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「真美と入るとついつい遊んじゃうんだよねー」
「私は、時間があればゆっくり半身浴かしら〜」
「伊織ちゃんは薔薇の花びら浮かべたりするの?」
「え!?そ、そうね、気分によってラベンダーだったりローズマリーだったりするかもね」

仕事を終えて事務所に戻ってみれば、アイドルが集まって咲き乱れるお喋りの花。

「あ、千早ちゃんおつかれ〜」
「何の話?」

私が入ってきた気配に一番に気づいて振り向いたリボン頭に尋ねてみる。

「あのね、千早ちゃんはお風呂にこだわりってある?」
「お風呂……?」
「そうそう。右足から入るとかそんなのでもいいから」
「それ、はるるんじゃん」
「本当、アンタのこだわりはくだらないわね」
「ええ〜いいじゃん〜ジンクスってやつだよ」

私が答えるより先に話は明後日の方角へ彷徨い始める。

「特に、こだわりはないけど」
「む、千早ちゃんのことだからどうせ、清潔に保てればなんでもいいわ、とか思ってるでしょ?」
「ど、どうせとは何よ」

万年リボンの癖に。
でも大体合ってるから、反論もやや弱腰になる。

「ダメだよ、乙女がそんなことじゃ」
「そう言われても」

※ ※ ※

「という訳で、ジャン!!春香さんちのお風呂に千早ちゃん一名様ご招待しちゃいました!」
「あの、良かったの?急にお邪魔してしまって……」

妙な勢いに押されるまま、気がつけば春香の家に来てしまっていた。

「いいのいいの、どうせお父さんもお母さんももう寝てるから、ゆっくり入れるよ」
「そう言われても……」
「はいはい、ちょっと準備するから待っててね〜ん」

やたらテンションが高いのが気になるが、とりあえず春香の部屋に案内されて待つ。
結構時間がかかったところをみると、わざわざ新しいお湯を沸かしてくれたらしい。

「じゃ、入ろっか」

途中コンビニで買った下着と、レッスン用のジャージを持って脱衣所に行く。
事務所のシャワー室では他のアイドルと一緒になることも多く、それは春香も例外ではないのだが、
二人きりだと裸になるのは少し気恥ずかしく思っていると、春香はさっさと脱いで、

「ほら、早く早く」

と急かすので、観念して服を脱ぐ。

春香の家のお風呂場は古そうには見えるが、間取りは結構ゆったりしていて、
少なくとも二人で入る分には窮屈さは感じない。

貸してもらったタオルに石鹸を泡立てていると、

「はい千早ちゃん、背中流すからあっち向いて」

と、春香が満面の笑みで言う。

いいと言ってもどうせ聞かないだろうから、大人しく背中を向ける。

「お客さんこういうお店初めて?」
「突っ込まないわよ」
「もぅ〜冷たいな〜」

そんなくだらない会話をしながら背中を流してもらっていると、結構気持ちいいな、と思う。

「はい完了。千早ちゃんの背中、本当に綺麗だね。すべすべ」
「そ、そうかしら」

手桶で石鹸を流してから、春香が私の背中を一撫でして言うものだから、また少し恥ずかしくなる。

「じゃあ次はシャンプーね」
「自分で洗うわよ」
「いいからいいから」

お風呂で人に洗ってもらうなど、何年ぶりのことだろう。

「かゆいとこないですかー?」
「背中」
「……」
「……」
「ここですか〜?」
「ちょっ、そこは背中じゃ、ていうか失礼じゃない?あっ、だめだって」
「ふふ〜ん、ボケで春香さんを出し抜こうなんて十年早いですよーだ」
「もうっ」

※ ※ ※

ご両親が起きてしまうのではと思う位わいわいと騒ぎながら洗い終えて、
春香曰く「今日は登別カルルスだよ」という入浴剤入りの、乳白色のお湯に二人で浸かる。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、しんと静まりかえった深夜の空気に、
時折お湯が揺れる音だけがちゃぷ、ちゃぷ、と響いている。

