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「それにしても、伊織は酷いよね。
見舞いに来てくれたのは嬉しいけど、『馬鹿は風邪ひかないっていうのはウソね!』なんて言うなんてさ」
自室のベッドに横たわりながら、真ちゃんはそう言ってぶつぶつと文句を言った。
その頬っぺたが赤くなっているのは怒っているからではなく、熱のせいだ。
「あらあら。……伊織ちゃんは真ちゃんのことが心配なのよ。だからそんな風に言わない方がいいわ」
ここにいない伊織ちゃんに代わって、私は真ちゃんをなだめる。
私と真ちゃん、伊織ちゃんのトリオはBランクとなり、お仕事が忙しくなってきたため、事務所の近くのマンションに3LDKの一室を借りてそこで暮らしている。
(3LDK=リビングとダイニングキッチンが一体となった部屋+3部屋)
といっても、伊織ちゃんは相変わらず自宅からリムジンで通ってるため、入居者は実家が遠い真ちゃんと元々一人暮らしだった私の二人だけだ。
一応、いつでも伊織ちゃんや他の皆が泊まりこれるよう、1室は空いているのだが、伊織ちゃんが泊まりにくることは滅多にない。
「……本当にそうなのかなぁ?
伊織はボクが風邪ひいたから、ユニットの活動もお休みしなきゃならなかったって怒ってたし……
あずささんも怒ってますよね?
ボクのせいで予定に穴が空いちゃったって」
風邪のせいか少しだけ弱気な真ちゃんの声。
その様子が愛おしくて、彼女の柔らかい髪を撫でるとくすぐったそうに真ちゃんは笑った。
「うふふ、私が大好きな真ちゃんのことを怒る訳ないじゃない。
それに、ひょっとしたら私にも責任があるかもしれませんから〜」
「責任って?」
「真ちゃんを裸にして、いっぱい汗をかかせちゃった責任」
「あ……うぅ……」
熱が上がってしまったのか、真ちゃんは赤くなった顔を布団で隠してしまう。
もう恋人になってから何度も肌を重ねているのに、彼女はずっと初(うぶ)なままだ。
そんな反応を見る度に、周囲からは『王子様』などと呼ばれている彼女が年相応――いや、恋愛的には年齢よりも幼い少女であることを再確認する。
「……全く、ボクも人のことを言える程じゃないけど、伊織もあずささんみたいに優しくなればいいのに」
照れ隠しなのか、顔を布団で半分隠したまま、真ちゃんがポツリと言う。
上目使いに私を見る目には、遠回しに私を褒めることで、年上の恋人に喜んでもらいたいという子供らしい期待が込められている。
もちろんそれは無意識なのだろう。
この子はそれを意識的に出来るほど大人ではない。
「伊織ちゃんはとても優しい子よ。
ひょっとしたら、私よりずっと」
「むー……どうしてあずささんには分かるんですか?」
私の言葉に、真ちゃんは不満げにそう聞き返す。
自分の思惑が外れたこと、大好きな恋人が『私より』と伊織ちゃんを評価したことに嫉妬しているのだ。
「うふふ、それは私が真ちゃんより少しだけお姉さんだからかしら〜」
「それ、答えになってませんよ」
ああ、そうだ。
この子はまだまだ幼い。
きっと、2つ年下の伊織ちゃんが自分に対してどんな気持ちを抱いているか想像もつかないのだろう。
ましてや、真ちゃんの両親はもちろん事務所の誰にもバレないように気をつけているにも関わらず、伊織ちゃんが私達の関係にうっすらと気がついていること。
それを彼女が他の人や私達に気取られないように注意してくれていることなどは絶対に気付かない。
そして、私がどうしてそれに気づいているかなどは分からないのだ。
「さて、そろそろ休んだ方がいいわね〜」
ぽんぽん、と話を打ち切るためにお布団を軽く叩く。
「えー?!まだ平気ですよ。
……もうちょっとだけ、あずささんと話していたいです。
ダメ、ですか?」
「あらあら」
目を潤ませて甘えた声で言う、恋人の可愛いワガママ。
そんな真ちゃんに気持ちが揺れる。
しかし、無理はさせられない。
彼女は私一人のものではなく『アイドル』なのだ。
少なくとも、4歳も年上のお姉さんとしては歳に見合った対応をしなければならないだろう。
「でも、しっかり休まないと風邪が治らないわよ?
伊織ちゃんやプロデューサーさんも心配しちゃうし。
それに……」
「それに?」
「付きっきりで真ちゃんの看病出来るのも嬉しいけど、やっぱり元気になってくれないと……今度のデートの時に……ね?」
「そ、そうですね!!か、風邪をひいたままじゃ、キ、キスも出来ないですもんね!!
