最終更新:ID:VTEOZyg86A 2012年03月25日(日) 10:20:02履歴
前作
「まことー、今日一緒にブルース・ピー2見る約束覚えてるかー?」
響ちゃんがそう言いつつ、バックから飲みかけのスポーツ飲料水を取り出して、おじさん臭い飲みっぷりを見せる。
ダンスレッスンの中休み。私はまだ、足に負担をかけられないから、朝から体育座りで練習の様子を見ていた。
「忘れないよー。でも、ボク、まだ1もろくに見てないんだけどなあ」
「続きものじゃないからなんくるないさー」
親指を立てて、待ちきれないのか響ちゃんは少しそわそわしている様子だった。
「そう?」
真ちゃんもまんざらじゃない、って顔して制汗剤を脇の下からかけている。
ちょっとだけ臭ってくる、甘酸っぱい香り。嗅ぎ慣れた匂い。
「あ、そうだ、雪歩も来ないか!?」
「え、え……?」
急に話を振られ、私ははっとして視線をはぐらかす。
「真も来るし、一緒に見たら楽しいぞ?」
真ちゃんは行くんだよね。私、行ってもいいのかな。でも、怖い。
「いやあ、雪歩はそういうカンフーアクション系やらボコスカハードボイルド系は……」
「そうなのか?」
「あ……う、うん。そうだね……ごめんね、響ちゃん」
響ちゃんはとてもわかりやすい表情で、がっかりとしていた。
「でも、こういうのは演劇とかでも役に立つと思うから、気が向いたらぜひ見て欲しいんだ!」
「うん、ありがとう。響ちゃん」
それから、ダンスコーチの声で談笑はいったん終了した。
二人のシューズの裏が子気味よくリズムを奏で始める。
真ちゃんのは勇猛果敢だけど、少しませた子どもみたいなステップで、響ちゃんはそれに合わせるようにでも、
追い越せ追いつけってアグレッシブに床を鳴らす。
二人の息は、最初の方こそ互いが自分ばかり見ていた。
でも、運動神経がよくて適応力の高い二人はすぐにシンクロし始めた。
それから、呼吸を合わせること、笑い合うこと、自然な空気が流れるようになった。
私は、それをずっと横で見ていた。私の足はまだ良くならない。
滑ったのは、床が汗で濡れていたから。ちゃんと定期的にモップをかけなくちゃいけなかった。
だから、悪いのは原因は自分にある。ずっと座っていてお尻がひりひりする。
「真! 笑顔笑顔! 笑って笑って!」
「響こそ、人のこと言う前に、指!」
「あんたたち仲いいのは分かったから、前向きなさい」
「「あいあいさ!」」
心から染みでたのはきっと、自分を戒めるためのもので。
海でみんなと、真ちゃんと泳げなかったことすごく後悔してて、まだちょっと引きずってる自分が嫌で。
ダンスに集中しなきゃいけないのに。目で追いかけてしまう。離れてくれない。外せない。
どうして、あんなに息がぴったりなんだろうか。あそこにいるのは……。
考え事をしてしまうと、とても眠くなってしまう。
気持ちに蓋をするみたいに。穴に入りたいんだと思うの。思考の毒から逃れたいんだと思うの。
「……きほ、ゆきほ」
愛しい声に名前を呼ばれ、顔をあげる。
「レッスン終わったよ。次、亜美真美コーディネート対決の収録あるんだろ? 急がなくていいの?」
「あ、う、うん。……ありがとう、行ってくるね」
小首を傾げる真ちゃんに少し頬えみ返す。去ろうとして、裾をひかれた。
「雪歩、痛むのか?」
響ちゃんが眉根を寄せて、私の顔を覗いてくる。ギョッとして聞き返す。
「え?足? ううん、どうして?」
「いや、えっと、特に理由はないんだけどさー」
「はいはい、クールダウンするよー。雪歩、行ってらっしゃい」
「……うん、あ、響ちゃん、私やっぱり……」
「え?」
「……ううん、なんでもないよ」
「えー、変な雪歩」
「響、早く座りなよー」
「おう!」
真ちゃんが待ちくたびれたように響ちゃんの名前を呼ぶ。
