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むかしむかし、あるところに、わるい吸血鬼がいました。
 吸血鬼は人間よりとても強かったので、人間は吸血鬼にさからうことができません。
 吸血鬼は若い女の子を何人もさらって、自分のお城に閉じこめてしまいました。
 吸血鬼に血を吸われた女の子たちは、身も心も吸血鬼のとりこになってしまいます。
 たくさんの人が女の子たちを助けようと、吸血鬼に戦いを挑みましたが、
だれ一人として戻ってきませんでした。
 しかし、ついにその吸血鬼が倒される日が来ました。
 ハンターと名乗ったその人は、森の奥にある吸血鬼のお城へ行き、とてもはげしい戦いの末、
吸血鬼に勝ったのです。
 吸血鬼は死ぬまぎわに、ハンターにこう言いました。
「わたしの身体がなくなっても、この牙があるかぎり、私の魂はなくならぬ。
この牙を持った人間にとりついて、永遠に女たちの血を吸い続けるのだ」
 その瞬間、吸血鬼の口がきらりと光り、牙が飛び出してきたのです。
 さすがのハンターも牙を捕まえることはできず、牙はどこかへ飛んでいってしまいました。

 吸血鬼が死んでしばらくすると、あちこちで吸血鬼の事件が起こるようになりました。
犯人はすぐ捕まるのですが、だれも吸血鬼の牙に気づきません。
 何人もの人が吸血鬼として死刑になりましたが、牙に気づいた人はだれもいませんでした。
 そのうちに、吸血鬼事件もなくなり、みんな吸血鬼のことを忘れてしまいました。
 でも、吸血鬼の牙は今もどこかに眠っています。
 もし、とりつかれたら……


「なにやってるの、やよい?」
「はわっ! い、伊織ちゃん!?」
「きゃっ。ど、どうしたのよ。びっくりするじゃない」
 衣装の準備ができたのでやよいを呼びに行ったところ、小鳥がヘン顔で
やよいに何やら話しているところだった。
 どうせろくなことじゃないんだろう、と思ってやよいに声をかけたら、
とんでもない声を上げるから、こっちがびっくりしちゃった。
「いやあ、今日二人が着るマイディアヴァンパイアとヴァンパイアセットがあるじゃない?
あのマウスピース可愛いわよね、って話を」
「どう見てもそんな話してるようには見えなかったけど」
「うぐ」
「それで、小鳥さんが、吸血鬼にとりつかれちゃう呪われたマウスピースがあるって話を
してくれたんだけど、それがすごく怖くて……」
 まったくこの事務員は! 仕事をサボって何をやってるのよ!
「何やってんのよ小鳥! ステージ前に怪談でやよいを怖がらせてどうするのよ!
私たちのこと邪魔する気!?」
「えへへ……やよいちゃんが本気で怖がるからつい」
「つい、じゃない! ……まったく。やよい、行くわよ」
「あ、待ってよ伊織ちゃん」


 やよいと一緒に今回のステージ衣装、マイディアヴァンパイアに着替える。
 吸血鬼をモチーフにした衣装で、牙がついてるマウスピースが特徴的だ。
 プロデューサー(変態)が試着した私を見て
「いおりーん! 俺だー! チュッと吸ってくれー!」
 なんて叫び出すくらいだから、似合ってはいるんだろう。
 着替え終わってやよいを見ると、マウスピースを手に持ったままだった。
「どうしたの、やよい。早く付けなさいよ、すぐに出番が来るわ」
 私が声をかけると、やよいは恥ずかしそうに笑った。
「あ、ごめんね。さっきの小鳥さんの話、思い出しちゃって。
もしこれが呪いのマウスピースだったら、どうなっちゃうのかなーって考えちゃって」
「なに言ってるのよ。呪いなんてあるわけないじゃない。あれは小鳥の妄想よ」
「そうだよね。ごめんね、ヘンなこと言っちゃって」
「やよいが謝ることじゃないわ。悪いのは小鳥なんだから。さ、行きましょ」
「うん!」


