅ・・・・・・」
蕾ちゃんも目を丸くしてます。これが小屋の中で作られたのなら、どんな人が彫ったんだろうと思考中です。

そんな蕾ちゃんの横で、うっとりと玉青ちゃんは、彫像の顔を見つめてました。
“何て・・・・・・可愛い瞳・・・・・・。唇も柔らかそう・・・・・・”
自分と背丈も変わらない少女の彫像は、微笑みを持って姫の視線を受け止めます。
“そして、スカートの前で恥ずかしげに組まれた指先の可憐さ・・・・・・! ああ、何かしら? この胸の高鳴りは・・・・・・!”
「はぁぁぁぁん!! たまりませんわ!!!」
「姫さま!!?」
何やら発作を起こした姫さまを、一同がギョッとして見つめます。
「あ。だ、大丈夫よ。さぁ、お城まで持っていきましょう?」
遠目に見た時から、この彫像に惚れこんだ姫さまは、お城の中にコレを飾ろうと即断していました。
「でも、本当に良いんですか? 敵が残したものなんて、あからさまに怪しいですけど・・・・・・」
蕾ちゃんとしては玉青姫の、彫像への入れ込みようが、何だか面白くありません。
「何を言ってるの! こんな美しいものが怪しいなんて失礼でしょう! ほら手伝って」
明らかに理性が飛んだコメントを残して、玉青姫は彫像を動かそうとしています。
「いえ、力仕事は私たちがしますから! 第一、大理石の彫像って重いはず・・・・・・ってアレ? 意外と軽い・・・・・・」
「好都合だわ。みんな、頑張って運んでね!」
こうして姫の声援のもと、少女の姿をした彫像は、お城へと運ばれていきました。

その夜。姫の寝室に置かれた彫像(“この子に見つめられながら、毎晩、眠りに就きたいわ”というのが姫の希望でした)は、
中からカチャリと音がして。背後のスカートの辺りから、フタが開くように彫像の一部が取れて。
彫像の中からは、何者かが出てきます・・・・・・


“あ・・・・・・暑かったですー!”
彫像の内部は空洞になっていて。そこから汗だくで出てきたのは、静馬軍の1人、千代ちゃんです。
一応、ちょっとした覗き穴と空気穴はあるんですが。彫像の中は通気が悪く、蒸し風呂のようなものでした。
今回の作戦で千代ちゃんが選ばれたのは、単純に静馬軍の中で、最も体が小さかったからであります。
やけにスカートが膨らんだ造りだったのは、人が入るスペースを用意するためでした。

“ううう・・・・・・まだ頭がボーッとします・・・・・・”
寝室に彫像が運ばれたのは、まだ日も高い頃で。部屋は無人の時間帯もあったし、
彫像から出て、ベッドの下に隠れる事も出来たかもですが。
万が一にも見つかってはならじ!と、生真面目な千代ちゃんは中でガマンしてたのでした・・・・・・午前2時まで。
もっとも現在、彼女は意識が朦朧としてて、かなりヤバイ状態です。
“向こうの姫さまを押さえなきゃ・・・・・・。今なら、もう寝てるはず・・・・・・”
足音を立てないようにと、それだけを考えて、ベッドの方へと向かう千代ちゃん。その耳に聞こえてきたのは、可愛らしい嬌声。
“ん・・・・・・?”
徐々にハッキリしてきた意識の中で、ぼやけていた視界も戻ってきます。その千代ちゃんが見たのは、姫と従者が絡み合う姿。

ランプの薄明かりの側で、従者をうつ伏せに寝かせ、体をいじくり回す玉青姫。
彫像の中で、半ば気絶してた千代ちゃんは気付いてませんでしたが、もう2人は何回戦も励んでおりました。
「ふふ・・・・・・蕾ちゃんの蕾は、可愛いわね・・・・・・。薔薇の色だわ・・・・・・」
「やぁん・・・・・・じらさないでください。姫さまぁ・・・・・・」
“つ・・・・・・蕾ちゃんの蕾って?! 薔薇って?!!”
カルチャーショックを受けて、千代ちゃんは金縛りとなってます。
「あら?・・・・・・」
人影を感じて、千代ちゃんに目を向ける、玉青姫と蕾ちゃん。たっぷり3秒、間は空きました。
「キャ────!! あなた、誰!!?」
「ご、ごめんなさ────い!!!」
何故か道徳的に、謝らずには居られなかった千代ちゃんに対して、
「おのれ、曲者!」
枕の下から短剣を取り出し、豹のような身のこなしで、ベッドから飛び掛かる蕾ちゃん!
闖入者の心臓をめがけて短剣は振り下ろされます。
すっ、と目を細めたのは千代ちゃん。刃物を持った相手の右手を、正面から左手で、内側から逆手に捕って。
円を描くように、右手を添えて外側へと“ぶんっ”と振ります。
ベスト・キッドでミヤギさんが教えた、ワックスがけの“レフト・サークル”な動きです。
「ひゃああああああ!!?」
愉快なまでの勢いで、千代ちゃんの左方へと素っ飛んでった蕾ちゃん。呆然としている玉青姫に近づくと、
投げの瞬間に右手で蕾ちゃんから奪った短剣を、千代ちゃんは喉もとに突きつけます。
「姫さまの命が惜しくば、城のトラップを解除してください!」
こんな状況でも敬語を忘れない千代ちゃんは、彼女の家に代々伝わる、武道の後継者でありました。
「だ、駄目よ! 蕾ちゃん、言う事を聞いては駄目!!」
姫の必死の声に、しかし床に倒されてた蕾ちゃんは、哀しげに裸体を起こして。
「ごめんなさい・・・・・・蕾は、姫さまの事が大事です・・・・・・」
うなだれると、コントロールパネルに向かって歩き出し、全ての装置を停止させました。


