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 Title :『 白い犬と、白い花 』

━*1

 我輩は、765の一員である。
 名前はあるが、ない。
 これは決して言い間違いなどではない。
 あるが、ないのだ。
 フム……
 どうやらもう少し説明が必要であるようだ。
 誤解を招かぬよう正確を期すならば、我輩には他者から勝手に呼ばれる名がいくつもあるが、
我輩はそのどれも我輩の名として認めておらぬ。
 765の娘たちはそろいもそろって命名のセンスがちとおかしい。
 そのくせ、言葉が通じぬことをよいことに、我輩の度重なる抗議を無視して、実に個性豊かな
名をつけたがる。
 彼女たちのユニット名が総じてヘンテコなものである鬱憤を我輩で晴らすつもりであろうか。
 だとすれば、彼女たちが雪辱を果たすべき相手はプロデューサー殿であり、我輩ではない。
 理不尽極まりない、八つ当たりもいいところである。
 一例をあげてみよう。
 765には伊織なるデコ娘がいるが、彼女は我輩をハイカラに「ロシナンテ」と呼ぶ。
 亜美真美なる分身娘たちは「もっこり左衛門」と呼び、春香なるずっこけ娘は「フワリン」と
呼び、美希なるあくび娘にいたっては我輩のことを「マクラ」などと呼ぶ。
 武骨な我輩にはハイカラな名は似合わぬ。
 擬音語擬態語の類の名も勘弁願いたい。ましてや、寝具の名などいうまでもない。
 何故、我輩がこのような名で呼ばれねばならぬのか、羞恥と不名誉の極みである。
 しかし、こんなのでも、我輩の主が呼ぶ名に比べれば数段マシであることも認めねばならぬ。
 主の命名センスは、ヘンテコどころの話ではない。
 壊滅的である。
 豆腐の角に頭をぶつけてチャンプルーになってしまえである。
 少々脇にそれるが、ここで一旦、主のことも紹介しておこう。
 
━*2
 
 我輩の一応の主は、我那覇響というなんくる娘である。
 主は最近まで、961なる御家の軍門にあった。
 ところが、労働基準法だかなんだか知らぬが、主の主だった男のヘマによって御家の不始末が
お上にばれ、その男は獄につながれることになり、御家もお取り潰しになった。
 同じ家中の貴音なる面妖娘がそう言っていたのだが、人間たちの理屈や決まり事は、我輩には
とんとわからぬ。
 とにもかくにも、御家を失った主は晴れて宿なし職なしの野良人間となった。
 このとき我輩は「人間も野良になることがあるのだな」と、感心しておった。
 しかし、悠長に感心ばかりもしておれぬ。
 主が野良になれば、それに付き従う我輩たち家臣一同も当然野良に落ちる。そのくらいの道理
は獣である我輩たちにもわかる。
 主自身の野良化は一向に構わぬが、三食昼寝付き冷暖房完備の快適な暮らしから一転、自ら
求食活動をせねばならぬのは、面倒くさいことこの上ない。
 我輩は、働きたくないのである。
 上げ膳据え膳の食っちゃ寝生活をしていたいのである。  
 ああ、先見の明なき主に飼われたのが我が身の不幸。
 そんな主に、あさましくも媚を売って、買われた我輩たちも先見の明なし。
 主が主なら、家臣も家臣である。
 家臣にたびたび愛想尽かされ出奔されるダメな主であるが、ここで主を見限れば人間にも劣る
輩になりさがる。獣仁義は、通さねばならぬ。
 たとえ、この自慢の白き毛並みが塵芥で汚れようとも、心はいつだってピカピカでいたい我輩
シャイニースマイルである。
 まず解決せねばならぬのは、寝床の確保であった。
 家臣一同は、額を集めて考えた。
 生まれた種族と時は違えど、飯と住み処がなければ、望まずとも死ぬ時は同じなのである。
 ああ、なんとめでたくも、ちっともありがたくない運命共同体か。
 主の失職に巻き込まれてミイラになるのは真っ平御免である。
 このときの我輩たちの結束の固さは、食物連鎖の垣根すらも越え、765の娘たちが常々口に
する「団結」とやらのそれもゆうに上回った。
 以上の経緯により、我輩たちは当面の寝床の確保と、ついでに主の就職口確保のために、主と
面識があった765の本城を占拠することにした。
 無論、制圧行動は迅速かつ穏便に行なわれた。
 堂々と正門から入城し、行く手に出会う765の関係者たちには緊急事態であることを告げ、
765の大将たる高木殿に対し無血開城を要求したのである。
 しかしながら、人間は我輩たちの言葉を解さぬ。
 平和的な交渉では埒があかぬと判断した我輩たちは、城内を駆け、各々が快適と思う場所にて
くつろぐことにした。
 相手が我輩たちの要求を飲まぬならば、なし崩しに居座ってしまおうという作戦である。
 これには相手も焦った。
 765の幾人かはこの事態を重く見て、我輩たちに765から出て行くよう抗議あるいは実力
行使に及ぼうとする者もいたが、これでも獣の端くれ、飼い慣らされた野生をなめてもらっては
困る。
 我輩たちは打ち合わせ通り、言葉がわからぬフリと寝たフリで徹底抗戦した。
 恨むならば、主と知り合ってしまった己たちの不運を恨むべきであろう。
 同行していた主は765の関係者たちにしきりに頭を下げて謝罪していたが、主のメンツは
最早我輩たちの寝床よりも軽いので良しとする。
 結局――
 高木殿のはからいで、主は765のアイドルに採用されることになった。
 そして、いつの間にやら我輩たちの群れに混じっていた貴音も、抜け目なくちゃっかりと採用
された。さすが面妖の娘である。
 それにしても高木殿は太っ腹な御仁だ。
 貧乏事務所だというのに、甲斐性なき主を御家に抱え込んだばかりか、主の住み処まで手配
してくれたのだ。頭が下がる思いである。
 こういう、人が良い人間に限って損をするのだから、人間の世というのは世知辛い。
 それはさておき。
 我輩たち家臣一同も、主の新居に移り住むことになった。
 