響ちゃん、私が真ちゃんのこと見てたのに気づいたのかな。私、そんなに変な顔してたかな。
真ちゃんは何も気にしてないようだし、たぶん響ちゃんの気のせいだよね。
私は早々にそこから立ち去りたい気持ちに駆られ、早足に部屋を出ていった。
収録先には、すでに真美ちゃんと亜美ちゃんが来ていて、待ちくたびれたように簡易テーブルの上で伸びていた。
何でも真美ちゃんが急かしてあまりに早く来てしまったらしい。
「とんだ待ちぼうけだよー」
「新しいネタ考えれたんだからいいじゃんか」
首だけ起こして、真美ちゃんが亜美ちゃんに言った。
「新しいネタ?」
私は首を傾げる。
「うん、見ててよ。全力で亜美って、真美れない真美、という一発ギャグを……」
「い、いや、ゆきぴょんの前でやらくても」
真美ちゃんは、体を起こして首をふる。
「ええ? 亜美達の渾身のギャグ初お披露目がゆきぴょんじゃあ不満ってことー?」
「誰もそんなこと言ってないよう。いや、ほら、もう本番前だし心落ち着かせたいの!」
恥ずかしいのか、真美ちゃんは一度こちらを見て私と目を合わせたと思ったら、そっぽを向いてしまった。
「えー、やろうよー。ゆきぴょんなんかきっと笑い死ぬよ」
「うーん、でもそんなに面白いなら、収録中に思い出したりしたら大変だから……」
「あ、それもそうだね! ゆきぴょん賢い!」
見たいような、見たくないような。自分でも少し惜しいことをしてしまったような気がしたけれど、
真美ちゃんの方から薄いため息が聞こえたので、まあいいかなと思った。
「真美ちゃんにも、恥ずかしいことあるんだね」
「な、ひどいよゆきぴょん! 私だって、年頃の女の子だよ?
人並みに恥ずかしがるし、人並みに落ち込むし……人並みにこ、こいだっ……っむ……むー」
「ど、どうしたの?」
「なんでもないよ……」
「え、でも」
「もーまんたい……」
どうやらすねさせてしまったのか、尻すぼみに言葉をとぎらせる。
上げた顔をまた机へと突っ伏させてしまった、心無しか頬に赤みがさしているような。
余計なことを言ってしまった。どうしよう。
「……わあ、真美なんか顔赤くない? 風邪?」
「違うっす……」
「あの、ごめんね」
「え? なんでゆきぴょん謝ってるの?」
亜美ちゃんがきょとんとしている。
「で、でも、そういうのって女の子らしくて可愛いと思うよ?」
少しくさい台詞だった、と自分でも思った。真美ちゃんはすくっと立ち上がって、若干目を泳がせながら、
「のーぷろぶれむ」
とモゴモゴと答えてくれたのだった。
その後、スタッフさんから集合がかかって収録が終わるまで真美ちゃんはこっちを見てくれなかった。
自分でも気づいていた。
私は人と楽しく会話するのが下手なんだって。
すぐに表情に声に自分を出してしまう。でも、意気地なしだから。
だから、素直に一緒に行きたいって言えないの。
亜美ちゃんはわからないなりに気を使ってくれたのか、片付ける時、そっと席を外してくれていた。
でも、私と真美ちゃんはどこかぎこちない。
私のせいなのはわかっていたけど、でも、苦手な空気を払拭させられない。
思春期の女の子の気持ちなんて、わからない。自分のことだって手に負えないのに。
「体の方はもう大丈夫?」
小物を詰め込みながら、少女は頷く。真美ちゃんは少し間をおいて、
「ゆきぴょんこそ足は?」
「私? 私はもう大丈夫だよ。ダンスレッスンにも顔出せるようになったし」
自然と声が低くなりそうになるのを堪えた。
「そっか、良かった」
明るい調子でそう言うものだから、機嫌がもとに戻ったのだと思った。
「あ、今朝はどうして……」
少し気が抜けてしまったのか、笑いかけながら問いかければ、少女は猛ダッシュで私の前から遠ざかっていた。
顔をカバンで隠している。
「ま、真美ちゃん?」
年頃の少女はわからない。私が言うことでもないけれど。
続く
