帝国の竜神様59 その一

1942年 6月19日 ボストン MIT会議室

 合衆国の力の一つに研究者の協力というのがある。
 彼らは国家最高の頭脳であるがゆえに国家の危機である戦時下にその力を国家に差し出したのだった。
 政府と学者の協力関係はそのまま多くの研究成果として現在の合衆国の戦力の一翼を担っている。
 そんな合衆国最高の頭脳達がMITの一室に集まって、互いの頭脳を刺激しながら合衆国最大の困難である竜の事について語っていた。

「あれがどういう原理で物理法則を超越しているのか分からん」

 物理学者が頭を抱えて現実を認めた。
 写真に写るその巨大な竜の物体はどうやって浮いているのかさえ分からないし、その摩訶不思議な力で多くの合衆国軍将兵が犠牲になっているという事実は幻想などではない。

「今まで接触した、日本・シチリア・マリアナの三匹のドラゴン達が皆雌というのも興味深いですな」

 楽しそうに話すのが歴史学者。

「彼女達の強大な力は古代における女神信仰に匹敵する。
 好戦性と性への執着を考えると彼女達こそイシュタルなのかもしれん。
 アトランティス沈没発言に想像の翼を広げると箱舟のモデルの洪水はこれかもしれませんな」

 生きた古代の証人が現在に蘇っていると考えるだけで、人類史におけるどれだけの発見があるか。
 それを考えるだけでで彼ら歴史学者達は夜も眠れずに古代の文献を漁っていたのだった。
 マリアナでの六者協議で撫子やマリアナの竜が発言した全ては英訳化されて彼らの元に届けられていた。
 そこにあった「アトランティスを沈めた」発言がどれだけ彼らの中で衝撃を与えたかといえば筆舌で尽くす事ができない。
 何よりも古代史の謎のひとつとされるアトランティスを撫子が知っていたという事実は、かの化け物を知的生命体と彼らが認識する第一歩になったのだから。

「そう考えると、彼女達の配下が全て女性なのも理屈が通るのです。
 古代女神信仰において女神の代行者として巫女を置き、彼女達と性行為をする事で力を得ようとしたのはメソポタミアを始めケルトやゲルマン、他の神話に多く残っています」  

「日本のドラゴンの配下の女性の名前をご存知ですかな?
 メイヴにダーナですよ。
 ケルト神話の女神達がかの竜の一の配下など、アーサー王の時代に我らが迷い込んだかと苦笑しましたよ」

 やはり楽しそうに話すのが言語学者。
 まさか自分の研究している古代伝承の名前がぼろぼろと出てくるとは思っても見なかっただろう。

「案外、ディアナとかフレイヤとか北欧神話の女神達もいるかもしれませんな」

 その娘達が日本帝国の富士の樹海で服を着るのを嫌がって帝国臣民を困らせているなど想像できるはずもない。  
「そんな事は今はどうでもいい!」

 テーブルを叩いて軍人が学者を怒鳴る。

「かのドラゴンのおかげでハワイを追い出され、西海岸爆撃で240人の合衆国青年達を失ったあげくに金門橋を破壊された現在、あの化け物をどうやって倒すかという事を貴方達に探ってもらう為に集まってもらっているのです!」

 そう。学者達は机上で議論を尽くせばいいが、軍人はかの竜を倒さねばならぬ。
 ましてや、西海岸爆撃では出した迎撃機の全てが撃墜という屈辱を受ける始末。
 その復仇の念で学者達の机上の空論を戒めるが学者達にとってみれば敵ではなく格好の研究素材である。
 いかに優秀とはいえ、現場と後方の温度差は出てしまうのは仕方ないだろう。

「その西海岸爆撃において、ドラゴンが発したメッセージは覚えていますかな?」

 怒鳴った軍人に臆面も無く言ってのけたのが生物学者。

「『奢るな人間。おぬし等だけが大地の覇者にあらず』。
 もし、この人間が種族としての人間ならば、彼らに人間を滅ぼす理由が無い」

 断言する生物学者に軍人がきょとんとして尋ねた。

「何故、そういえるんですか?」

「生物の頂点として人間を下位に置く、つまり食物連鎖における捕食関係で人を餌にするならば人を滅ぼせば餌不足でドラゴンも滅ぶからです。
 あれを一応生物の範疇として捉えるのならばの話ですが」

