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前作

送られてきた竜宮小町の新しい衣装に目を通す。竜をモチーフにした金色の刺繍が縦に伸びて滝を登っている。
とてもかっこいいデザインだ。几帳面な細工に職人魂を感じた。

「あら、もう届いたの? 相変わらず律子は仕事早いわね」

いつの間に来ていたのか、いおりんが衣装を手にとって、まじまじと見つめる。

「遅いよいおりーん。亜美のチャイナは黄色で、いおりんのはピンクでねー。夏仕様だよー」
「チャイナドレス……ね」
「いおりんチャイナ嫌い?」
「そんなことないわよ。律子が選んだもので私が似合わないものなんてないし。
そもそも、私に似合わない衣装なんて存在すること自体まれよ、まれ」

いおりんが鼻を鳴らす。

「みんな、もう来てたのね〜」

遅れて、事務所の戸口からあずさお姉ちゃんの春の陽気みたいな声。

「あずさの分は、これかしらね」

ダンボール箱にはりっちゃんのメモが貼られていて、そう言いつつ、
いおりんがビニールに包まれた紫のチャイナ服を手にとる。あずさお姉ちゃんはそれを受け取りつつ、

「ありがとう、伊織ちゃん。今回は中華なのねえ」
「ファンから寄せられてる『竜宮小町に着てもらいたい衣装』ベスト3らしいわよ」

いおりんがあからさまに嫌そうな目をする。

「へー、そうだったんだ。一位はなんなの?」
「ウェディングドレス」
「ふ、ふーん」

この歳でウエディングドレスは、まだ早いよね。
とは思いつつも、横にいるあずさお姉ちゃんとの歳の差を指折り数えつつ、口元を抑えた。
適当な相槌でごまかしておく。

それから、それぞれ、自分の分を持って、更衣室へ入った。

「ファンの年齢層の分析は律子がやってるし、こういう需要も受け入れないといけないわよね……」
「律子さん、最近は統計士という資格のお勉強をしていらっしゃるみたいよ〜」
「聞いたことないわねえ。どうせ、マイナーな資格なんでしょ」

それに比べて兄ちゃんは、なんてすずめの愚痴りあいが始まりそうだったが、

「ただいま戻りましたー」

りっちゃんが狙ったように事務所に戻ってきた。
私たちの声に気づいたのか、更衣室の向こうから、声をかけてくる。

「あ、みんな衣装はどう? 伊織とかは特にないと思うけど、直しが必要なら今日の昼までにお願いね」
「私は特に問題ありませんよ〜」
「私も憎たらしいくらいぴったりよ……」
「……亜美のなんだか苦しいような?」
「あんた、またおっきくなったの?」

いおりんが目を細めて、今にも噛み付きそうな顔をしていた。

「んっふっふー……どうやら、亜美はもういおりんとは違う世界に来てしまったようだ」
「あらあら、成長期ね〜」
「ふん、まな板が何言ってるのよ」

ドアが二回ほどノックされる。

「開けるわよ……」

メガネを顔に押し付けながら、りっちゃんが私を見て、

「見た目はちんちくりんのくせに……一ヶ月で成長とか本当に化け物だわ。
また、寸法図り直しかー。もっとゆっくり成長してよね」
「えー、亜美のせいじゃないよー」

りっちゃんからの理不尽な溜息。ふと、視線を感じて横を向くと、
いおりんがまだじと目で私を睨んでいる。

「やだなーもう、亜美のボンボンボンに見とれちゃった? 3サイズは秘密だよ〜」
「ばか、頭の方に栄養が届いてないわけね……」
「何やら聞き捨てならないようなことを……」
「そんなことないわ〜、亜美ちゃんは面白いから亜美ちゃんなのよ〜」
「いいこと言った!」
「わけわかんないわよ」

