帝国の竜神様35

1942年4月28日 サイパン近海 愛国丸艦橋

「情報戦において情報を入手するという事は大事ですが、それ以上に大事なのはその情報の制御なのですよ。ミス撫子」
 実に偉そうな講釈をたれながらフレミングに文字どおりこてんぱんにされた撫子と綾子にメイヴ、毟り取られた俺と遠藤は愛国丸艦橋で雁首そろえて与えられたフレミングの言葉を思い出していた。
 欧州の竜はその眷属たる吸血鬼を各地に派遣して情報を収集し、接触してきた各国諜報員とも話をして情報を分析しているらしい。
 多分、ダレスもフレミングも欧州の竜でしっかりと経験を積んだんだろうな。  
「どうせテレパスで読んでいるのでしょうから先に言っておきますが、私達が握っている情報は全てあなた方に差し上げてもいいものに限定しております。
 もっとも、ミス撫子がそこまで全てを読んでいるのならば、ミス・メイヴの存在などいらないと思うのですが?」
 メイヴに後で聞いた事だが、フレミングの予測は見事に核心をついていた。
 行動における情報の解釈というのは、その介在者が多数になればなるほど解釈が多様化する。
 それを収集・整理・解析するのは一つの脳というより一つの意思では絶対的に足りない。
 複数の情報を多角的に整理・解析する事によって初めて意思の輪郭が見えてくる。
 迫害され必然的にその方向に特化していったメイヴ達黒長耳族なんかはおいとくとして、竜にとって眷属というのは、自らの思い込みを修正する為の信頼できる側近という位置づけもあるらしい。
 少し話がそれたが、そういう段階で現地工作員のダレスやフレミングの情報を入手したとしても、その大元たる米国政府や英国政府の意思の一つを掴むだけであり、ましてや今回みたいに両国が先に根回しをして情報を整理していたのなら、両国の差分による意思の確認すらあやしくなる。
「問題なのは、彼らがどういう意図をもってここに来ているかです」
 不機嫌そのものなメイヴが忌々しげに呟く。ダレスとフレミングに手玉に取られたのがとても悔しいらしい。
 一応、今回のマリアナ行きは英米のお膳立てではある。
 彼らからすれば未だ人類に対する敵対行動を取っていないマリアナの竜よりもハワイの竜が邪魔のはずなのだが、「竜との交渉ができるのか?」というコミュニケーション面での意図によってのマリアナ行きだとてっきり思っていた。
 だが、ダレスもフレミングも撫子に対する交渉を持ちかけてきた。
 まぁ、明確に人類側についている撫子と話をする事が一番の目的なのだろう。
 サンプルデータが取りやすいだろう。こいつと話をしていると。
「なんか、博之がひどい事をいっておるのじゃ」
 いや、褒めているんだ。多分。きっと。おおよそ。
 諜報は、虚構と現実の化かし合い。
 頭が痛くなりそうだ。
「博之〜頭が痛いのじゃ〜〜」
 あ、馬鹿竜が知恵熱を出してる。
「そもそも、そんな事考えなくていいようにメイヴとかがいるのじゃ!」
 あ、考えるの放棄しやがった。この馬鹿竜。
 ちっとはお前も考えろ。
「そんな事を言うがのぉ〜〜博之ぃ〜」
 しなを作るな。媚びるな。涙目になるな。
 お前に対して交渉を持ちかけてきたんだろうが。
「大体、わらわは博之のものだから博之の責任で考えるのじゃ!」
 ほほう。言いたい事はそれだけか?この馬鹿竜。
 だから、こうしてダレスとフレミングを丁重に船室に監禁…もといお休みになってもらって艦橋で木村提督以下雁首揃えて頭を抱えているんだろうが!!
「『第一航空艦隊を』と、ダレスは申したのか?」
 西村少将が腕を組んで考えている。
 その悠々自然体で目を閉じて考えていると縁側で碁盤なり将棋版なりの次の手を考えているように見える老練さは見ているものをなんとなく安心させる。
 こういうのを将器というのだろうか。
「『今年中にハワイの竜を潰すには今ある空母では足りない』ですか。
 何をそんなに急いでいるのだか……」
 木村大佐が怪訝に首をかしげる。
 この人の場合、何をやってもおおらかというか、周りを落ち着かせるような空気を持っている。
 この人もいずれ将になるお人だろう。
「やはり英国の事情では?
 独ソ戦激しい中で英国は打つ手が限られています。
 米国参戦の為にもハワイの竜を早期に片付けたいんでしょう」
 遠藤が口を開き、英国の事情からダレスの言葉を解釈してみせる。
 たしかに、このままソ連が倒れるような事があったら英国は本土を守れても米国に買ってもらっている戦時国債で破滅する。
 英国の対独戦は独ソ戦という撹乱要因があるが、米国の参戦もしくは支援が前提で始まっている。
 問題は、米国内部では対独参戦など国民は誰も望んでいないという所だ。