 だが、それは人類が進化形態で頂点の座から滑り落ちる事を意味する。

「そんな事態はここにいる我ら全員望んではいないでしょう。
 我らは神によって作られた。
 そしてその神は竜を討った以上我らにもできぬはずはない」

 宗教学者の熱気に皆が黙殺して答えるが、かといって反対するつもりもなかった。
 我らこそ大地の覇者。人間なり。
 そしてこの戦争の後に人間の覇者になるであろうアメリカ合衆国、その最高の頭脳集団というエリート意識はそう簡単に彼らも消す事はできない。

「もし、あれが神と同等の力があると仮定するのならば、いくつかあの竜達に束縛がある」 

 その言葉を発したのは歴史学者だった。

「神は自ら名乗るのではなく他者の追認が絶対的に必要になる。
 メソポタミアを始めゲルマンの神やケルトの女神達が歴史の記述の存在となり、天におわします主を我らが信奉するこの世界で彼らは悪魔でしかない」

 その言葉を続けたのが宗教学者だった。

「あいつらは眷属と呼ばれる生物をつれてこの世界にやってきている。
 それが、彼らドラゴン信仰の宣伝とかしているのならば、この宣伝を潰す必要がある」

 そこまで聞いた官僚がぽつりと言葉を呟いた。

「日本帝国。
 彼らと竜の関係を潰す。
 だが、政治がそれを許さない」

 ため息がみなの口から漏れる。

「いまの世界はドラゴンよりナチスをどうするかでワシントンは大揉めだ。
 モスクワが落ちてソ連指導部の混乱が露見化した今、英国をどう救うのか。
 合衆国は広大だ。
 西海岸で何かあってもワシントンは東海岸の理由で動くのは仕方ない。
 西海岸が灰とかしても大統領が変わるだけだが、英国が敗北したら大恐慌再びだ」

 経済学者が投げやりにこの場の茶番を暴露する。

「だからこそ、ハワイのドラゴンがおとなしくなるように日本とマリアナの竜に交渉仲介を頼むわけだ。
 せいぜい極東の島国とドラゴンの機嫌を数年取ってくれる事をお願いしたいものだ」

 全てを見下した様子で物理学者がこの場の締めの言葉を発した。

「我らで竜を殺すのだ。
 冥王の力を使ってな」 

 と。



1942年 6月19日 東京 大原家  

「ぼうけんがしたいのじゃ!」

 ノートを前に憂鬱な気分に浸っていた俺の事など眼中にない撫子がすばらしいぐらい唐突に迫り、その言葉の意味を俺が把握するのに撫子は瞬きを二回ほどした。

「ぼ、冒険!?」

 開いていたノートを持ったまま固まった俺の声にこくこくこくと首を縦に振る竜神様。

「うむ。
 冒険なのじゃ。
 前々から思っておったのじゃ。
 博之は少々欲が足りぬ」

 俺といたしましては撫子という究極の大当たり付き貧乏くじを引き当てた経験上、これ以上欲をかけばどれほど難題を押しつけられるか考えたくもないのですがそれについては如何?

「足りぬのじゃ。
 わらわを使えば国でも宝でも望み放題というのに。
 博之の周りで博之の悪口が聞こえるなど、博之が許してもわらわが我慢できぬのじゃ」

 ……しっと団じゃないよな。
 あれがきっかけならもっと速くこの馬鹿竜は今回のようなとっぴな行動を起しているし。

「ほら。
 博之と共にかいぐんしょう…で、良かったかのぉ?
 あの場での博之の敵意と嫉妬にわらわは怒っておるのじゃ。
 あの連中は、博之がどれだけ凄いことをしたのか理解していないのじゃ!!!」

 納得。赤煉瓦に行った時の嫉妬か。
 あれ、こいつに説明しても分からないんだろうなぁ。
 ちなみに、ノートを持って勉強している俺の姿というのもこの竜神様がおっしゃる「欲が足らん」のおかげというのは理解していないのだろうなぁ。
 本土帰国後、マリアナの報告の為に海軍省に出頭した俺と遠藤(当然のようについてくる撫子とメイヴと綾子はこの際置いておく)は現役復帰した堀中将からそれぞれ一枚の紙切れを渡された。

