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プロデューサーがドラマのお仕事を取って来ると、真ちゃんはたいがい渋い顔をするのだけど、今日は少し、いやだいぶ違っていた。
るんるんと今にも鼻歌を歌いだしそうで、今にもあの素敵なダンスを踊りだしそうで。
いつもキリリとした顔立ちはふにゃりと緩んで、やっぱり女の子だなぁとなんだか私も笑みがこぼれてしまう。
見守っている春香ちゃんを捕まえて踊りだした。私を誘ってくれたらいいのに、いやでも照れるからいい。
よく理由もわからず巻き込まれた春香ちゃんも、真ちゃんの気分に伝染してふわりと笑う。
すごくいい気分だ。人と向き合うだけでいっぱいいっぱいの頃は知りようも無かったが、友達が笑っているだけで、それを見るだけで幸せになれることがある。
しばらく、といっても数秒、眺めていたのだけれど、そろそろどちらかが転ぶなり何かにぶつかったりしそうだ。
 そんな予測に違わず、春香ちゃんが見事な転びを見せた。もちろん、つられて真ちゃんも転倒する。
バナナの皮もないのにどうやってそんな、と一度聞いてみたい。彼女は本当にツルリと転ぶのだ。

「いてて・・・まことぉ、ごめーん」

「ぼ、ボクこそ突然踊りだしちゃって・・・怪我なくてよかったぁ」
痛みに顔をしかめて、けれどすぐまた顔が緩む。王子様、王子様とファンの多くが騒ぐけれど、私は凛とした顔立ちに隠れた、この柔らかな笑みが大好きだった。

 真ちゃんがドラマに出る、というと、なぜか男の子役が多い。あるいは、ボーイッシュ、というより、男装の麗人。
無名の頃は名前で男と勘違いした人もいて、真ちゃんが複雑な表情をすることがなかなか多かった。それが、今回は女の子役、しかもヒロイン。
ウェディングドレスも着るとかで、ザ・女の子を目指す真ちゃんにこれほど嬉しい役はない。親友として諸手を上げて喜ぶべき事件だ。いや事件ではないが。
けれど乙女心とは複雑なもので。いわずもがな、ウェディングドレスというのは、結婚式の際女性が着るもので、結婚ということは相手の男性がいるということで。
もちろん実際に真ちゃんがその相手役の人と結婚するわけもなく、そんなことになったら私は穴掘って埋まってその中でわんわん泣いてその穴が私の涙でいっぱいになって私は溺死・・・いやいやいや。
あまりおおっぴらに言えないことだから誰にも言ったことがない。それなのに何故か小鳥さんや親しい仲間にはバレている。
私と真ちゃんは紆余曲折あって、恋仲。真ちゃんの晴れ着姿を見るのは楽しみだ、けども私がいたい位置に、私ではない人がいるのはなんとも形容しがたい気分で。
それをあんなに喜んで、全身で「とても幸せです!」というアピールをしている恋人には、とても打ち明けられなかったりもする。
ウェディングドレスを着た真ちゃんの横にタキシードの男性がいるのがイヤだ、女性でもイヤだ。
けれどどうしようもないワガママで真ちゃんの喜びに影を落としたくも無い。
もやんもやん溜まっていく暗い気分を発散することもできず、その日を待っていた。

「・・・で、その独白の日の週末。
今日は珍しくお仕事が半日でおしまい、真はテストに備え律子さんに勉強を教わりに。それをいいことに私を適当な喫茶店に連れ込んで溜めに溜め込んだ負のオーラをぶちまけたと。
人の苦労も知らず。テストに仕事に追われろくすっぽ眠れもしない、なんてかわいそうな春香さん。寝るのが大好きな美希も草葉の陰で泣いているわ」
 
おいおいと泣くふりをする春香ちゃん。勝手に鬼籍に放り込まれてしまった美希ちゃんに、突っ込むべきなのか、否か。
結局ここぞというツッコミのタイミングを逃がして、私は視線を汗をかいたグラスに注いだ。

