帝国の竜神様03

 俺と撫子が通されたのは基地の応接室だった。
「真田大尉、入ります」
 ドアを開けると中に私服の旦那二人と女将が一人。
「ああ、気にするな。
 今の私は、モナコの博打打ちと」
「ただのしがない民間企業の社長だ」
 頭が痛くなる。
 少なくとも俺は、このふざけた親父達が海軍将官の地位にいた事を知っていた。
 ふざけた自称博打打ちと社長はカーテン巻きの撫子を見てうんうんと首を振った。
「たしかに、これだけのスタイルはそうはいないな」
「大きな胸に安産型の尻、男の理想かな」
「『比叡』?」
「『長門』いや『一号艦』だな」
 スタイルで戦艦に例えますか……あんたら……って一号艦って何だ?
「女物の服を探していたのだろう?
 いくら切羽詰っていたとはいえ、緊急伝で『着物は何処だ?』と打つのは止めた方がいいぞ」
 ナにやっているんだ。うちの司令は。
「はっはっは。
 いいではないか。
 おかげでこうして着物を届けに来たのだ。
 梅龍」
 博打打ちが声をかけた女将が、テーブルに着物を広げてみせる。
「うわっ!!
 何だ?これは?
 さらさらして……綺麗……」
 目の色を変えた撫子に梅龍と呼ばれた女将がにこにこして撫子に話しかける。
「胸が大きいから少しきついかも。
 まぁ、そのカーテンよりは着心地はいいと思いますよ」
「着る」
 ばんと全員の目の前でカーテンを剥ぎ取って裸になる撫子。
 恥じらいという概念が無いのだろうなぁ……
 実に至福という目つきで裸を見る旦那二人。
「抱かれるのは、博之だけだぞ」
 いや、ここでよりにもよって、そういう事をノタマイマスカ。この馬鹿竜。
「いいではないか。
 いい女を抱けるのは男の甲斐性だ」
「うむうむ。
 しかも自ら落とした女ならば責任を持て。少佐」
 少佐?
 俺はまだ大尉ですが、
「今から、君は少佐だ。
 博打打ちにはそれぐらいの力はある」
「救国の英雄には帝国もそれぐらいの褒章は与えるのだよ」
 この瞬間、旦那二人の目はまったく笑っていなかった。

「で、連合艦隊司令長官自らお出でとは、どういうお話で?
 ところで、博之、れんごーかんたいなんとかって何だ?」 
 襦袢を女将に着せてもらっていた撫子の声に、傲岸不遜の笑みを浮かべる博打打ち。
 こうやってモナコ出入り禁止になったんだろうなと完全に蚊帳の外の俺。
「まぁ、そのあたりは君の彼氏に閨で教えてもらいたまえ。
 さて、今からどうでもいい独り言を言うぞ」
 まるでカードでレイズを宣言するかのような物言いで博打打ちは次の言葉を言った。
「帝国は、対米英戦を回避した」
 と。
 冗談のように独り言をいう博打打ちの長官の話を要約するとこうなる。
 12月1日。
 奇しくも、その日は御前会議が開かれて、対米英戦開戦の決定を出す予定だった。
 で、博打打ちに参加資格は無いのだが、海軍実働部隊の長として呼ばれ、回避したかった開戦ができずに断腸の思いで末席に座っていた。
 ところが、どこかの馬鹿竜が帝都侵入という愉快な事をやらかしてそれが綺麗に吹っ飛んだという。
「いやぁ、帝都に響く空襲警報、慌てふためく陸相に責任を押し付ける海相。
 実に見物だったぞ」
 ……それで何人腹を切る羽目になるのか考えただけで恐ろしいのだが言わない事にした。
「で、陛下と共に防空壕に移る時に窓から君達が見えた。
 懸命に竜を引っ張って皇居から竜を逸らさせようとした零戦に陛下はいたく感動してね」
 うんうんと頷く博打打ちの後を社長が引き継いだ。
「後は、浦賀水道での一件で君が彼女を落とし、ハワイが彼女の同胞に焼かれたのが決定打だ。
 大陸で、功績を作っていると言い張っている陸軍に対して、これほど明確に当てつけができる機会はないからな。
 君には英雄になってもらう」
「で、博之に餌を与えた上にわらわに何を求めるか?」
 半襟姿を女将に見せて喜んでいる傍ら、撫子の繰り出した言葉はレイズだった。
 確信した。こいつも博打打ちだ。
「何、今の所は陸軍へのあてつけで英雄になってくれるだけでいい。
 今頃野村大使あてに、米国へハワイの災害へのお見舞いと人道的協力の申し出での指示が出ているはずだ。
 まったく交渉の目処が立ってはいないが、向こうも話ぐらいは乗ってくるだろう。
 何しろ日本の押さえとなる艦隊と根拠地を日本以外に叩かれて、黙っているほどあの国は紳士ではないよ」
 社長の淡々とした口調がかえって真実味をましていた。
「わらわの撃墜から捕縛までの一部始終をその米国とやらに伝える訳だ。
 だが、ハワイとかにいる我が同胞が同じ手でやられると思わぬが?」
「それを聞きたいのだよ。
 君の存在はこの貧乏帝国にとって天が与えてくれたジョーカーみたいなものさ。
 あとはイカサマでも使ってディーラーをだまくらかして手札にどう忍ばせるかってね」
「わらわを手札に使うのは高いぞ」
「払うのは、陸軍と米国であって、海軍ではない。
 遠慮なく高値で売りつけたまえ。
 片方は馬鹿で片方は金持ちだ。
 言い値で買ってくれるさ」
 平然と外に漏れたら特高に捕まりかねない事をいってのけた民間会社社長兼元将官。
 肝が据わっているというかなんというか。
「ここに大井通信所の傍受記録がある。
 奴さんよほど慌てたらしい。
 平文で打ちまくっている」
「どうだ?似合うか?」
 藍色水仙の花柄の振袖を見せびらかしながら、撫子は俺が見ている通信記録に目を通した。流石長官。着物の趣味がいい。
「レーダーで竜を発見。
 警告なしで攻撃、竜の反撃によって米軍機撃墜……
 迎撃の為更に迎撃機発進。撃墜。
 ヒッカム飛行場に竜の報復攻撃。
 フィード、ヒッカム、ホイラーの各飛行場より米軍機次々出撃、真珠湾上で航空戦。
 太平洋艦隊対空砲火で援護。
 竜、太平洋艦隊に報復攻撃……」
「わらわとて攻撃されたら反撃するぞ」
 自分の戦果では無いが、やはり同胞の活躍に鼻高々の撫子。
「我々は真田少佐の機転によって帝都を灰にする事から回避できた訳だ」
 欧米ではどうだか知らないが、日本では神様扱いの竜を攻撃するなんて祟りが怖い。
 結局、欧米人が蔑視する俺の前近代性が帝都を灰から救ったというのは皮肉以外の何者でもないな。
 撫子の視線が、記録のある一点で止まった。
「竜、ハワイ島方面に退避、キラウエア火山で強烈な閃光。
 竜達、大編隊を組み再度攻撃、米軍レーダーで察知、全力迎撃……」
 撫子が目を止めた所を口に出して読んで見る。
「早いな。もう龍脈契約を済ませたのか」