「海軍大学校入学証書……?」
「真田はともかく俺もですか……」

 まさか入学願書も出していないの俺達にこんなものが回ってくるとは思わなかったので、呆然としていたら堀中将が声をかけた。

「入学おめでとう。
 真田少佐。遠藤大尉。
 卒業したら中佐に少佐だな。
 君達が竜と共にある限り、海軍人事史に残るような大出世をいやでもしてもらうからそのつもりで」

 絶対入学に対する祝辞ではないと思う。 
 同期のクラスヘッドが大尉という時点でどれだけ抜擢人事かと考えただけで頭が痛くなる。
 海軍の抜擢人事は大佐までだから、出世なんか考えていない俺もさすがに大佐で退役させてくれるだろうと考えていたが、それはやはり甘すぎる期待でしかなかったらしい。
 まさか、海軍大学校に放り込まれて、キャリアコースを歩ませられる羽目になるとは思ってもいなかった。
 このままいくなら、将来はめでたく将官様が確定しているというわけだ。
 多分俺の考えを読んでいたのだろう。堀中将が苦笑して口を開く。

「君を昇進コースにのせるのにどれだけ赤煉瓦の連中が苦悩したか知っているかい?
 あげくに薩摩閥ならぬ撫子閥という言葉まで出来る始末だ。
 なお、私が撫子閥のトップで次期頭領が君という事になっているらしい」

 現役復帰で恐慌をきたしているだろう赤煉瓦の連中からの嫉妬を一身に浴びたのだろう堀中将のぼやきに思わず同情してしまう。
 何で派閥争いなどが起きるかといえば、帝国海軍が国内有数の大組織であるからに他ならない。
 戦争はもう戦場で人を殺すだけでの段階をとうに過ぎている。
 戦地に向かう行軍や補給、情報収集、戦闘終了後の損害の回復、勝ったならば占領地の統治、陸軍(海軍)との協力、軍令部や連合艦隊内の根回し…などなど。
 一将成って万骨枯るどころの話ではない。
 戦争はもう一人の将でできるものではなく、多くの将に大量の幕僚達に数十万の兵が従い、数千万の国民がそれに協力する巨大組織戦になっているのだった。
 そんな巨大組織ならば当然派閥もできる訳で。
 俺の所属している海軍には艦隊派と条約派の二派閥が存在している。
 で、最近その二派からの誘いがきつくなっているのだった。
 大体、赤煉瓦にせよ三宅坂にしろ霞ヶ関でもいいが後方で全体を組み立てる連中というのは帝大(陸軍大や海軍大)を主席で卒業するほど頭もいいし、それを自負するだけの誇りも持っている。
 『戦争は前線で起こっているんじゃない!司令部で起こっているのだ!』と言い切った参謀もいるのは、かつての満州事変時に寡兵で中国軍を敗北に追い詰めた天才参謀石原中将の存在も大きいのだがさておき。
 そんな頭のいい連中が、兵学校中位卒業で「たまたま竜を撃墜しただけ」で山本長官の覚えめでたく、駆け上がって出世する俺をどう思うか。
 菅原道真を眺める藤原氏のごとく、嫉妬心と猜疑心と恐怖心で心が満ちているだろう。
 山本長官の引き立てで少佐となり、東京における御用聞きと化した俺に「長官の茶坊主」という赤煉瓦における俺の陰口はまったく持って正しい。
 だいたい、20代で佐官である今ですら現場での扱いに困っている始末。
 撫子がらみで山本長官の庇護下にあった事もあり大陸では司令以下陳情の嵐を受け、大陸や異世界を駆けずり回ってドサ周りをしている間に本人の知らぬ中央では赤煉瓦か呉かで周りが大揉めに揉めていたのだから笑うしかない。
 その山本長官は軍令部総長就任が確定的で、俺と遠藤のGF長官付きという地位は山本長官が去った後では政治的にまず過ぎた。
 ただの下っ端なら構わないだろうが、俺の後ろにはなついている撫子がいる。
 彼女の政治的影響力がGFと直結した場合の恐怖は、非戦から英米融和において舵を切らせた山本長官自身がよく分かっているだろう。
 なお、佐官というのは前線に出る最後の地位でもあり、後方に下がり全体的な視野を広げ戦争そのものを指揮する将官となる為の準備期間でもある。
 俺の出身母体である航空機は近年兵器としての成長が激しいこともあり、海軍全体での影響力は小さい。
 そういったわけで、仮に出世させられるとはいえ今から勉強し直して艦長職のできる艦船系への転向などできる訳も無いだろうし、順調にいけば何処かの基地航空隊司令で終わりだと安心していたんだが。
 当然、俺をただの基地司令にするつもりは海軍上層部連中はまったく思っていない。
 このまま行けば艦隊司令長官、さらには赤煉瓦での軍政生活をさせられることになりそうだった。

