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 子どもの頃、移動教室の帰りにお土産屋で一枚のポストカードを見つけた。夕暮れ時の海辺、蜜柑のような
夕陽が、空を茜色に染めながら水平線の向こうに沈んでいく光景。体を半分ほど沈めて、昼間は人間の目を潰
さんばかりに強い太陽が、眺めることを許可してくれるかのように柔らかく光っていた。夕焼けの光を受けて
シルエットになった人間と、彼の弾き飛ばしたビーチボールだけが、そのポストカードの中で唯一黒い影になっ
ていた。
 小学生だった俺はその光景に酷く憧れた。あの燃えるような夕焼けを自分の目で見たいと、卒業まであと僅
かとなった時期にずっと考えていたし、中学、高校と進んでいった時にも密かに胸の中でくすぶり続けていた
夢のような物だった。

 ひょんなことから芸能プロダクションのプロデューサーとなってから二年以上が経った今、その光景は俺の
目の前にあった。水平線に体を沈めていく太陽は、直視しても目を細めずに済む程度の穏やかな光を放ってい
る。規則的に打ち寄せる波の音と、時折吹き付ける緩やかな風が頬を撫でる中、頭の中で美化され続けてきた
風景なんて問題にもならないほどの、圧倒的な存在感を太陽は放っていた。
 あのポストカードに写っていた風景はこの海岸のものであるらしいことを、この島で小売業を営む婦人の口
から知った。思わぬ形でガキだった俺の密かな夢を叶えてくれた張本人は、砂浜に刺したパラソルの下ですや
すやと寝息を立てている。海水浴を楽しむ客もまばらになってきて、砂浜から人の姿が減ってきていた。
 「それにしても……よく寝るなぁ」
 青いレジャーシートに、トレードマークの長い金髪が散っている。うつぶせになって昼寝タイムを満喫する
美希は、昨日海外ロケの全日程を無事に終了した所だった。予備日として予定を取っておいた今日はまる一日
がオフ。時間の使い方が少々勿体無い気がするが、水の温かい海でスイミングを楽しんだ後は、暖かい南国の
空気が馴染むのか、こうして眠りについている。
 弱冠十六歳にして、星井美希はすっかり「ビジュアルクイーン」の通り名で知られるスーパーアイドルとな
っていた。ビジュアル系アイドルの代名詞と言っても最早過言では無い。美しい物を追い求める才能に関して
美希の右に出る者はそうそういない、と俺は自信を持って言える。

 思えば遠くまで来たものだ。出会った当初はマイペース過ぎるほどのマイペース少女で、自由奔放と言えば
聞こえはいいが「ダラダラ生きる無気力人間」だった。取り得と言えば目立ちすぎるほどに目立つルックスと
年齢に似合わない抜群のスタイルぐらいのもので、仕事に遅刻、場の雰囲気を読んだ配慮というものはまず無
いし、営業先で失礼な態度を取るのはごくごく当たり前。世間知らずというにもあまりに物を知らない美希と
は、ミーティングするのも苦労したものだった。
 それが今、ショービジネス界の頂点に君臨する者の一人となって、こうして海外の高級ホテルを数日間借り
てロケに来るのもそう珍しくないことになっている。日本に戻れば今度はコンサートツアーだ。タレントとし
ての地位が上がっていくに連れて、スケジュールもどんどん過密になっていく。しかし、世間知らずのグータ
ラだったあの美希も自分なりに仕事のやりがいを見つけたのか、引き締まった表情を見せて積極的に取り組ん
でくれるようになってくれた。
 「美希、そろそろ起きないと体冷やすぞ」
 「……すう、すう……」
 とはいえ、一旦仕事を離れてしまえば、この通り。緊張感も何も無く、日頃の忙しさなどどこ吹く風、と実
に呑気なものだ。俺はといえば、折角オフを貰っても仕事のことばかりつい頭に浮かんでしまうというのに。

 しばらく前からは、オフを取るとプライベートで美希と遊ぶことが多くなっていた。活動の一つの区切りと
して行ったドームでのコンサートの帰り道で、俺とのユニットを解消することを嫌がって引退までほのめかし
た美希との約束だった。もっとも、義務感からそうしていたという訳でもなく、仕事から離れて美希と過ごす
休日は純粋に楽しいものだった。どこかへ遊びに行くことが多かったが、俺のマンションに立ち寄ってそのま
ま一日をまったりと寝て過ごすこともあった。
 トモダチ、という関係を表面上は貫いているが、実際はもうトモダチ以上に踏み込んだ領域にいるのかもし
れない。以前よりも美希からのボディタッチが増えてスキンシップを取る機会が増えたし、遊びに行く時に腕
を組んで歩くこともあった。アイドルとプロデューサーという関係でもある以上、俺から美希に手を出すよう
なことは避けてきたが、澄み渡ったピュアな表情でくつろいだり笑ったりする美希に、打算計算も渦巻く仕事
に生きる俺は癒しのような物を感じていた。彼女と一緒に過ごす時間を求めている自分に気が付くまでにそう
時間はかからなかった。
 
 ビーチから人がほとんどいなくなったのを見計らって、シートに下ろした腰を持ち上げる。今だったら、少
しぐらい席を外しても平気だろう。念のために、美希の背中に大きなタオルを被せておく。
 夕暮れ時の日差しは柔らかい。水平線に半分以上隠れた太陽に吸い寄せられるように、俺は歩き出した。波
打ち際をずかずか歩いていくと、冷たくなりかけている海水の温度を足先に感じた。そのまま、ざばざば音を
立て、押し返してくる波の心地良い抵抗を感じながら、沖へ向かってひたすら歩き続ける。ずっと歩いていけ
ば、あの太陽に手が届きそうな気がした。しかし、常識で考えれば当たり前のことだが太陽に手なんて届くわ
けがない。肩まで海水に浸かる所まで歩いてきた所で、やっぱりそうだよな、と溜め息が漏れた。
 『ミキね、さっき男の人に声かけられちゃった』
 仕事の度に俺が当たり前のように耳にしていた言葉だった。この島へロケに来た時も美希はナンパに遭って
いたし、先ほどビーチで俺が買い物に行っている間に美希に言い寄っている男もいた。デビュー当時から、美
希が男に声をかけられるのはごくごく日常的なことで、仕事先で俳優や男性アイドルからデートに誘われたと
いう話も今までに幾度と無く聞いていた。学校で男子から告白された回数なんか数え切れないほどらしい。

 いつからだったのだろう。笑って聞き流していたはずの話を聞く度に苦しい思いが込み上げ、不安に駆られ
るようになったのは。それは単に、アイドルである美希のスキャンダルを忌み嫌うという事情だけから来る気
持で無いことは、すぐに自覚できた。……ただ、認めたくなかっただけで。
 俺は思う。美希にとって俺はプロデューサーだが、その役割を取り除いたら、俺は彼女にとってどういう存
在になるのだろう。ただ、一緒に過ごしていた時間が長いから仲がいいだけで、実際は美希が慣れた様子であ
しらい続けてきた有象無象の男達の一人に過ぎないのだろうか。芸能界にいる以上、美希が男を見る目も相当
肥えているはず。そんな美希のお眼鏡に適う男が出てきた時、俺は冷静なプロデューサーであり続けられるの
だろうか。そうでなければならないが、そうできるかは甚だ疑問だった。
 それ以前に、担当アイドルに情熱的な感情を抱いている自分はプロデューサー失格なのかもしれない。

