帝国の竜神様 異伝 ゼラニウムの物語 その三

 この世界において、街というのは城壁で囲まれているのが普通である。
 竜を頂点とする人類以外の敵がいる事と、飛行魔法と転移呪文の存在はこの世界における街の作り方に多大な影響を与えていた。
 空を飛ぶ敵に対して城壁に多数の塔を作り対空の櫓とし、塔そのものの配置で魔法結界を張って転移魔法を妨害する。
 イッソスの街もそれに習い港を除き三重の尖塔付き城壁に囲まれていた。
 イッソスの墓地はその城壁から外れた所に作られている。
「墓場のアンデッド退治……
 なんで私はここにいるのかしら?」 
 ベルの恨み節が聞こえるが辰馬は聞こえないふりをしてほつりと一言。
「いや、別についてこなくても……」
「わたしが、ギルドに顔出してこの仕事の了解取って来たんでしょうが!
 しかも報酬前払いで、辰馬は勝手に女抱いてるし!
 ええ!
 ここで帰ってあげましょうか?」
 猫耳の聴力を舐めていた辰馬はベルの逆鱗に触れる。
「ごめんなさい。
 私がわるうございました」
 土下座して謝る辰馬。
 内海には嫌味を言われながらも、街から離れる訳でもなく冒険者の宿の主人とのコネは作っておいた方がいいというベルのとりなしでこうして墓地にいるのだから、辰馬は地面に頭をつけて平謝りするしかない。
「まぁ、ベルさんも機嫌を直して。
 辰馬さま。改めて依頼の確認をしたいのですが?」
 二人では心伴いというので内海の命を受けたメイド姿のリールがベルをとりなすが、シュールな事この上ない。
 なお、獲物はベルがダガー、リールがハンドアックスとバックラー、辰馬が軍刀と拳銃に手榴弾数個。
 リールのハンドアックスは戦闘用なのだが、商館に来てからはおもに薪割りに使用されている。
 その切断面の鋭さから相当の使い手であるのは分かるが、何でメイド姿なのかというと。
「私はメイドですから」
 と良く分からない答えを返されたので、辰馬はそれ以上突っ込まない事にしている。
 なお、辰馬の銃をはじめとする帝国製の武器は、異世界の人間の手に渡るのを恐れて商館外に出る時は渡されていない。
 あくまで辰馬がもっている拳銃は私物だし、手榴弾も大陸で使われた事になっているのを大事に背嚢にしまっているだけである。
 それを内海館長がとやかく言わないのは、辰馬を信用し現場の判断と割り切っているのか面倒なのか、多分両方だろう。 
 三人の他にも冒険者の宿で雇われた連中がいるが、辰馬とリールの場違いさが冒険者達を遠ざけた。
 身分の分かるものを一切取った軍服の上にレザーアーマーをつけ、背嚢を背負った姿の辰馬。
 黒の長袖にロングスカートのメイド服の上にやはりレザーアーマーをつけ、更にエプロンとカチューシャをつける武装メイドな犬耳リール。
 ベルもレザーアーマーのシーフ姿なのだが二人の姿を気にしているように見えない事が、彼女も似た者として他の冒険者に扱われていた。
 ちらちらと見る視線が「こいつら何でこんな場所に居るんだろう?」と言っているが気にしたら負けである。
「アンデッド退治って話だが、まず幽霊自体を未だに信じられんのだが」
 起き上がって、まだ幽霊に懐疑的な辰馬にベルが呆れた顔で口を開く。
「まぁ、現物を見ればいやでも認識するでしょ。
 来る前にボルマナさんが話した事は覚えてる?」
「ああ、マナ汚染の被害の一つだっけ?」
 魔法は世界に満ちているマナを使う事によって行使される。
 だが、その行使によって行使されたマナに使用者の意思が込められてしまう。
 そして、その意思が込められたマナを別の誰かが使用した場合、使用者の意思が込められたマナより弱かった場合そのマナの意思に使用者が染められてしまう。
 この現象をマナ汚染という。
 そして、この世界では魔法が戦争にはるか昔から行使された結果、圧倒的な悪意がマナに込められてしまっている。
 それは潜在的に人間の意識に染まって悪意を根付かせ、その悪意が更なるマナ汚染を引き起こすという悪循環を引き起こしていた。
 その為、西方世界では朝に浄化の歌と呼ばれる清らかな呪歌を歌ってマナを浄化するという行為を魔術協会が主導して行っている。
 話が逸れたが、そんな意識あるマナに依り代があった場合どうなるか?
 たとえば死体とか。
 アンデッドというのはこうして出来上がる。
 土葬で眠る死体に取り付いたらゾンビに。
 火葬で骨だけに取り付いたらスケルトンに。
 意識だけでマナを糾合した場合ゴーストに。 
 当然、何も無い意思だけで依り代を作ったゴーストは一番たちが悪く、強さでワイトなどと呼ばれたりもする。
 だからこうして墓地に定期的に湧くアンデッドを退治する事になる。
 集められた人間は僧侶や、カッパドキア共和国から練習目的の騎士を中心とする兵士達数十人。
 魔術協会から派遣された魔術師が十数人。
 で、本来なら盗賊ギルドが集めるはずの墓地周辺で逃げ出すアンデッドを見つけて潰す冒険者達数十人。
 三人は外周周りの一つに他の冒険者と共に配備されているのだが、見るからに他と違う三人を他の冒険者達は「貴族のぼんぼんのお遊び」と見ている事を三人は知らない。
「あ、シンドー様。これを」
