最終更新:ID:OzTeq9stsQ 2010年05月20日(木) 22:02:55履歴
「……それから、午後2時から雑誌取材、これは天海と一緒ね」
まただ。最近、春香とセットで取材を受けることが多い。
理由は分かっている。今放送中のドラマだ。
歌以外の仕事にはあまり興味がなかった私だが、春香とW主演のドラマの依頼は正直嬉しかった。
共演相手が気心知れているのはそれだけで安心感があるし、
何より、撮影中は春香と一緒にいられる時間が増える。
春香の方はどう思っているか分からない――多分、何とも思ってないだろうけど――が、
撮影が始まるのを私は密かに楽しみにしていた。
やがて台本が上がって目を通してみると、『シグナスの誓い』というタイトルで、
どうやら主に子ども向けのSFファンタジーものらしい。
私の役どころは、宇宙人。はくちょう座の星デネブのお姫様だったが、
内乱を逃れて新たな星を探す宇宙航海の途中に、宇宙船の故障で地球に不時着する。
そこで地球の女の子春香と出会い、まあ色々あるというストーリーなのだけど、
正直荒唐無稽過ぎて頭が痛くなった。
それでも子ども向けならこういうのもいいのかもしれない、と一度は納得しかけたが、
台本を読み進めるにつれ、新たに頭痛の種が出てきた。
共演の春香と、やたら濃い絡みが多いのだ。
見つめ合ったり、抱きしめ合ったり、無意味に指を絡めたりするシーンが一話につき一回はあると言っていい。
二人の間で交わされる台詞も直接的な表現こそないものの、受け取り様によっては恋愛感情があるように聞こえる。
根本のストーリーが適当な割に、そういうところだけはやたら力が入っていた。
ひょっとしてこの台本を書いたのは音無さんなのではと、一時は本気で疑ったほどだ。
いわば無駄にイチャイチャしているかのような二人の描かれ方がどうにも納得いかず、
プロデューサーに聞いてみたところ、
「この枠は伝統的にいわゆる『大きいお友達』の視聴者も多いのよ。
ぶっちゃけ、オタクね。同性愛っぽい絡みはそういう層に受けがいいらしいわよ」
とのことだった。更に頭が痛くなった。
撮影自体は順調に進み、ある程度撮り貯めが進んだ辺りで放送が始まった。
それからしばらくすると、ファンレターの中にこのドラマに触れる内容が増え始めた。
『天海さんとの息がぴったりですね。お二人はプライベートでも仲がいいんですか?』
『春香ちゃんを見る千早ちゃんの目がすごく優しくて、ちょっと妬けちゃいます』
『天海さんと付き合ってるんですか?』
大きいお友達、というのは本当らしかった。
そして多くの人が、役柄を現実の私と春香に重ねて見ていることも分かってきた。
(いっそ付き合っていたら、どんなに気が楽だったか――)
私が抱いている、春香への特別な感情。それは誰にも、春香本人にすら明かしていないのに。
その春香相手に恋人のように振る舞い、それを何万という視聴者に見せなければならないとは、
何の罰ゲームだろうと思う。
しかもこの放送枠では異例の視聴率を上げているらしく、芸能情報サイトや雑誌でも
今期注目のドラマとして度々取り上げられている。
制作現場も押せ押せムードで、好評を博している私と春香のシーンを増やすように、
急遽シナリオが書き換えられたりもした。
そんな訳で最近の取材はこのドラマに関するものが多く、今日の雑誌取材も、
春香と一緒ということは主にドラマについて聞かれるのだろう。
私は誰にも気づかれないように、小さく溜息をついた。
※ ※ ※
「今回お二人のなかなかに妖しい演技が評判になってますが」
「えーそうですかねー?」
あーやっぱりこの話かー。最近こればっかり聞かれるんだよね。
まあよく聞かれるせいで答えもほとんどテンプレができちゃってるんだけど。
「撮影以外でも如月さんを意識したり、ドキッとすることってあります?天海さん?」
「あはは、千早ちゃんは同性から見ても魅力的ですからねー。
綺麗だなーって見とれたり、素敵だなーって思うことはよくありますよ。
恋愛っていうのとはまた違うと思いますけど」
嘘。このドラマに入る前から、千早ちゃんのことは意識してましたよ。
それが恋愛感情だっていう自覚もあります。
ファンの人に嘘をつくのは正直苦しい。でも、言える訳がない。
ドラマの二人が妖しく見えるなら、それは私の気持ちが漏れちゃってるのかもしれない。
千早ちゃんは多分、そういう気はないと思うし。
「調べたところ、この『シグナスの誓い』は熱狂的なファンがいらっしゃるようで。
インターネット上でファンが製作した小説やイラスト、動画がかなりの数公開されてまして、
また先日は『シグナスの誓い』オンリーの同人誌販売イベントも開催されました」
「はあ、そうですか」
「私も取材に行きましてね。何冊か買ってきたんですよ」
善永さん、熱心だなあ。
差し出された同人誌の表紙は、私と千早ちゃんが手のひらを合わせて見つめ合ってる。
「これ、3話のシーンね」
千早ちゃんも覗き込んでる。
中は漫画になってるみたい。パラパラとめくると――。
「!!!」
「うわっ!?」
私と千早ちゃんが(あまり似てないんだけど)、もろにキスしてる!
