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「まことーぉ」

「ん、なぁに」

「暇だねぇ」

「うん」

「どっかいく」

「寒いじゃん」

「そうだねぇ」

「うん」

 嗚呼、なんて色気も夢もない会話なのだろうと。
私たちはアイドルなのである。夢と希望を与える存在なのである。
これが寒いから出かけなくて良いじゃんと暇をだらだら潰しているのだから、ファンが知れば落涙する者もあろうと思わないのか。
と問われればファンは大事だが、人の目の無いところでまで気を張り詰めていたら若くして白髪になるし、見つかったらそれはそれでというのが両者の一致するところである。
ひぃひぃ言いながら無い体力をどこからか捻り出し、更にこの潰れかけ弱小事務所であった765プロをここまで立て直してくれたあの人が聞けば間違いなく激怒するであろう。
弱小事務所のド無名アイドルユニットを押しも押されぬトップアイドルまで引っ張り上げてくれたのは当時ホヤホヤの新入社員だった彼女だからだ。

『プロデューサーさんは激怒した。必ずかの邪知暴虐の怠惰堕落ゆとり高校生どもを叩き直さねばならぬと決意した』

なんちて。うん、こんなつまらない書き換えまで考えるなんて暇すぎて頭が溶けている。
かといって一度断られた以上上手い場所を考えようとも思わず、引退してから急にぽんと与えられてしまった休暇はどうにも持て余すばかり。
誰か誘って遊べば良かったか。
千早ちゃんと雪歩はピクニック名義で美希に誘拐されていない。

「どこか空気のおいしいところでピクニックなの」

 今冬ですよ、どこでやるの、沖縄ですか。それとも外国。
前ならちんすこうとか紅芋タルトとかおいしいんだよね、お土産よろしく。
律子さんが「美希が心配でたまらない」という感じで追っかけていったから大事にはならないだろう。
あずささんは小鳥さん、プロデューサーさんとのんびり旅行、亜美真美と伊織、やよいは社長と一緒に遊園地。
結局いい遊び相手がいない。
なんかなぁ、違うんだな。

「どうしたの」

真が漫画から目を離さないまま尋ねてきた。
口に出していないはずなのに。これが以心伝心というやつか、愛の為せるアレというやつか。

「すごい、テレパシーじゃないの」

「なんでさ。普通に口に出してたろ」

これはよろしくない。トップアイドル(引退済)ともあろうものが心の声と実際の声の使い分けさえできなくなっているとは。

「べつにー」

「ふーん」

 脳内だけ、脳内だけと念じつつ、脳内会議を再開する天海春香である。
そう、目の回るほど忙しかった頃はこういう時間が山ほど欲しかった。
仕事は二人一緒にいられるからそう嫌でもないが、やっぱり多少変わった外見でも、中身は年頃全開の青春ガールズ。
恋人同士街へ繰り出して・・・恋人・・・恋・・・
そうそう、それも説明しなければ。

「説明ってなに」

「なんでもないよ、真」

「あっそ」

 どうにも油断すると中身が漏れていけない。

 765プロが誇る王子様菊地真と、同じく765プロが誇るお茶の間アイドル天海春香は恋仲である。
別にやはり菊地真は男であったとか、ところがどっこい実は天海春香にこそつくものがついていたとか、そういうわけではない。
一度たとえどちらか一方がそうであっても、両方がそうであっても、好きになるのはあなただけよと言ったらぽっと頬を染めたりさっと青ざめたりと百面相がひどくよかった。
また見たいなとも思う。口に出してしまったようで洒落にならぬ蹴りを受けたのもよい思い出である。三途の川の向こうにいた義祖母(おばあ)さまとも挨拶をしてくることができた。

 少し話がズレたがこうなった理由は単純明快、気づいたら好きになっていた。別に電撃的一目ぼれだとか、悲劇の恋人たちの生まれ変わりだとかいうつもりはない。
一少女として、彼女の同性を魅了してしまう甘いマスクに惹かれたことも否定はせずにいよう。
真という少女はその凛としたルックスとキレのあるダンス、更に大人っぽいような少年っぽいような中性的でハスキーな声で老若男女問わず(若干女多)を魅了している。
手のつけようがない悪質な天然タラシでもあって、これで女にモテないはずもない美少年(少年とは広義には少女も含むのである。従ってこれを万が一愛しの真に聞きとがめられても怒られる謂れはないのだ)
だが、一皮向けば驚き桃の木山椒の木、純情ウブウブまこまこりんな可愛い女の子。
最初に顔を知る。そして活動していくにつれ心を知る。そして真も春香の内側を緩やかに知っていく。
意外な少女趣味に気づいた後、ショッピングで真に似合う女の子服を見立ててやったらすごく喜んでくれたし、一緒にバッティングセンターに行ったりキャッチボールもした。
真と一緒に居ることが楽しくてしょうがなかった。真を知ること、真に知られることがたまらなく嬉しかった。
そしていつだったか、ふと「あ、好きだ」と自覚した。
相手も自分も同じ女ということて悩みもしたけれど、やっぱり好きだ、あなたと居たいんですということで、しばらくの後、Aランクをかけたオーディションの後に真に思いの丈を告げた。
頭のネジを全部失くしていたのかもしれない。そんな保障はどこにも無いというのになんとなく、真があらかさまに嫌悪したり、断ったりすることはないと直感していた。
少し予想と反応は違っていたが、実際そうだったといって差し支えないだろう。
きょとんとしていた真はじわりと涙を滲ませながら泣き笑いをして、おそらく真に見せた中で一番真剣な顔をしていたであろう私が差し伸べていた手をそっと取った。
その手の動作はスローで私の頭に録画されている。

