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1.

「あの…今、何て?」

プロデューサーの言葉に耳を疑い、思わず聞き返した。聞こえなかったのではない。多分、聞き違いであって欲しかった。

「来週から、春香とユニットを組んで活動してもらう。」

それは例えるなら、1人で静かに音楽を聞いてる部屋で、いきなりお茶会を始められるような気持ちだった。

「そんなあからさまに嫌そうな顔しないでくれよ。同じ765プロの仲間じゃないか。」

この人は分かっていてこんな事を言っている。だから余計に癪に触る。

「…納得出来ません。」
「もう決まった事だから。」
「私の歌に、天海さんが必要だって言うんですか?」

私、如月千早と天海春香は仲が悪い。この事務所の人なら誰でも知ってる事。出会った日にいきなり喧嘩して、顔を合わせる度に揉め事を起こしていた。今ではお互い空気扱いする始末。
理由は歌の事。歌に対する気持ちが合わなかった。人それぞれ、人の数だけ歌がある事なんて分かってる。
それでも私は、彼女が嫌いだ。

「千早。」
「はい。」
「千早が千早の歌に足りないと思ってるものは、千早が1番分かってるんじゃないか?」

意味が分からない。なら何故私の言う事を聞かずにユニットを組ませるのだろう。それも、よりによって天海さんと。

「だったら、ユニットを組む必要はありません。」

私の歌に、彼女は必要ない。

「お前らが仲悪いって、社長が嘆いてるんだよ。それでたるき亭でさんざん付き合わされるしさ。」
「あの、意味が分かりません。」
「そしたらTVで2人組のアイドルが出ててさ、司会に『仲良いですね〜。』なんて言われてて、お前らの事考えてたからさ、こいつら本当に仲良いのかって思ってたら、社長が『ピーンと来た!』って。」
「あの」
「『プロデューサーさん、ユニットですよ、ユニット!』なんて春香のモノマネしやがるから、スゲーイラっと来て決めた。」

つまり、お酒飲みながら酔った勢いで決めた、と。

「そんな理由で納得すると思ってるんですか?」

馬鹿馬鹿しい。適当にも程がある。

「正式に決定したのは今朝の打ち合わせでだ。小鳥さんも律子もちゃんと納得してOKくれた。」
「どう言う説得したんですか?」

音無さんはともかく、律子は私達が出来るだけ顔を合わせる事がないようにこっそりスケジュールを調整していた筈だ。

「私を信用してくれって言ったらOKだった。」
「いい加減にして下さい!」

思わず机を叩く。どこまで馬鹿にする気だろう。

「いい加減にするのはそっちの方だ。」

プロデューサー真剣な顔になる。

「律子に言われた。お前らがギスギスする事で、他の子にも悪影響が出る可能性があると。」
「だったら」
「うちのアイドルは皆仲良いし、優しいからな。」
「私は」
「もちろん、千早も、そして春香もな。」
「…。」
「だから、私も本気を出す。」

「じゃあ今までは何だったんですか。」と言いかけてやめた。呆れて言い返す気にならなかった。逆らうだけ無駄に疲れるだけなのだろう。

「分かりました。プロデューサーがそこまで言うなら、仕方ありません。ただし、1つだけ条件を呑んでください。」
「条件?」
「結果が出ないようであれば、直ちに解散させてもらいます。もちろん、仕事である以上、手は抜きません。」
「おー、全然OK。つまり1年はユニットで活動してくれるって事だな?」
「…え?」
「だってそうじゃん、うちの事務所。」
「あっ!?」
「いやー良かった良かった。早速社長に報告しないと。」
「プ、プロデューサー! ちょっと待って下さい!」

私が呼び止めるのも聞かず、プロデューサーは社長室に逃げ込んでしまった。

「くっ。」

こうして、私の最低の日々はこの直後、今最も聞きたくなかった声を聞いてから始まる事になる。

「おはようございまーす!」



2.