「真ちゃんのにぶちん!鈍感!大好きよ!って言えば良いんじゃないかとね、春香さん思うわけですよ」

「さ、最後なんか違わないかなぁ・・・言えるものならいつでも言いたいけど」

「惚気だぁ」

「もうっ」

 やーん、雪歩ラブリー。真が惚れるのも分かるなぁ。なんて。
春香ちゃんはいかにも高校生の、普通の女の子なのだが酔っ払いおじさんのような時がある。こういう相談の時の、こういう茶化しとか。
そういう、人の恋愛云々を茶化す仕草のおじさんくささも含めて普通の女子高生、なんだろうか。
けれど、私を不快にするような行動は決して無かった。春香ちゃんは踏み込んで良いところ、悪いところに上手にラインを引いている。
ぐびりとグラスの中のジュースを飲み干して、そろそろ真面目に相談に乗りましょう、とでもいうように、満面の笑みが引いて二分笑いになる。器用だ。

「雪歩の嫉妬は分かります、春香さんも乙女です、そしてあなたの親友。
だからどうにかしてあげたいんだけどね」

 ぱく、とスプーンで掬ったパフェを飲み込む。んー、といかにも幸せそう頬を緩める春香ちゃん。
その仕草に、容姿に、思わずこちらも笑みを零すような愛嬌がある。真ちゃんが「いいなぁ」と憧れてやまない女の子の姿のひとつだと思う。
妬いてる?いいえそんなことございません、何故なら私もいいなと言われたことがあるのです、ふっ。
そもそも明るく優しく、女子特有の厭らしさも感じさせないよい人なのだ。半端ないドジも含め、やること成すことに愛嬌が滲み出ている。
その愛嬌が彼女をトップアイドルたらしめる要素の一つに違いない。後は背中を預け合う歌姫とか。

「嫉妬するなと言われてやめられるならこんな相談しないだろうし、そもそも雪歩がそう思わなきゃ何の問題もないんだよね。
でも、別に真の降板を望んでるわけじゃない、うーん」

 自分のせいで悩ませるのがどうも気まずい。私はずず、とジュースをすすった。氷のせいで薄まって今の気分のような味になっていた。
考えながら春香ちゃんはパフェを口に運び続ける。フレークを音を立てて砕き、底の方のクリームを掬う。オレンジの果肉を皮からそっと剥がし、口に放り込んだ。

「やだー、種入ってる、噛んじゃった」

 苦笑いで見守っていると、「そうだ!」という声とともに不意に彼女の咥内を砲台として半壊したオレンジの種が飛んできた。
本当に不意打ちだったので私は眉間に直撃を受け悶え苦しんだ。誇張ではない。本当にギャグ漫画のような勢いだったのだ。
言葉を発した勢いで種も噴出してしまったらしい。誠心誠意の謝罪の後春香ちゃんは喋り出す。

「ねぇ雪歩、真の仕事ってもう三日後かそこらだったよね?真が仕事を終わらせるまではポーカーフェイスで通してくれない?
雪歩の鬱憤を晴らす良いものをその日を内にプレゼントします、ねっ?」

 心底良い案を思いついたのだろう、春香ちゃんは押せ押せで私に三日間の営業スマイルを強要し、私は言われるまま頷いてしまった。
同じユニットで活動しているわけではない(近いうち希望するつもりはある)し、真ちゃんはテストを控えているので、三日間で会う時間はそんなに多くない。
とにかく真ちゃんに不信感や不快感を与えなければ良い。
春香ちゃんは必殺トップアイドル・スマイルで私に止めの一言を投げつけた。

「これを楽しみににこにこしてくれたら良いよ、絶対雪歩が喜ぶものだから」

 その言葉に乗せられてなんとか三日を乗り切った。
真ちゃんには精一杯自然を装った笑顔で接していたつもりだったが、後で亜美ちゃん真美ちゃんが携帯で隠し撮りしたという写真を見せてもらうと、ひどい顔だった。
真ちゃんが浮かれて観察力を失っていて良かったと心から思った。

