帝国の竜神様33

1942年4月24日 横浜

「凄いのぉ……」
 撫子がぽかーんと港の施設に見入っている。
 大量に並ぶ、鋼鉄の船・船・船。
 竜といえどもこの光景で驚く……待てよ、こいつの姉妹(姉か妹かは知らぬ)はハワイを焼いたんだろうが。
 ここなんか霞むだけの船と飛行機を持つアメリカ相手にハワイを奪い取った彼女の方がはるかに恐ろしいと思うのだが気のせいだろうか?
「博之はわらわを化け物が何かと勘違いしておらぬか?」
「いや、物の怪だろうが、化け物だろうが、撫子様は竜神様です」
 実にわざとらしく拝んで見せると撫子も悪い気分はしないわけで。
「いいぞ。博之。もっと拝むが良い。
 賽銭はいらぬが、わらわはおはぎが食べたいのぉ」
 ついでにお茶もお供えしますとも。竜神様。と心の中で呟きながらおはぎの事を愛国丸の料理長に伝える事を心の中にメモした。
 今回のマリアナ行きも愛国丸にお世話になる事にした。
 護衛も第二十駆逐隊で首脳部の大きな変更は無し。
 ただ、それ以外ではかなり色々と愉快な事になっている。
 帝国はマリアナの竜捜索に対して「南洋竜捜索艦隊」(長官南雲中将)なるものを臨時に創設して、米海軍と合同でマリアナの竜捜索を行う事になっているからだった。
 なお、この捜索に対して海軍内部で大反対の合唱が起こったのを米内元首相の力まで借りて強引に山本長官が押し進めたという。
 普通は帝国の絶対防衛線であるマリアナで米艦隊が捜索という名の偵察を行うなんて許せるわけが無い。
 かといって、これを蹴ると対米関係だけでなく仲介した対英関係まで決定的に悪化しかねない。
 米内元首相は「君達は戦争がしたいのか!」と反対派を一喝したとか。
 そして、更に情けないのが創設された「南洋竜捜索艦隊」の編成。
 出せる船が無いという事実に海軍は己の貧乏に涙する羽目になる。
 英国仲介の元、激しい外交的やり取りの中で米国の艦隊派遣については艦数を厳密に定めさせた。
 帝国のこの動きにアメリカも負けていない。
 艦隊を派遣する前から、民間の船が漁をするという名目でうろうろしてみたり、規定の航路を飛んでいる飛行機がトラブルという事で少し航路を外して飛んでいたりする。
 当然互いに遭遇したりもしているが、交戦国ではない訳でマリアナ近辺はとてもぴりぴりしていた。
 なお、不思議なことに何故かいる(という事になっている)英国貨物船が空の荷のままグアムとサイパンの間を行ったりきたりしているのも日米英の公然の秘密。
 話がそれたが熱い日米交渉の結果、米国はアトランタ級1隻・ブルックリン級2隻を中核とした駆逐艦5隻の小艦隊に一万トン級タンカー15隻(艦隊追随5隻、残りは運搬とジョンストン待機)をつけてマリアナにやってくる事になっている。
 なお、我が国が対米戦を行おうとして、挑発したタンカーが16万トンという事実はこの際見なかった事にしておく。
 みんな貧乏が悪い。
 で、タンカーもそうだが、派遣される米艦隊に合うだけの格の艦艇がマリアナに無かった。
 戦艦や空母は出したら過剰反応になるし、巡洋艦はそれはそれで問題を外交上抱えていた。
 アメリカの新鋭軽巡に対抗しようにも条約明けに建造の始まった阿賀野級はまだ未だ船台の上、他の軽巡洋艦で帝国保有は古臭い5500トン級。
 かといって建前上軽巡洋艦となっている利根級や最上級は20センチ砲を搭載して重巡洋艦として完成しており、「何これ?」と英米に突っ込まれたら返す言葉が無い。
 腹が立つ事に米流の有り余る生産力の為に、堂々と新鋭のアトランタ級を出してくるのに対して第四艦隊の鹿島なんぞが旗艦だったりしたら馬鹿にされるかもしれない。
 かくして、第二艦隊から重巡を引っこ抜いて「南洋竜捜索艦隊」が創設。それに第四艦隊が支援するという形を取る事になった。
 この「南洋竜捜索艦隊」は、戦争回避により解散した南遣艦隊を母体に作られており、南遣艦隊司令長官の小沢中将は南雲中将の後任として第一航空艦隊司令長官となっている。

