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「ボクはもう嫌なんだよ!いつも王子様王子様って!」
「夢を見せてあげるのがアイドルでしょ?プロとしての自覚ないの?」
「あんなの、ただの演技じゃないか!本当のボクは王子様なんかじゃないのに」
「王子様だって真の魅力の一つじゃない。真こそ自分のことが分かってないわよ!」

その日、ボクはちょっとしたことで律子と口論になってしまった。
きっかけは765モバイルで配信しているなりきり着ボイス。
ボクは、王子様(というかあの台詞だとホストじゃない?)になり切って、
恥ずかしい台詞の数々を録音した。

評判は上々で、ダウンロード数も結構伸びているらしい。
だけどボクは、また王子様キャラをさせられたのが不満だった。
ファンの人のことはもちろん大切だし応援してくれるのはありがたいことだけど、
『偽物の、かっこいい男の子』として見られるのには正直うんざりしている。

そんな気分でいたところに、律子がその王子様着ボイスをダウンロードしていたことを
たまたま知って、「律子までボクを王子様扱いするの?」と嫌そうに言ってしまったんだ。
そしたら律子が「いいじゃない、似合ってるんだから」って言うもんだから、
そこからはもう売り言葉に買い言葉で。

いつもなら愚痴っても割と大人な対応をしてくれるから、どちらかというとボクの方が律子に甘える傾向がある。
でも今日に限っては律子もなかなか譲らなくて、ボクも引くきっかけをなくしてしまった。

「律子は分かってくれてると思ってたのに。もういいよ!」

最後はそんな捨て台詞を残して事務所を出てきてしまった。

でも時間が経つにつれ、だんだん後悔の気持ちが大きくなってきた。
家でベッドに寝転がっても眠れず、頭に浮かぶのは喧嘩のことばかり。
ちょっと、ううん、かなりきつく言い過ぎてしまったな。
ダウンロードしてたってことは気に入ってくれてたんだよね。
ドアを閉める間際、ちらっと見えた律子の顔、悲しそうだった気がする。
明日、謝らなきゃ……。

  ※ ※ ※

「……おにいちゃん、おにいちゃん?」
「う〜ん……」

気がつくと、ボクは地面に寝転がっていた。背中に柔らかい草の感触。
上半身を起こして見回すと、どこかの河原の土手のようだ。
そして目の前には、小さな女の子がしゃがんで心配そうにボクを見ている。

「おにいちゃん、だいじょうぶ?」

幼稚園児なのかな?スモックを着て白いタイツを履いている。

「ああ、うん。ボクはね、お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんなんだ」
「おねえちゃんなのに、ボクなの?」
「うん、ちょっと変だけどね」

いつ何時でもこれだけはちゃんと言っておかないとね。
それはそうと、一体ここはどこだ?

「ねえ君、ここはどこかな?」
「ここって、じゅうしょ?」
「そうそう、住所」
「あのね、ここは○○区△△町×丁目だよ」

おお。期待以上に詳しくありがとう。
どうやら都内らしいし、なんとか家には帰れそうなのは安心した。
なんでこんなところにいるのかはさっぱり分からないけど。

「おに……おねえちゃん、わたしがここをとおったら、たおれてたの。だいじょうぶ?」

女の子は、まだ心配そうにボクを見ている。
そうか。道端に人が倒れてたら、そりゃびっくりするし心配するよね。
でも、小さいのにしっかりした子だなあ。ん?しっかり?

そう言えば。ボクの知っているのと少し違うけど、なんとなく特徴のある声。
ぱっちり大きな瞳。三つ編みお下げ。これに眼鏡をプラスしたら……。

「うん、ボクは大丈夫だよ。ところで君、名前は何ていうのかな?」
「わたし?わたしは、あきづきりつこっていうの」

やっぱりだよ。ついでにスモックの名札も見せてくれた。
確かに『あきづき りつこ』と書いてある。

これは夢だな、夢。夢の中で、ボクは律子の子ども時代にタイムスリップしたということか。
そうかそうか。夢なら安心だ。どうせそのうち覚めるだろう。
体を起こして、その場に体育座りすると、子ども律子も隣に座った。

