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1970年、第一期かぐや姫が出演した勝ち抜き歌番組。
日本テレビ系列放映、大阪・豊中市立市民会館にて収録。

第1週:花はどこへ行った

アマチュア時代にも演奏実績のある、有名なフォークソング。原題「Where Have All the Flowers Gone?」、オリジナル・シンガーは作者のピート・シーガーで、1955年発表。PPMなど多くの歌手にも歌われている。
第2週:海

1970年12月21日放送。この回で五木ひろし(三谷謙)が7週勝ち抜き。
作詞:水谷みゆき・作曲:神山純によるこの作品は、エマノンズというカレッジ・フォークのグループも歌っていたらしいが、元々は永井純が歌った曲。元来ヤング・フォーク・スリーのレパートリーであり、第二次かぐや姫の『LIVE』にも即興演奏が収録された。
第3週:あわれジャクソン

番組で初めて演奏したオリジナル作品。後に、彼らのレコードにも収録された。本番でこうせつは意図的にボーカルの音程を外し、「あ、音程くるいましたか?すいません」とやって、これが審査員・淡谷のり子先生の逆鱗に触れる。
「わざとふざけて、自分達ではいいと思ってやっているのかもしれないけど、面白くもなんともないんだから。まずは、まともに歌うことをしっかりやりなさい!」
阿久悠さんも恐い顔で「もっと売れる歌を作らなきゃダメだよ」とコメント。

しかし実際には、彼ら(こうせつ)の歌唱力は抜群で、出場者の中でもトップクラスの実力を誇っていた。しかもこのユーモア精神、出場者中もっとも人気があったというのも当然だろう。
第4週:酔いどれかぐや姫

かぐや姫の人気は上々で、知名度アップという当初の目的をほぼ達成したと実感したこうせつは、それまでの路線から一転して問題作「酔いどれかぐや姫」の披露に踏み切った。「全日本歌謡選手権」への出演が決まった時に歌わせてくれと志願したが、梅原さんから却下された曲であった。

「かぐや姫の曲を歌うので、正装してきました」とおかしなステージ衣装(おそらく十二単)に身を包んで登場した彼らは「酔いどれかぐや姫」を演奏。「全日本歌謡選手権」という権威ある舞台で、この場違いなパフォーマンスが全国のお茶の間に与えたインパクトは想像に難くない。またここで歌われた「酔いどれかぐや姫」はオリジナルの歌詞で、レコードとは異なる次の一節を含んでいた。

♪貴女はかぐや姫なのか、それともババアなのか〜

さらに間奏では、「新春バカ踊り!」の掛け声で、大島三平がハチマキをして日の丸の扇子を持って踊ったという。

番組の最後には別の衣装(シングル「変調田原坂」のジャケット撮影に使用したユニフォーム)に着替え、再びステージに登場した彼らは「オリジナルが2曲だけしかないので、もう歌う曲がない」という理由で、この週を最後に番組出演を辞退した。もちろん本音は(目的を果たした以上、もうこんな番組には出る理由がない!)である。

審査員の先生方は「なにもオリジナルにこだわらなくても…」と残念がり、司会の長沢純からも「いいオリジナル曲ができたら、また来てくださいね」と言われたが、彼らの意志は固かった。淡谷のり子先生だけが「オリジナルじゃない曲の方がずっといい」とのコメント。「酔いどれかぐや姫」がよほど気に入らなかったのだろう。歌詞の「ババア」が淡谷先生(当時60歳代)に向けられたものだったかどうかは定かではない。

なお、彼らが最後に出演した4週目に三谷謙という歌手が10週勝ち抜きを果たした。歌手生命を賭けた最後のチャンスで見事な花を咲かせた彼は、翌年、五木ひろしという新しい芸名で「よこはま・たそがれ」を歌って演歌の新星となったのである。


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