━*3

 我輩を除く家臣たちは、今日も主の新居にて気楽な飼われ者ライフを満喫している。
 まったくもって羨ましい話である。
 それに引きかえ、我輩は高木殿からとある仕事を通常任務として仰せつかってしまった。
 大恩ある高木殿から直々に、我輩を男と見込んでの頼みとあっては、断る是非もなし。
 我那覇家筆頭家臣として、見事、任務を全うするのみである。
 さて、我輩の任務とは、とある娘の護衛である。
 そして、今現在、当該任務を遂行中なのである。
「ゆったり ゆったり♪」
「スピード上げず♪」
「ゆったり ゆったり♪」
「歩いて戻ろう♪」
 我輩は、獣であるゆえ芸術を解さぬ。
 したがって、「歌」というものについても細かいコトはわからぬ。
 わかることといえば、ずっこけ娘の歌の音程が時折怪しくなることくらいであろうか。
 そんな門外漢な我輩であるが、隣を歩く娘たちが先程から歌っている歌が、獣心にもなかなか
素晴らしい歌であることはわかる。
「すっきり すっきり キレイな毛並み♪」
「すっきり すっきり お手入れしてる♪」
 娘たちの名は、三浦あずさと高槻やよいという。
 二人とも765の娘だ。
 高木殿に頼まれた護衛の対象は幼いやよいではない。成人のあずさである。
 この娘、どうしたわけか体内の東西南北が狂っているらしく、東といえば西へと向かい、前方
といえば後方へ退き、隣町まで買い物に出せばブラジルでサンバを踊っているような、そんな娘
である。
 我輩の護衛という任務も、つまるところあずさの目付け役であり、あずさが道に迷わぬように
案内することが主な仕事だ。おかげで我輩は歩くマップルになってしまった。
 今日は、あずさもやよいもオフの日である。
 年がだいぶ離れている二人であるが、その仲はかなり良い。
 傍目には血の繋がった姉妹のようであり、母娘のようでもある。
 仲が良いことは大変結構なことであるが、人間である彼女たちが休みであるというのに一介の
獣にすぎぬ我輩が律儀に任務とはいかなるわけか。てんで納得がいかぬ。
 それもこれも、オフだというのにわざわざ事務所にまで来て休日を過ごそうという彼女たちの
気まぐれのせいである。
 しかも、何をして過ごすのかと思えば、ただの散歩だという。
 わけがわからぬ。
 散歩、それ自体は、良いものだ。
 散歩と睡眠と食事が趣味である我輩がいうのであるから間違いない。
 しかし、何故、事務所に出向いてから散歩をしようとするのか理解に苦しむ。
 やはり人間のやることは、いちいち意味不明である。
「ゆっくり ゆっくり♪」
「道路を歩こう♪」
「ゆっくり ゆっくり♪」
「遠くへ行こう♪」
 手をつなぎ、ときどき視線を合わせて微笑む彼女たち。
 なんとも仲睦まじい。
 こういうときに「結婚しちゃいなよYOU!」と言うのだろうか。
 我輩の目にそのように映るのは、彼女たちの服装のせいもある。
 今日のやよいはいつものトレーナーとスカートではない。
 ひらひらした白のワンピースにリボンがついた薄いピンクの上着を着ている。
 髪も普段のツインテールではなく、頭の左右でお団子に結っている。
 この服は、あずさが小学生の頃に着ていた服だ。
 実家に服をとってあったのを思い出し、やよいにあげるために実家から送ってもらったそうで
ある。あずさの両親もやよいのことをテレビで見て知っていたから、やよいちゃんにぜひにと、
喜んで送ってくれたらしい。
 そして、昨日、たくさん服が詰め込まれたダンボールが事務所宛に届いた。
