当wikiは年齢制限のあるページです。未成年の方は閲覧をご遠慮下さい。



「え?そうなの?うん…うん…どうしようかな。ちょっと考えてまた電話するよ。じゃあ」

一日のスケジュールを終えて、みんななんとなく事務所に集まってお喋りしていた時。
春香の携帯が鳴った。

「うーん、困ったなあ」
「どうしたの?」
「お母さんからだったんだけど。家の方、雪で電車止まってるんだって」
「どれどれ…あら本当」

律子が早速パソコンで交通情報を調べる。

「どんがら線はヴァイ〜わっほい間上下線とも大雪のため運休、復旧時刻未定だって。
 春香んちの最寄りはどこだっけ」
「ののワ駅です」
「ありゃ。もろ止まってる区間ね」
「家の方、かなり雪降ってるらしいんです。今日は千早ちゃんもあずささんもいないし、どうしよう」

家が遠い春香は、仕事で遅くなった時は一人暮らしをしている千早やあずささんによく泊めてもらっている。
だけど今日は二人とも休暇を取って旅行中で不在。
つまり、二人はそういう仲ってことなんだけど。

「タクシーはお金かかるし、それにこの分だと道路も危ないかもしれないし。ホテルに泊まろうかな」
「ウチで良ければ来る?今、チューハイの缶がタワー状態だけど」
「あ、あの」

見かねた小鳥さんの申し出に被せるように、気づいたらボクは口を開いていた。

「ボクの家に、来ない…?」

***

「本当によかったの?急にお邪魔しちゃって」
「本当に大丈夫だって。
 今日は晩ご飯お鍋なんだけど、父さんも雪のせいで遠征先に泊まりになったらしくって、
 ちょうどよかったって母さんむしろ喜んでたよ」

そんな話をしながら、駅から真の家に向かう道を二人で歩く。
紺のダッフルコートを着た真はパッと見少年みたいで、でも襟から少しだけのぞいてる首はすごく細いし、
肩幅だってそんなにないし、お尻だってキュッと小さくてうらやま…じゃなくて、やっぱり、女の子だなーって思う。
ファンの人たちはどうか分からないけど、私は女の子な可愛い真、嫌いじゃない。むしろす…あ、コンビニみっけ。

「真、ちょっとコンビニ寄ってくるね」
「ん?何か必要なものなら、ボクの家にあるかもよ」
「うん、あ、あの、急に泊まることになっちゃったから、下着…」
「!! そ、そうか…。うん、ボク、ここで待ってるよ」
「すぐ戻ってくるね」

あー恥ずかしい。できれば、さりげなく買ってきたかったのにぃ。
真は女の子だけど、他の女の子とは違うわけで。真がというより、私の気持ちの問題なんだけど。

恥ずかしいのもあるけど、何より寒いところに真を待たせてるからつい小走りになって、
そうすると鞄の中でガサゴソ音がする。

いつ、渡そう。

予定では事務所で帰り際に、

「いっけなーい! 電車の時間忘れてたよ急がなきゃ!
 あっ真、これチョコね。じゃっ!!」

と、どさくさ紛れに渡してダッシュで逃げてくるはずだったんだけど、雪のせいでおじゃんになっちゃった。
我ながら姑息な作戦だと思うけど。

だって、真の反応を見るの、なんかこわくて。

真のことだから間違っても邪険にはしないだろうけど。
でも、ついつい作ってる時に他の子にあげるのとは違う気合いの入り方になっちゃって、
そしたら、そんな私の気持ちを(勝手に)込めたチョコを、真がどんな目で見てどんな言葉を返すのか、
考えるだけでドキドキしちゃって、とてもその場にいられそうになかったんだもん。

***

「ありがとう。いいお湯だった」

お風呂から上がった春香が、部屋に戻ってきた。
レッスン用のジャージは見慣れているものだけど、リボンを外した代わりにヘアピンで髪を留めていて、
たったそれだけなのに、なんだか少し違って見える。

「ん? どうしたの?」
「いいいいや、なんでもないよ。ボクもお風呂入ってくるね。ドライヤー、そこにあるから使って」

大きめに開けたジャージの襟から見えていた、湯上りでうっすらピンクに染まった胸元。
そんなとこに見とれていたら急に話しかけられて、ボクはあたふたと着替えをひっつかんで部屋を出た。
なんだか春香がちょっと大人っぽく見えてドキドキするような、モヤモヤするような、複雑な気持ちだ。

「はぁ…」

手早く体を洗ってお湯につかると、つい溜息が出た。
勢いで春香を連れてきちゃって、母さんは大喜びで歓迎してたけど、ボク自身はどういうつもりなんだ。
全く何事もないのも、それはそれで問題な気がする。だけど。

好きって言ったこと、ないんだよね…。

なんとなく、気が合って。
なんとなく、よく一緒にいるようになって。
なんとなく、お互い好意を持ってるような気がして。

でも、確かなものは、何もない。ボクと春香の間には。
春香は、どう思ってるんだろう。いや、それ以前にボクの気持ちは?