「じゃあ、俺は米国の事情で。
 あの物量大国アメリカを持ってしてもワイバーンに対する攻撃にてこずっている。
 だからこそ更なる物量で押す。
 その為の第一航空艦隊では。
 何しろ欧州大戦で英国空母は動けず、太平洋で正規空母六隻が遊んでいるのなら味方に引き入れようと考えるのも一理あるかと」 
 とりあえず、俺は米国の事情でダレスの言葉を解釈しようとしたが、どうも違和感が残る。
「けど何で今年なんだ?
 あのアメリカなら、来年にも第一航空艦隊と同等の空母群を作り出せるはずなのだが?」
 アメリカが急ぐ理由が分からない。
「英国の戦時国債の担保であるインドの為か?
 追加として差し出させた仏領インドシナの為か?
 いや、どれも米国参戦の為にはインパクトが無い」 
 アメリカは国民党支援と三峡ダム建設、英国支援と対竜戦で空前の生産を行っており、不況下に沈んでいた経済はほぼ完全に回復している。
 頭を抱えて理由を考える俺に綾子がふと言葉を漏らした。
「合衆国議会中間選挙。これが理由では?」
 アメリカ議会で行われる上下院の選挙が今年秋に行われる。
 綾子はこれではと指摘しているのだった。
「ですが、ルーズベルト大統領率いる民主党は現在優位に選挙を戦っていますわ」
 その情報も持っていたのであろうメイヴが綾子に反論する。
 事実、ニューディールの躓きは他国の戦争という究極の公共投資によって回復し産業界は民主党を支持していたはずである。
 だからメイヴはこれを理由に考えなかったのだろう。
 だが、綾子は人としてある点について指摘した。
「西海岸では、ちらほらとワイバーンがやってくるとかで大騒動になったとか。
 軍の航空隊が西海岸全域を警戒しだしてやっと騒ぎが収まったと新聞には書いていましたが。
 何時来るかという恐怖はやはり怖い物だと思いますわ」
 ハワイの竜によって交通にはひどく影響が出ていたが日米関係は戦時ではない。
 ある程度の遅れはあるが米国の新聞などは入手可能で、そこにはハワイを焼いた竜への憎悪と恐怖がありありと書かれていた。
 かつて「ラジオ放送で火星人が攻めてきた」と冗談で流したら市民が大パニックになった事がアメリカではあったが、それと同等の未知の恐怖である竜がハワイを襲ったのだから西海岸を中心によほど合衆国政府は叩かれているのかもしれない。
「何時来るかもしれない未知なる恐怖への不安か」
 これはその未知なる恐怖であった撫子やメイヴには分からない事だろう。
「と、言う事は、英米は我々を誘っていると?」
「という情報をダレスとフレミングは持たされたという事でしょう。
 彼らの言葉を借りるのならばですが」
 木村大佐の疑問系にメイヴがまだ忌々しげに吐き捨てる。
 よほどやりこめられたのが腹立たしいらしい。
 けど、その言葉の裏をとるならば英米内部に日本と敵対しても構わない勢力がいる可能性があるというかあるのだろう。
 ほんの四ヶ月前あたりまで中国大陸問題で英米諸国と帝国は激しく対立していたのだし、英国と交戦しているドイツやイタリアとは三国同盟すら帝国は結んでいる。
「試しているのかもしれんな」
 ぽつりと西村少将の呟きに皆が西村少将に視線を向けた。
「帝国は今は関が原合戦の小早川の位置にいるからのう。
 徳川も豊臣ともはやく戦に参加せいと使者を送っておる所だろうがな」   
「アメリカこそ小早川でしょうに」
 俺の突っ込みに、西村少将がニヤリと笑う。
「ふん。今のアメリカは毛利だろうて。
 だからこそ、英国が必死に参戦させようとしておるのじゃろうが」
 と、そこまで言ってふと戦国武将のような厳しい顔で全員に厳かに告げる。
「もし、この船、もしくは集まるであろう日米の艦隊に攻撃をしかける輩がいたらどうなると思う?」
「そんな馬鹿な!
 航空機が出せる島々は全て日米英で押さえ、艦隊が集結しているのに攻撃なんてするとしたら潜水艦……」
 そこまで言った遠藤が声に詰まる。
 潜水艦と言ったらUボート。そんな想像が俺と同じく遠藤の頭にも走ったのだろう。
「それを踏まえた上で、鹵獲Uボートで攻撃をするかもしれんな。英国が」 
 実に凄みのある声で西村少将は笑い、その声と共に対潜見張りの強化に艦橋の全員が追われたのだった。