改めて考えると。
確かに、こうしてゆっくりお風呂に入ってくつろぐのは、随分久しぶりな気がする。
春香の誘いに乗ってみて良かったかもしれない。

急に静かになった隣の春香を何気なく見ると、温まってうっすら桜色になりかけの、
白いお湯の下に隠れている胸に目がいって慌てて逸らす。
一瞬見えた春香の顔は、天井を見上げていたような気がするが、よく分からない。

私は、そこに、触れたことがある。

少し前のこと。
終電を逃した春香がうちに泊まって、ついつい夜遅くまで話し込んでしまって、
ふと話が途切れて目があって、なんとなくお互い分かっていたように、いつの間にか唇を重ねていた。
それから、今できなければ一生できないような気がして、夢中でお互いの体に触れ合って、
でも二人とも初めてだからどこからが始まりでどこまでで終わるのか、よく分からないまま抱き合って眠った。
それ以来気まずく恥ずかしくて、なんとなく春香と二人きりになるのを避けていたことに、今更ながら気づいた。

「千早ちゃん」

春香が呼ぶ。

「何?」

答えて、でも視線は漠然と、ドアの摺りガラスなんか見ている。
すぐ側に、春香の体。

「千早ちゃん」

一度だけなら、気の迷い。
だけど二度目があるならそれは。

「こっち、向いて?」

観念して、春香の方を向く。
ああそうか。お風呂だからリボンしてないのね、と、どうでもいいことが頭をよぎる。

お湯の中で春香が私の右手を取り、自分の左胸に導く。

「あの、」
「我慢しなくていいよ」
「はるか、」
「千早ちゃんは、何も我慢しなくていいんだよ」

私は、本当は気づいていたのだと思う。
今は穏やかに微笑んでいるこの瞳が、このところ案ずるように、気遣うように私を見ていたことに。
気づいていて、でも何かを変える勇気もなくて、ただ漫然と時間が過ぎるのを待っていて。

「ドキドキしてるの、わかる?」

ええ。伝わってくるわ。

「本当は、すごくびくびくしてたんだよ?あんなことして、嫌われちゃったんじゃないかなって」

私こそ、嫌われても仕方ないと思っていた。

「でも、後悔はしてない」

そうね。私も、してない。

「好きだよ」

※ ※ ※

「大丈夫?」
「ええ……」

春香の部屋。春香の膝枕。私の鼻にティッシュ。
この無様な姿を見れば、何があったか大体分かるだろう。

「ポカリ、もっと飲む?」
「うん」

体を起こし春香に支えられて、ポカリスエットをがぶ飲みする。
飲み終えると、また春香の膝へ。

「ごめんね。お風呂上がってからにすれば、よかったね」
「いや、それはいいの……。でもどうか、このことは内密に」
「うん、絶対、絶対内緒にするから!
 千早ちゃんがお風呂でおっぱい揉みすぎて突然鼻血出した上にのぼせて倒れたなんて、
 口が裂けても言わないから!!」
「うっ……」

改めて言葉にされると、あまりの情けなさに胸を抉られる。
人間、格好ばかり気にするのはどうかと思うが、これは余りに格好悪すぎではないだろうか。

「ごめんなさい、他所様のお家でこんな……」
「ううん、私は全然いいよ。お風呂のお湯は抜いて証拠隠滅しといたし」

お湯が血に染まった時は、さぞかし春香も驚いたことだろう。

「それに、その……せっかくの、ムードが……」
「あー、うん」

見上げた春香の顔は、少しハの字眉毛で苦笑い。

「まあぶっちゃけ、上手くいったら今夜は熱い一夜のつもりでいたんだけど」
「本当にごめんなさい」
「いいよ。だって、これからいくらでも機会はあるんだし」
「春香……」
「そうでしょ?それとも、これきり?」
「そんな訳!!」
「ああもう、起きちゃだめだって」

宥めるように、私を膝の上に寝かせて。

「今日は、千早ちゃんの気持ち、二人の気持ちが確かめられただけでも満足だから」
「うん」
「でも、次は期待してるね」
「わかったわ。こ、今度こそ、まかせて」

ありがと、と微笑みながら、春香は私の頬にキスをした。

おしまい。

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