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私にとって、クリスマスと言う日は、特別でも何ともない、ありふれた一日だった。
地元で商店を経営している両親と食卓を囲む事はまずなく、寝室にプレゼントが運ばれる事もない。
一年でクリスマスらしい日と言えば、開けて翌日に、父が申し訳なさそうにプレゼントを手渡しして、売れ残りのケーキをつつく事くらい。
ディナーやケーキの出来栄えに一喜一憂する事も無ければ、サンタさんの顔を見るために夜更かしする事もない。
だから、クリスマスを一人で過ごすことになっても、私はへいちゃらなのであった。


「……なんて強がっては見たもののねぇ」
リビングのローテーブルにだらしなく顎を乗せながら、私はぽつりとつぶやいた。
私が中学生に上がって、一人で家事をこなせる様になってから、両親はクリスマスに家に帰る事は無くなった。
アイドルなんてものを始めてからは、友人とクリスマス、と言う事も気軽には出来なくなった。
かといって、このクリスマスに放送する番組は全て本番を撮影済み。生放送に出る予定もなし。
かくして、私、秋月律子は見事なまでに一人ぼっちのクリスマスを過ごしているのだった。


いくら心の中で、寂しくないぞ、平気だぞ、なんて叫んでみても。
日を重ねる毎に華やいでいく街のイルミネーションや。
雑誌のトップを飾る色とりどりのアイドルたちや。
テレビやラジオの電波で流される、お祭り騒ぎに向けてのざわめきや。
そういったものに取り囲まれてしまうと、一人きりでクリスマスを過ごす孤独が、どんどん胸を満たしていって、今日という日を迎えるといよいよ溺れそうになる。
「うぅ、会いたいよぅ、一人なんて嫌だよ」
ローテーブルに突っ伏したまま、弱気な言葉が漏れ出してしまう。
あぁ、会える事なら、今からでも会いに行きたいのに。
でも、私の思い人はきっと事務所でアイドル達が帰ってくるのを待っているんだろう。
一人で悶々と過ごしているところに、

ピンポーン

と、呼び出しを告げるドアのチャイムが響いた。
私はよろよろと体を起こすと、インターフォンのモニタへとのろのろと向かった。


モニタ越しに映る相手の姿を認めたとき、私はすっかり固まってしまった。
『あれー、律子さん。いらっしゃいますか〜?』なんて言ってカメラの前で手をひらひらさせる姿は、間違えようもなく、さっきまで会いたくて仕方がなかった彼女の姿だった。
一つ深呼吸し、頭の中の混乱を無理やり沈めてから、私は口を開いた。
「小鳥さん、仕事は大丈夫なんですか?それにどうしてうちの住所をご存じなんです?」
我ながら可愛くない言葉だ。
『お仕事はですね、ちょっと無理言って早めに抜けさせてもらえるようにしました。お家の方はですね…』
「お家の方は?」
『住所録からこっそり今のお住まいを控えさせてもらいましてね』
「ちょっと、小鳥さんっ!それって犯罪!」
『じょ、冗談ですよ?ちゃんと律子さんのご両親に遊びに行くことを伝えてありますから、ね?』
「んもー、本気にするところだったじゃないですか」
『私って、そんな危なっかしい事に手を出すように見えるんですね…しくしく』
「嘘泣きでもやめて下さい、空気が湿っぽくなる!いつもアクティブだから、そういう誤解を招くんですよ」
『律子さん、それで、私はいつになったらお部屋に入れてもらえるんでしょうか』
「あーっ、忘れてた!ごめん、今すぐ開けるから」
そうして私はバタバタと、玄関のかぎを開けに向かったのだった。

玄関に入ってきた小鳥さんは、手に提げていた袋を框に置くと、夜露の付いたコートを軽く払った。
白いフワフワしたキャップにざっくとした手袋、ウールのコートにローゲージのセーターは少女を思わせるものだろう。
「寒かったですよー、もう少し寒ければホワイトクリスマスだったんじゃないのかしら?」
軽く上気した頬をほころばせながら、小鳥さんはそうおっしゃった。
「商売柄、いいことばかりじゃないんですけどねぇ」なんていう私に、
「律子さんらしいわね」という悪戯っぽい言葉が続いた。
履物をそろえ、コートを入口のハンガーに掛けると、部屋の中に案内する。
リビングは私がくつろいでいたため、暖気に満ちていた。
「はぁー、外の寒さから比べると生き返るみたい」
小鳥さんは子供っぽくわらった。

私は、ローテーブルに合わせのクッションを幾つか用意して、
「小鳥さん、自由なところに座って下さい」と促した。
ややあって、小鳥さんが指さしたのは。
丁度私と向かい合う席だった。

「律子さんは、夕食は召しあがりましたか?」
そういえば、今日はぼんやりとしていて大したものを食べていなかった気がする。
「いえ、あまり食べてませんね」
そうあいまいに返事を返すと、
「ちょっと待っててね」
なんて持ってきた手提げに手を突っ込むが早いか、ローストビーフのサンドイッチやら、みどりも栄えるシーザーサラダやら、シャンパン風のソフトドリンクやらをテーブルに載せていった。
いろいろと突っ込みたいところはあったものの、
「えーと、最後のそれは…なんですか?」
「クリスマスには雰囲気も大事でしょう。もっとも飲酒なんてしたら『現役アイドル、飲酒で御用』なんて文字がゴシップ誌に
踊ることになりますよ」
確かに、その通りだと思う。

