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一体誰のことを考えていたんですか?

まだ夜も明けないうちから眠気は飛び去ってしまった。
狭いシングルベッドの半分を占拠する人の寝顔を眺めて、私は詮のないことばかり考えている。

一世一代の告白の末、想いは受け入れられた。
そう思うのはきっと浅はかなことなんだろう。
この人はきっと、誰でも良かったのだ。
心を占める誰かを一瞬でも忘れるためだけに、私に抱かれたのだ。

夜は心の闇を深める。
誰よりも愛しいと思う人が手の届く場所に居るというのに、私は幾夜の一人寝よりも遙かに苦しい時間を過ごしていた。

本当は私のこと、好きでもなんでもないんでしょう?

私とこの人が存在する、芸能界という広いようでいて狭い世界。
その中で流れる噂の数々は、彼女の不実を暴くようだった。
誰の手にも届かぬような高みにいるくせして、誰かれ構わず気軽に声をかけてくる。
誰の手も触れたことがないような無邪気な顔をしているくせに、乞えばあっさりとその身を許してしまう。

仲間の誰かが言っていた。
あの人は太陽だから。
一人占めしていい訳がないんだ。
一人占めしようなんて下心を持って近づいたりしたら、きっと罰が当たるの。
そう、焼き尽くされちゃうの。

あの言葉は本当だった。
私はまさに今、罰を受けている。
この人を一人占めしたいという強い独占欲に駆られ、
この人に想われるたった一人に対する嫉妬心が私の心を焦がしている。
いっそ灰にして欲しい。
二度と誰も愛せぬように。
そうすればこの人は、少しは哀れんでくれて、私を傍に置いてくれるだろう。

ふと、気付く。
噂の中に、一人としてこの人と同じ事務所の人間は居なかった。
事務所の仲間と関係を持ってしまえば色々と面倒だから、という理由もあるのだろうけど。
けれど、こう考えてみればさらに合点がいく。
この人が大切に大切に想って、
気軽に身を寄せ合うことすらできない程大切に想っているのは、同じ事務所の人間なのだと。

私は想像する。
太陽に近付いても、その身を失わない程の絶対的な存在を。
水も、雪も、星も、月も、私からは程遠い位置に居るそれらの姿さえ、儚く思える。

だから近付けないんですね。

私は初めてこの人に哀れみを抱いた。
同時に、胸を焦がしていた独占欲がふっと消えていった。

触れたら、駄目ですよ。ずっと独りで居てください。
ずっとずっとずぅっと、孤独で居てください。
それがあなたの宿命なんです。罪なんです。罰なんです。

可哀想だから、私が少しだけあなたの罰を肩代わりしてあげます。
だからこれからも、永遠に、
私たちの太陽で居てくださいね。

気付けば隣で眠っていたはずの人は、目を覚ましてベッドから身を起こしていた。
どうしたの、とまるで恋人に向けるような柔らかい声で私の肩を撫でる。
たった一時でも恋人になれたのだから、私はまだ幸せだ。

眠れないんです、だからもう一度触れさせてください、と私は裸身をシーツの上に押し付けた。
無抵抗のまま私を見上げる翠玉の瞳は、未だ夢の中にいるかのようにとろりと潤んでいた。

私の中に誰を見ているのだろう。
愛してもいない女に抱かれた後、誰の夢を見ているのだろう。

勘違いしてのぼせ上がった私のような人間が、狭い世界のあちこちに点在している。
彼女たちは皆、一様に灰色をした諦念を表情に含ませ、この人を見つめていた。
私もきっと、噂のうちの一人になるのだろう。それだけだ。
この人の思い出にもならない。

私は、細い首に手をかけてしまいそうな衝動を懸命に抑えた。
そんなことをしても、この人は拒まないし、手に入ることもない。
代わりに私は耳元に口を寄せる。
夢現の最中で、同じように手に入ることのない誰かを想っている愛しい人の耳元に、そっと毒を吹きかける。


春香さんが、本当に傷付けたい人は、誰ですか?
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