「りつこちゃんは一人?お父さんとお母さんは?」
「いまは、ひとりよ。おとうさんと、おかあさんは、おみせ」

そう言えば、律子の家は自営業だったな。

「じゃあ一人で遊んでたの?」
「えっとね、いつもは、あーちゃんとあそぶんだけど、あーちゃんがバレエのひと、
 スイミングのひは、ひとりであそぶの」

あーちゃんていうのは友達かな。
律子もこの頃は「ちゃん」づけで呼んだりしてたんだ。

「そうなんだ。一人の時は何して遊ぶの?」
「うんとね、おひめさまごっこ」
「お姫様ごっこ?一人で?」
「うん。あのね、」

小さい律子は下げていた黄色い通園バッグから、小さな絵本を取り出した。
題名は『シンデレラ』。

「シンデレラは、かぼちゃのばしゃで、おしろのぶとうかいにいって、おうじさまとダンスするのよ。
 だからわたしも、ダンスのれんしゅうをするの」
「りつこちゃんも、舞踏会にいきたいんだ」
「いきたい!それでね、おうじさまがむかえにきて、けっこんするの。
 けっこんしきは、しろいドレスをきて、おしろにたくさんひとがきて、みんなダンスするの。
 あ、でもね……」

おや?楽しそうに話していたのに、急に悲しい顔になった。

「どうしたの?」
「わたし、おひめさまにはなれないかも」
「なんで?」
「あのね、わたしのおとうさんも、おかあさんも、めがわるくて、メガネしてるの。
 だから、りつこもおおきくなったらめがわるくなって、メガネしないといけないかもって。
 でも、メガネかけたおひめさまなんていないでしょう?」

そうかあ。律子はそんなこと気にしてたんだ。
自分のことを「ニッチな需要」がどうとか言ってたけど、大人の律子も、
まだ心のどこかで同じことを思ってるんじゃないか。
なんとなく、そんな気がした。
律子だって、お姫様になれる魔法を持ってるのに。

「ねえ、りつこちゃん」
「なあに?」
「うーんと、もし、りつこちゃんが大きくなって、眼鏡をかけるようになっても、
 きっと王子様は迎えに来てくれるよ」
「どうして?」
「あー、えーっと」

理由を聞かれるとは思わなかった。小さくてもやっぱり律子だなあ。

「うん。実はボクね、外国の王子様なんだ」
「おねえちゃんなのに、おうじさまなの?」
「ボ、ボクの国ではそうなんだ」

我ながら無理のある設定だけど、何とかして信じてもらわないと。

「ダンスだってできるんだよ。りつこちゃんに教えてあげる」

ここで『エージェント夜を往く』を踊ったらハリセンで殴られるだろうけど、
実は前にテレビの仕事で少しだけ社交ダンスを習ったことがあるんだよね。

「さあ、立って」

律子の小さな小さな手を取る。大分屈まないといけないけど、何とかなるだろう。

「いい?まずボクが右足をこう引くから、りつこちゃんは左足を出して」
「こう?」
「そうそう。で、次はこっちを」

少し練習したら、ごく基本的なワルツのステップができるようになった。

「1、2、3。1、2、3。そう、上手だよ」
「すごいすごい!ほんとうにおひめさまになったみたい!」
「なれるよ」

ボクはしゃがんで、律子と同じ目線になる。

「大きくなったら、ボクが迎えに来てあげる」
「ほんと!?」
「本当だよ。りつこちゃんはもし眼鏡をかけても、とっても可愛いよ。
 それに、ボクが倒れてたのを心配して声をかけてくれた、とっても優しい子だ。
 だからボク、りつこちゃんのこと好きになっちゃった。
 大きくなったら迎えに来るから、結婚してくれるかい?」
「うん!やくそくよ!」
「ああ、約束するよ」

普段王子様を演じてる経験が、こんなことで役に立つとは思わなかったな。
でも何故か今は演技じゃなくて、素直に言えた。

「あ、わたし、もうかえらないと……」

いつの間にか夕方になっていた。まあ夢だから、時間も変なのかもしれない。

「そうだね。お父さんお母さんが心配するもんね」
「ねえ、おうじさま」
「ん?」
「ほんとに、ほんとに、むかえにきてくれる?」
「うん。絶対に行くから、待っててね。そしたらまた、ダンスをしよう」
「わかった!わたし、ダンスれんしゅうしておくね。じゃあねおうじさま、バイバイ」
「バイバイ、またね」