 その日は仕事も無かったので真ちゃんの撮影に同行させてもらった。なんだかんだ言って真ちゃんのウェディングドレス姿は生でみたい。
「真が気にして、演技がぶれたら」と渋るプロデューサーには「今後のための勉強です!」一点張りで通した。プロデューサーは泣いた。
その日の帰りにあずささんと会った。

「『あんな怖い雪歩、いいえあんな怖い思いをしたのは生まれて初めてだわ』なんて言っていたわよ。プロデューサーさんの初めてだなんてうらやましいわねぇ」

何故か頬を赤らめてあずささんが語った。最後はなんだかおかしい気がしたがツッコむのはやめた。私は未成年だ。真ちゃんとは清いお付き合いをさせて頂いている。
話が逸れてしまったが撮影はつつがなく進行中。件のシーンはまもなくである、と言ったそばから始まった。
相手役への嫉妬だとか、春香ちゃんのプレゼントとか、一切が頭の中から吹っ飛んで、視覚以外の全ての感覚がどこかへ吹っ飛んだ。

(真ちゃん、綺麗)

 胸が熱くなった。私の目には真ちゃんしか映らない。
薄くお化粧をして、実は長い睫毛で縁取られた目をそっと伏せた真ちゃん。少し背伸びしている印象はあったけれど、そんなことは全然問題にはならない。
王子様なんてどこにもいなかった。眩しいほどに純白の衣装を着た黒髪の女の子は、その場のどの女性より輝いていた。絶対にこれは贔屓目ではない。
相手の人を気にする余裕はなかった。私はこの数日なんてつまらないことに悩まされていたんだと思った。

「お疲れ様、すごく素敵だった」

 真ちゃんのプロデューサーが言葉少なに、けれど最上級の褒め言葉で担当アイドルを労った。
本当に口数の少ない人だが、寡黙でも無能ではないということを春香ちゃん、千早ちゃんのユニットの成功で証明している。
男性は苦手と公言して憚らない私だが、この大きくてのっそりした青年は例外的に好きだった。
この人は熊。冬眠し損ねた熊が、眠い目を擦って活動している感じ。

「真、すっごい綺麗だったよ!私もいつか着てみたいな、いやでも千早ちゃんにも着て欲しいしな・・・」

「春香」

「いっそ交代交代で・・・はい、なんでしょうプロデューサーさん?」

「千早を待たせて良いのか」

「ああそうでした、はい、行きましょう!」

 言うや否や春香ちゃんが私の手を引いた。熊、もといプロデューサーがしばらく考えあぐねたのち、真を担ぎ上げた。

「な、何するんですか、離して下さいプロデューサー!丈は長いけど、ズボンじゃないんですよ!?」

「ちょ、春香ちゃん、何!?」

「プレゼントがあるって約束したでしょ?真は動きにくそうだからプロデューサーさんに抱えてもらってるだけ」

 プレゼントならその場で渡せば良いではないかという疑問を投げかけられないまま、私達はトップアイドルとスーツ着用の熊に誘拐されてしまった。
外に出るとスタンバイしていた車に突っ込まれた。これは本格的に誘拐事件だ。同僚を通報しなければならない。
ところが車は私のプロデューサーのものであった。しかも何故か千早ちゃんが謎の衣装を持って控えていた。布地は白い。

「さ、出して下さい!千早ちゃん、雪歩脱がせて!」

 春香ちゃんがてきぱきと指示を出す。脱がせる、って。ちょっと、男性もいるんですよ。前の座席に乗った熊プロデューサーが身を縮めた。

「熊、あんたはこれ被ってなさい!耳も塞いどくのよ!」

「有馬だ」

 プロデューサーが熊改め有馬プロデューサーに毛布を投げつけた。アイドルが車内で寝るとき、体を冷やさないようにと備え付けてくれている毛布だ。
文句も言わずもそもそと被る有馬プロデューサー。まるで容疑者である。容疑者の見かけをした被害者に私は罪悪感を感じた。私は何もしていないはずなのに。
毛布を被ってできるだけ縮こまった有馬プロデューサーを見届けて千早ちゃんが私の服を剥ぎ始めた。萩原だけに、なんちゃって。すみませんでした。