 暗い気持ちになりかけていたその時、ザバッと水面を貫く音と共に後ろから突然何かが体に絡み付いてきた。
背中側から首に何かが巻きついてきて、その二本の何かとは別の硬い物が腹の辺りに絡みつき、そのままがっ
ちり張り付いた。タコにしては太過ぎるし、骨が入っているような感触。いったい何の生物だ。
 「あはっ、プロデューサーさんゲットなの」
 俺がそんな突然の事態に泡を食っていると、聞きなれた呑気な声が後ろから聞こえた。
 「美希……驚かすなよ」
 ビーチで寝そべっていたはずの美希が俺の首に腕を巻きつけ、脚で俺の胴にしがみついていた。ここからで
はよく見えないが、端から見たらコアラの親子みたいな格好になっているはずだ。いつの間にか美希は俺の背
後を取っていたわけだが、歩くにせよ泳ぐにせよ水の音一つせずに忍び寄ってこれたのはどういうわけだろう。
ただ単に、俺が美希の接近に気付かないほどボーッとしていたのだろうか。
 「潜ってきたんだよ」
 と、美希。なんだそういうことか。

 「ほら美希、下りて下りて。背中に当たってるから」
 「無理だよ。ここじゃミキ、足届かないもん」
 俺が肩まで浸かる深さだから、美希がここで降りられないのは納得だ。しかし肩甲骨の辺りには、年月を経
た今でも歳不相応なサイズの、女性特有のとても柔らかい物が遠慮無しに押し付けられていて、俺の道徳観が
揺らぐ。このままでは変な気を起こしてしまいそうだった。
 「ねえ、何かあったの?」
 俺の気持ちなんか知ったこっちゃないのか、美希はしがみついたまま背中から離れようとせず、それどころ
かますます肌を密着させてくる。自分の容姿やスタイルをはっきり自覚した上でこういったくっつき方をして
くるのだから、凶悪の一言だ。水着の無い部分で直接触れる、はちきれそうな素肌の感触が苦しいぐらいだ。
 「悩んでるみたいに見えたから」
 どうしてそんなことを、と訊き返す俺に、美希はそう答えた。
 「悩んでる……確かにそうだな。仕事が充実してるのは嬉しいけど、休み、もっと取れないかな、って」
 適当な言い訳を用意してお茶を濁す。
 「あー……そうだね。ミキもお仕事は楽しいけど、今日みたいにのんびり休めたらいいって思うな」
 正面から風が吹きつけてきた。波に体をさらわれないよう、足の指に力が入る。
 「たまにはサボっちゃおうよ」
 ぽつりと美希が言った。
 「ダメ。やることはちゃんとやりなさい」
 「……はーい」
 にべもなく言い放つ俺に、美希は低いトーンで、しかしどこか楽しそうな色を含ませた声で返事をした。
 「プロデューサーさんってさ、ミキが悪いことしたら叱るよね」
 「そりゃ当たり前だろう。別に俺のは叱るってほどでも無いと思うけど」
 「……ミキの周りの人は、ミキのことを叱ってくれないの」
 抑揚の無い、ガッカリしたような声だった。
 「お姉ちゃんとプロデューサーさんぐらいだよ、ちゃんと叱ってくれるの」
 「律子は?」
 「あ、律子……さんも。律子さんはちょっと怖いけど」
 付け足すように美希は言って、鼻から息を吐いた。
 律子は新しい事務所を立てて俺の先輩と一緒に765プロを離れていったらしいが、最近どうしているのだろう。
あそこの事務所に所属するタレントもテレビで頻繁に見かけるようになったし、概ね順調なのだろう。先輩の
後について行って色々と研修していた頃にあれやこれやと話をしたことが懐かしい。
 「叱られないのが嫌なのか?」
 「……そうじゃないんだけど……ねぇプロデューサーさん、『叱る』って勇気がいることなんだよね」
 「勇気?」
 「お姉ちゃんが教育実習から帰ってきた時に言ってたの。『生徒を叱るって勇気がいる』って」
 それは一理あるかもしれない。相手の間違いを正すことが目的だから自分が間違っていてはならないし、言
うからには自らが手本になるべき存在で無くてはならない。言われた方も素直にこちらの言葉を受け入れてく
れない可能性だってある。相手から反感を買うことだってあるだろうし、咎められてしょんぼりした姿であっ
ても、ムカッと来て苛立つ姿であっても、そんな様子を見せられると相手を傷つけてしまったような気になっ
て、こちら側も心が痛むのだ。
 「ミキは家族だからあれこれ言っても大丈夫だけど、生徒を叱った時は、嫌われちゃうんじゃないかって不
安になった、って言ってたの」
 「そう言えば俺も、美希がデビューしたばっかりの頃は、一言諭す度に『言い過ぎたかも』って緊張してた
よ。でも、多少イヤな印象持たれたとしても、きっちり言わなきゃ美希のためにならないからな」
 「あ、それ、ミキを叱った時にお姉ちゃんも言ってた。言わなきゃミキのためにならないって」
 「ま、でも、あの頃と比べると美希は随分しっかりしてきたと思うよ。仕事中の顔つきがまるで違う。ただ
顔が可愛いだけだったらここまでにはなれなかったよ。真剣に仕事に取り組むようになってからの人気の上が
り方、凄かっただろ?」
 「……ミキは、プロデューサーさんの言う通りにしてただけだよ」
 首にしがみついた手から伸びた指が、俺の鎖骨をなぞった。水平線の上に乗った太陽はもう半分以上沈んで
しまっていて、海水の温度も冷たく感じられるようになってきた。