「凄いな。
 どうやら真田中佐は将来の海軍のトップとなる事が宿命付けられた大人物になったらしい」

 遠藤のあてこすりも彼自身自虐的に言っているのだから、さすが俺の友人といったところか。

「当たり前であろう。
 わらわを堕とした男じゃぞ。
 もっと凄くなってもらわぬとわらわの格が疑われるわ」

 言い切りましたよ。撫子様。
 あっけにとられる男三人を尻目に豪快に笑ってのけたのだった。
 まあ、話はそれだけでは終わらなかった訳なんだが……。
 回想にふけっていた俺にバンとテーブルを叩いて撫子が迫った。

「わらわはどうもあの『あかれんが』とやらの連中が嫌いじゃ。
 何より博之の事を口では褒めながら、心の底で軽蔑しているのが一番嫌いなのじゃ!
 ならば、誰の目にも分かるだけの大功を与えてやるのみじゃ!」

 うんうん。
 わかったから、力を抑えような。
 テーブルが拳骨の形で穴が開くのはどういう力でぶん殴ったんだろうな。一体……
 さてこの竜神様にどう説明してやればいいのやら。
 海軍の人事制度などこいつに説明してもわからんだろうし。

「うむ。分からんのじゃ。
 だが、霞ヶ浦の連中は『博之だけもてやがって』と簡単に分かったのに、あいつらの嫉妬心は『腰巾着』だの『茶坊主』だのよく分からないのに霞ヶ浦以上に嫉妬しておるのじゃ」

 涙目で俺に熱く、俺の不遇を語る撫子は可愛いとは不覚にも思ったが、人間の嫉妬心とその裏返しの恐怖心を理解するにはまだ人間を知らないらしい。

「まぁ、安心しろ。撫子。
 お前のおかげで、俺は大出世間違い無しだ」

 その為にこうして苦手な勉強までしているわけだが。

「そうなのか?
 博之は王とか貴族になるのか?」

 かばっと顔面を近づけてうれしそうな視線で睨むんじゃない。
 餌の前の犬じゃあるまいし。首輪もつけているから耳と尻尾が見えそうだ。

「生やした方が好きなのか?」

 結構。だからテレパスで読むんじゃない。

「勉強をして海大を卒業すれば、すぐに提督閣下になる。
 これも撫子のおかげだ」

 そう。俺のしている勉強というのも海軍大学校の勉強だったりする。
 海軍における人事制度というのは卒業期の卒業席次順、通称ハンモックナンバーが全て優先される。
 もちろん人事の硬直化を避ける為に例外も存在しており、その一つがこの海軍大学校という手段だったりする。
 なお、海軍大学校を出なくても将官になるものもいるのだが、それは現場責任者のトップとしての将官である。
 ここに海軍上層部が俺に何を期待しているかが透けて見える。
 現場ではなく海軍中枢、海軍大臣や軍令部総長などの赤煉瓦で働く、つまり内閣や大本営を介して国政に参与する事ができる地位まで上り詰めろと言っているのだった。
 当然それは効率よく撫子や彼女の眷属を海軍、ひいては国家の為に使うために他ならない。  
 かくして、ただでさえ異例扱いの俺の海軍大学校入学は同時に他の入学者の激しい嫉妬心を巻き起こし、日に影にいやがらせを受ける事が分かっていた俺はこうして事前に勉強をしてなんとか彼らに追いつこうと努力しているわけだ。
 なお、その勉強の為と称して夜のお勤めは二日に一回に減らしてもらったりしている。
 それもまたこのお姫様の機嫌悪化の原因の一つだったりするのだがさておき。

「提督ってあれか?
 船をいっぱい率いる偉い奴の事か?」

 その通りという意味で俺は黙って首を縦に振ると撫子は嬉しそうに眼前に迫った。

「そうか!
 博之も提督になるのかっ!
 いつごろなるのじゃ?」

 とりあえず急に撫子の頭が来たので撫でてやる。
 こうすれば、不思議とおとなしくなるのだから犬の躾か。これは?