ここでやめといた方がいい気もするけど、怖いもの見たさで恐る恐るページをめくると、案の定。
『ハルカ、好き……あなたが欲しいの』
『チハヤちゃん……チハヤちゃんになら、私……』
一糸纏わぬ姿で絡み合ってる。
しかも役名が『ハルカ』と『チハヤ』なんだよね。なんでこんな適当なドラマが評判いいんだろう。
千早ちゃんの方を見ると、真っ赤になっている。
これ以上はどんな恐ろしいものが出てくるか分かんないから、見ない方がいいよね。
まだ撮影残ってるし、こんなの見ちゃったら今まで以上に意識しちゃいそうだよ。
「いや〜、なんか、すごいですね。でもドラマを見て応援して下さってるのはありがたいです」
苦笑いしながら善永さんに本を返す。
「今度は如月さんにお聞きしますが、役柄のチハヤとして、ハルカに恋愛感情を感じたりします?」
「そうですね。チハヤとハルカはお互いが自分の半身と言っていい存在なので……。
恋愛とかそういうのを超えて、魂で強く結びついていると思います」
千早ちゃんのこの答えもテンプレ。いろんな取材でもう何回も同じようなことを言ってきてる。
そしていつも通り、微妙な気持ちで取材は終わった。
※ ※ ※
事務所に戻ると、音無さんが律子に説教されていた。
「全然領収書整理進んでないと思ったら、何やってるんですか全くもう!」
「ご、ごめんなさい〜。でも今すごくいいとこなのよ」
「だーめーでーす。とりあえずこれ全部終わるまではネット禁止ですからね」
「律子さん随分ご立腹ですね。どうしたんですか?」
「あ、春香に千早、取材終わったのね。お疲れ様。
もう小鳥さんたら、ちょっと目離したら『シグナスの誓い』スレのSS投下に張り付きっぱなしで、
全然仕事進んでないからちょっとシメてたの」
「そ、そうですか……」
「ちわー。佐○急便ですー。音無小鳥さんにお荷物でーす」
「あ、はいはい」
「小鳥さん」
「なんでしょう律子さん」
「その段ボールの中身は何ですか?やけに重そうですね」
「いえ、これはほんの嗜みというか」
「ほう。送り主は『○らのあな』ですか。有名な同人通販ショップですね」
「うぐ、そ、そうだったかしら?」
「今ここで開封しますけど、いいですね?」
「あ、あのせめて」
「いいですね?」
「はい……」
律子がサクサクとカッターナイフで封を切って段ボールを開くと、
中はびっしり、全部『シグナスの誓い』関係の同人誌だった。
「小鳥さん」
「は、はい」
「小鳥さんの趣味に口を出すつもりはありません。送り先を会社にするのも、まあいいでしょう。
でも念のためこれだけは言っときますね。
経 費 で は 落 ち ま せ ん よ」
「えーっと、市場調査資料ってことで、ダメ?」
「ダメに決まってるでしょうが!!何年事務員やってるんですか!!」
「小鳥さんも好きだねー」
トホホ、といった表情で春香が呟く。
段ボールの中の同人誌は表紙の雰囲気から、さっき善永さんが見せてくれたのよりもっと強烈な、
いわゆる18禁に該当するものも沢山あるようだった。
あの本の中で、私と春香はどんなことをしているのだろうか。
「あんたたちも災難ね」
「うちのカスミも毎週すごく楽しみにしてますー」
いつの間にか水瀬さんと高槻さんが側に来ていた。高槻さんの妹なら本来の視聴者層ね。
「これ全部『シグナスの誓い』の本なんですか?」
「やよいは見ちゃだめぇ!!」
そう、とても高槻さんには見せられないようなものが描かれているのだろう。
だけど――。
私が想像の中で、幾度となくあの本のような行為を春香にしてきたと言ったら、
どれほど軽蔑されるだろうか。
受け入れられるはずがないこの想い。
それが自分の中で膨らみ過ぎて、溢れ出てしまいそうになるほど苦しくなる度に、
私は妄想の中で春香に触れ、春香を汚し、自分を鎮めた。
荒波が過ぎ去った後はいつも、私を信頼してくれている親友を、
想像の中とはいえ淫らな欲望の対象にしてしまったことへの自己嫌悪に苛まれていた。
このドラマの撮影が終われば、少しは楽になるのだろうか。
春香と一緒にいられるのは嬉しいはずなのに、こんなにも辛いなんて。
※ ※ ※
「キ、キスシーン!?」
思わず声が裏返っちゃった。
今日も『シグナスの誓い』の撮影のため、千早ちゃんと二人でテレビ局へ移動する車の中、