 「それで、美希の周りの人が美希を叱ってくれない、っていうのは?」
 「うん。ミキが悪いことしたな、って思って謝っても、『ミキは悪くないよ』『ミキはそれでいいんだよ』
って、そればっかり。学校の友達とか、パパやママだってそうなんだもん。怒られてばっかりはヤだけど、笑
って許してくれるばっかりで何も言ってくれないのも寂しいの……」
 美希が周囲から甘やかされて育ってきたというのは、仕事を一緒にしている内にすぐ分かった。両親の教育
方針がぬるい、というのも、早い内から感じていた。だからこそ、美希のお姉さんは美希に厳しく接するのか
もしれない。美希が言うには、それでも姉妹関係は良好らしい。信頼関係が成り立っているのだろう。
 まぁ、周囲の人の気持ちも理解できないではない。変にひねくれていないだけ、キツイ一言を言った時に返
ってくる純粋な反応に後ろめたい感情を呼び覚まされるのだろう。かといって何でもかんでも許容するのは怠
慢とも言えるが。
 「ちゃんと叱ってもらえると『あ、この人はミキのことを真面目に考えてくれてるんだ』って思って、言わ
れた瞬間はちょっとヤな気分だけど、後からあったかい気持ちになるの」
 「そっか。じゃあ、俺のやってきたことは間違いじゃなかった、ってワケだ」
 「間違いなんてとんでもないよ! ミキをトップアイドルにして、こんな所まで連れて来てくれた……そん
な凄いプロデューサーさんのこと、ミキは、す……じゃなくて、尊敬してるよ」
 ──す? 今、何かを言い直していたようだけど……まさか。
 気のせいだよな、きっと。そんな都合のいいこと、あるわけが無い。
 「ははっ、そりゃ光栄だな。じゃ、冷えて来たところだし、そろそろホテルに戻ろうか」
 「なら、このまんま岸までおんぶしてね」
 「……分かったよ」
 背中から下りてもらおうかと思った所で、美希は足が届かないということを思い出し、そのまま美希の言葉
に従って岸の方まで歩いていくことにした。後ろを振り向いて歩いていると、押し寄せてくる波に背中を押さ
れているようだった。

 「ミキね、さっきまた男の人に声かけられたよ」
 「え、またか。俺がこっちに来てる間?」
 「うん、ガイジンさんだった。カッコよかったけど言葉が分からないし、スルーしちゃった」
 安心したと同時に、胸がちくりと痛む。
 「……そうか」
 「だって顔と体しか見てないんだもん」
 「中身をよく知らないとどうしても外見重視になっちゃうから、それはどうしようも無いな」
 「中身かぁ……プロデューサーさんはよく知ってるよね」
 「そうだな。昔は怠け者だったけど、頑張るようになったよ。苦労を知らなかったってだけで、根は素直な
いい子だしな。近くで見てるからよく分かる」
 俺がそう言うと、呑気に喋っていた美希がぴたりと押し黙った。
 海の水位は俺の腰の下までになっていて、しがみついていた腕と脚からするりと力が抜け、ざぼんと水の音
と共に美希が体を下ろした。
 いきなりどうしたのかと後ろを振り向いてみると、そこには真面目な顔をした美希の姿があった。茜色の夕
焼け空の下で優しい光を浴びて、海水に濡れた金髪がオレンジ色にキラキラ輝いていた。腰まで水に浸かり、
波の音と太陽を背にして立つ美希の姿はどこか幻想的で、現実離れした美しさだった。
 すっかり見慣れた顔なのに、見惚れたまま目を離せなくなってしまいそうだった。
 「美希、どうしたんだ?」
 「……うん、やっぱり言う、今言わなきゃ」
 相手に言い聞かせる気は無さそうな、自分だけに向けた言葉だった。肘から伸びた細い腕に筋が走った。拳
を握り締めたのだろうか。

 「プロデューサーさん、聞いて欲しいことがあるの」
 いつになく真剣な、翡翠色の瞳が俺を真っ直ぐに見つめた。美希がそう言った瞬間、大きな波が美希の背後
から打ちつけてきて、バランスを崩して俺の方に細い体が倒れこんできた。手を伸ばして美希の肩を掴んで支
えると、美希は胸元で握り締めていた拳を開き、俺の上腕を掴んだ。
 「…………好きです」
 美希が独り言を呟くように、だがしっかりと俺の目を見つめながら言った。たった四文字だけの究極にシン
プルな、それでいて頭が沸騰してしまうほど強力な呪文だった。
 ステージの直前でもリラックスできるようになり、緊張感を完全に征服できていた美希が、全身をガチガチ
に硬直させていた。潮風が寒いのか、微かに震えているようにも見える。
 「好きっていうのは……その、友達として、とか?」
 どうリアクションを返せば分からないままに尋ねてみると、金髪が横に揺れた。
 「言ったら勿体無いと思ってずーっと黙ってたけど……ミキ、プロデューサーさんが好き。トモダチじゃな
くって、彼女になりたいの」
 「で、でも……美希はアイドルで、俺はお前のプロデューサーで……」
 「……仕事のことは抜きで答えて欲しいの」
 俺の目を見つめていた美希の目が伏せられた。
 「『好きです』ってもう数え切れないぐらい言われたけど、自分から言うのなんて初めてなの。ミキのこと
を好きって言ってくれた人は、学校にも芸能界にも、数え切れないぐらい沢山いるのに、プロデューサーさん
だけは全然……。どうしてダメなのかな、なんで一番言って欲しい人に言ってもらえないのかな、って思って
ミキなりに色々考えたよ。どうやったらプロデューサーさんに振り向いてもらえるのかな、そんなことを考え
ながら、もっとキレイになろうとしてみたり、お仕事一生懸命頑張ったり、一緒に遊びに行く時は精一杯おめ
かししたり……でもダメだったの。何をしたらいいか分からなくて、最後の手段なの……もし、これがダメだ
ったら……」
 声を震わせながら語り続けた美希が、そこで言葉を止めた。
 波に揺れる水面に、波紋が幾つか見えた。
 先程、沖の方でした会話が頭の中に蘇る。信頼されているのは以前から感じていたことだったが、まさか美
希がそんな想いを持っていたなんて分からなかった。俺が美希に抱いていた感情と同種の情熱。
 ……いや、本当は、気付いていながら俺が目を背けていただけだったのかもしれない。
 「……ミキみたいな女の子じゃ、嫌?」
 ミキが手の甲で目元を拭った。
 「嫌なわけ、無いだろ」
 「だったら、答えを聞かせて欲しいの。ダメだったら、トモダチのままでいいから……」
 美希の気持ちは痛いほどに伝わってきた。俺だって、美希に対しては熱い想いを抱えている。でもそれは本
来ならば立場上持ってはいけない物だ。美希の将来を傷つけてしまうことに繋がりかねないから、俺は言葉に
出すことも避けてきた。
 しかし、ここで自らの気持ちを押し殺してまで美希を拒絶することは、果たして美希自身を傷つけないこと
になるのだろうか。ずっと黙っていた末に勇気を振り絞り、とうとう打ち明けられた想いを切り捨ててしまう
ことは本当に正しいのか。ただ単に、俺に美希を守り抜いてやるだけの覚悟が無いだけなんじゃないのか。
 今こそ、一歩を踏み出す時だ。そう確信した。
 「美希、俺は……」
 美希の肩をきつく抱く。ビクッと肩を震わせながら伏せていた顔が上がり、海水でない液体で頬が縦に濡れ
てしまっているのが目に止まった。
 「俺も、美希が好きだ」
 「……うっ……!」
 潤んでいた瞳から、ドッと涙が溢れ出した。
 「泣かしてごめん」
 そう言いながら、濡れた金髪に指を差し入れて頭を優しく撫でる。