「お疲れさま、伊織ちゃん!」
「お疲れさま、やよい。大成功だったわね」
 今までに比べて大きいステージだったから少し不安だったけど、終わってみれば大成功だった。
きっとファンの数もかなり増えたに違いない。
「うぅ、でも今度の新曲、ちょっと難しいかも」
「そうかしら?」
 新曲『きゅんっ!ヴァンパイアガール』がそんなに難しい曲だとは思わない。
 少なくとも『蒼い鳥』や『隣に…』に比べれば簡単だと思うんだけど。
「でも私、伊織ちゃんみたいに『きゅーん』とか『はーん』の部分を上手く歌えないから……」
「そんなことないわよ、やよいだってかわいく歌えてるじゃない」
「でも、プロデューサーにも『色気がない』って言われちゃったし……」
「あのバカの言うことなんか気にしちゃダメよ」
 ステージが終わるなり、私たちの変態プロデューサーは
「やよいー! 色気がなかったぞー! だがそれがいいっ!!」
 と意味不明なことを叫びながらやよいに飛びかかっていった。
 私が蹴っ飛ばしてやらなかったら今頃大変なことになっていたに違いない。
 それに……
(やよいに色気がないなんて、プロデューサーも変態のくせに見る目がないんだから)
 衣装を脱いでいるやよいを盗み見る。
 ツインテールで見え隠れする真っ白なうなじ。首筋やおでこに光る汗。
 『おいしそうな男の子』なんて歌詞だったけど、やよいの方がずっとおいしいに違いない。
(……って、何考えてんのよ私は!)
 これじゃ私が変態みたいじゃない。
 なんだかモヤモヤしたままアクセサリを外そうとする。
(あれ?)
 ヴァンパイアマウスピースが取れない。
 歯に完全にくっついちゃってる。
(な、なんで?)
 やよいは普通に外せてるのに、なんで私のマウスピースは取れないの?
 とにかくやよいに相談しよう。
 そう思ってやよいを見た瞬間、頭が真っ白になった。
 やよいが欲しい。やよいの血が欲しい。
 ごく自然にそう考えてしまった自分が怖くなる。
(何考えてるのよ私! 血が欲しいだなんて、吸血鬼じゃあるまいし!)
 やよいは親友だ。やよいの首筋に牙を立ててその血を吸うなんて――
 凄く、ドキドキする。
(違う! そんな恐ろしいこと、できるわけないじゃない!)
 そう、牙を立てるということは、やよいを傷付けるということじゃない。
 やよいを傷付けることなんて、できるわけない。
 誰にもやよいのことを傷付けさせたりしない。
 やよいは私のものだ、やよいに傷をつけていいのは、私だけ――
(なに、どうしちゃったのよ私。なんでこんなこと考えてるのよ)
 自分の思考回路が怖くなる。
 自分が自分でなくなったような気がする。
 やよいの血が欲しい、という気持ちがどんどん膨れ上がって、気がつくと私は
やよいのすぐ後ろに立っていた。
 手を伸ばせば届く距離。
 やよいを捕まえて、血を吸うことができる距離。
(ダメ、そんなこと考えちゃダメ!)
 必死で自分の中にある欲望を抑えようとする。
「伊織ちゃん、どうしたの?」
 私に気付いたやよいが、振り向く。
 その目を見た瞬間、私の中の欲望が爆発した。
 やよいの両手首をつかんで、身体をロッカーに押しつける。
 首筋を舐め上げる。
「え、えっ?」
 首筋に牙をあてがう直前、やよいを見上げると、混乱した表情のやよいと目があった。
「やよい、ごめんなさい」
 欲望に支配されていた私は、そう言うのが精一杯で。
 次の瞬間、私の牙がやよいの首筋に深々と突き刺さった。