「まことー、今日一緒にブルース・ピー2見る約束覚えてるかー?」
響ちゃんがそう言いつつ、バックから飲みかけのスポーツ飲料水を取り出して、おじさん臭い飲みっぷりを見せる。
ダンスレッスンの中休み。私はまだ、足に負担をかけられないから、朝から体育座りで練習の様子を見ていた。
「忘れないよー。でも、ボク、まだ1もろくに見てないんだけどなあ」
「続きものじゃないからなんくるないさー」
親指を立てて、待ちきれないのか響ちゃんは少しそわそわしている様子だった。
「そう?」
真ちゃんもまんざらじゃない、って顔して制汗剤を脇の下からかけている。
ちょっとだけ臭ってくる、甘酸っぱい香り。嗅ぎ慣れた匂い。
「あ、そうだ、雪歩も来ないか!?」
「え、え……?」
急に話を振られ、私ははっとして視線をはぐらかす。
「真も来るし、一緒に見たら楽しいぞ?」
真ちゃんは行くんだよね。私、行ってもいいのかな。でも、怖い。
「いやあ、雪歩はそういうカンフーアクション系やらボコスカハードボイルド系は……」
「そうなのか?」
「あ……う、うん。そうだね……ごめんね、響ちゃん」
響ちゃんはとてもわかりやすい表情で、がっかりとしていた。
「でも、こういうのは演劇とかでも役に立つと思うから、気が向いたらぜひ見て欲しいんだ!」
「うん、ありがとう。響ちゃん」
それから、ダンスコーチの声で談笑はいったん終了した。
二人のシューズの裏が子気味よくリズムを奏で始める。
真ちゃんのは勇猛果敢だけど、少しませた子どもみたいなステップで、響ちゃんはそれに合わせるようにでも、
追い越せ追いつけってアグレッシブに床を鳴らす。
二人の息は、最初の方こそ互いが自分ばかり見ていた。
でも、運動神経がよくて適応力の高い二人はすぐにシンクロし始めた。
それから、呼吸を合わせること、笑い合うこと、自然な空気が流れるようになった。
私は、それをずっと横で見ていた。私の足はまだ良くならない。
滑ったのは、床が汗で濡れていたから。ちゃんと定期的にモップをかけなくちゃいけなかった。
だから、悪いのは原因は自分にある。ずっと座っていてお尻がひりひりする。
「真! 笑顔笑顔! 笑って笑って!」
「響こそ、人のこと言う前に、指!」
「あんたたち仲いいのは分かったから、前向きなさい」
「「あいあいさ!」」
心から染みでたのはきっと、自分を戒めるためのもので。
海でみんなと、真ちゃんと泳げなかったことすごく後悔してて、まだちょっと引きずってる自分が嫌で。
ダンスに集中しなきゃいけないのに。目で追いかけてしまう。離れてくれない。外せない。
どうして、あんなに息がぴったりなんだろうか。あそこにいるのは……。
考え事をしてしまうと、とても眠くなってしまう。
気持ちに蓋をするみたいに。穴に入りたいんだと思うの。思考の毒から逃れたいんだと思うの。
「……きほ、ゆきほ」
愛しい声に名前を呼ばれ、顔をあげる。
「レッスン終わったよ。次、亜美真美コーディネート対決の収録あるんだろ? 急がなくていいの?」
「あ、う、うん。……ありがとう、行ってくるね」
小首を傾げる真ちゃんに少し頬えみ返す。去ろうとして、裾をひかれた。
「雪歩、痛むのか?」
響ちゃんが眉根を寄せて、私の顔を覗いてくる。ギョッとして聞き返す。
「え?足? ううん、どうして?」
「いや、えっと、特に理由はないんだけどさー」
「はいはい、クールダウンするよー。雪歩、行ってらっしゃい」
「……うん、あ、響ちゃん、私やっぱり……」
「え?」
「……ううん、なんでもないよ」
「えー、変な雪歩」
「響、早く座りなよー」
「おう!」
真ちゃんが待ちくたびれたように響ちゃんの名前を呼ぶ。
響ちゃん、私が真ちゃんのこと見てたのに気づいたのかな。私、そんなに変な顔してたかな。
真ちゃんは何も気にしてないようだし、たぶん響ちゃんの気のせいだよね。
