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お湯が跳ねないようにそっと、そっと。
後ろでは貴音が鬼のような目でこちらを見ているけれど、なに、気にすることはない。
線まで注いだらふたをして、タイマーをとる。
通称『春香さんタイマー』。サイズは手のひら。春香の姿をしていて、時間がきたら電子音の代わりに春香が教えてくれるのだ。

「さんぷん、と。貴音ー、もうちょっと待つんだぞー」

貴音の手にはもう箸があって、ああ、食べる気満々だったのだなぁ、と思った。
何度カップラーメンを作っても、貴音は三分前から割り箸を割る。そんな人だ。
お湯を零さないよう慎重にカップラーメンをテーブルまで持っていく。

「……貴音、このラーメン本当に美味いのか?」
「わたくしも、食べるのは初めてなのです。何でも、新発売、だとか」

……貴音にも、食べていないラーメンがあったんだ。
ふたの部分には貴音の写真が印刷されていて、『期間限定!四条貴音の限定ストラップが当たる!』という文字。

「いや、でも。面妖ミルクしょうゆ味って、……ちょっと想像つかないぞ」

どれだけ面妖なんだ。シーフードとミルクは聞いたことあるけれど、ミルクとしょうゆって。
だが貴音はしれっと「面妖でみるくでしょうゆ味なのですよ」と言った。自分はちょっと遠慮したい。
貴音はラーメンを睨むようにしている。でも食べることはしない。前、実際にやって後悔したからだ。
ちらりと春香さんタイマーを確認。じゅうよん。

「あ、そろそろ三分」
「!」

貴音の目が一瞬にして獣に変わる。
子供みたいだな、と思って、その後それを取り消した。自分の記憶にある子供は、こんなに凶暴じゃない。
自分の手の中の春香は、今にも泣き出しそうにカウントダウンしている。
ほら、さん、に、いち。

「時間ですよ!時間ですよ!」

瞬間、ふたの上で行儀よく並んでいたお箸兄弟が姿を消した。
湯気がもわもわと沸いて出る。匂いは、……悪くはない。
くるくるとかき混ぜて、さあ、一口。

「……おいしい?」

貴音は長い髪をそっとかきあげて、スープを口に含む。
それらはごくりと飲み干されて、返事を待つ自分のほうを向いて、さらにスープを一口。
……ああ、そういうこと。

「ん、」

その辺にあったティッシュを手に取り、それから唇を合わせる。
貴音は背が高いから、必然的に上を向くことになる。ちょっと首が痛むけれど、もう慣れた。
生ぬるいスープをもらって飲んで、口の端から垂れたものはティッシュでやっつけて。

「……意外と美味い」
「そうでしょう。かっぷらぁめんは発想の積み重ねで出来ていくのです」

なんだかよく分からないけれど。

「もう一口、頂戴」

貴音は笑った。それからもう一度口にスープを含んでキスをした。
上から濃い液体が降ってくる。それを何とか零さずに飲み干して。
貴音は最後に自分の歯をなぞってから唇を離した。

「ふふ。響は、かわいいですね」
「……いいじゃん、別に」

……思い返すと少し恥ずかしい。でも。
隣では春香さんタイマーがウインクをしてこちらを見ていた。

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