「そうだなぁ。
 二年後に卒業して、呉と赤煉瓦をいったりきたりして10年後……」 

「おそいのじゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

 だから力いっぱいテーブルをたたくな!
 ぐーの穴がまたあいたじゃないか。

「なんじゃ!その悠長な出世は!
 そんなに待っていたらわらわがお婆さんになってしまうのじゃ!!」

 30代の将官様という恐ろしい大出世ですらご不満ですか。撫子様。
 って待てよ不老種。
 お前そもそも老いないし、お前らにとってみれば10年なんぞ昼寝も同じだろうが。

「その間、博之との逢瀬が二日に一回しかないのが我慢できないのじゃ!!!」

 言い切りましたよ。このけだもの。

「当たり前なのじゃ!
 毎日博之の精を子宮で受け止めるのがわらわの幸せなのじゃぞ。
 それが減らされるのはご免なのじゃ!」

 ……十年間毎夜毎夜朝まで卵作り……多分死ぬ。絶対死ぬ。間違いなく死ぬ。

「死ぬわけないじゃろうが。
 何の為にメイヴが薬を飲ませたと思っている。
 簡単に死なぬように体が変わっておるわ」

 そういえば、勉強しているときも疲れや眠気がほとんど意識しない。
 えらくはかどるものだと思っていたがそれが理由か。納得。

「わかったのじゃ。
 こうなったら博之を提督にするように料亭とやらにわらわが乗り込んで……」

 すっ飛んでいこうとする撫子の首輪をひっ掴んで慌てて身柄を確保する。
 というか、何処で料亭なんぞの言葉を知ったんだ?こいつ? 

「この間遠藤が楽しそうに話して博之と喧嘩していたではないか」

 あれか……
 帰国後に俺の身柄を確保する為に、艦隊派と条約派の双方からやってきた料亭へのお誘いの嵐。
 当然のようにその中にはお偉い方がいて、「うちにこないか?」と誘いをかけてくるのだろう。
 その全てを丁重に断った俺だったが、綾子や遠藤の方にもお誘いが来たらしい。
 華族のお嬢様としてその手の俗世のあしらい方を心得ていた綾子は両派共に断り、遠藤は遠藤で両派に顔を出して両方に空手形をもらった挙句に「真田中佐の指示に従います」とボールを俺に投げやがった。
 将官の芸者と遊べて満足だったという感想の後で遠藤をタコ殴りにしたのは言うまでもない。

「その芸者というのはそんなに楽しいものなのか?」

 テレバスで読むんじゃない。馬鹿竜。

「なんじゃ。
 芸者遊びぐらいなら、わらわも習って」

 だから何処に行くのですか竜神様よと慌てて着物を掴む。

「ふむ。
 花芸とか水芸とかみたいと思うて吉原に習いに」

 誰だ。この淫竜に馬鹿知識教えたやつは。

「ふふふ。
 わらわを甘く見るでない。
 雄の為に良い交尾の努力は惜しまぬのが牝のつとめじゃ。
 回数が少なくなるならばもっと濃密に強請らねばならぬからのぉ」

 いや。自重しろ。おねがいだから。
 そんな俺の声が届いたのか急に撫子がぽんと手を叩く。

「そうじゃ博之。
 思い出したのじゃがメイヴが後でわれらに会わせたい……」

 その声が最後まで言えなかったのは、隣の部屋の綾子が発したお嬢様らしくない怒声の為だった。


「何で貴方達がここにいるんですかぁぁぁ!!!」


 その声に慌ててドアを上げると綾子の部屋のドアが開いていて、巫女姿のメイヴの後ろに見た事があるフレンチとヴィクトリアメイドの二人が。

「あら博之様」
「お久しゅうございます」

 優雅にスカートの裾をつまんで挨拶するのは大原家に雇われていたスパイメイドのアンナとナタリーの二人だった。
2010年03月18日(木) 16:45:11 Modified by nadesikononakanohito




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