 編成は、
「南洋竜捜索艦隊」 (司令長官 南雲中将 旗艦 重巡洋艦 高雄)
  第五戦隊    (重巡洋艦 高雄、愛宕 足柄 妙高)
  第十一航空戦隊 (水上機母艦 瑞穂、千歳)
  第一八駆逐隊  (駆逐艦 霞、霰、陽炎、不知火)
  第一六駆逐隊  (駆逐艦 初風、雪風、天津風、時津風)
  第四潜水戦隊  (軽巡洋艦 鬼怒)
   第一八潜水隊 (潜水艦 伊−53、伊−54、伊−55)
   第十九潜水隊 (潜水艦 伊−56、伊−57、伊−58)
   第二一潜水隊 (潜水艦 呂−33、呂−34)
  第五潜水戦隊  (軽巡洋艦 由良)
   第二八潜水隊 (潜水艦 伊−59、伊−60)
   第二九潜水隊 (潜水艦 伊−62、伊−64)
   第三〇潜水隊 (潜水艦 伊−65、伊−66)

 これに、捜索用の九七式飛行艇15機、九六式陸攻30機が指揮下に入り、サイパンから捜索を行う事になっている。
 あと、現在展開している第四艦隊の編成足してみる。

「第四艦隊」    (司令長官 井上中将 旗艦 練習巡 鹿島)
  第一八戦隊   (軽巡 天龍、龍田)
  第一九戦隊   (敷設艦 沖島、海防艦 常盤、津軽)
  第六水雷戦隊  (軽巡 夕張)
  第二九駆逐隊  (駆逐艦 追風、疾風、朝凪、夕凪)
  第三〇駆逐隊  (駆逐艦 睦月、如月、弥生、望月)
  第七潜水戦隊  (潜水母艦 迅鯨)
  第二六潜水隊  (潜水艦 呂−60、呂−61、呂−62)
  第二七潜水隊  (潜水艦 呂−65、呂−66、呂−67)
  第三三潜水隊  (潜水艦 呂−63、呂−64、呂−68)
  第三根拠地隊  (掃海艇、駆潜艇など)
  第四根拠地隊  (掃海艇、駆潜艇など)
  第五根拠地隊  (掃海艇、駆潜艇など)
  第六根拠地隊  (掃海艇、駆潜艇など)