小さな律子は土手の道を走っていった。
途中で一度振り返って、大きく手を振って、また駆けだして、やがて見えなくなった。
すぐ近くに町並みが見えるから、多分あの中のどこかに家があるんだろう。
帰ったらお父さんやお母さんに「おうじさまにあったの!」とか話すのかな。

さて、王子様のボクはどうしよう。
とりあえず家に帰らないといけないけど、それからもうひとつ――。

「ん……」

目覚ましより先に起きるなんて久しぶりだ。
いつもより大分早いけど、なんだか清々しい気持ちだから起きてしまおう。
今日は土曜日だから朝から仕事だ。
シャワーを浴びてシャキッとしたら、ご飯食べて事務所に行こう。

  ※ ※ ※

事務所に着いて更衣室でロッカーに鞄を置いたりしていたら、ドアが開く音がした。
振り向くと、律子が決まり悪そうにもじもじしている。

「あの、真?昨日は、私……」
「ねえ律子、ワルツ踊れる?」
「ワルツって、社交ダンスの?」
「そう」
「習ったことはないから……」
「全然?」
「小さい頃、見よう見まねで少し練習したことはあるけど」
「ちょっとやってみてくれる?ボクがリードするから」
「今?なんで?」
「いいからいいから」

困惑しながらこっちへやってきた律子の手を取る。

「ねえ、何考えてるの?」
「まあまあ。とりあえずやってみようよ。こっちの足から、1、2、3、このくらいのテンポで。
 いくよ。せーの」

少しゆっくりめにカウントして始めると、律子も遠慮がちにだけど足を動かす。
すぐに二人の息は合って、スムーズにステップを踏めるようになった。
なかなか優雅な感じだ。

「律子」
「何?」

踊りながら、話しかける。

「王子様に会ったことある?」
「えっ?」

律子が驚いたように足を止める。

「どう?」
「……笑わない?」
「笑わないよ。約束する」
「幼稚園くらいの頃、私、絵本のお姫様と王子様に憧れてて、よく空想してたの。
 自分がお姫様だったらって。
 だからだと思うんだけど、夢に王子様が出てきたことがあるの」
「夢?」
「そう。記憶がはっきりしないから、あれは夢だったんだと思う。
 王子様がダンスを教えてくれて、一緒に踊ったの」
「へえ」
「王子様って本当にいるんだって、すごく嬉しくて。
 私が大きくなったら迎えに来るから、その時にまたダンスをしようって約束したの。
 だからそれまでに上手にならなきゃって、一時期は毎日のように練習してたわ。
 友達を相手にしたりして」
「そう」

友達っていうのは多分あーちゃんだよね。

「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、なんとなくね」
「でも、不思議ね」
「何が?」
「小学校に入る頃には、お姫様ごっことか空想してるのを人に言うのは恥ずかしくなってきて、
 それに、やっぱりそんなことある訳ないとも思うようになって、ダンスもしなくなってたの。
 だからすっかり忘れてると思ってたのに、今こうしてやってみると案外できるっていうか、
 なんだかつい昨日のことのように思える」
「その、夢で会った王子様のことは?」
「どんな顔だったかはもうよく思い出せないのよ。
 でも、優しくて、温かい手で、ダンスしてるととても幸せな気持ちになって、
 本当に王子様なんだって思った。
 だから今でも、王子様っていうといつもその夢のことが浮かぶの。
 そういえば、真と初めて会った時……」
「ボク?」
「ううん、なんでもない」

目が合うと律子は少し赤くなって目を逸らし、なんだか恥ずかしそうにしている。

「ねえ、律子」
「ん?」

ボクたちは、また手を取り合ってステップを始める。

「ボクは、男の子の代わりみたいに見られるのは嫌だけど、
 本当にボクのことを待ってるお姫様がいるなら、王子様になってもいいかな」
「真……」

律子は、ポカーンとした顔でボクを見ている。
約束通り、迎えに来たよ。可愛いお姫様。

「へへっ。改めて言うとなんか照れちゃうね。
 ……昨日、ゴメンね。怒っちゃって」
「ううん、私の方こそムキになってしまって。ごめん」
「でもたまにはボクもお姫様になってドレス着たいなあ」
「いいわよ。じゃあその時は、」

可愛くて頼もしいお姫様は、嬉しそうに笑って言った。

「私が王子様になってあげる」

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