 抱擁しながら重ねた唇は、海水か涙か、とにかく塩辛かった。


 海のすぐ近くにある宿泊先のホテルに戻ってきた俺と美希は、それぞれの自室でシャワーを浴びて体を洗っ
てから合流することになっていた。「塩水で髪がバリバリだよ」と美希は煩わしそうにしていた。
 熱いシャワーを頭から被りながら、昂る気持ちが今にも胸の中ではち切れてしまいそうになるのに俺は身悶
えしていた。海水にまみれながらした口づけで、抑えていた感情が一気に高まってしまい、そのままどんどん
深くなっていくキスにどうにか理性の斧を振り下ろし、足早にホテルに戻ってきたのだ。
 全身が激しく美希を求めていた。
 体と髪を洗い終えてからシャワーの設定温度を一気に引き下げ、頭の芯から冷えるような水でクールダウン
してから、浴室を後にする。下はしっかり履いているが、上半身はTシャツを適当に肩に引っ掛けただけだ。
 「……あ」
 浴室を出ると、ベッドサイドに美希が腰掛けていた。空色の、蝶を象った刺繍の入ったキャミソールを身に
つけただけの上半身に、マイクロミニのスカートから伸びた真っ白な脚が眩しい。間違いなく世の男性の視線
を惹きつける一因になっている、剥き出しになったボディライン。普通の女の子なら恥ずかしがるような露出
の高い衣装も、美希はいつも自信満々に身に纏う。
 美希が大胆なりに身だしなみをしっかり整えているのを見て、俺も慌ててTシャツに腕を通した。
 「たくましいね、プロデューサーさん」
 緊張感の見られない、平和そうな普段どおりの笑顔で美希が言った。
 「太ってなけりゃ、大抵の男はこんなもんだよ」
 高鳴る鼓動を意識しながら、俺も隣に腰かけた。そっと腕を伸ばして美希の腰に手を回してみると、美希の
体が寄りかかってきた。頭が肩に乗り、ひよこの毛を思わせる柔らかい髪が頬にかかった。鼻を埋めるように
して髪の匂いを嗅いでみると、清潔で爽やかな、それでいて甘さの乗ったいい香りがする。
 「美希」
 呼びかけると、起こした頭をこちらに向けて、視線が合った。見詰め合うこと数秒、先に目を閉じたのは美
希だった。求められるままに唇を重ねると、シーツの布を握り締める音が聞こえた。
 「あっ……ン」
 続けざまに舌を入れても、美希は逆らうことなく身を任せてくれた。びくびくしながら舌を差し出してくる
その初々しさに征服感のような感激を覚えて、胸の奥が熱くなる。
 「んっ……んん、ん……ぁ」
 唇を離し、首筋を伝わせ、鎖骨を舌でくすぐりながらキャミソールの裾から手を差し入れて捲り上げようと
すると、美希の手が寄り添ってきて、手首を掴んで制止された。
 「イヤか?」
 「ううん、違うの」
 自分でやるよ、と言いながら、美希がベッドサイドから立ち上がった。俺の正面に回ってきて、ほんのりと
頬を上気させて俺を見下ろす体勢になった。
 「しっかり見ててね、美希の一番の自信作……」
 美希の細長い指が、キャミソールの指にかかった。右手を引っ掛け、その上に左手が交差して布地が持ち上
がり、臍の窪みが見えて、一気に胸部までが剥き出しになった。首からキャミソールを抜き取った瞬間、持ち
上がった乳房が重力に引かれて落ち、ぷるんと大きく揺れた。下着の黒が、美希の肌の白さを際立たせている。
 「美希……」
 溜め息をつく間もなく、今度はベルトに手がかかった。カチャリ、と金属同士の擦れる音がしてするっと皮
のベルトが抜かれた。下腹部を覆うスカートのホックが外れて、欲望を煽り立てるようなファスナーの音と共
に、閉じた脚にしがみつくことなく真っ逆さまに地面へ着地した。肩の辺りまでうっすらと赤に染めながらも
美希の表情は得意気で、「自分の体は見せるためにある」と言わんばかりだった。
 「……まだだよ。ここからが本番……」
 フロントホックと思われるしっとりした黒のブラに指が引っ掛かり、上下にカップがずれた。一瞬躊躇する
ような動きを見せたが、そのまま肩紐が抜けて、今まで見たことの無かった領域が露になった。前方に丸く突
き出た、女性のシンボル。豊かな膨らみの形は綺麗に整っていて、中央に位置する乳首は綺麗な桜の色。
 と、美希がくるりと背を向けた。なだらかな背中の底に、胸のボリュームと比べると僅かに控えめではある
ものの、ぷりんとせり出した臀部があった。そこを覆うようにしていた、ブラとお揃いの黒いショーツも引き
剥がされていく。足首からショーツが抜かれ終えると、再び美希がこちらを振り向いて、両手を腰にあてがっ
て堂々とポーズを決めて見せた。