最近、真美の服を来ても少しきついと思っていた。太ったのかと思っていたけれど、背が伸びたのかもしれない。

「冗談じゃないよ!」

突然、誰かの怒声が聞こえた。

「え? なになに?」

ばさばさ、と荒々しく何かが置かれる音がする。

「男役は絶対嫌だって言ったのに……プロデューサーのわからずや!」
「自分のビジュアルってもんをお前は全然わかってない。そろそろ認めるんだ」
「あ、あのプロデューサー……私、女役じゃなくても」
「違うんだごめん雪歩、そんなつもりじゃないんだ。……雪歩はいいんだそのまんまで」
「じゃあ、真もそのまんまでいいじゃないか」
「ふざけんなよ! 人を騙すようなマネして何言ってんだ!
ミュージカルの女役を雪歩に譲るなんて言ってないだろ!?」 

何の騒ぎかと思えば、兄ちゃんとまこちん、ゆきぴょんだった。

「もう何事ですかプロデューサー。事務所の外にも聞こえちゃいますよ」

更衣室から出てきたりっちゃんが仲介に入る。私たちも急いで服を着て、びくびくしながら後に続く。
真っ赤な顔のまこちん、真っ青なゆきぴょん、素知らぬ顔の兄ちゃんが三者三様に顔を突き合わせていた。

「俺はただ、真がいつまで経っても殻に閉じこもってるから後押ししてやっただけだぞ」
「それが、余計なお世話だって言ってんです!」
「はいはい、雪歩が今にも泣きそうだから怒鳴るのは止めなさい、真」
「な、なんだよ、ボクが悪いのか?」
「そんなこと言ってないでしょ。こんなことでいちいち切れないの」

今度はりっちゃんも含めて一触即発の雰囲気を醸し出し始めた。りっちゃんがまこちんの両肩を掴む。

「なんだよ」
「このままじゃ収まりつかないわね。伊織、亜美と真よろしく。
プロデューサーと雪歩はちょっと奥行きましょうか。
あずささん、少しだけ人寄せ付けないようにしてもらってかまいませんか?」

「は〜い」
「すまないな律子」
「……今回はちょっと分が悪いですよプロデューサー」
「ん?」
「あ、ちょ、ちょっと律子。まだボクは」

奥へと消えていく四人。りっちゃんの采配で怒号は止んだけど。
まこちんはまだ鼻息荒く、まるで猪のように突撃していきそうだった。

「真あんた……」
「クソっ……」
「それが女性の言う言葉かしら?」

いおりんが迷惑そうに呟いた。その言葉に、まこちんは怒りを前面に出しながらも、うなだれる。

「あんたね、小学生と変わらないわよ」
「わかってるよ……」
「まこちんはどっちも似合うと思うんだけどなー」
「亜美には関係ないだろ」
「そういう所が子供っぽいって言ってるのよ」
「伊織だって子供じゃん」
「今はそういう話してないでしょーが」
「亜美、まこちんの愚痴聞くくらいならいつでもできるよ?」

まこちんがこちらを見やる。バツの悪そうな顔で、頭を下げる。

「……ごめん。亜美は悪くないのに。悪いのはボクだ」

先程より肩に暗い影を落としつつまこちんが言う。

「亜美は平気だよ。元気だけが取り柄だし。まこちんも元気だけが取り柄なんだから元気出して?」
「言えてるわね。亜美の言うとおりよ。プロデューサーだって、
あんたのその元気な所が好きででああいう風な結果になったわけだし。
気にかけてもらってるのに何が不満なんだか」
「ちょっ、伊織何言ってんだよ」
「隠すことないじゃない。いい機会だし、亜美には慰謝料として言っておきなさいよ」
「はあ!? いや、だって、別に言う必要なんて……」
「亜美に言ったって誤魔化したってろくなことないんだから。今日の口止め料にもなるでしょーが」
「なに、なんの話?」