「うわああああわっかんないよう…ってうおおおおあああ!?」

ざっぼーん。

「真!? 何やってるの!?」

ドアの向こうから母さんの声。
煮詰まってイライラしたから思い切り勢いつけて湯船から出ようとしたら足が滑ったんです、ハイ。

***

結局、渡せずじまいだったな。
真のベッドの隣に敷いてくれたお客さん用布団に潜って、溜息ひとつ。

真がお風呂から上がってから、テレビを見たり雑誌の超どうでもいい記事についてダラダラ喋ったりして、
気づいたら12時を回っていて、チョコのことは切り出せないままもう遅いから寝ようとなってしまった。

はぁ。今日(もう昨日だけど)の真、案の定沢山チョコもらってたよね。
あの中にいくつ本命チョコがあるんだろう。
もしかしたら、真にとっての本命があるかもしれない。

いけないいけない。こんなこと、考えてちゃ。
って頭では分かってるんだけどね。心のざわめきは収まってくれない。

消化不良で終わったバレンタインデーのせいか、いつもなら爆睡一直線のこの時間でも、
まだなんとなく寝つかれない。

「眠れない?」

不意に、話しかけられる。

「ううん、そんなんじゃないけど」

中途半端な返事の後は、沈黙。

「寒くない?」
「うん、大丈夫」

また、沈黙。

「ねえ」
「うん?」

今じゃなくてもいいのかもしれないけど、今じゃなきゃ聞けないような気がするから。

「真は、アイドルの次って、考えたことある?」
「アイドル辞めた後、どうするかってこと?」
「そう」
「たまに、考えるよ」
「そうなんだ」

やっぱり真でも、って言ったら失礼っぽいけど、そういうこと考えるんだ。

「一生は続けられないだろうって思うから」
「そうだね」
「いつかは、辞める時が来る」
「うん」
「その時、ボクは誰といてどんなことをするんだろうって、想像することはある」
「そっか」

その時、私はもう真の側にはいないかもしれない。
もしいても、ただの友達としてかもしれない。
だって今だって、私と真は特別でもなんでもない、ただの友達で、事務所の同僚で。

「でも、結局わかんないんだ」
「何が?」
「十年後とか、二十年後とか、ボクがどんな風になってて何をしてるか、
 想像してみてもよく分からないんだよね。
 結局、アイドルをやりきってもいないのに、辞めた後のことなんて考えられないんだなって思う」

真らしいな。
一生懸命で、まっすぐで。

できれば、ずっと一緒にいたいけど。
それは、無理なことなのかもしれない。

そう考えたらなんだかむしょうに寂しくなって、私なんかちっぽけな存在だしとか思っちゃって、
涙が出そうになって、いけないいけないって布団を頭から被ろうとしたら。

「春香」

呼びかけた真の声はすごく優しかった。

「おいで」

薄暗がりの中、かすかに真が手を伸ばすのが見える。
私は無言でお布団から出て、その腕の中に抱きとめられた。

真の温もりに包まれたら色んな気持ちがいっぺんに押し寄せてきて、訳もなく泣いちゃった私を、
真は黙ってぎゅっと抱きしめてくれていた。

そして、先のことは分からないけど、春香と一緒にいたいと思う、というような意味のことを、
ぽつぽつと真らしく不器用な言葉で、言ってくれた。

それから少しだけ、二人の唇が触れた。

***

「あ、そういえば」

通勤ラッシュの時間を少し過ぎた駅で、乗り換えの電車を待っている時、春香は急にガサゴソと鞄を探り始めた。

「あ、あのね、一日遅くなっちゃったけど、もらってくれるかな…?」

寒さのせいだけではなく頬を赤らめながら、綺麗にラッピングした小箱を差し出す。

「あ…」
「うん、真はきっといっぱいもらったから、うんざりかもしれないけど、その、一応というかなんというか、
 せっかく作っちゃったし、実は結構気合入ってたり…ってそんなことどうでもいいよね、まあとにかく」
「ありがとう」

ののワ顔でしどろもどろに言い訳してる姿は可愛くて、正直ずっと見ていたいなんて思うけど、
まああまり焦らすのも気の毒だから適当なタイミングで受け取る。

「開けてもいい?」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、いいよ?」

箱にかけられたリボンを外し、慎重に包装紙を開ける。
箱の蓋を持ち上げると、丸いチョコが八つ、並んでいた。

「これはトリュフ…だよね」
「うん。少しビター気味にしてラム酒を入れて大人っぽい味にしてみたんだけど、どうかな…?」

一つつまんで口に入れる。
確かに甘さは控えめで、洋酒の香りが滑らかな舌触りとともに広がる。

「おいしい」
「ほんと?」
「うん。ほんとに。ほら、春香も」
「え? え?」

もう一つつまんで、照れながら控えめに開けた春香の口に入れてあげる。

「おいしいよね」
「うん、自分で言うのもなんだけど、いい出来だと思う」
「残りはゆっくり食べさせてもらうよ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」

また慎重にラッピングを戻して、大事に鞄に収めた。

「ホワイトデーは」
「うん?」
「来月。ホワイトデーは、二人でどこか行こうか」

なんとなく春香の手を取って、冷たかったからボクのコートのポケットに入れると、
春香はボクの肩にもたれて、

「楽しみだね。どこ行こうか」

と言った。

ボクはそうだなあ、なんて言いながら、ホームの時計を見上げる。
電車まで、まだもう少し時間があった。

***

実は旅行から帰ってきた千早とあずささんに、駅での一部始終を目撃されていて、
後日ボクと春香は散々冷やかされることになる。

おわり。

どなたでも編集できます

メンバー募集!