 「どう? ミキの体、キレイ?」
 今更確かめるまでもない、体を振ればゆさっと揺れる大きな乳房の膨らみの下に、丹念にやすりをかけてカ
ービングしたような美しいウエストのくびれ。しなやかな力強さすら感じさせる下腹部の中心にはうっすらと
若草が萌えて、内側から皮膚を押し上げるような、エネルギーに溢れた太腿から一息に長い脚が伸びている。
 とびっきりの可能性を秘めた原石が、決して妥協することなく磨き上げられていた。このまま芸術作品にで
もしてしまえそうな、そんな裸体だった。下品な雄の欲求を持つことが申し訳無く思えてしまうぐらいだ。
 「キレイだよ。言葉を失いそうなぐらい……」
 俺の言葉に美希は安堵して両手を下ろし、表情を崩した。
 「良かったー。これ以上太っても痩せてもダメだし、筋肉つけないとキレイに見えないのに、鍛えすぎたら
バランス崩れちゃうの。ミキ、頑張ったんだよ」
 美に対する美希の意地──執念とすら言えるかもしれないが、とにかく情熱がひしひしと伝わってくる。
 双子の果実を揺らしながらそんな美希が歩み寄ってきて、俺の目を見てから視線を下げていった。
 あんなに扇情的なストリップを見せられれば当たり前だが、スラックス越しでもはっきりと分かるテントが
そこにできあがっていた。腰の奥が疼いて仕方なく、男としての欲望は牙を剥いて激しく美希を求めていた。
 「……コーフンした?」
 「これで興奮しない男なんているわけ無いよ」
 逸る気持ちを抑えるように、脱ぎ捨てたTシャツをそっとベッドの端に投げ、もつれる手を落ち着かせなが
らベルトを外して、スラックスを足から抜き去る。美希は、隣に座ってその様子をまじまじと見つめていた。
 「…………」
 こういった行為に及ぶのが初めてというわけでは無いが、いつもこの瞬間に俺は緊張する。だが、美希も堂
々とやってみせたのだからと自分に言い聞かせ、最後の一枚も脱ぎ捨てた。血液を吸って膨張した男のシンボ
ルが勢い良く飛び出て天井を指すのを見て、隣で美希が身じろぎするのが見えた。
 「うわ……」
 美希は驚いたようだが、引いてしまわなかったことに少しホッとする。
 「なんか凄いね、それ……」
 「ん、そう?」
 「実物を見るのは初めてだよ。コーフンしたら元気になるっていうのは知ってるけど」
 日頃の口ぶりから何となく感づいてはいたが、美希に男性経験が無いらしいことが分かって安心している自
分がいた。グラビア撮影の時にスタッフが前屈みになっているのを見ていたはずだが、バスの乗り方すら知ら
なかったのにそっち方面の知識は多少なり持っているのだろうか。何も知らないまっさらな美希に色々と教え
込んでいくのもそれはそれでやりがいがありそうなものだが、少しは知っていてくれた方がこちらとしてもや
りやすくはある。
 始めようか、と口で言う代わりに美希の腰に手を回して抱き寄せる。掌に感じるのは先程とは違う、人の肌の温
もり。腰から肩まで、背骨の出っ張りをなぞるように指を滑らせると、美希の背中が強張って出っ張りだった
所が窪みになった。
 「やっ……ぁ、ん……っ」
 そのまま肩甲骨の辺りをくすぐるようにしていると、溜め息のような声が漏れた。左手で長い髪を一纏めに
してたくし上げ、普段は金髪に覆い隠されているうなじに舌を這わせる。
 「うぅっ……背中、ゾクッてするの……」
 美希が息を吐いた。時々仰け反りながらも段々と猫背になっていくその背後に回って、首筋に顔を埋めなが
ら体の前面へ手を滑らせていった。引っかかることの無いつるつるした肌の感触が手に心地良い。
 世の男性の視線を釘付けにする美希のバストは見た目以上に立派な代物だった。思い切り掌を広げて覆い隠
すようにしても、全部を掴みきることができないほどだ。たっぷりとした重みも感じる。
 「あ、胸……触られてる……」
 「大きいな、やっぱり」
 「……ぉ、大きい方が好き?」
 「そりゃあな。まぁ、小さくても可愛らしくていいと思うけど、美希はこの大きさが一番似合ってるよ」
 「あはっ、そう言ってもらえると、ミキも嬉しいな」
 背中に押し付けられていた柔らかさを、今この瞬間、両手で堪能できている。達成感の喜びが胸に湧き上が
ると同時に、指先が沈むほどの柔軟さと、内から押し返してくるような弾力に言葉が出なかった。