 これにサイパンとテニアンにも大量に航空機が増派され、必死に竜を捜索しているのにまだ見つからない。
 話がそれたが、俺達は一応第四艦隊の手伝いという名目でマリアナに派遣される。
 表の外交なり裏の米艦隊への牽制なりは南雲中将に任せて竜の捜索だけに専念したいというのと、できるだけ撫子を人目に晒したくは無いという理由もある。
「けち臭いのぉ。堂々とわらわを見せればいいのに」
 心を読んだのだろう撫子が呆れるが、それに同意するほどこの世界は純粋じゃない。
「撫子。
 先に言っておくが、今から相手をするのは世界最大の生産力を持つ超大国とここ100年世界を支配している巨大帝国だからな」
「博之。わらわのおるこの国はどれぐらいなのじゃ?」
 凄く『帝国もそれと同等に凄いんだろ』オーラなんか出すな。悲しくなるから。
 愛国丸を指差して、
「あれが先にあげた二国だとするなら」
 つつつと愛国丸に付随するタグボートに指を移す。
「あれがこの国」
「この国はそんなに小さいのかっ!!」
 何かショックを受けてる撫子にため息を盛大についてみせる。
「おやおやご謙遜を」
「まったくです。東洋で我々と張り合えるのは貴国しか無いではないですか?」
 まるでタイミングを計ったかのようにいきなり日本語で声をかけてくる今回の航海のお客様二人。
 この二人が新聞社以外の他の顔を持つ事もメイヴによるチェックで判明している。
 メイヴといい、この二人といい、内海局長といい、公安諜報畑の人間は気配を消す技能を常備しているのではなかろうか?
「いえいえ。戦争をしているのに何故か貨物船がマリアナで遊んでいる某国や、ハワイに敵を抱えているのにマリアナまで支援艦隊こみでやってくるという某国に比べたらとてもとても」 
 当て擦りで嫌味を言ってみるが、この二人全然動じていないし。 
「はて?何の事でしょうな?」
 と巨大帝国の特派員が首を傾げれば、
「まったくです。
 ハワイに支障が出ない程度の小艦隊ではないですか」
 と超大国の特派員も不思議そうな顔をする。
 なお、整備と補給をしていた横須賀では無く横浜から俺達が愛国丸に乗り込むのもこの二人のお客様の為である。
 お客様に帝国の機密たる軍港に足を運んでもらうともの凄く困るからという理由で、愛国丸だけ横浜に寄港して、その後相模湾で第二十駆逐隊と合流する手はずとなっている。
「博之。なんか悔しいぞ。
 もっと、彼らを驚かせるぐらいの凄い物を出すのじゃ」
 いや、それ、目の前にいるし。 
 そんなやり取りを見て、苦笑しながらもやはり唖然としている英米の乗客二人。
 はたから見ると、奥方にぺこぺこする駄目主人と見られなくも無い。
 なお、撫子が竜である証拠とばかりに変身したときに英米の乗客二人に裸を見せているのだが、「貴方、夜はサド侯爵なんですか?」と真顔で尋ねてきたダレスの感想は黙殺する事にしている。
 あと、アンナとナタリーの休暇に俺が関係している事を知っているフレミングに至っては、「日本帝国のカサノヴァ」と俺の事を呼んでいるあたりどうしてくれようかと思う今日この頃。
「あら、お兄様は帝国が世界に誇る英雄ではございませんか」
 俺の後ろから、聞こえてはいけない声が聞こえた。
 後ろを振り向いて『何でお前がここにいる!綾子!!』と叫ぼうとして、
「……」
 そりゃもう見事に固まる。
「似合うておるではないか」
「ジャパニーズシャーマンスタイルですか」
「帝国の民族衣装は艶やかで綺麗ですな」
 赤白の巫女姿ではずかしそうに綾子になんて声をかけようかとしばし考えて、
「何で巫女服なんだ?」
 と、とりあえず当たり障りの無い問いでごまかしておく。
「お国の為です。
 志願させていただきましたの」
 と、言われると流石にそれ以上はいえない。
(博之と書いてお国と読むのじゃな)
 テレパスで話しかけるな。馬鹿竜。
「まぁ、何だ。
 お前もお国の為に尽くすというのならば、ちゃんと……
 その旅行かばんは何だ?」
 なんて鈍いんでしょうというニュアンスで顔をしかめながら綾子はあっさりと、
「ですからお国の為に、この船に乗り込むと言っているのではないですか?
 それ以外にどうしてここに来る必要があるんですの?」
 誰だ?
 そんな俺の胃を更に痛める決定を下した馬鹿は?
(候補をあげろというなら、ばくち打ちに社長にメイヴに……)
 聞いた俺が馬鹿だった。
 なお、綾子の配属先は海軍からの圧力と神祇院副知事のメイヴの内意を受けて各局奪い合いの所を強引に魔法局に持っていったという。
 ああ、また無駄に敵を作りそうだ。
「何を浮かない顔をしているんですか?お兄様?」
 白々しく尋ねるな妹よ。
(安心せい。博之の敵など全てわらわが粉砕してくれるのじゃ)
 自信満々にテレパスを送った馬鹿竜に俺は、なんと言っていいか分からない諦観を含んだ笑みで返した。
 こうして、愉快な乗客たちを乗せて愛国丸はマリアナに向けて汽笛を鳴らした。

 帝国の竜神様 33
2007年06月07日(木) 12:16:35 Modified by nadesikononakanohito




スマートフォン版で見る