「きゃーっ!きゃーっ!」

「ちょっと、萩原さん、暴れないで!衣装に皺が入るでしょう!」

 千早ちゃん、細っこい癖に力はある。私の抵抗をあっさり退けてぱっぱと私の着せ替えを終わらせてしまった。
車は行く。私も真ちゃんも展開が速すぎて何が何だか分からない。
十分足らずか、765プロ所属六名を乗せた車は停車して、私達は乗せられた時と同じように唐突に車から降ろされた。真ちゃんはまた抱えられている。
写真を撮るところのようだった。予め連絡もあったらしく、私達さえ準備出来ればいつでもいくらでも撮影OKといった風だ。

「はいっ、頑張ってやきもちを隠し通した雪歩ちゃんにプレゼントです!」

「あ、そういうこと・・・」

 新郎に嫉妬しているなら、あなたを新郎にしてあげましょうと、そういうことか。タキシードを着た私が新郎。ウェディングドレスの真ちゃんが新婦。
真ちゃんと視線が合う。ぽっと、お化粧の上からでも分かるほど紅く頬が染まった。可愛い。

「はいはい二人だけの世界に入らない!すみませーん!一枚お願いします」

 一枚目、お母さんのアルバムでいつか見た、少しお堅い写真。
表情は真面目なものを作ったつもりだったけれど、顔が真っ赤で、きっと見返せば苦笑してしまうような仕上がりになるだろう。

「貸切にして下さいって頼んだからね、衣装換えっこして撮ってもいいし。満足行くまで撮り倒してね!」

「真と萩原さんの着替え、ここに置いておくから。タクシー代も置いておくから、終わったら二人で帰って」

「じゃあ千早ちゃん、私達も行こうか。今日はお泊りですよ、お泊り!」

「何バカなことを言っているの。この前あんなことになって、もうこりごり」

「つれないことを言わないで、春香さん寂しい」

 春香ちゃんが千早ちゃんと連れ立って去って行く。

「春香の企みに振り回されるのは大変だわ。千早ちゃんも意地っ張りだし。熊、よくあの子達をトップアイドルになんて出来たわね」

「良い子だよ、千早は。後、有馬な」

「あんた馬って面じゃないわよ。誰が見ても熊よ熊。じゃあね二人とも。春香達を送ったら、あずささん達も誘ってラーメンでも行くから」

 私と真ちゃんのプロデューサーも二人を追って行ってしまった。まだ顔がカッカと燃えていて、それでも頑張って真ちゃんの顔を見て話をする。

「やきもちって・・・相手の人に?」

「え、えと・・・あの・・・・・・うん、はい」

「ボクがこの仕事決まったっていってから、ずっと?」

「・・・うん」

「・・・すみません、一枚」

 真ちゃんはカメラマンさんにお願いをして、私に正面を向かせた。さっきと同じポーズで、さあ、撮るぞというその瞬間、ちゅ、と、私の頬に柔らかいものが押し付けられた。
パシャリ。

「な、なななななななな、なぁ、まこ、真ちゃん!?」

「お詫びだよ。こんなにぶちんでごめんね。でも、嬉しかったから」

 この子を王子様だなんて例えた人は誰なのだろう。とても髪の短いこの人はカッコ良いけれど、その何倍何十倍可愛くて、きっとこの人より可愛い子なんて居るわけがない。

「・・・真ちゃん、この格好でもう一枚撮っていいかな」

「うん」

 きゅっと、手を柔らかく握り合って。私と、私の可愛いお姫様は満面の笑みで、フラッシュの焚かれる瞬間を待った。

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