私は早々にそこから立ち去りたい気持ちに駆られ、早足に部屋を出ていった。
収録先には、すでに真美ちゃんと亜美ちゃんが来ていて、待ちくたびれたように簡易テーブルの上で伸びていた。
何でも真美ちゃんが急かしてあまりに早く来てしまったらしい。
「とんだ待ちぼうけだよー」
「新しいネタ考えれたんだからいいじゃんか」
首だけ起こして、真美ちゃんが亜美ちゃんに言った。
「新しいネタ?」
私は首を傾げる。
「うん、見ててよ。全力で亜美って、真美れない真美、という一発ギャグを……」
「い、いや、ゆきぴょんの前でやらくても」
真美ちゃんは、体を起こして首をふる。
「ええ? 亜美達の渾身のギャグ初お披露目がゆきぴょんじゃあ不満ってことー?」
「誰もそんなこと言ってないよう。いや、ほら、もう本番前だし心落ち着かせたいの!」
恥ずかしいのか、真美ちゃんは一度こちらを見て私と目を合わせたと思ったら、そっぽを向いてしまった。
「えー、やろうよー。ゆきぴょんなんかきっと笑い死ぬよ」
「うーん、でもそんなに面白いなら、収録中に思い出したりしたら大変だから……」
「あ、それもそうだね! ゆきぴょん賢い!」
見たいような、見たくないような。自分でも少し惜しいことをしてしまったような気がしたけれど、
真美ちゃんの方から薄いため息が聞こえたので、まあいいかなと思った。
「真美ちゃんにも、恥ずかしいことあるんだね」
「な、ひどいよゆきぴょん! 私だって、年頃の女の子だよ?
人並みに恥ずかしがるし、人並みに落ち込むし……人並みにこ、こいだっ……っむ……むー」
「ど、どうしたの?」
「なんでもないよ……」
「え、でも」
「もーまんたい……」
どうやらすねさせてしまったのか、尻すぼみに言葉をとぎらせる。
上げた顔をまた机へと突っ伏させてしまった、心無しか頬に赤みがさしているような。
余計なことを言ってしまった。どうしよう。
「……わあ、真美なんか顔赤くない? 風邪?」
「違うっす……」
「あの、ごめんね」
「え? なんでゆきぴょん謝ってるの?」
亜美ちゃんがきょとんとしている。
「で、でも、そういうのって女の子らしくて可愛いと思うよ?」
少しくさい台詞だった、と自分でも思った。真美ちゃんはすくっと立ち上がって、若干目を泳がせながら、
「のーぷろぶれむ」
とモゴモゴと答えてくれたのだった。
その後、スタッフさんから集合がかかって収録が終わるまで真美ちゃんはこっちを見てくれなかった。
自分でも気づいていた。
私は人と楽しく会話するのが下手なんだって。
すぐに表情に声に自分を出してしまう。でも、意気地なしだから。
だから、素直に一緒に行きたいって言えないの。
亜美ちゃんはわからないなりに気を使ってくれたのか、片付ける時、そっと席を外してくれていた。
でも、私と真美ちゃんはどこかぎこちない。
私のせいなのはわかっていたけど、でも、苦手な空気を払拭させられない。
思春期の女の子の気持ちなんて、わからない。自分のことだって手に負えないのに。
「体の方はもう大丈夫?」
小物を詰め込みながら、少女は頷く。真美ちゃんは少し間をおいて、
「ゆきぴょんこそ足は?」
「私? 私はもう大丈夫だよ。ダンスレッスンにも顔出せるようになったし」
自然と声が低くなりそうになるのを堪えた。
「そっか、良かった」
明るい調子でそう言うものだから、機嫌がもとに戻ったのだと思った。
「あ、今朝はどうして……」
少し気が抜けてしまったのか、笑いかけながら問いかければ、少女は猛ダッシュで私の前から遠ざかっていた。
顔をカバンで隠している。
「ま、真美ちゃん?」
年頃の少女はわからない。私が言うことでもないけれど。
続く
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