 服の確認をしていたあずさはとても楽しそうであった。
「この服もとっておいてくれたのね、お母さん」
 奇麗にアイロンがけされた服を手に、昔を懐かしむような穏やかな顔をしていた。
「あら?」
 仕分けをしていたあずさの手が止まる。
「こんな服、私着てたかしら……?」
 見た目にも真新しい。 
 服の型やデザインも他のものと見比べると、いささか趣きが異なるようである。
「うふふ。お母さんったら、やよいちゃんに新しいのを買ってくれたのね」
 なるほど、そういうことであるか。
 我輩が得心しているとあずさがこちらを見た。
「私の昔の服を見てたら、久しぶりに子どもの服を選びたくなっちゃったのかな」
 そういうものであるか。
 生まれてこのかた、自前の毛のほかに何も身に纏ったことがない我輩には到底わからぬ感覚で
ある。毛を剃って服を着るようになれば我輩にもわかるであろうか。
 服の仕分けが済む頃には、やよいと他の娘たちも事務所にやって来た。
 誰が言い出すまでもなく、自然にやよいのファッションショーが始まった。
 コーディネーターは765の娘たちである。
 あれやこれやと服を組み合わせては、やよいをとっかえひっかえしてポーズを取らせる。
 事務所内は若い娘たち特有のキャーキャーいう声であふれかえった。
 やよいを取り囲む輪から一歩離れて喜色を浮かべていた小鳥なる娘は、自分の机からデジカメ
なる道具を取り出し、事務所のホームページに載せるからとやよいに光を浴びせていた。
 やよいの今の服装も娘の誰かが考えたコーディネートである。
 散歩に出る前、お団子を結ったのはあずさだ。
「服に合わせて髪型も変えてみましょう。気分転換にもなるし」 
 たしか、そんなことを言っていた。
 あずさが髪を結ってる最中、やよいは服の端っこをつまんでは笑顔を綻ばせ、ご機嫌な鼻歌を
歌っていた。髪を結っていなければその場で踊り出したかもしれない。
 それくらいやよいは浮かれていた。
 あずさと手をつないで歩くその足取りは、あたかも地球上で彼女だけが重力の足枷を半分に
されたかのようで、放っておけば空まで歩いていきそうだ。
 上背のあずさを見上げてやよいが笑う。
 まぶしい笑顔だ。
 みずみずしいオレンジのようにその笑顔から幸せが雫となってこぼれてきそうである。 
「ぴったり ぴったり♪」
「僕らの相性♪」 
「ぴったり ぴったり♪」
「仲良くしよう♪」
 やよいの歌に合いの手を入れるあずさ。
 彼女もまた笑顔がこぼれていた。
 五月のすがすがしい風が丈長のスカートのすそを翻す。
 あずさもやよいの服に合わせてゆったりとした白のワンピースを着ていた。
「私とあずささんとシロさん。みんなおそろいですっ」
 事務所を出てすぐにやよいは我輩とあずさを見てそう言った。
 シロさんというのは我輩のことである。
 毛の色にちなんだ安直な名であるが、他の娘たちよりはマシといえよう。
「シロさん、暑くないんでしょうか。こんなにもこもこな格好してて」
「どうかしらね〜。くまたん、暑くない?」
 我輩は首を横に振る。
「暑くないみたいね」
「うっうー、シロさんは我慢強いんですねっ。えらいです」
 別に我慢しているわけではないのだが。
 ちらりと空に目をやる。
 天気は文句なしの五月晴れ。
 吹く風は暑すぎも冷たすぎもせず、毛むくじゃらの我輩も快適である。
 しばらく道を歩いていると、視界に鮮やかな緑が入ってきた。