 「ねぇ……プロデューサーさん」
 「何?」
 痛く無さそうなことを確認して、少しずつ指先に力を込めて軽く握るようにして揉んでいく。
 「もう結構前だけど、会議室で胸触られちゃったこと、あったよね」
 「ああ、あったなぁ。セクハラ対策とかいうアレだっけ」
 今思うとかなり危険なことをしていたと思う。「跳ね除ける練習をしたいから」と言う美希にボディタッチ
をするよう頼まれ、悪ふざけのつもりでつい胸を触っていたのだが、美希の息が荒くなってきたのに強烈な罪
悪感が噴き上げてきて、しばらくの間は自己嫌悪に悩まされたものだった。
 「実はあの時……ね……」
 美希の声が尻すぼみに小さくなる。息を吐く音が目立つようになってきた。
 「……気持ちよかった?」
 「う……うん……体が、あ、熱くなってきて……段々エッチな気分に……は、んっ……」
 美希の口から「エッチ」という響きを聞いた瞬間、下半身が重たくなったような気がした。肌がしっとりと
熱を持ってきた所で、そろそろと頂点に指を上らせていく。頂に辿り着くまでは中々の距離があった。
 「んんっ! っく、あぁ……!」
 甘い嬌声だった。人差し指で乳首を捏ねるようにしているとすぐに膨らんできて、コリコリした弾力が内部
に生まれて来たのを感じた。前のめりになっていた背中が仰け反り、俺の胴に寄りかかってくる。長く伸びた
髪の先端が俺の男性器に触れてしまいそうで、咄嗟に根元を掴んで俺の肩の後ろへ追いやった。
 グミのような弾力を持った先端を指先でねちっこく苛めていると、その内に閉じられた脚がもじもじと擦り
合わされているのが見えた。
 「はぁ……なんだか、ソコ、さ、触られると……お腹に響くの……」
 「お腹か……下っ腹?」
 乳首を捻る左手はそのままにしておいて、右手を下げていく。指先で臍の周りをなぞってみると、美希が力
んで腹筋が硬くなるのを感じた。見た目のバランスを整えるために筋力トレーニングも密かにやっていたのだ
ろうか。本人が言っていたのだからきっとそうなのだろう。スタイルを維持するために影で努力をしていたこ
とが窺えて、有難い気持ちになる。
 「あ……ま、待って」
 両脚の根元へと右手を差し入れようとした時、落ち着きを取り戻したような声で美希が言った。
 「……やっぱり、怖いか?」
 「そ、そうじゃなくって……プロデューサーさんの、触ってみたいって思って……」
 興味ありげだったが、言い辛そうに切り出す言葉には恥じらいの色も滲み出ていた。硬くなった物を先程か
ら美希の腰に押し付けっぱなしだったことに今更気付いて、顔が熱くなった。
 「……いいよ」
 俺がベッドサイドに腰かける形に体をずらしてみると、美希がベッドから降りて、床に跪く形でこちらを振
り向いた。後ろから愛撫している限りでは見えなかったが、美希の翡翠色の瞳は潤み、頬はすっかり上気して
いた。
 「じゃあ、触ってみるね……」
 ゆっくりと美希が右手を伸ばしてきて、指先で恐る恐る男根に触れた。ぎこちなさ丸出しの態度が嬉しい。
 「うわー……すっごい硬くて、熱い……熱とか出してない?」
 「熱なんか出してないよ。美希にはお熱だけどな」
 「あはっ、キュンってするけど、ちょっとキザっぽいかも」
 どことなく間抜けに響いた美希の言葉に、思わず口から笑いが零れた。
 「そのまま握ってくれるか? 握ったら、そのまま上下に……」
 「うん」
 言われた通りに美希は俺の言葉に従ってくれた。女の子の柔らかくて小さな手に、性欲を具現化したグロテ
スクな肉の塊は確かな力で握り締められて、ビクッと跳ねた。美希の目が俺を見上げる。
 「なんか、ここだけ別の生き物みたいなの」
 ぽつりと美希がそう呟き、肉茎を握った手が上下運動を始めた。
 自慰の時よりも遥かに緩い力で、ツボを全く掴んでいない動き。ああ、やっぱり美希は良く分かってないん
だ。それでも、世間の目を釘付けにするアイドルが目の前で跪き、興味津々な様子で男のペニスを手で扱いて
いる様は、刺激的というには余りある。まるで慣れていないことが分かる手の動きが気持ちいい。
 「うーん……あ、そうだ!」
 目を細めてじっくりと男性器を観察していた美希が何か閃いたようで、握っていた手をパッと離した。俺の
瞳をじっと覗き込んでから、更に距離を詰めてきた。右手で自分の胸元を指差している。
 「ここでやってみるね」
 「美希、知ってるのか?」
 「知ってるって、何を?」
 知らないらしい。別に知識があるというわけではなくて、本当に美希の思いつきのようだ。どちらにせよ、
思わぬ申し出に期待が否応なしに高まり、胸が大きく脈打つのを感じた。
 「そういうのがあるんだよ。美希みたいに胸が大きい女の子じゃないとできないんだけどな」
 「へ〜、そうなんだ。大きくてよかった。じゃあ……よいしょっ……と」
 誇らしげに胸を張って満面の笑みを浮かべてから、美希が膝立ちになって自ら両方の乳房を持ち上げ、俺の
股間に押し付けてきた。そのまま、先程手で感触を楽しんでいた柔らかな肉に両側から挟みこまれる。
 「あっ、できた」
 あや取りが上手にできた時のような、無邪気な声。みっちりとした弾力が左右から押し付けられていて、不
可思議な感触が腰から伝わってきて、ペニスの先端がムズムズした。思わず腰を振りたくなる衝動に駆られる。
 「このままこすってみるね……んしょ、んしょ……」
 緩慢な動作だが、美希の体が上下に揺れる。体に合わせて金髪も揺れていた。手でされている時とはまた違
う。ぴったりと包み込まれる感触と、性感帯を擦りたてられる刺激が同時に襲いかかってきて、手が勝手に美
希の頭を撫でていた。
 「ん……いいよ美希。柔らかくてぷにぷにしてる……」
 「そう? 嬉しいなー、ミキ、頑張っちゃうよ」
 ぺろっと舌なめずりをして、美希の動きが少し速くなった。抑えるような声から、美希も恥ずかしい気分に
なっていることが窺えるが、その恥ずかしさも含めて美希はこの瞬間を楽しんでいるようにも見えた。
 「プロデューサーさんの、なんか大きくなってきた気がするの。ビクビクしてるよ……」
 動きたい衝動を抑えきれなくなって、腰を揺するようにぐいぐい動かす。先走りが美希の肌にまとわりつい
て、ぬめるような感触が強くなっていく。痺れるような快感が段々大きくなってきて、射精の瞬間を意識した。
 このまま出したいという気持ちと、美希の綺麗な肌を汚してしまいたくないという気持ちがせめぎあった。