全く二人が何を言いたいのわからない。
置いてけぼりな気分でいおりんとまこちんを交互に見やった。まこちんが視線を滑らす。

「伊織、勘弁してよ……」
「言えないなら、私が言うわよ。雪歩にまで嫉妬して、律子にまで世話焼かせといて。あんたもう高三なんでしょ」
「ああ!くそ、もう! わかった言うよ。ごめんなさい。雪歩が羨ましかったんだよ!
プロデューサーに女の子として見てもらえるから……ボクは、ボクだって女の子として見て欲しいのに……」
「ん? それってつまり、まこちんが兄ちゃんのこと」
「みなまで言わないで亜美!」

まこちんが真っ赤になっている。耳までりんごみたいな赤色に染めていた。

「兄ちゃんのこと大好きなんでしょ? そんなの亜美も一緒だよー」
「「……ん?」」
「亜美もさ、こないだ言われたよー。落ち着きがないとか、男の子みたいだーとか。失礼しちゃうよね?
兄ちゃんはデリカシーなさすぎっしょ。チョーむかつくよねー!
分かって欲しいのに分かってくれないのがダメだよねー?」
「……あんたは、わかってるんだか、わかってないんだか。……まだ早い話だったよーね」
「ははっ、何か怒ってるの馬鹿らしくなってきたよ……」
「あれ?」

二人が半目でこちらを見ている。よくわからないけど、まこちんが落ち着いたからいっか。

「あんたがそうやってプロデューサーから逃げれば周りが迷惑するのよ」
「悪かったよ……でも、プロデューサーが」
「あいつは自分の役割に準じただけでしょ。誰のために頑張ってるかわからないとは言わせないわよ」

まこちんが下を向く。

「あーもう……わかってるなら奥に行って言うこと言ってきなさいって」
「……うん。ごめん、ありがとう伊織」
「別に言いたいこと言っただけよ」

いおりんが口元を緩めた。まこちんが事務室の方へ姿を消していく。

「いおりんって、時々中学生じゃないみたい……」
「なによそれ? ババアだって言いたいの?」
「えー、そんなんじゃないってばー。なんと言うか、暴れん坊将軍?」
「何よそれ。大岡裁きのこと? ……それにしても最近こういうの多い気もするけど……」
「何かあったの?」
「あんたも成長したらわかるわよ」
「んっふっふ〜、このナイスバディが目に入らぬか!」
「やってなさいよ」

その後、りっちゃん仲介のもと兄ちゃんとまこちんは和解した。

その日の帰り道、たまたま真美と一緒に帰ることになり事のてん末を話した。
きっと、明日になれば事務所のみんなに広まって、笑い話だ。話すなと言われても無理だったろう。

「でね、聞いてよー……真美?」
「まこちん……そうだったんだ……」

何に納得しているのか、真美が一人うなずいていた。

「まだ、真美にもチャンスがあるんだ!」
「ちょ、ちょっとおーい?」
「あ、ご、ごめん真美ちょっとトリップしてたよ! えへへ!」

心無しか嬉しそうだ。

「むー、てゆーかさ……何か、真美、変」
「そ、そんなことないしー」
「何か、亜美に隠してるっしょ」
「そりゃあ、一つや二つあるってば」
「そういうの、やだ」
「やだって言われても……」
「言って」
「おいおい、そういうのを世間ではむちゃぶりって言うらしいよーん?」

茶化そうとする真美にいらっとしてしまう。

「いいじゃん言って」
「亜美には関係ないことなの」
「関係ある」
「ないったらない」
「あるったらある」

やや睨み合う。真美は口を割らない。変だ。いつもの口喧嘩なのに。
いっつもしてることなのに。そうだ、いおりんと話している時も本当はちょっとだけ感じていた。

「真美のけち」
「そのうち教えれたら言うからさ」
「真美よりすっごい秘密作っても教えてやんないからね」
「えー何それー」

真美がやよいっちの家に泊まりに行った日も、いおりんやまこちんが自分の知らない顔をするのも、
悔しくて、自分だけ置いてきぼり、そんな気分で。

寂しいんだ。

いつもなら、影を踏みあって遊んで帰るのに。太陽は沈みかけていて、一番熱い季節もそろそろ終わろうとしていた。


続く

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