 美味しい。
 さっきまで怖がっていたのがバカらしくなるくらい、やよいの血は美味しかった。
 果汁100%のオレンジジュースより甘くて濃厚な味わい。
 もっと飲みたい、そう思った私は、さらに牙を突き立てる。
「あ、あ……」
 いつもの元気いっぱいのやよいからは想像もつかない、かすれて消え入りそうな声。
 それが私をますます興奮させる。
 くずおれそうになるやよいを抱きしめながら、牙を抜き、耳元で囁く。
「やよいの血、とっても美味しいわ」
「伊織……ちゃん、やめ……て」
 涙を浮かべ弱々しく懇願するやよいにゾクゾクする。
 やよいの血が欲しい。もっと鳴かせたい。
「ダメよ。私はもっとやよいの血が欲しいの」
 そう言って再び首筋に牙を突き立てる。
「うっ……あっ……ああぁっ……」
 震えながら私にしがみついてくる様子に、やよいを自分のものにしたかのような
錯覚を感じてしまう。
 やよいは私のもの。誰にも渡さない。
 そんな独占欲から激しく血を啜った瞬間、頭にもやがかかり、膝が震えた。
 一人でするときと似た、でも比べ物にならないくらいの快感。
(うそ、私、やよいの血を飲んで感じてるの?)
 このまま吸い続けたら、どうなっちゃうんだろう。
 もし、やよいの血を吸いながらイっちゃったら……
 そんな背徳的な想像にドキドキする。
 やよいをきつく抱きしめ、快感を貪欲に求めてしまう。
 やよいも、まるでそれを受け入れたかのように私に抱きつく。
「いおり……ちゃ……ダメ……わた……ダメぇ……」
 何かを我慢するかのように、私にしがみつくやよいの手に力が入る。
 私も快感のあまり意識が飛んでしまいそうだ。
(もうダメ! イっちゃう! やよいの血を飲みながら、イっちゃう!)
 最後に向かって、ごくり、と大きく喉を鳴らして吸いあげた血を飲み込む。
「ああっ……イっちゃうっ……イっちゃ……」
「あっ……ああああっ……やあっ……」
 私が達したのとほぼ同時に、チョロチョロチョロ……という音が聞こえた。
 目を向けると、やよいの足もとに小さな水たまりができている。
 これって……
「やよい、おもらししちゃったのね」
「ううっ……」
 やよいはよほど恥ずかしいのか、ぎゅっと目をつぶって顔をそむけてしまう。
 それがすごく可愛らしくて、愛おしくて、さっきまでとはまったく違う愛情が湧き上がる。
 さっきまで牙を突き立てていた首筋を丁寧に舐め上げる。
「伊織ちゃん……」
「ん、どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
 最後に傷跡にキスをして、私はやよいから離れた。
 次の瞬間、ポロリ、と音を立てて私の口から牙が外れた。


「え……?」
 今までどうやっても外せなかった牙が、何もしないで外れた。
(血を吸って満足したってこと?)
 よく分からないけど、牙が外れたことで、私の心と身体は元通りになった。
 同時に、さっきまでの自分の行為が怖くなる。
(私……何をしてたの!?)
 やよいを押さえつけ、牙を突き立て、血を吸う。
 あんなにやよいが嫌がっていたのに、私はやめるどころか、一層激しく血を啜り、
やよいを泣かせてしまった。
 自分がやったことへの恐怖感と罪悪感に潰されそうになる。
 何か言わなきゃ、やよいに謝らなきゃ。
「やよい……あ、あの」
「伊織ちゃん、今日は先に帰っていいよ」
「え……」
 レッスンの後、オーディションの後、ステージの後、いつも私たちは二人一緒に帰っていた。
 『先に帰っていい』と言われたことは初めてだ。
 やよいに拒絶された、ということを認めたくなくて、必死で言葉を探す。
「私……お部屋の掃除とか、やらなきゃだし」
「で、でも、私も手伝って」
「いいから!」
 絞り出すようなやよいの叫びが心に突き刺さる。
 きっとやよいは、一生私を許さないだろう。
 マウスピースの呪いだ、なんて言っても信じてくれるはずもないし、呪いのせいでも、
私がやよいに酷いことをしたのは事実だ。
 重い沈黙の中、私は泣きそうになるのをこらえて着替えを済ませ、部屋を出る。
「やよい……ごめんなさい」
 ドアを締める前にやよいにそう言うのが、精一杯だった。


 あれから一週間経った。
 やよいとは仕事に必要な最低限の話しかしていない。
 今までは学校や家族のことなどの他愛もない話をずっとしていたこともあったのに。
 もう、やよいとどうやって話していたのかも思い出せない。
 あのマウスピースをどうしたのかが気になっていたけど、それも聞けないまま。
 そんな最悪の状態なのに、今週もステージであの衣装とマウスピースをつけないといけない。
「はい、伊織ちゃん」
「え?」
 目を上げると、やよいがヴァンパイアマウスピースを差し出していた。
「あ……ありがとう」
 やよいからマウスピースを受け取る。
 掌のマウスピースを見ていると、先週の記憶が蘇る。
 おぞましい、でも甘美な記憶――
(何考えてるのよ!)
 頭を振ってその記憶を追い払い、マウスピースを着けた。