 早く引き抜かなければ間に合わなくなってしまうと焦り始めた時、亀頭に生暖かい物が触れた。ぼんやりと
焦点を合わせずにいた視線を美希に戻してみると、つやつやした唇から赤い舌が伸びて、鈴口から漏れる先走
りを拭い取るように亀頭を舐め回していた。
 「あ……美希……も、もういいよ」
 「ヤ……最後までするの……」
 力の入らない手で美希の頭を押しのけようとしてみたが、美希はそれを嫌がって頭を更に沈めた。赤黒い先
端が見えなくなり、粘膜のぬるぬるした感触に包まれた瞬間、下半身に火が付いた。
 「う、出るっ……」
 「んっ!? ん、んん……」
 シャワーを浴びていた頃からじりじりと高まり続けていた欲望を押し固めた白い粘液が、尿道を駆け上がって
いく。行き先はどこなんだろう、ああ美希の口の中だ。あんなに可愛らしい唇と、丁寧に手入れされた口の中を
俺の体液で汚してしまう。ごめん、という罪悪感が何故か快楽を増幅させて、後から後から睾丸を絞られるよう
に大量の精液が吐き出されていく。
 「ぐ……ごほっ……」
 美希がむせて、牡の液体が、豊かに盛り上がった双丘の表面にべったりと落ちていく。やがて、長い射精が
終わり、余韻にペニスが震える頃になって、吸い付くような音と一緒にカリのくびれから先が引っ張られるよ
うな刺激が走った。尿道からの残りが吸い上げられて、絶頂の快楽が一瞬だけ呼び覚まされた。
 「ん……」
 唇からペニスをずるりと引き出した美希は、眉間に皺を寄せていた。
 「美希……ごめん、口の中に入っちゃったろ」
 ごくり、と飲み下す音。美希の喉が脈動したのが見えて、俺はぎょっとしてしまった。
 「……苦い……」
 「悪い……」
 いたたまれない気持ちになってティッシュの箱に手を伸ばし、口周りと乳房を汚してしまった粘液を綺麗に
拭き取っていく。
 「けど、気持ちよかったよ。凄く」
 「そう? なら嬉しいな」
 「今度は美希の番だ」
 「うん……」
 期待と不安。両方が入り混じったような声を鼻から漏らす美希を抱き寄せ、ベッドの上にそっと寝かせる。
白いシーツの海に、蜂蜜色の長い髪が散った。投げ出されていた長い脚の中間地点に位置する右膝を掴んだ。
 「あ……プロデューサーさん。その……優しくして欲しいな」
 「言われるまでも無いよ。痛くしないよう努めるから、気を楽にしててくれ」
 なるべく穏やかな声で言い聞かせると、美希はゆっくりと頷いてくれた。俺の顔が見えた方が安心してくれ
るだろうか、と思い、寝そべる美希の視界に入るように自分の体を起こす。
 膝を撫でてから、段々根本に近づくように内腿をさすっていくと、美希の脚にグッと力が入るのを感じた。
 「美希、大丈夫だから」
 「わ……分かってるよ。リラックス、リラックス……」
 「……そのまま寝るなよ」
 「ね、寝ないよ! いくらミキでも、こんな時にまで眠くならないもん!」
 抗議の声をあげながらも、美希が照れ笑いを浮かべた。脚からも力が抜ける。今のやり取りでいい具合に緊
張がほぐれてくれただろうか。
 内腿をすんなり通過して、いよいよ美希の中心に辿り着く。指先に感じた熱は高く、ぬるりと滑る手ごたえ
があるのがはっきりと感じ取れた。
 「…………」
 俺が視線を美希に向けてみると、美希は白い枕を胸元に抱き締めていた。合っていた視線がふっと逸れた。
 「ゆ……」
 「ん?」
 躊躇するような声と共に、逸らされていた視線が戻ってきて、目が合う。
 「指ぐらいなら、入れるのには慣れてるよ、ミキ……」
 「慣れてる、って……」
 美希の頬が恥じらいの赤に染まった。
 「ひ、一人で、練習したの。プロデューサーさんとする時のために……」
 要するに、オナニーの経験はあるとのことだが……美希の言葉に胸が熱くなる。来るかも分からない瞬間に
備えて自らそんなことを──。こんなに想ってもらえている俺は、本当に幸せ者だ。必ず、美希も幸せにして
やらなければなるまい。
 「……ありがとう」
 美希に感謝しながら、視線を美希の秘所へ向けた。左右の歪みの無い、均整の取れた外観に、ピンク色の粘
膜が見え隠れして、光を反射している。美希は、こんな所までも綺麗だった。
 「ん……っ」
 割れ目の底へ指を滑り込ませて小陰唇を指先で開いてみると、美希が軽く身を震わせた。中途半端に開いた
ままの脚、それを広げようとして俺が空いた手で膝を開く動きに、美希は逆らわずに身を任せていた。
 指を差し入れる。よく濡れた肉がぴたっと包み込んでくるが、押し返すような抵抗はあまり無く、予想以上
にすんなりと人差し指が中へと飲み込まれていった。そのまま、ゆっくりと往復させる。
 「は……っ、プロデューサーさんの指、太い……」
 白い枕に皺が寄った。まだ甘いその声から判断すると、苦しくは無いと考えて良さそうだ。
 「痛くない?」
 「あっ、ん……ん、うん……痛くは……無いよ」
 中を押し広げるようにして、指を回す。奥を目掛けて押し込んでいくと、指はしっかりと根本まで飲み込ま
れた。こなれているとは到底言えないが、ギチギチで阻まれるような感覚はあまり無い。これなら大丈夫かも
しれないと思い、中指も膣口にぴとっとセットして、慎重に割り込ませていく。
 「うっ、うぅ……ああぁ……!」
 一際大きな声があがった。指を入れた膣内がギュッと収縮した。押し込んだ人差し指を引き抜くと同時に、
入り口に留まった中指を中へ進めて入れ替える。空いていた親指は、裂け目の頂点にあるクリトリスを刺激し
に向かわせた。
 「ひっ……や、あぁっ! あっ、あ……」
 親指で軽く撫でるようにクリトリスに触れていくと、美希の腰が揺れた。洞穴の内部がどんどんぬかるみを
増してくる。指はあまり動かさない方がいいだろうと思い、入れられる所まで入れたらそのままにしておき、
親指に意識を集中した。こりこりした弾力に硬さが増していくに連れて高くなっていく美希の声に、俺の興奮
も高まる。女体の最も敏感な部分を押し潰すようにして捏ね回していると、内部が収縮し始めた。
 「ふぁっ、や……あぁっ、ああぁぁんっ!」
 中指が、食いちぎられるような強烈な締め付けに襲われた。叫び声のような声と共に美希の腰が跳ね、べと
べとした愛液が噴きだして来て、掌までしっとり濡らした。目一杯全身を緊張させきった所で体からふっと力
が抜け、弛緩した体ががくりとベッドに崩れ落ちた。