プロデューサーさんが運転しながら爆弾発言かましてくれました。
「そう。来週撮影する最終話のシーンで入れたいって話があって。
制作サイドの要望としては、本当にキスしてほしいんだって。
でも駄目なら寸止めにして、それっぽく見えるように撮ることもできるらしいんだけど。
どうかな?」
ちょちょちょ。なんでプロデューサーさんはそんなに淡々としてられるんですか。
どうかな?って言われても、そんな急に考えられないですよぅ。
「今日いっぱい二人で考えといてくれる?明日の朝結論を聞くから。
嫌なら事務所NGってことでちゃんと断るから、無理はしなくていいよ。
あたしはアリだと思うけどさ、気持ちが入んなきゃ意味ないしね」
はぁ。プロデューサーさん的にはアリですか。
この人、小鳥さんみたいにオタク趣味じゃないんだけど、たまに妙なとこで懐広いんだよね。
「ち、千早ちゃん、どう?」
車の中だから誰も聞いてないのに、なぜかひそひそ声になってしまう。
「ど、どうと言われても。今すぐは答えられないわ」
「やっぱそうだよね……」
どうしよう。今までだって必死で隠してきたつもりなのに、キスなんかしちゃったら、
本当にもう我慢できなくなっちゃうかも。
スタジオに入って撮影が始まっても、さっきの話のことをついつい考えてしまう。
いけないいけない。今は演技に集中しなきゃ。
と言っても、半分くらい素になっちゃってるのかもしれないけど。
えーと、次のシーンは。
千早ちゃんがはくちょう座の人々の安全と引き替えに人質になることを決めて、私と別れるシーン。
涙ナミダなんだけど、実は次回で私、はくちょう座まで会いに行っちゃうんだよね。地球人なのに。
もう突っ込む気も起こらない突拍子もないストーリーだけど、お約束で別れのシーンがまた濃い。
えーと、千早ちゃんが『さようなら、ハルカ』と言って背中向けて三歩歩いたら、
私が後ろから抱きついて『やだ!これで最後になんかしないから!……云々』と。
あーでも、この撮影ももうすぐ終わりなんだよね。
そしたら千早ちゃんと一緒にいられる時間、減っちゃうな。
ここで千早ちゃんが手をつないだり抱きしめたり見つめ合ったりしてくれるのは偽物で、
千早ちゃんの気持ちが本当に私に向いてる訳じゃないんだけど、でも嘘でもいいって気持ちもどこかにある。
「じゃ、シーンXX、天海さん如月さん、お願いしまーす」
嘘でも。幻でも。いつか覚めてしまう夢でも。
今、恋人のつもりで千早ちゃんを抱きしめることができるなら。
「さようなら、ハルカ」
千早ちゃんの背中が遠ざかっていく。
「やだ!」
思い切り抱きしめると、千早ちゃんは小さくビクッとした。
「これで最後になんか……しないから……」
シャンプーの香りなのか、それともコロンをつけているのか、千早ちゃんからは微かにいい匂いがする。
本当に華奢で、私の腕の中にすっぽり入ってしまう千早ちゃんの体。
衣装を通して、体温が伝わってくる。
千早ちゃん、あのね。私、千早ちゃんのこと、好きなんだよ。大好きなんだ。
「チハヤちゃん……やだ……」
「ハルカ……」
私の手に、温かい液体が落ちた気がした。
すぐに、千早ちゃんの手が私の手をすっぽりと包んで、ぎゅっと握る。
一秒、二秒、三秒。まだ台詞あったっけ。もう分かんないや。
「はいカットー。オッケーです!」
ディレクターさんの声が響いたのを合図に、私は腕の力を緩める。
千早ちゃんはまだ背中を向けたままで、俯いている。
「千早ちゃん、だいじょうぶ?」
声をかけると振り向いて、赤い目で微笑みながら、
「春香こそ」
と言われた。
そこで初めて、私も泣いていたことに気づいた。
※ ※ ※
<いつか続く>
まただ。最近、春香とセットで取材を受けることが多い。
理由は分かっている。今放送中のドラマだ。
歌以外の仕事にはあまり興味がなかった私だが、春香とW主演のドラマの依頼は正直嬉しかった。
共演相手が気心知れているのはそれだけで安心感があるし、
何より、撮影中は春香と一緒にいられる時間が増える。
春香の方はどう思っているか分からない――多分、何とも思ってないだろうけど――が、
撮影が始まるのを私は密かに楽しみにしていた。
やがて台本が上がって目を通してみると、『シグナスの誓い』というタイトルで、
どうやら主に子ども向けのSFファンタジーものらしい。