━*4 

 手入れされた芝生と青々と茂る植え込みの樹木。
 人間が作った「公園」という場所だ。
 ぱっと見た印象では敷地も大分広そうだ。
 いかな我輩とてこの公園の端から端まで全力で走ればそれなりに骨が折れそうである。
 緑の合間を縫うようにして赤い道が公園の奥まで続いていた。
「行きましょうっ、シロさん!」
 やよいが我輩を振り返り見る。
 我輩は彼女に手を引かれるあずさの後に続いて公園に入った。
 道は赤色のレンガでできていた。隙間もでこぼこもなくレンガが敷き詰められている。
「いつものルートじゃ もの足りなくて♪」
「気持ちがいいから 遠回りした♪」
 人目も気にせず、やよいとあずさは歌を口ずさむ。
 ときどきすれ違う人間たちは一様に我輩たちを見て目を丸くした。
 それもむべなるかな。
 二人は765が誇る愛らしい娘と美しい娘である。目を引かぬはずがない。
 彼女たちの傍らを護る我輩としても西洋の騎士のように誇らしくある。
 赤色の道に導かれるように我輩たちは公園の中心部へと進んだ。
 途中、「池」とかいう巨大な水たまりを横手に見、やがて開けた場所に出た。
 それは森を円状にくりぬいたかのような大きな広場であった。
 足元は舗装されておらず、美しい芝生のカーペットが広場一面に広がっている。
 円の中心からややずれたところに横に大きく枝を張り出した巨大な木が一本立っていた。
 そして、その木を中心として芝生の緑より濃い緑と白の斑が円状に地面を覆っている。
「あずささん。なんでしょう、あれ?」
「さあ? ここからはちょっと遠くて……」
「行ってみましょうっ!」
 言うが早いか、やよいはあずさの手をつないだまま木に向かって一直線に駆け出した。
「あら、あらあらあら〜」
 あずさの口から情けない悲鳴が漏れる。
 転ばないようにやよいについて行くのが精一杯といった風情だ。 
 我輩はそれを面白く眺めながらゆっくりと行く。
 いち早く木の根元にたどり着いたやよいは足元を見て歓声を上げた。
「あずささん見てください! お花さんでした!」
「まあ」
 やよいが言うとおり、白の斑の正体は小さな白い花であった。
「これは、シロツメグサね」
「シロツメグサ、ですか?」
「そうよ。こんなところに咲いていたのね」
「珍しいお花さんなんですか?」
「ええ、こっちじゃあまり見ないわね。だいたい五月頃に咲く花なのだけれど」
「そうなんですかー。私、初めて知りました」
 感心した口ぶりで言うと、やよいはしゃがみ込んだ。
 背の低い小さな花たちをしげしげと見つめる。
 あずさもその隣にしゃがんでシロツメグサの花を指先でつついた。
「可愛らしいお花でしょう?」
「はい。この草って食べられるんですか?」
「え?」
 一瞬きょとんとする。
 きょとんとするあずさを見てやよいもきょとんとする。
「食べられないんですか?」
「え、えーっと、どうだったかしら〜。食べられないと思うんだけど……」
「うぅー、残念ですぅ〜……」
 気のせいか、やよいの周囲の空気が淀んだ。
「あ、でもね、やよいちゃん。食べられないけど素敵な花なのよ」
 あずさは近くの花を何本か摘むとそれを器用に編みはじめた。
 みるみるうちにシロツメグサはリングの形になった。
 白の花がリングをぐるっと縁取り、それはまるで――
「うっうー、指輪みたいですー!」
「シロツメグサの指輪、シロツメリングよ。はい、やよいちゃん。指を出して」
「指ですか?」
 おずおずとやよいが出したのは、左手の薬指だった。
 それを見てあずさが少し困ったような顔をする。
「できれば、他の指がいいかもしれないわ」
「そうなんですか? 指輪は左の薬指にするものだって聞きました」
「それは間違ってはいないのだけれど……」
 なんと説明すればよいのか、あずさは考えあぐねているようだった。
 我輩とやよいはそんなあずさを不思議に見ていた。
「やよいちゃん、その指にするのは結婚指輪なの。一生を共に歩む大切な、世界でたった一人の
運命の人のためにあけておかなくちゃいけない指なの。だから、ね?」
「うぅー、あずささんなら、私、別にいいですけど……」
 上目遣いで哀願するようにあずさを見つめる。
 その視線は、見つめられる側の心の非武装地帯を狙撃する危険な兵器である。
 あずさもこれには言葉に詰まらせた。
「ダメですか?」
「う、嬉しいけど、でもね、やよいちゃん。これはとても大事なことなのよ」 
「……わかりました。それじゃ仕方ないかもです」
 渋々といった様子で頷く。
「じゃあ、あずささん。右の薬指じゃダメですか?」
「そこもちょっと……」
「あぅー、右もダメですかー……」
 指輪のサイズの関係で、二人は他の指に指したり抜いたりを何度か繰り返した。
 結局、指輪は右の人差し指に収まった。
 やよいは右手を前に突き出して大粒のそれを見つめた。
「なんかすっごく嬉しいですっ! ありがとうございます、あずささん」
「どういたしまして。今度は冠も作ってみましょうか」
「えっ、冠も作れちゃうんですか? 私にも作れますか?」
「やよいちゃんは手先が器用だから、きっと上手に作れるわ。一緒にやってみましょう」
「はいっ! 私、がんばりますっ!」
 やよいはあずさの正面に座り、膝をつき合わせて作り方を教わった。
 顔つきは真剣そのもの。その熱意もあって作り方のコツをすぐに会得したようだった。
 それからしばらくの間、二人はもくもくと冠作りに没頭した。
 何本もシロツメグサの花を摘み取っては丁寧に丁寧に編み込んでゆく。
「うっうー、うぅー……?」
 あーでもないこーでもないと悪戦苦闘していると、あずさは少しの間黙ってそれを見ていて、
やよいが一人で解決できないようだとアドバイスを与えた。絶妙のサジ加減である。
 我輩は二人の側に侍り、ゆっくりと流れる時間を堪能した。
 休日というのはこうでなければならぬ。
 暇な時間をいかに過ごすか、時間を持て余すくらいでちょうど良い。
 暖かな陽気と、涼やかな風と、芳しい緑。
 絶好のうたた寝環境である。 
 花の蜜に誘われたモンシロチョウがシロツメグサの上をひらりひらりと行きつ戻りつしている
のを目の端に追いながら、我輩もまた現と夢の間を行きつ戻りつしていた。