「ったく…さっきの収録は良かったのに、終わった途端に何やってんだか。」

プロデューサーが大袈裟に肩を落としてため息をつく。

「でもそうやって言い争ってるのも懐かしいな。」
「プロデューサー!」
「プロデューサーさん!」

軽率な発言に2人で声を荒げる。

「あはは、息ピッタリじゃないか、その調子で頼むよ。」

今度は2人でため息をつく。

「プロデューサーさん、私怒ってるんです!」

天海さんがプロデューサーに詰め寄る。始め、彼女の怒りの矛先はプロデューサーに向いていた。それが何故か私との言い争いになっている。どうしてそうなったか分かりやすくと言うと、やぶ蛇である。
天海さんがプロデューサーに文句を言う態度が気に入らなかったとは言え、余計な事をしてしまった。
…何だか、私も天海さんもイライラしてるような気がする。これじゃあまだ出会った頃の方がまともな意見を言い合ってた。今日は何かと些細な事で喧嘩になってしまっている。これではまるで子供の喧嘩だ。
プロデューサーを責める天海さんをぼんやり見ながら、またため息をつく。
天海さんが怒るのは分かる。自分が司会を勤める番組で、いきなり私がゲストで登場してユニット結成だなんて、しかもテレビ局にも何の連絡もしてなかったのだ。怒って当たり前だ。

「まぁまぁ、無事済んだんだし良かったじゃないか。」
「無事じゃなかったら困るんです!」
「千早もしっかり出来てたじゃないか。台本もないのに。」

そう、いきなりスタジオに放り込まれた私は、終始アドリブで乗り切るしかなかったのだ。私を見た時の天海さんはかなり動揺していたが、良く誤魔化せてたと思う。

「…仕事である以上、真面目にやると言った筈です、私は。」
「何それ、何でそんな言い方するの!? 私だって真面目にやってるよ!」
「やめろって。楽屋でそんな大声出して、外に聞かれたらどうするんだ。時と場合を考えろ。」

誰のせいだと言かけたが、天海さんの視線を感じて、無理矢理落ち着けた。

「ちょっと、飲み物買って来ます…。」

天海さんはそう言うと、部屋を出て行った。
私は音楽を聴いて気持ちを落ち着かせようと、備え付けのミニコンポにCDを入れた。

「千早と春香さ、言い争うにしても静かに出来ないのか?」

ヘッドホンをしようとしたら、プロデューサーが口を開いた。

「私が今まであまり関与しなかったのはさ、お前らが声を荒げて言ってる事が間違ってないからなんだよ。」

間違ってない。どう言う意味だろう。確かに私は自分が天海さんに主張して来た事に間違いがあるとは思ってない。でも、なら、天海さんの言い分は…。

「ああした方が良い、それは間違ってる、そうやってお互いに意見を交換するのはとっても良い事だ、誰でもやってる。」

プロデューサーの言葉が、脳に直接響くようだ。私は肯定も反論も出来ずに、次の言葉を待つだけだった。

「お前らが言い争ってる内容は、大人しく喋ってればただの意見交換だ。それが何故か喧嘩になってしまう。」

何だろう。私はまるで、悪い事をして大人に注意される子供のような、罰の悪さを感じて、思わず目を伏せた。

「どうしてそうなるのか考えろ。まずはそれからだ。」
「…。」

居心地が悪くなり、ヘッドホンをその場に置いて部屋を出た。
自販機コーナーへ行くと、休憩用の長椅子の上で膝を抱えて座る天海さんの姿があった。

「はぁ…何でこんな事になっちゃうのかなぁ…。」

その背中は、さっきスタジオで堂々としていた彼女とは思えないくらい小さく見え、声も震えていた。
私が自販機で飲み物を買うと、その音にハッとして顔を上げたが、私だと気付いてまた伏せた。

「…。」

顔は見なかったが、もしかしたら泣いているのかもしれない。

「…場所を考えろと、先程プロデューサーに言われたばかりでしょう?」
「…。」
「こんな所で塞ぎ込んで、誰かに見られたらどうするつもり?」
「プロデューサーさんに呼んで来いって言われたの?」

