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「はい、じゃあ次は目閉じてみてもらえますかー」

本当なら今日の今頃は、洒落たイタリアンレストランでランチを取って、
食後のコーヒーなんか飲みながら二人だけの時間を満喫しているはずだった。
なのに、ボクの大切な人は水着姿でデッキチェアに横たわり、大勢のスタッフの視線とカメラのフラッシュを浴びている。
ボクはと言えば、手持ち無沙汰にただ眺めているだけ。

今日何回目か分からない、小さな溜息。
誰が悪い訳でもないから、気持ちのやり場がない。

二人で同じ日にオフを取って、一日ゆっくりデートを楽しもうという計画は、かなり早くから準備していた。
デートコースを考え、ランチとディナーの店に予約もしていた。

ところが。
ここ最近の悪天候続きで、あずささんの写真集のビーチでの撮影分が遅れに遅れていて、
その上間の悪いことに、休暇を予定していた日の天気予報は待ちに待った快晴。
あずささんの休みはキャンセルになってしまった。

かたや、ボクの方は今日の休みのためにスケジュールを調整してもらってきたから、
今更他の日に変えて下さいと言うこともできず、予定通り今日はオフということに。
ディナーの予約時間までには撮影は終わりそうだけど、それまで一人ぼっちで過ごすのも嫌だったから、
荷物持ちでもしますということで、あずささんの撮影についてきてしまった。

でも、やっぱり来ない方が良かったかもしれないな。
ゆったりと寛いで目を閉じる姿は、ボクが彼女の部屋に泊まった時に幸せな気持ちで見る、あの無防備な寝顔のようで。
こんな大勢の人の前で見せないで下さい、なんて叫びたくなる。

それに。
アイドルの写真集に水着は付き物で、幸い事務所の方針でボクたちがきわどいポーズをさせられたりすることはないけど、
それでも多少は性的な――あまり考えたくないけど――興味を引くような写真になってしまう面はある。
それも、ボクなんかと違って765プロ一のセクシーボディのあずささんともなれば。

ほら、今度はトロピカルカクテルのストローに形のいい唇を付けて、ちょっと上目遣いに微笑んでみたりしてる。
カメラマンさん、その視点からだといかにも南国リゾートに彼女とお忍び旅行の気分じゃないですか?
しかもそのちょっと屈んだ姿勢だと、胸の大きさが強調されて思わずガン見しちゃいますよね?
ぶっちゃけそのまま押し倒し――いや、やめよう。
他人の妄想を妄想するなんて馬鹿馬鹿しい。と、分かってはいるんだけど。
嗚呼、あずささん。
世の人々があなたをどんな目で見ているかと考えるだけで、ボクはおかしくなりそうなんですよ。

いつもはあずささんが愛しているのはボクだけだと、二人きりの時間に再確認することで気にせずにいられるのに、
今日は一日中彼女の笑顔を独占する代わりに、大勢の人に向けて微笑む彼女をただ眺めている羽目になったせいで、
モヤモヤ・イライラ・ウジウジが止まらない。カッコ悪いな。

「はい、それじゃ10分休憩にしまーす」

写真集の企画担当だという編集さんの声に、ボクは薄紫色をしたあずささんのパーカーを持って立ち上がる。
水着の撮影に日焼けや風邪のトラブルはつきものだから、ボクたちはいつも必ず上着は用意してくる。
あずささんは、まだビーチパラソルの下のデッキチェアに座っている。まあ、日陰にいた方がいいだろう。

「お疲れ様です。冷えると困りますからこれ、かけて」

言いかけながらパーカーを羽織らせようとした、ボクの腕はいきなり引き寄せられて。
あずささんの顔がとても近い、と思った時には既に唇に柔らかく温かい感触があった。

熱。吐息。波の音。あずささんの匂い。
ほんの、1、2秒だったと思う。ボクの時間は止まっていた。

「――!! あ、あずささん」
「うふふ」
「見られちゃったらどうするんですか」
「大丈夫よ。ちょうど、みんな向こうを見ていたから」

唇を離すと、大きい声を出すわけにもいかずヒソヒソ声で抗議するボクに、目の前の恋人はいたずらっぽい目で笑った。
それから、すっと手を伸ばしてボクの頬を一度撫でて言った。

「ごめんなさいね」
「分かってます」
「そんな顔しないで」

もう一度ボクの体を引き寄せる。

「私は、真ちゃんのものよ」

耳元で囁かれて、たちまちボクの顔は熱くなる。

「三浦さん、メイク直しますー」
「はぁ〜い」

呼びかけられて、いつものあずささんらしくおっとりと返事をして立ち上がる。

「もう少しだけ、待っててね」

ボクの手に指を絡めてそう言うと、彼女はスタッフさんたちの方へ歩いてゆく。
その後姿はとても色っぽかった。

「はぁ……」

ボクはあずささんが座っていたデッキチェアにぺたりと腰を下ろした。
目の前には今日の空と同じ爽やかなブルーのカクテル。彼女の唇を思い出しながら、ちょっとだけ飲んでみた。

「すっぱい……」

あずささん。あなたへの想いがいっぱいすぎて、ボクはもうなんだか、よく分からないです。
一つだけはっきりしてるのは、あなたと二人きりになれる時が待ちきれないってことだけです。
だから早く、ボクのところへ帰ってきてくださいね。

ボクは眩しい青空を見上げて、それから目を閉じた。

<了>

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