姫を人質とした千代ちゃんの指示によって、城の上部では火の点いたタイマツが振られ。
小山の向こうで待機していた静馬軍は、合図を確認した偵察部隊を先頭に、悠然と戻ってきます。
朝日が昇る頃には、無血開城によって、静馬姫は玉青国に足を踏み入れてました。

「悔しいわ・・・・・・あんな人の所に、民を連れて行かれるなんて・・・・・・」
城の窓から下界を眺めながら、玉青姫はボヤキが止まりません。
町に自ら出向いて、品定めを済ませた静馬姫は、数百人ばかりの美少女たちを連れ帰っていきました。
しかも玉青姫が魅せられた彫像も、持ち去られてしまって。あの少女の彫像を城に入れた事が敗因でしたが、
それでも姫は、あの芸術品への未練を断ち切れませんでした。姫の側では蕾ちゃんが、一生懸命、慰めてます。
「でも、みんな結構、喜んでましたよ。『キャー、静馬姫って素敵!!』とか言いながら」
「言わないで・・・・・・それも何か、イヤだから・・・・・・」
しかし被害と言えば、それくらいで。向こうの属国になる事も無く、
これまで通り、玉青姫は国を治めて行くことが出来ます。その事が蕾ちゃんは嬉しいようです。
「それに、引き換えに百人ほど、静馬姫は配下をコッチに残していきましたし」と、蕾ちゃん。
「『この子たち、玉青姫に心酔したみたい。だからプレゼント』ですって」
「トレーディングカード感覚・・・・・・?」
玉青姫は、まだ何か釈然としてません。

「でも・・・・・・誰も、死にませんでした。それは、姫さまの手柄です」
力強い口調の蕾ちゃんに、“え?”と驚く玉青姫。
「あの乱暴な静馬姫が、あんなに平和的に、配下まで与えて去っていくなんて。絶対、姫さまに影響されたんです」
玉青姫は、首をかしげてますが。蕾ちゃんの中では、それは確信と言えるものでした。
「そうかしら・・・・・・? でも・・・・・・まあ」
数瞬、考えてから、
「あの人に、いい影響を与えられたなら嬉しいわ・・・・・・世界が平和になるし、ね」
そう言って、蕾ちゃんと顔を見合わせると。玉青姫は初めて、従者と一緒に、明るく笑いました。
「どう、蕾ちゃん? 今は静馬姫のこと、少しは好きになった?」
戦いが始まる直前に、彼女が激しく静馬姫を批判してたのを思い出して、玉青姫は尋ねます。
「いいえ、ハッキリそしてキッパリ嫌いです」
と、そこは1ミリも譲らない蕾ちゃんは、途端に顔が赤くなって。
「だって、あの侵入者に聞かれちゃったんですよ? つ・・・・・・蕾ちゃんの蕾は、薔薇色だとか・・・・・・」
はぁ────、と深く溜息をつく姫と従者でした。
「そうだったわね・・・・・・。静馬姫に、あの子が変なことを話さなければいいけど・・・・・・」
そして姫は、蕾ちゃんに悪いと思いながらも、もう一度。あの彫像の、優しい微笑みを思い返してました。

「いやー。大漁、大漁」
ホクホク顔の静馬姫と、そんな姫にジト目を向けた深雪は、兵を率いながら馬で帰国中です。
「それにしても凄かったわね、あの彫刻。まるで生きてるみたいじゃない」
と彼女が褒めるとおり、玉青姫の心を奪った像を彫ったのは、宰相の深雪でした。作戦の結果を考えれば、悪魔的と評すべき技術です。
彫像について深雪は、“もう不要だから捨てましょう”と言ったんですが。“もったいないわよ!”と姫の命令で、兵士に運ばせてます。
「大したことじゃありません。あんなもの、嗜みの一つです」
「いや、普通、アレ1日じゃ彫れないって。どれだけミケランジェロが苦労したと思ってるのよ」
時代考証を全く無視したセリフを吐きながら。内心、静馬が恐れていたのは、
深雪が独力で大理石の、彫像内部の空洞をくり抜いたという事実です。
彫像を壊さぬよう、細心の注意を払いながらの作業で、それには2日掛かりました。
“あんな細い腕の何処に、そんな膂力があるのかしら・・・・・・”
深雪の事は、なるべく怒らせないようにしよう。そう思う、ちょっとドキドキな静馬です。
「それにしても、彫刻を彫った小屋だけどさ。ずいぶん厳重に警備してたわよね? そんな必要あった?」
「理由は3つあります。1つは、私が作っていたものが何か、万が一にも悟らせないため。城から私たちは見られてました」
「何で分かるの?」
「城の窓辺りから、遠眼鏡で見てたんでしょう。日光を反射して、キラキラ光ってるのが見えました」
はぁー、と静馬姫は感心しています。そんな彼女に、“それくらい気付けよ・・・”と、深雪は少しオカンムリです。
「モノが何か分からないよう、焦らしに焦らせば敵も興味を持ちます。興味を持ってくれないと、この作戦は成功しませんから」