 「美希」
 ゴムを装着する傍ら、美希が落ち着くのを待って囁くように呼びかけると、目尻に涙を溜めて瞳を潤ませな
がら、美希が俺の方を見た。胸元まで赤くなった肌に、性感の余韻がまだ色濃く残っているのが見て取れる。
 覆い被さるようにして自分の体の影に美希を隠すと、胸に抱きしめられていた枕が横に除いた。
 「プロデューサーさん……いよいよ、なんだね」
 「美希、今更なんだけど……いや、なんでもない」
 本当に俺でいいのか、と言いかけて、止めた。聞くだけ野暮というものだろう。
 「ねぇ……首に手、回しててもいい?」
 美希が開いた両手を天にかざした。
 「ああ、いいとも」
 その手を取って、手の甲に軽くキスしてから俺の首筋へと導く。美希は、まるで家のソファーで横になって
いるかのような、妙にくつろいだ表情をしていた。
 「緊張、してないのか?」
 「だって、『気を楽にしててくれ』って言ってたじゃん。さっきはちょっと緊張しちゃったけど、プロデュ
ーサーさんの言う通りにしてれば何でも上手くいくってミキは知ってるの。楽チンだよね」
 男から上に覆いかぶさられていて、今から初めての性交に入ろうというのに、こんなことを言う。全く、こ
の娘には敵わない。絶対とも言えるほどの固い信頼を寄せられている感激に、目頭の熱くなる思いだった。
 「分かったよ。じゃあ、行くぞ」
 先端を、間違いなく美希の入り口にセットする。まだ濡れそぼる愛液で滑ってしまわないように意識を集中
して、腰をゆっくりと押し出した。
 「んっ……ぁ」
 案外すんなりと、先端が半分ほど入った。だが、まだ傘の最も広がった部分が残っている。指を二本入れて
も大丈夫だったから、とは思ったが、やはりキツイ。奥へと続いている空間があるのは感知できるが、多少無
理にでも押し入らなければ奥へ進めないかもしれない。
 「美希、大丈夫か?」
 「うん、平気だよ」
 美希の表情にはまだ余裕がある。
 「もう少し、力抜けるか?」
 「で、できるかな……」
 深呼吸するように美希に言うと、大きく息を吸い込んで胸部が膨らみ、俺の胸板に美希の吐く息が当たった。
その時、壁のように押し返してくる前方からの圧力が弱まった。
 「うっ……ああぁぁぁっ!」
 今がチャンス、と俺が思い切って一気に腰を押し込むと、奥に滑り込む感触と同時に、驚きとも悲鳴ともつ
かない、叫びのような声があがった。視線を下げると、美希は痛みに顔を歪めるでもなく、未知の現象に遭遇
したかのような戸惑った表情で俺を見ていた。
 「え、な、何、この変な感じ……お腹が……」
 「全部入ったんだよ」
 「全部……そ……そっか、今、プロデューサーさんと繋がってるんだね」
 状況を把握してか、美希が目を細めて笑顔を見せた。てっきり、初めてだから相当痛がるのだろうと予想し
ていたが、こんなこともあるのだろうか。意外なほどに、冷静と言えば冷静な顔をしていた。
 「痛くないか?」
 「え……う、うん。違和感はあるけど、大丈夫……かな」
 「よし……なら、動くぞ」
 美希の膣内は程よく濡れていて、温かい肉に握り締められるような圧力は痛みに変わるギリギリの強さで、
苦しいながらも心地良い。動かないままでいても強く抱擁されているような充足感があるが、一度動けば複雑
にうねった起伏がペニスに絡み付いてくる。痺れるような刺激が下半身に走った。
 「ぁ……ん、あ……」
 ゆっくりと腰を引き、入り口付近まで戻ってからまた奥へ。指しか受け入れた経験の無い美希の膣内はとて
もきつく、勢い良く動くことなんて到底不可能だ。奥に押し入る時は壁が押し返してくるような感触があり、
襞の合わせ目をカリで引っ掻くように腰を引けば敏感な裏筋が強く擦れ、呻きが漏れた。一旦奥まで入るとす
ぐ外に引き出したくなり、引き出すとまた奥まで突き入れたくなって、緩やかなスピードながら何度も何度も
美希の内部に性器を打ち込んでしまう。
 「あっ、は……い、あっ、あ……」
 「美希……いいよ、ぬめってて気持ちいい……ん?」
 ふと、美希の眼を見つめていた視線を少しだけ上にずらすと、汗で前髪が張り付いていた。よく見ると、前
髪の隙間から玉のような汗が明かりを反射していた。眉を下げたぐらいで顔に苦痛の色は見られないが、かな
りの量の脂汗だ。呼吸も荒く、首筋にしがみつく掌も、いつの間にかじっとりと汗で湿っていた。
 「おい、美希」
 「な……なあに……はぁ、はぁ」
 「……本当は痛いんだろう」
 「い……痛くないよ。ミキも気持ちいいよ……」
 俺の呼びかけに美希は口元を釣り上げて笑って見せたが、瞳までは笑えていなく、少し不自然な引きつった
表情になってしまっていた。
 「嘘つくなよ……こんなに汗びっしょりかいてまで、どうして痛くないフリなんてするんだ」
 可能な限り優しく、諭すように美希に言う。
 「痛くないの。大好きなプロデューサーさんでミキの中がいっぱいだから……痛くなんてないの……」
 潤んでいた瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。痛みを頑なに拒む美希の健気な言葉に、胸がじくじく痛んだ。
 親指で美希の涙を拭いながら顔を被せ、いたわるようにそっと唇を重ねた。
 「……続けて欲しいな。嬉しいのはホントだから……」
 「……分かった」
 ベッドの上に投げ出された右手に俺の左手を重ね、指を絡めて握り締めると、返事代わりに握り返してくる
力を感じた。
 往復する動きを再開する。
 「んっ……う、ん……あっ、はぁ……」
 乱暴にしないように気をつけながら腰を揺すっていると、痛みをこらえるのでは無い声が浅い呼吸に混じり
始めた。内壁の起伏がうねるように絡み付いてきて、竿が扱き上げられて、頭がカッと熱くなる。美希に負担
を与えてはいけない、と思う一方で、下半身が別の生物に乗っ取られてしまったかのように、腰の速度が勝手
に上がっていく。
 「はぁっ、あ、う……か、体の奥が……熱いよ……」
 上ずったような言葉が美希の唇から紡ぎだされた。苦しいぐらいに胎内は狭くなっていて、万力か何かで締
め上げられるようだった。両手両足の先端がびりびりと痺れ、腰の感覚が性器へと一挙に集中する。
 「あぁっ、んん……何か……何だろう……」
 「どうした、美希っ」
 「わっ……ぁ、分からないよ。ミキ……どうなっちゃうの?」
 すっかり滑りの良くなった膣内が、惑うようにヒクついていた。
 「大丈夫だ。俺の手、しっかり握ってろ」
 「うん……うんっ……!」
 体の奥が疼く。達しそうになる俺に縋りつくように、美希が握った手に力を込めた。グラインドの速度を上
げていき、射精感がもう戻れない所まで膨らみ、ひたすら腰を打ち付けていく。下になっている美希の両脚が
俺の腰に絡み付いてくる。空いていた方の手も背中に回ってきた。
 「あ……み、ミキっ……あぁ、ふぁぁあぁぁぁんっ!!」
 「う……っ……!」
 腰が爆発してしまうような快感に俺が動けなくなるのと、思い切り締まって身動きが取れなくなるほどに美
希の中がきつくなり、絶頂に身を震わせる体から叫び声があがったのは、ほとんど同時だった。きつく目を閉
じて何かに耐えるように思い切り俺の体にしがみつく美希の顔を見ながら、俺は頭の芯にガンガン響く射精の
悦楽に抑えきれない声を漏らしていた。
 ようやく射精が終わった頃に、力が抜けて余裕のできた美希の膣内から腰を引き出して、性器を外気に触れ
させた。ぽたり、ぽたりと、俺のしたことの証が真っ白なベッドのシーツを赤く汚していく。
 「美希、大丈夫か?」
 まず最初に出てきたのはその一言だった。指で、美希の額に浮いた汗を拭う。
 「うん……平気だよ」
 ほっとしたように、美希が一息ついた。
 「……ハニー」
 「ん?」
 「ハニーって呼ぶね」
 「なんだよ、突然だな」
 「折角トモダチ以上になれたんだから、『プロデューサーさん』じゃ他人行儀でヤなの」
 美希の頬にぽっと紅が差した。可愛らしいその表情を見て、俺の頬も緩む。
 「……いいけど、人前じゃ今まで通りで頼むよ。スキャンダルからは何としても美希を守りたいから」
 「うん、分かった。……ねぇ、プ……じゃなくて……は、ハニー」
 慣れない呼称に恥ずかしいのは美希も同じのようだ。俺も、これからこんな甘々な呼ばれ方をするのかと思
うと、照れ臭くて顔が火照ってしまう。
 「なんだい、美希」
 「ちゅーってして欲しいな」
 美希が目を閉じて顎を少しだけ突き出した。
 「おおせのままに」
 仰向けになったままの美希の背中に掌を回し、抱き起こしながら唇を重ねる。
 甘い物なんて食べていないはずだが、美希の唇は甘い味がしたような気がした。
 「う〜ん……ときめいちゃうな、こういうの……あっ」
 うっとりした笑顔を美希が浮かべた瞬間、ぐぅと腹の虫の鳴く音が聞こえた。
 「ははっ、お腹空いたのか……おっと」
 その音に刺激されたのか、俺の腹も情けない声をあげる。そういえば海から戻って夕食を取っていなかった
ことを、今更思い出した。意識した瞬間、猛烈な空腹感が押し寄せてきて、もう一度胃が鳴いた。テーブルに
置いたままだったパンフレットを手に取る。
 「食べに行こうか。今夜はバイキングやってるみたいだし」
 「あっ、それいいな。ババロアいっぱい食べちゃおっと……オニギリはあるかな?」
 「……無いんじゃないか、さすがに。おにぎりは日本に戻ってからだな」
 のそのそと服を着る俺の横で、美希は裸のままごろんとベッドに寝転んだままだった。重力に負けずに上を
向いている乳房が首を振った拍子にぷるんと揺れて、発散したはずの性欲が頭をもたげてくる。
 「ほら、晩御飯食べに行くんだから、美希も着替えて」
 「めんどくさいなー。ハニーに着替えさせて欲しいなー」
 鼻にかかった美希の声と、口元をきゅっと釣り上げて、上目遣いの甘えるような視線。なんでもしてあげた
くなるようなオーラを纏い、男ならばまず逆らえないであろう強大な魔力を放っている。
 「ダメ。面倒臭がってないでそのぐらい自分でやりなさい」
 本当は俺が恥ずかしいからなのだが、わざときっぱりした調子でそう言ってみると、「むー」と美希は膨れ
っ面になったが、
 「……また叱られちゃったの」
 と、すぐに目を細めて満面の笑みを浮かべた。
 美希はぴょんと飛び起きて下着と服を拾い集め、いそいそと着替え始めた。
 そんな微笑ましい美希の様子に安心した俺は、ふとカーテンの隙間から覗く夜空に視線を向けた。紺色の空
には満月が青白く光っていて、水平線から顔を出している所だった。綺麗だったが、手を伸ばそうとは思わな
かった。夜空を照らす月よりも、夕暮れ時の太陽よりも、眺めていたい存在が今は側にいるから。
 
 着替え終わった俺は、カーテンをそっと閉めるのだった。


 終わり

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