「しかし、人間というのは悪どく考えると何処までも悪どくなるものなんじゃのぉ……」
 艦橋からの帰り道、感心したというより呆れた感じで撫子が呟く。
「まったくだ。この船に乗ってからというと狐と狸の化かしあいをやっているとしか思えないよ」
 自分の寝床の客室についてからドアを開けて、撫子と一緒に入ろうとして、
「お待ちくださいませ。お兄様」
 と、夜叉顔の綾子に呼び止められる。
「少し、お兄様に言いにくいのですが、毎朝毎朝お目覚めが遅いようなのですが、何か夜更かしでもやっているのですか?」
 『はい。多分これからもする羽目になります』なんていえない。
「そ、そうか。
 これから気をつける事にするよ。ははは……」
 何でだろうな。冷汗が止まらないのだが。
「仮にもお兄様はお国の英雄なのですから、それに相応しい生活態度をしていただかねば皆のしめしがつきませ……」
「博之ぃ〜
 服を脱がせて欲しいのじゃぁ……」
 傍若無人すぎます。撫子さん。
 貴方、楽しんでやっているでしょう。きっと。
 このタイミングで、そんな舌たらずな甘えた声で、背後から胸を押し付けるんじゃない。
「撫子さんっ!!!
 仮にもお兄様の物とおっしゃるのでしたら少しはお兄様のお役に立つような事をなさってくださいませっ!!!」
 ほら。綾子が爆発したじゃないか。
「失礼な!
 毎夜毎夜この体で博之の役に立っておるのじゃ!!」
「それは、撫子さんの体が欲しているからでしょうがっ!!!」
 髪の毛逆立ちそうなほど綾子が激怒しているのに、声をかけるほど俺も馬鹿ではない。
「そんなことはないぞ!
 わらわが誘って立たなかった事は無いのじゃ!」
 威張るな誇るな何も言うな。どんどん俺の立場が無くなるんで。
「毎夜毎夜盛った猫のようにおやりになって、お兄様の体を考えてください!」
「悔しいなら、綾子も混ざるがいいのじゃ。
 わらわは一人で博之を独占するような心の狭い女ではないぞ。
 博之はメイヴやアンナやナタリーともしたしのぉ」
 ちょっと待て。撫子。それ爆弾発言。
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!
 どうりで、アンナとナタリーの姿が見えないと思ったら!!!
 挙句の果てにメイヴさんともやったんですか!」
「おうとも。
 綾子よ。あの二人のメイドはだらしがないのじゃ。
 たった一夜博之の伽に参加しただけで壊れてしもうて……
 後始末の為にメイヴを呼んで、あの二人を箱詰めにして大使館に送り返したのじゃ。
 その後収まらぬ博之のものを二人して鎮めて、大変じゃったのだぞ」
 自慢げに何を誇っていやがりますか。この恥女竜。
 焦点の合ってない目で空ろに笑うしかできなくなったアンナとナタリーを前にして、「やりすぎたのじゃ……」と真っ青になっていたのはお前だろうが!
 慌ててメイヴを呼んで二人を箱詰めにして送り出した後で、裸のまま仲良くメイヴにお説教を受けたのは姉に寝小便がばれて布団を天日に晒して説教を受けた日に次ぐ人生屈辱の日として封印されている。
 その後、相変わらず立ったままのそれにメイヴも呆れて、撫子と仲良く三人でという……うん。忘れよう。
 メイヴはサキュバスで男性の精気が魔力の源であるから、毎日アタックしている遠藤を持ってしてもその絶対量は足りず、異世界のグウィネヴィアの所にメイヴと撫子を連れて行った時から成り行きで時々抱いていたりする。
 なお、撫子・グウィネヴィア・メイヴの三人を一日ひたすら相手にした時は本気で死ぬかと思ったが、その後でアンナとナタリーを抱いた時にメイヴからもらった薬によって改造されたらしい己のものの威力に唖然としたのは秘密である。