あずささんに風邪を移したりなんかしたら大変ですし……」
徐々に小さくなる真ちゃんの声。
やっぱり何度繰り返しても恥ずかしいのか、布団に潜り込もうとする。
その全てが愛おしくてたまらない。
「いいのよ?真ちゃんからなら移されても」
「そ、それはマズイですよ……それこそ伊織やプロデューサーから怒られちゃいます」
「あらあら、それじゃあお休みのキスもしない方がいいかしら?」
「え?!あ、う……うぅ……が、我慢します」
「うふふ」
そっと布団を首まで下げ、小さな桜色の蕾に軽く口づける。
「風邪は誰かに移した方が早く治るっていうから。
これで少しは良くなるかしら?」
「うぅ……何だか熱が上がってきたかもしれません」
「それじゃ、もう一度した方がいい?」
「いや、それは……って、別にイヤじゃないんですが……あー、もう!!」
「おやすみなさい」
今度は額。
熱のせいか少しだけ汗ばんだ感触はあの時と似ている。
触れた瞬間、彼女の身体が少しだけ震えるのも同じだ。
「……眠るまで傍にいてくれますか?」
そっと離れてからも目を閉じたまま、真ちゃんが呟くような声で言った。
答えの代わりに彼女の左手を優しく握る。
「えへへ、やーりぃ……」
真ちゃんも放すまいとするように私の手を強く握り返し、ニッコリと笑う。
見えるはずはないが、私も同じように微笑み返す。
「あずささん、おやすみなさい」
「ええ……良い夢を」
その会話から10分程、真ちゃんの手は私の手をしっかり握っていたが、呼吸が規則的なものに代わる頃、徐々に力が抜けていった。
(そろそろ平気かしら)
そう思って手を離そうとすると、再び手に力が入る。
寝息に変化はないので、おそらく無意識によるものなのだろう。
(あらあら、うふふ)
ついそんな風に笑いたくなるが、眠りについた恋人を起こさぬように、頭の中だけに留めておいた。
(……私は幸せね)
繋いだ手の温かさが私の胸にも伝わり、幸せという別の物質へと変わる。
それは穏やかだが、いつもよりもしっかりと感じる鼓動によって全身に運ばれ、まるで恋人に抱きしめられた時のような多幸感と安心感をもたらした。
しかし、その物質はまるで薬の副作用のように、全く正反対の感覚も一緒に連れて来るのだった。
(この幸せはいつまで続くのかしら)
ふとそう思った瞬間、劇的な反応で不安が一気に広がる。
少女はいつか大人になる。
16歳の頃、20歳(はたち)の自分が想像できなかったように、現在と未来にはそれだけの隔絶があり、誰にもその予想は出来ない。
万物に不変がないように、人も、その関係も時間によって変化していく。
果たして、彼女が自分と同じ年齢になったその時、今のように私の手をとってくれているのだろうか。
それとも、自分とは違う誰かの手を握っているのだろうか。
そう、例えば伊織ちゃんのような――
もう何度繰り返したか分からない考えを巡らせて、私はふと真ちゃんの顔を見た。
最愛の人は少女のまま、まるで母親と手を繋いだ子供のように安らいだ表情を浮かべて眠っている。
まだ彼女は世界がこの繋いだ手の温もりと共にあるということを信じ切って疑わないのだ。
それは少女の純心さと子供だけが確信できる真理ゆえなのだろう。
(神様……)
目を閉じて、真ちゃんの手を両手でしっかりと握り、もう大人になってしまった私には見えないものへの祈りを捧げる。
(私にとっての運命の人が彼女であったように、彼女にとっての運命の人が私でありますように)
どうか、この温もりを信じさせてください。
この温もりを奪わないでください。
そして……
(もし――もしも、この手が離れることがあるのならば、その時には彼女よりも年上の大人の人間として、彼女が愛してくれた人間として相応しい行動を取らせてください)
私がさきほどよりも強く握っているのにも関わらず、再び真ちゃんの手から力が抜けてくる。
きっと深い眠りについたのだろう。
だから私は、いつか来るであろう『その時』のように、自ら真ちゃんの手を離した。
「……じゃあね、真ちゃん」
起こさぬように細心の注意を払いながら、そう小さく一言呟いて私は立ち上がり、部屋の扉を開ける。
「また、明日」
電気を消す瞬間、部屋の中に投げかけた言葉に、真ちゃんが笑ったような気がした。

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