━*5

「やった。できましたー!」
 やよいの歓声に我輩は目を覚ました。
 万歳をして喜ぶやよいの膝の上にはシロツメリングを大きくしたような冠ができていた。
「すごいわ、やよいちゃん。初めてなのにこんなに早く作れちゃうなんて」
「うっうー! あずささんの教え方がとっても上手だからですっ」
「うふふ、ありがとう」
「あずささんはできましたか?」
「ええ。ほら、見て」
 あずさが手の平に載せて見せたものはやよいのものよりも一回り大きかった。
 といっても、格別に大きいというわけではなく、やよいの頭にぴったり収まる程度の大きさで
ある。つまり、やよいの冠が小さすぎるのだ。
 やよいのは頭にはめるというより頭に載せると表現するのが適切なサイズである。
「私の、ちょっと小さすぎました」 
「そうね。でも、やよいちゃんのはティアラみたいで、可愛くて私は好きよ」
「本当ですか?」
「もちろん。頑張ったやよいちゃんには、頑張ったで賞をあげちゃいます」
 あずさは自分の冠をやよいの頭にそっとかぶせた。
 それはやはりやよいにぴったりであった。最初からやよいにあげるつもりで作ったのだろう。
「えへへ。あずささん、似合いますか?」
「とってもよく似合ってるわ。童話の国のお姫様みたい」
 やよいは両手を頬に当ててくすぐったそうに笑った。あずさも嬉しそうだ。   
「じゃあ、お返しに、私もあずささんに上手に教えてくれたで賞をあげますね!」
「まあ、もらってもいいの?」
 はいっと元気良く返事をすると、立ち上がってあずさの頭に小ぶりな冠を載せた。
 やよいの冠も初めからそういう意図で作られたかのようにぴったりであった。
「似合うかしら〜?」
「ばっちりです! あずささんも童話のお姫様みたいですっ!」
 ならば、我輩はシロツメ国のお姫様たちに仕える忠実な騎士であろうか。
 剣は振るえぬがお姫様たちのためとあらば、白き風となって戦場も駆け抜けよう。 
 もっとも、ここしばらくの間、まともに駆けた記憶もないが。
「うぅー……」
 やよいはあくびをして目をこすった。
「やよいちゃん、眠たいの?」
「はい…ぃ…、なんかぽかぽかして気持ちよくって……」
 言ってるそばからうつらうつらしはじめる。
「ここにいらっしゃい」
 あずさは自分の膝の上をやよいに示した。
「いいんですか、あずささん?」
「ええ、どうぞ」
 少し照れてからやよいはあずさの隣に座り、あずさの膝の上に頭を乗せた。
「頭、高くない?」
「大丈夫です」 
 頭上から射す木漏れ日がやよいの上に影を落とし、水面のようにゆらゆら揺れている。
 あずさはやよいの前髪を指先でいじった。
 とろんとした目つきのやよいの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「くすぐったい?」
「ちょっとだけ」
「そう」
 髪をいじるをやめると、あずさはやよいの額を撫でた。
 気持ち良さそうにやよいが目を細める。
 それからあずさはシロツメグサの花を摘み、再び何かを作りはじめた。
「何を作ってるんですか……?」
「ちょっと、くまたんにね」
 おや、我輩に?
「シロさんにですか? もしかして冠?」
「いいえ。今から作るのは冠ほど難しくはないのよ」