「理由の2つ目は?」
「小屋に入る人間が誰か、認識しにくくするためです。あれだけの人数が周囲に居て、しかも出入りが多ければ」
ここで珍しく、いたずらっぽく笑って、
「小屋に入った人間が1人、出てこなくても分からないでしょう?」
と深雪ちゃん。彫像の中に入れば、その人間は、確かに小屋からは出てこれません。
「じゃ、最後の3つ目教えて?」
「小屋があった位置を、敵に印象づけるためです。どうせ小屋は取り壊す予定でした」
少しでも姫の勉強になるようにと、深雪は丁寧に説明します。
「今まであった建物が、ある日、急に無くなれば驚くでしょう。小屋の残骸の前に彫像を置けば、注目されやすかったんです」
「そんな事しなくても、小屋の前にでも彫像を置けば良いんじゃない?」
「駄目ですよ。普通、思うでしょう? “あの小屋の中に、兵が居るのでは?”って」
水が流れるように、よどみなく深雪は語りました。
「変に警戒されて、時間を掛けられては困るんです。像の中に居る子が死んじゃいますから」
「色々、考えてるのねぇ・・・・・・」

「まあ、運も良かったんです。あの像が宝物庫にでも入って、鍵を掛けられれば策は失敗したでしょうし」
そう肩をすくめて見せる深雪です。が、
「・・・・・・でも、無かったわよね。あの城に宝物庫なんて」
それすら深雪は予想してたんじゃないかと、静馬は疑いたくなります。
「あの国には、税金が無い。お城にあった昔からの宝物は、換金していったんだろうね。重税を課して贅沢する王も居るのに・・・」
そんな事なら、あの彫像は、玉青姫にあげても良かったかなぁ。そう思ってる静馬姫です。
「国の大きさや戦歴よりも、大切なものってあるのね。どれだけ民を愛し、幸福を願い、守っていくか・・・」
独り言のように、そう呟く静馬姫を、ちょっと驚きながら深雪は見つめてました。
「名君、だったわね・・・・・・まさしく」
そう言った姫に、好機到来と見て、深雪は話してみます。
「姫。戦争の件ですが・・・・・・これからは程々に、お願いします」
「うん・・・・・・そうする」
思いのほか、素直な返事が返ってきました。なので続けて、言ってみます。
「そして、内政にも力を入れてください・・・・・・あの、玉青姫のように」
「いいわ・・・・・・。だから、色々と、これからも教えてね。深雪・・・・・・」
最高の展開です。内心、握りこぶしで、ガッツポーズを決める教育係・深雪でした。

「ところでさ。あの彫刻って、モデルは居るの?」
ふと気になって、静馬は尋ねてみました。
「特に居ません。そこらに居る庶民の、やたら元気なドジッ子タイプをイメージしたら、ああ成りました」
何故か敵意すら込めた口調で、深雪は答えます。
「玉青姫は、普通の民を愛する方です。ああいう聡明な方は、頼りないドジっ子に萌えるかと思いまして・・・・・・」
そこまで言ってから、急速に不安そうな表情となった深雪は、
「・・・・・・姫さまも、ああいう子が、お好きですか?・・・・・・わ、私などより・・・・・・?」
おびえたような目を、姫へと向けてます。
「・・・・・・ううん。もし私が王で無くて、違う世界、違う人生を生きてたら、ああいう子と結ばれたかも知れないけど・・・・・・」
言いながら、優しい視線を返す静馬姫は、
「今の私に取って、一番は深雪よ。貴女以外は、考えられない」
と、心からの愛の言葉を述べました。これで暫くは、愛人めぐりにも深雪ちゃんは寛容でいられるでしょう。
「それにしても、今回の功労者は千代ちゃんって言ったっけ? 将軍に出世させるべきよね」
と、姫は恩賞について考え出しました。
「直々に褒めてあげたいな。今、何処に居るのかしら?」
「それが、体調を崩して、今は馬車で寝込んでます。良く分からないんですが、“バラのつぼみ”がどうとか、うなされてるようで・・・」
「それは興味深いわね。いいわ、私が後で、詳しく話を聞いてみる」・・・・・・
こうして、色んな事がありながらも。様々な愛が絡み合った(?)、今回の戦いは、幕を閉じたのでした。


こんなオチで良いのかな?(疑問形)

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