私の役どころは、宇宙人。はくちょう座の星デネブのお姫様だったが、
内乱を逃れて新たな星を探す宇宙航海の途中に、宇宙船の故障で地球に不時着する。
そこで地球の女の子春香と出会い、まあ色々あるというストーリーなのだけど、
正直荒唐無稽過ぎて頭が痛くなった。
それでも子ども向けならこういうのもいいのかもしれない、と一度は納得しかけたが、
台本を読み進めるにつれ、新たに頭痛の種が出てきた。
共演の春香と、やたら濃い絡みが多いのだ。
見つめ合ったり、抱きしめ合ったり、無意味に指を絡めたりするシーンが一話につき一回はあると言っていい。
二人の間で交わされる台詞も直接的な表現こそないものの、受け取り様によっては恋愛感情があるように聞こえる。
根本のストーリーが適当な割に、そういうところだけはやたら力が入っていた。
ひょっとしてこの台本を書いたのは音無さんなのではと、一時は本気で疑ったほどだ。
いわば無駄にイチャイチャしているかのような二人の描かれ方がどうにも納得いかず、
プロデューサーに聞いてみたところ、
「この枠は伝統的にいわゆる『大きいお友達』の視聴者も多いのよ。
ぶっちゃけ、オタクね。同性愛っぽい絡みはそういう層に受けがいいらしいわよ」
とのことだった。更に頭が痛くなった。
撮影自体は順調に進み、ある程度撮り貯めが進んだ辺りで放送が始まった。
それからしばらくすると、ファンレターの中にこのドラマに触れる内容が増え始めた。
『天海さんとの息がぴったりですね。お二人はプライベートでも仲がいいんですか?』
『春香ちゃんを見る千早ちゃんの目がすごく優しくて、ちょっと妬けちゃいます』
『天海さんと付き合ってるんですか?』
大きいお友達、というのは本当らしかった。
そして多くの人が、役柄を現実の私と春香に重ねて見ていることも分かってきた。
(いっそ付き合っていたら、どんなに気が楽だったか――)
私が抱いている、春香への特別な感情。それは誰にも、春香本人にすら明かしていないのに。
その春香相手に恋人のように振る舞い、それを何万という視聴者に見せなければならないとは、
何の罰ゲームだろうと思う。
しかもこの放送枠では異例の視聴率を上げているらしく、芸能情報サイトや雑誌でも
今期注目のドラマとして度々取り上げられている。
制作現場も押せ押せムードで、好評を博している私と春香のシーンを増やすように、
急遽シナリオが書き換えられたりもした。
そんな訳で最近の取材はこのドラマに関するものが多く、今日の雑誌取材も、
春香と一緒ということは主にドラマについて聞かれるのだろう。
私は誰にも気づかれないように、小さく溜息をついた。
※ ※ ※
「今回お二人のなかなかに妖しい演技が評判になってますが」
「えーそうですかねー?」
あーやっぱりこの話かー。最近こればっかり聞かれるんだよね。
まあよく聞かれるせいで答えもほとんどテンプレができちゃってるんだけど。
「撮影以外でも如月さんを意識したり、ドキッとすることってあります?天海さん?」
「あはは、千早ちゃんは同性から見ても魅力的ですからねー。
綺麗だなーって見とれたり、素敵だなーって思うことはよくありますよ。
恋愛っていうのとはまた違うと思いますけど」
嘘。このドラマに入る前から、千早ちゃんのことは意識してましたよ。
それが恋愛感情だっていう自覚もあります。
ファンの人に嘘をつくのは正直苦しい。でも、言える訳がない。
ドラマの二人が妖しく見えるなら、それは私の気持ちが漏れちゃってるのかもしれない。
千早ちゃんは多分、そういう気はないと思うし。
「調べたところ、この『シグナスの誓い』は熱狂的なファンがいらっしゃるようで。
インターネット上でファンが製作した小説やイラスト、動画がかなりの数公開されてまして、
また先日は『シグナスの誓い』オンリーの同人誌販売イベントも開催されました」
「はあ、そうですか」
「私も取材に行きましてね。何冊か買ってきたんですよ」
善永さん、熱心だなあ。
差し出された同人誌の表紙は、私と千早ちゃんが手のひらを合わせて見つめ合ってる。
「これ、3話のシーンね」
千早ちゃんも覗き込んでる。
中は漫画になってるみたい。パラパラとめくると――。
「!!!」
「うわっ!?」
私と千早ちゃんが(あまり似てないんだけど)、もろにキスしてる!