「厨房をお借りしますね」なんて言って小鳥さんが席を立ってから暫く。
リビングのローテーブルの上には湯気の立つスープが添えられた、立派なクリスマスのディナーが並んでいた。
「さぁ、冷めちゃわないうちに食べちゃいましょう、もっとも、半分くらいの品はもう冷めちゃってますけどねぇ」
両手を合わせて、今にも頂きますなんて言いだしそうな小鳥さん。
わたしは、暫くただ眺めることしかできなかったものの、
「さぁ、律子さんも、どうぞ」という言葉に促されてようやくテーブルの上の食事を口に運んだ。
小鳥さんの作ってくれた野菜のスープは、素朴ながらに体が温まるもので、ローストビーフのサンドイッチは肉汁がしっかりと閉じ込められたものだった。
冷めていても口の中にしっかりとうまみが広がっていく。
みずみずしいみどりを基調とし、ホワイトドレッシングとクルトン、卵やオリーブが散らされたサラダは見た目にも食欲をそそるものだった。
私がクリスマス、一人で食卓を囲む時とは比べられないものだった。

「小鳥さんは、どうして私の家に?」
小鳥さんのグラスにドリンクを注ぎながら尋ねた。
「そうね、律子さんが今年は仕事もなく一人で過ごす、て聞いたからかな」
「ふぅん」
「765プロのほかの女の子は、今日は仕事があったり、ユニットの子たちで集まってクリスマスを過ごそう、って言うんですもの。
律子さんにも、普段とはちょっと違う日々を楽しんでもらいたいなって」
穏やかに語る小鳥さんを見て、私はなんだか胸の内が温かくなるのを感じた。
小鳥さんは、765プロのみんなの事が大好きなんだ。その大好きなみんなの中に、私も含まれているんだ。
そう信じさせてくれるのが、何よりうれしかった。
…ここで、その後付けたしの様に呟いた「ここに来たのはそれだけじゃないんですけどね」と言う言葉と、その時に小鳥さんが見せた悪戯っぽい表情が何を意味するかは、この時の私にはわからなかったのだが。

食事をすっかり平らげ、デザートのケーキにフォークを伸ばしているとき、ふ、と私は先の言葉の真意を尋ねた。
「うーん、そうね、私はさしずめ、お留守番をする偉い律子ちゃんの元へ現れたサンタさん、かしら」口元についたクリームを舌で拭って、小鳥さんは答えた。
「サンタさんって、白ひげのお爺さんじゃなかったんですか?」
「まぁまぁ、お望みの品が手に入るんだし、いいじゃないですか」
うーん、思わずうなり声をあげてしまう。今日訪れたサプライズは、確かに嬉しいものだったけれど、これが私の欲しいものかと言えば、少し疑問が残る。
ああでもない、こうでもないと思考を巡らせ、難しい顔をしている私に、小鳥さんは柔らかな笑みをたたえたまま、そっと顔を近づけた。
「それじゃあ、答えを教えてあげますね」
そういって小鳥さんは私の頬を優しく両手で包んで、
ちゅっ
と優しいキスをくれた。

そっと触れただけだと言うのに、その衝撃は余りにも大きくて。
顔が真っ赤になって、体中が飛び跳ねそうになるのを必死な思いで抑えつけた。
小鳥さんはくすくすと、こちらの方を眺めていた。
「なんだか、嬉しいです、ここまでびっくりしてもらえるなんて」
私は悔しいやら、腹立たしいやらで、思わず語気を強めてしまう。
「もう、小鳥さんっ、いったい何考えてるんですか!」
「ひゃっ!」
こちらの気迫に気圧されて、すこし涙目になってしまった小鳥さん。
「だ、だって、律子さんったら、仕事場ではドライに振る舞う癖に、『スキンシップが足りない』とか言ってくるじゃないですか。
だから私は、もっと律子さんに触れられるようにって。」
縮こまって必死に言葉を探している小鳥さんが愛おしくて。
私は小鳥さんに抱きつき、耳元でそっ、と囁いた。
「驚かせてごめんなさい、私、小鳥さんがそこまで考え、悩んでいたなんて知らなかったわ。
だからね、小鳥さんの好きって気持ち、もっと伝えてほしい。私も、精一杯、私の好きを伝えようとするから」
「もぉ…律子さんの事傷つけちゃったかな、嫌いになっちゃったかなって、心配になっちゃったじゃないですか…でも、これで満足してもらえました、律子さん?」
「足りないわ」
「えっと、律子…さん?」
「今まで散々つれなくしていた分を取り返すのよっ、もっと私に触れて、小鳥さん!私も、もっと小鳥さんに触れますから!」
「うわぁーん、火が点いちゃった〜!?」
私は、すっかり動顛している小鳥さんを抱きしめると、そのまま寝室まで引っ張って行きました。
送りオオカミになる積りが、残念でしたね、小鳥さん。その代わりに、私が目いっぱい可愛がってあげますから。

"We wish you a merry Xmas!"

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