スポーツで少しだけ骨ばった手の、意外な細さ柔らかさ、そしてその動きの繊細さを鮮明に覚えている。

ちなみに涙の理由を聞けば真も私と同じ悩みを抱え込んでいたという。
隠していたかもしれないが、それに気づかなかった自分は結構切羽詰まっていたんだなと今更思う。
Aランク、トップアイドルへの昇格、思いの成就。あの日は特別な日になった。

 晴れて恋人同士になったわけだが、同時にドンドコ舞い込んでくる仕事の量が半端ではなくて、以前できていたデートもできなくなった。
そんな激務の合間を縫って互いの家にお泊り会をしたり、仕事をしたり、べそかいて勉強したり、仕事したり、事務所でお昼寝大会を敢行したり。
気づけば765プロの事務所がちょっと立派になっていて、小鳥さんや社長さんやプロデューサーさんも目に隈を作って仕事が多すぎると嬉しいかどうかは知らない悲鳴を上げたり。
やりたいことはやれないけれど、十数年の人生の中で一番楽しい時間を送って、そして一年、ずっと夢見ていたドームの舞台で、大好きな真とライブをして、惜しまれつつ、とりあえずは活動を終えた。

 それでこのゆるんゆるんのだらけたお休みに戻るのである。
忙しい間はデートだなんだと考えていたけれど、よくよく考えれば両思いになる前に飽きるほどやり倒していた。
他にやることはないし、とにかく睡眠不足解消に事務所近くに借りたマンションの一室にこたつやヒーターを置いてのんびり食っちゃ寝している。
恋人同士ならもっといちゃいちゃとかするべきなのだろうか。キス、は、あの日ちょんと一回。照れくさくて二回目とか先は無理だ。
早くも倦怠期だろうか。

「まことー」

「ん」

「やることないね」

「うん」

「うんばっかりじゃない、真。
つまんないなぁ」

「そっかな」

真の返事が少し変わる。

「ボク、春香と一緒にぬくぬくしてるだけですごく楽しいよ。嬉しいというか、勝手にぽかぽかしてくる感じというか」

真がちょっと恥ずかしそうに笑った。
照れることを言ってくれる、この天然タラシ。今、顔を見られるのは困る。
逆襲することにした。コタツをすっと抜け出して、真のそばに近寄って。

「真」

「ん・・・――!?」

両手が塞がっているから、心の中でガッツポーズしてやった。
天井を見上げた真の顔を頬を挟むようにして捕まえて、唇を塞いだ。
目は大きく見開かれて、顔は綺麗に春香のイメージカラーに染まっている。
赤と黒。暗かったり、ダークな感じの組み合わせだと思うが、真にかかればなかなかどうして、可愛い色の組み合わせだ。
よく見れば睫毛長いな、とかいらないことを考える。
恥ずかしさが頂点になりそうだったのでぱっと唇を離して、そそくさと真と同じ面の炬燵に潜り込んだ。
狭いが、まぁいい。こっちの方がもっとぽかぽかする気がする。

「ななななな、何するんだよ春香!」

「スキンシップ」

狭い中でなんとか体を動かして、ぎゅうっと真に腕を回す。
真が居たら十分楽しいではないか。暇で大いに結構。
ため息をつきながら満更でもなさそうな真の頬にキス攻撃をくれてやる。
春香がまた真っ赤になった真を見つめてニヤついていると、いきなり頬をがっちり捕まれた。
さっきと逆。これは、つまり、真は晩生も晩生と思ってみくびっていたツケか。
額にかかる髪をかき上げられて、そこにちょん、と柔らかい感触。
一秒あるかないかの短い逆襲はあっという間に終わって、真は大急ぎで背中を春香に向けて、また漫画を読み始めた。

 もう少し先に進むには、まだ山ほど時間がかかりそうだ。
別に急ぐことでもないので、真が酔った勢いで迫ってきてくれるなりするまで待つことにした。

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