 ベルと共にリールから渡される指輪。
 見るとリールの手にも同じ指輪がつけられている。
「テレパス封じの指輪です。
 ゴーストやワイトはテレパスで人に乗り移りますから」
 遠目で見ていた冒険者達がざわめく。
「いつも思うけど、あんたの雇い主って本当にお金持ちよね。
 これだけで、金貨五枚はすると思うけど」
 帝国製の武器を使うことについては制限がかけられているが、こちらの世界の武器防具については金で買える物ならばほぼ無制限で高品質なものを内海は支給していた。
 三人が使っているレザーアーマーも高品質の皮だし、ベルのダガーとリールのハンドアックスも出る前に武器屋で砥いでもらっていたりする。
 そんな感覚なので三人で金貨15枚と頭で計算を終えた辰馬が気だるそうに言ってのける。
「たった金貨15枚じゃないか。
 あれ?
 俺、地雷踏んだ?」
 背後の殺意を明確に感じたのだろう。
 とはいえ、イッソスの奴隷市場で黒長耳・獣耳族を全て買いあさっている帝国から考えると、金貨15枚というのははした金に過ぎないのも事実だったりする。
 有り余る金銀を本土に持ち帰ってイッソスで貨幣不足を起し経済を崩壊させたくないので、既にダコン商会との間では手形取引で応対していたりする。余談だが。
 リールが辰馬をたしなめながら今度はポケットから何かを取り出す。
「これからは、そういう発言もお控えになってくださいませ。
 あとこれを。
 舐めている間肉体が強化される飴です。敵と出会ったら口に入れてください」
 背後の冒険者達の視線が呆れに変わる。
 この飴状強化薬も一服金貨10枚という高級なものである。
 なお、今回の依頼の報酬は金貨二枚(前金一枚)、アンデッドを倒したら別途報酬が金貨数枚ほど入る。
 金貨二枚というそこそこの冒険者なら一月程度暮らせる依頼なのだが、現在三人が使っている金貨は45枚。
 なんでお前らここにいると冒険者達の突っ込み視線がとても痛い。
 ふいに暗闇に光が灯り、次々と墓場のあちこちで連絡の笛が鳴らされる。 
「始まったな。
 こんなにアンデッドはいるのか」
「人は生きている以上、いつかは死ぬものですから。
 けど、多いですね」
 リールの声に少し戸惑いがみられる。
 魔術師が墓地全体に結界を張って魔力をぶちこんで、覚醒中や覚醒途中のアンデッドを顕在化させる。
 それを騎士と兵士達が討ち取る段取りなのだが、いつも沸くのは多くて十体。
 笛の音と剣戟の位置を人以上の聴力を持つ犬耳のリールは割り出し、顕在化したアンデッドは十数体と判断する。
 隣でやはり人以上の聴力を持つ猫耳のベルも同じ判断をしたらしい。
「やばいかもしれない。
 下手したらこっちに来るかも」
 ベルが呟いたその時に三人の近辺から笛がけたたましく鳴り響く。
「向こうか!
 俺たちが救援に行くからあんたらはここを守ってくれ!」
 辰馬は冒険者達に叫びながら飴を口に入れて笛の音の方向に駆け出し、その後を同じく飴を口に入れたベルとリールが続く。
 駆けつけた三人が見たのは守っていた冒険者達の死体と、そこに佇む青白い男の幽霊だった。
「ゴースト?」
「辰馬様下がって!
 それはワイトです!」
 辰馬は下がり、前にベルとリールが獲物を構える。
「やっかいなやつが出てきたわね。
 アンデッドが多いのはこいつが原因?」
 ベルの声に幽霊が振り向き、悪意を全面に出して笑った。
「嘘!
 何で長が……アンデッドに……」
 ベルの叫び声に盗賊ギルドのガースルはえさを見るように笑い、ベルに向けて襲い掛かる。
「離れてください!
 触られるだけで精気を吸い取られて、仲間にされてしまいます!」
 リールの叫びに襲われたベルが紙一重でワイトの腕から逃れる。
「何でわたしばかりっ!」
 ベルが隠れ、かわし、逃げ続けるのを助ける為に辰馬がワイトの前に出て軍刀を抜こうとするがその手が一瞬止まる。
 死そのものであるガースルの姿に、刀で殺人を楽しむ辰馬自身の罪悪感が手の動きを止めたのだった。
 その隙をガースルは逃さず、辰馬をかわしてベルを追いかけてゆく。
「ちっ!しくじった!
 リール。あの死体は何時ごろ動き出す?」
 己の失態に舌打ちしながら辰馬がリールに尋ねると、リールはガースルの方を見ながら耳で周りを探りつつ答える。
「まだ死体が動くには一昼夜の猶予があります!
 速く魔術師を探して武器に魔力付与の呪文をかけてもらわないと、このままじゃ攻撃がききません!
 近場の魔術師はそこでやられているし、残りも他のアンデッド相手に手一杯です!」
 飴状強化薬のおかげでベルは空を飛ぶワイトから何とか逃れる事ができていた。
 逃げながらリールの声を聞いたベルが金切り声をあげた!
「早くこいつをなんとかしてよ!」
「畜生!
 俺が魔術師を連れてくる!」
 辰馬の叫び声の後に聞こえたのはベルでもリールでもない第三の声。
「呼んだ?」
 ついこの間、閨で喘いでいたその声を辰馬は知っていた。
 不意に数十発のマジックミサイルがガースルに命中し、当たった箇所が夜の闇に戻ってゆく。
 そのマジックミサイルを撃った相手に向けて半分顔が崩れたガースルが魂からの叫び声を墓地に轟かせた。