 先週に比べると少しぎくしゃくしていたけど、ステージはなんとか成功した。
 今、私たちは先週と同じ部屋で着替えをしている。
 先週と違うのは、私たちの間に横たわる沈黙。
 新曲の話をしていたのが、遠い昔に思える。
(なんでこんなことになっちゃったのよ……)
 泣き喚きたくなるのを堪えて、アクセサリを外そうとした私は、そこで初めて異変に気付いた。
(うそ!)
 マウスピースが取れない。
 先週のことがフラッシュバックする。
(ダメ、もうあんなことしちゃ、ダメなんだから!)
 湧き上がる衝動を抑え込もうとした瞬間、背中に暖かいものが触れた。


 どうして背中からやよいが抱きついているの?
「や、やよい?」
「伊織ちゃん……ごめんなさい」
「え?」
「先週、伊織ちゃんと一緒に帰りたくなかったの。それで私、あんなこと言って……」
「謝るのは私よ、あんな酷いことしたら、誰だって……」
「違うの、そうじゃないの」
「ど、どういうこと?」
 何が違うんだろう?
 もしかして、私が気付いてないだけで、他にもっと酷いことをしちゃったの?
 悪い想像ばかりが頭を駆け巡る。
「伊織ちゃんと一緒にいたら、もっとしてほしい、って言っちゃいそうで……恥ずかしかったの」
 一瞬、やよいが何を言っているのか分からなかった。
 もっとしてほしいって、それってつまり……
「先週、伊織ちゃんに血を吸われた時ね、初めは嫌だったけど、その内頭がぼーっとしちゃって、
すごくドキドキして。
おもらししちゃった時はすごく恥ずかしくて、だけど伊織ちゃんに舐められてたら、
すごく幸せな気持ちになっちゃって。それで……もっと吸ってほしくなっちゃったの」
「そ、そう……」
 あまりに意外な告白に、相槌をうつことしかできない。
「あの後もね、血を吸われた時のこと思い出すと、頭がクラクラしちゃって、
でも伊織ちゃんに話すのは恥ずかしくて、それでずっとお話できなくて……ごめんなさい」
 この一週間、やよいに嫌われているのかと思っていた。
 まさかそんな理由だったなんて。
「でもね、伊織ちゃん、なんだか凄く辛そうだったから、ホントはもうやめようって思ったの。
だけど、どうしても我慢できなくて、また伊織ちゃんに血を吸ってほしくて、それで」
 そこまで呆然と聞いてた私は『血を吸ってほしい』という言葉にドキリとした。
 『吸血鬼に血を吸われると身も心も吸血鬼の虜になる』
 もしそんなことが本当にあるなら、血を吸われたやよいが私の虜になってしまったことになる。
「違うの、やよい!」
 やよいを落ち着かせようと振り返った私を、やよいが上目づかいで見つめる。
 その仕草だけで何も言えなくなってしまった。
「ね、伊織ちゃん、吸って」
 押しつけられる柔らかい身体と甘い囁きに、あっという間に理性が崩れ去った。
 今さら気付いた。
 あの時から、いや、ずっと前から、私はやよいの虜になっていたんだ。
 私はやよいを抱きしめ、首筋に牙を突き立てた。



「そういえば最近、伊織ちゃんとやよいちゃん、仲いいわね」
「そ、そうですか?」
「何言ってんのよ小鳥。まるで以前は仲が悪かったみたいな言い方ね」
「そういうわけじゃないんだけど……なんというか、より一層仲が良くなったというか、
ピヨピヨセンサーに反応があったというか」
「何よそれ」
「そのピヨピヨって凄いんですか?」
「凄いのよ、音無小鳥のみに許された特別センサー! 女の子同士のラブラブを一目で
 数値化できる優れもので」
「ええーっ!?」
「ど、どうしたのやよいちゃん?」
「小鳥! バカなこと言ってんじゃないわよ! ほら、やよい、帰りましょ」
「う、うん!」


 事務所の誰もいない部屋を見つけ、鍵をかける。
 電灯が点いていない部屋の中、マウスピースを着けて吸血鬼となった私に、
髪を解き、首筋を拭いたやよいがそっと抱きつく。
「伊織ちゃん……吸って」
 月明かりの下で、私たちの秘密の時間が始まる。

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