天海さんは顔を伏せたまま、だがその言葉からは「放って置いて。」と言う拒絶の意志がはっきりと感じられた。
彼女程のアイドルがこんな所で泣いてたら騒ぎになる。増して、今は私とユニットを組むと言う本人も知らされてなかったサプライズの直後。私の方に飛び火してくる恐れがある。

「(違う…そうじゃない。)」

こんな事を言ってまた喧嘩になりでもしたら、そんな馬鹿な話はない。
私は気持ちを入れ換える為に買った飲み物を煽った。

「ぶはっ!?」
「!?」

そして、吹いた。

「げほっごほっ…!」
「だ、大丈夫…?」

天海さんに気を取られて違う物を買ってしまっていた。
くっ、何たる醜態!



3.

ユニット結成から1週間。来週にはデビュー曲がリリースされ、その販売イベントがある。
慣れないユニット活動、急ピッチ過ぎるスケジュール。そして、天海さん。
ユニットを解散する為には、成果が出ないように全力で仕事するしかない。そんな矛盾と、ファンの反応が想像を遥かに越えて良かったりして、私はいつもなら難なくこなせてたレッスンでヘトヘトになっていた。

「はぁ…。」

このままじゃ、体が持たない。プロデューサーのした事は、最早ただの嫌がらせだ。同じ事務所のアイドルとは言え、ここまでやる必要があるのだろうか?
思考を巡らせながら、私と天海さんのユニットのデビュー曲の譜面を読みながら歩いていると、突然腕を引かれた。

「っ!?」

振り返ると、天海さんだった。
何故彼女が私の腕を掴んでいるのだろう。すぐに振り解こうかと思ったが、それでまた喧嘩になっては困る。相手の意図が分からない以上、迂闊には動けない。
さて、どう対応したものかと悩んでいると、天海さんが口を開いた。

「信号、赤だよ?」
「…えっ?」

予想外の言葉に拍子抜けしたが、前を見れば、赤い光と、通り過ぎる車。

「何で…?」
「何でって…。」

理由は分かった。でも、出会ってから今まで触れた事もなければ触れられた事もない。
それなのにいきなり訪れたこの状況。混乱せずにはいられなかった。

「えと、別に、その…危ないと思ったから、助けただけ、だよ。」

私の腕を掴んだまま、気不味そうに言葉を続ける天海さん。

「如月さんだから、助ける、助けないとか、そう言うのじゃなくて…。」

喋りが固い。緊張しているのだろうか? 私と同じように、慎重に丁寧に言葉を選んでいるように見えた。

「私が手を伸ばして、誰かを助けられるなら、わた、私はそうしたいなって。」

少し話が飛躍し過ぎではないだろうか? 何だか今度は脱力してしまった。
天海さんはそこまで言って、ようやく手を放してくれた。改めて天海さんに向き直る。

「あはは、何言ってるんだろう私。帰るね。」

慌てるように私の横を通り過ぎる天海さん。

「あ、天海さん!」

ビックリして転びそうになっている。思わず呼び止めてしまったが、どうして良いか分からない。
ただ、何か言わずにはいられない。

「助けてくれて、ありがとう。」

やっと言葉を選んでそう言うと、天海さんは照れくさそうに笑い、横断歩道の先へ消えて行った。
私はしばらく、その先をぼんやりと見つめながら、気の抜けたように突っ立っていた。

「(あ、渡り損ねた…。)」

赤信号を前に、私は渡ろうとしていた横断歩道を渡るのをやめ、CDショップへ寄り道してから帰った。
買ったのは、天海さんのCD。どうやらまだ頭は混乱しているらしい。
どうかしている、考え直せと自分に言い聞かせながら、今晩は天海さんの歌を聴く事にした。
今日、1つ気付いた。
天海さんの笑顔は、間近で見るととても可愛い。



続きます。

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