「「「龍脈契約?」」」
 俺と旦那二人の声がハモる中、撫子は口を開いた。
「我らの魔力の供給は、この星そのものの力を使っているのだ。
 そのエネルギーの供給源たる龍脈と契約する事によって、我らは無尽蔵の魔力を得る事ができる。
 見るがよい。
 『竜達』と書いているであろう?
 召還時、この世界に呼ばれた竜は五体。
 ここで書かれた竜達はその竜が元の世界から呼んだ竜の眷属たる飛竜であろう。
 召還には大魔力を使うからな。
 いくら我らとはいえ、大規模召還を龍脈契約無しでしたら魔力が枯渇するわ」
 撫子が、己の手札の一部をオープンにした瞬間だった。
 
 この世界に召還された竜は五匹。
 一匹は日本、もう一匹はハワイ。
 あと三匹が龍脈と呼ばれる物が走るどこかの火山にいる。
 そして、撫子はまだ龍脈契約をしておらず、その力は限定的。
「撫子。
 お前は何処の山でその契約というのをするつもりだったのだ?」 
「鈍いの。博之。
 わらわが何処に行こうとしたか分からないのか?」
 分からないから、聞いているんだろうがという声を出す前に、博打打ちがさも当然のようにその山の名前を告げた。
「多分、撫子殿が行こうとした山は富士山だろう」
 その言葉に合点が言った。
 日本の霊峰富士山。
 あの山と契約したらそれは凄い力が出るのだろうなと漠然と納得してしまった。
「最初に言っておくが、これだけは博之が止めても契約に行くからな。
 止めるでないぞ」
「別に止めるつもりはない。
 だが、勝手に間借するのではなくて店子として、この国に協力してくれるとありがたいのだが?」
 社長が本題を切り出す。
 撫子が実に女らしく振袖を揺らして、さも悪女よろしく妖艶に微笑んで艶事のおねだりみたいに囁いて見せた。
「わらわをこの国に繋ぎ止めたいなら、まず博之を大事にする事じゃな。
 その後、おいおい頼み事をいうかも知れぬが」
「それはそれで、おいおいという事で」
 狐と狸の化かしあいというか、龍と虎の腹の探り合いというか……
 既に置物と化した俺に、博打打ちな長官は愉快な声をかけた。
「とりあえず、君は連合艦隊付きにしておく。
 何かあったら山本の名前を出しておけ。
 後は全部連合艦隊が面倒見る」
「軍令部すら絡ませないとは、そんなに信用できないか?」
「こんな切り札を見せびらかす所におけるか」
 博打打ちな長官の訪問の真意が今分かった。
 真っ先に撫子の使い道を考えて、さっさと囲いこもうという腹らしい。
「まぁ、それはいいのだが、ちと聞きたい事がある」
 真顔で言う撫子の言葉に皆真剣に聞き耳を立てると、
「これで子作りというのはどうするのだ?
 えらく脱ぎにくい服なのだが……」
 うん。撫子は撫子だった。
「いや、そこの帯を一気にぐるぐるっ〜と引っ張って……」
「それよりもお尻を突き出してまくった方が何時でも何処でも……」
 二人の言葉のとおりに帯をひっぱりお尻を突き出す撫子を見てころころ笑っている女将さん。
 ゆっくり大きく息を吸い込んで、段々なれてきたフレーズで怒鳴る事にした。
「長官達もこの馬鹿竜にいらない知恵をつけさせんでくださいっ!!!」



 帝国の竜神様  エピソード03

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2008年10月16日(木) 07:57:34 Modified by nadesikononakanohito




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