「何かおっしゃってください。お兄様」
 おっと。今はとにかく綾子の機嫌をなおす事が先決な訳で。
「綾子よ。
 分かってくれとは言わないが、これもお国の為なんだ」
 事実だったりする。
 撫子を抱く事でできる魔力の塊「魔竜石」は異世界ですら貴重なものなのだ。
 グウィネヴィアの森で撫子が明かした真実。
 『彼女達竜は古代魔法文明の魔力エネルギー源であり、彼女達は自らの体を陵辱される事によって生み出される魔力エネルギーによって文明を構築していた』という告白は誰にも言っていない。
「なるほど。
 お国の為と言いながら、女性達を手篭めにしますか。
 大陸での女遊びも耳にはしていましたが、お兄様ってそんなお方だったのですね」
 うわ。何だか凄く汚らわしい物でも見たような目で見てくれるな。綾子よ。
「おにいさま。
 あなたは堕落しました……」
 何かを投げ捨てるように悟った淡々とした綾子の声に、
「うん。すまない……」
 としか返せない俺。汚れたなぁと自分でも自覚はしている。
「何をしょんぼりしておるのじゃ?
 牝と大量に交わるのは雄の義務であり誇りじゃろうが。
 もっと自慢するが良い」
 で、この馬鹿竜はまったく空気が読めてないわけで。
「大体、綾子だって博之としたいのじゃろうが?
 何でそんなに恥ずかしがっておるのじゃ?」
 なんて事を言いやがる。この馬鹿竜。
 ほら。綾子が……あれ?
「…………………………」
 何故そこで顔を赤めて何も言わないのだ?綾子。
「博之。鈍感じゃのお」
 黙れ。しゃべるな。何も言うな。 
「ごほん!
 とにかく、お兄様にはもっと自覚してもらっていただきたいものです。
 撫子様もあまりご無理を言わずにお兄様のお体を考えて休ませてくださいませ」
 綾子の言葉に全然分かっていない顔で撫子が首を縦に振った。
「分かったのじゃ。
 綾子の面子も考えて、今日は朝までしかしないのじゃ」
 待て。馬鹿竜。結局いつもと同じだろうが。
「本当に!竜の皆様はそんなにはしたないんですかっ!!」
 綾子の怒り声に撫子は愉しそうに返す。 
「そんな事はないのじゃ。
 たとえば、これから会う予定のマリアナの竜なんかは、我々五匹の竜の中で……」
 撫子はそこでわざと区切って、いいたかった言葉を口に出した。

「……もっとも空気が読めぬやつじゃ」

 あと、結局あの後もいつものように撫子として寝過ごして、綾子に睨まれた。
 綾子よ。ふがいない兄を許してくれ……

 帝国の竜神様 35
2010年07月19日(月) 16:54:29 Modified by nadesikononakanohito




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