「アァァァァァァァァアニィィィィィィィィイスゥゥゥウウ!!!!」

 その悲鳴にただ顔を顰めただけの彼女は、辰馬があの夜と同じいでたちで、顔は娼婦ではく魔術師、いや辰馬と同じ人殺しの顔だった。

「はやく魔力付与の呪文を武器にかけてください!」
「私にも!」
「はいはい。
 さっさと片付けてよね」
 アニスが呪文と共に銀の扇を三人に向けて魔力付与の呪文をベルのダガーとリールのハンドアックス、辰馬の軍刀にかけてゆく。
 かかったと同時にベルとリールが突っ込んで、ダガーとハンドアックスでガースルを切り刻んでゆく。
「なぁ、アニス。
 ちょいと質問なんだか?」
「何でここにいるかなんて質問は却下よ」
 呪文詠唱途中に返答をするなんて荒業をアニスはかましているのだが辰馬に分かるわけがない。
「あれ、粉々にしないとやっつけられないのか?」
 アニスの周りに光玉が十数個集まり、またマジックミサイルがガースルを穴だらけにしてゆく。
「見て分からないの!
 その通りだからシンドーも攻撃に加わって……」
 アニスに差し出されるのは何か丸い石みたいなもの――辰馬が持っていた手榴弾――だった。
「これに魔力付与ってやつをかけてくれないかな?」
 言われるがままにアニスは魔力付与の呪文をその石みたいなものにかけてやる。
 辰馬は石についているピンを抜き、その石を叩きつけた後にガースルに向かって投げつける。
「二人とも離れろ!」
 辰馬の警告に二人は飴状強化薬のおかげでガースルから離れる。それが二秒。
 ガースルの半分しか残っていない顔についている目にその石みたいのが飛び込んできたのがその一秒後。
 その石がガースルの手前に来た一秒と少し後、その石は光り、ガースルの意識は今度こそこの世から消え去る事となった。
 閃光と轟音が響き、煙が消えた後に残っていたのは粉々になったガースルの霊体の欠片たち。
 それもガースルという核をうしなってゆっくりと夜の闇に溶けていった。
 投げた本人以外の三人は何が起こったか分からず、ただ辰馬を見つめるのみで辰馬はめんどくさそうに呟いただけだった。
「まだ刀は使えないか。
 俺もまだまだだな」
 ガースルのワイトが消滅したせいだろう。
 墓地に湧いたアンデッド達も力を失い騎士たちに掃討されていった。
 死体を処理し、後金をもらった帰り道、辰馬はその違和感に気づいた。
「あ、言い忘れていましたが、この薬、副作用でさかりますから」
 ちなみにリールはこの副作用の処理も自らがする事を踏まえてここに来ていたりする。
 もちろんその処理も並みの娼婦に負けないぐらい仕込まれている。
 そういう事を含めて、完璧であるがゆえに内海から評価されないのをリールはまだ気づいていなかった。
 そんなリールの内心などともかく辰馬は納得すると同時に言わなかった事に腹が立った。
 そして何より彼女達に対して欲情していた。
 リールの表情は変わっていないが尻尾がいつもより激しく揺れていた。
 ベルは既に顔は真っ赤で艶を含んだ視線で辰馬を見つめていた。
 アニスは飴を舐めていないのだが、三人の中で多分一番発情しているらしく辰馬の顔でなく股間のほうを潤んだ目で眺めている。
 皆黙って頷いて、墓地の物置小屋に入ってゆく。
 背嚢に入れていた毛布一枚に裸で四人くるまって朝を迎える事になるのだが、三人に搾り取られた辰馬は夜の戦闘以上にやつれていたという。


帝国の竜神様 異伝 ゼラニウムの物語 その四
2010年10月07日(木) 19:02:43 Modified by nadesikononakanohito




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