 あずさの指先から生まれてくるものを我輩も興味深く見守った。
 その言葉通り、それはわずかな時間で完成した。
「何ですかこれ?」
 やよいが首を傾げる。
 それはシロツメグサの花を鞠状に束ねたものであった。
 そして、シロツメグサの茎を束ねた棒が一本、鞠から突き出している。
「これはね、シロツメグサの髪飾りよ」
 あずさは我輩に手を伸ばすと棒の部分を髪留めにしてそれを我輩の耳の脇にさした。
 普段髪飾りなど付けぬ我輩には、それがどうにも落ち着かない。
「わぁ、なんかステージ衣装の和風のかんざしみたいです」
「言われてみると丸々しててそっくりね」
「シロさん、白いお花で真っ白です……」
 眠たさがピークに達したのだろう。
 やよいのセリフは尻すぼみになって消えた。
「おやすみなさい、やよいちゃん」
 愛しそうにやよいの髪を指で梳かしながら、あずさはあの歌を口ずさむ。
 シロツメグサのように真っ白な犬の歌を。
「いつまでも歩きたいね あせらずあわてず 白い犬♪」
 優しい歌声は、子守り歌となって。
「白い犬 白い犬 白い犬 ホワイトドッグ♪」
 あずさの膝の上で眠るやよいも安らかな顔をしていた。
「白い犬 白い犬♪」
 ふと、あずさと視線がぶつかる。
 あずさは微笑して我輩に歌いかける。
「白い犬 ホワイトドッグ♪」
 ふむ。
 ホワイトドッグといわれても、どうしたものか。
 残念ながら、我輩は歌に歌われているような白い犬ではない。
 我輩はアルパカである。
 こちらの戸惑いを知ってか知らずか、あずさは自分の耳の辺りを指差してみせた。
「可愛いわよ、くまたん」 
 そうだろうか。
 花の髪飾りをさした己の姿を想像してみても滑稽なアルパカの図しか思い浮かばない。  
 だいたい男子たる我輩に可愛いという世辞はいかがなものか。
 我輩が不満を口にするとあずさがくすりと笑った。
 あずさは視線をやよいに戻し、静かにまた歌を紡いだ。
「白い犬 白い犬♪」
 これだけ歌われれば、白い犬たちもさぞや幸せだろう。
 白いアルパカの歌はないのだろうかと考えて、なんとも語呂が悪いことに気がついた。
「白い犬 白い犬♪」
 子守り歌を空へと運ぶ涼しい風があずさの長い髪を揺らす。
 風はしばらく穏やかに広場を巡っていたのだが、何を思ったのか、ぱたりと止んだ。
 そして、わずかな間を置くと、いきなり強風を吹かせた。
「きゃっ」
 公園内の木々をざわつかせ、緑の絨毯の上を一気に吹き抜ける。
「すごい風だったわね……」
 乱れた髪を直していたあずさは我輩のほうを見ると「あら?」と声を漏らした。
「くまたん、髪飾りは?」
「…………」
 答える代わりに我輩は空を睨んだ。
 風のやつがドサクサに紛れて我輩の髪飾りを空に持って行ってしまったのだ。
 ひょっとすると最初からそれが目当てであんな真似をしたのかもしれぬ。
 欲しいなら欲しいと素直に言えばいいものを。
「フンッ」
 我輩は憮然として空に向かって鼻を鳴らした。
 
   
                            * おわり *



作者:百合13スレ612 

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