ここでやめといた方がいい気もするけど、怖いもの見たさで恐る恐るページをめくると、案の定。
『ハルカ、好き……あなたが欲しいの』
『チハヤちゃん……チハヤちゃんになら、私……』
一糸纏わぬ姿で絡み合ってる。
しかも役名が『ハルカ』と『チハヤ』なんだよね。なんでこんな適当なドラマが評判いいんだろう。
千早ちゃんの方を見ると、真っ赤になっている。
これ以上はどんな恐ろしいものが出てくるか分かんないから、見ない方がいいよね。
まだ撮影残ってるし、こんなの見ちゃったら今まで以上に意識しちゃいそうだよ。
「いや〜、なんか、すごいですね。でもドラマを見て応援して下さってるのはありがたいです」
苦笑いしながら善永さんに本を返す。
「今度は如月さんにお聞きしますが、役柄のチハヤとして、ハルカに恋愛感情を感じたりします?」
「そうですね。チハヤとハルカはお互いが自分の半身と言っていい存在なので……。
恋愛とかそういうのを超えて、魂で強く結びついていると思います」
千早ちゃんのこの答えもテンプレ。いろんな取材でもう何回も同じようなことを言ってきてる。
そしていつも通り、微妙な気持ちで取材は終わった。
※ ※ ※
事務所に戻ると、音無さんが律子に説教されていた。
「全然領収書整理進んでないと思ったら、何やってるんですか全くもう!」
「ご、ごめんなさい〜。でも今すごくいいとこなのよ」
「だーめーでーす。とりあえずこれ全部終わるまではネット禁止ですからね」
「律子さん随分ご立腹ですね。どうしたんですか?」
「あ、春香に千早、取材終わったのね。お疲れ様。
もう小鳥さんたら、ちょっと目離したら『シグナスの誓い』スレのSS投下に張り付きっぱなしで、
全然仕事進んでないからちょっとシメてたの」
「そ、そうですか……」
「ちわー。佐○急便ですー。音無小鳥さんにお荷物でーす」
「あ、はいはい」
「小鳥さん」
「なんでしょう律子さん」
「その段ボールの中身は何ですか?やけに重そうですね」
「いえ、これはほんの嗜みというか」
「ほう。送り主は『○らのあな』ですか。有名な同人通販ショップですね」
「うぐ、そ、そうだったかしら?」
「今ここで開封しますけど、いいですね?」
「あ、あのせめて」
「いいですね?」
「はい……」
律子がサクサクとカッターナイフで封を切って段ボールを開くと、
中はびっしり、全部『シグナスの誓い』関係の同人誌だった。
「小鳥さん」
「は、はい」
「小鳥さんの趣味に口を出すつもりはありません。送り先を会社にするのも、まあいいでしょう。
でも念のためこれだけは言っときますね。
経 費 で は 落 ち ま せ ん よ」
「えーっと、市場調査資料ってことで、ダメ?」
「ダメに決まってるでしょうが!!何年事務員やってるんですか!!」
「小鳥さんも好きだねー」
トホホ、といった表情で春香が呟く。
段ボールの中の同人誌は表紙の雰囲気から、さっき善永さんが見せてくれたのよりもっと強烈な、
いわゆる18禁に該当するものも沢山あるようだった。
あの本の中で、私と春香はどんなことをしているのだろうか。
「あんたたちも災難ね」
「うちのカスミも毎週すごく楽しみにしてますー」
いつの間にか水瀬さんと高槻さんが側に来ていた。高槻さんの妹なら本来の視聴者層ね。
「これ全部『シグナスの誓い』の本なんですか?」
「やよいは見ちゃだめぇ!!」
そう、とても高槻さんには見せられないようなものが描かれているのだろう。
だけど――。
私が想像の中で、幾度となくあの本のような行為を春香にしてきたと言ったら、
どれほど軽蔑されるだろうか。
受け入れられるはずがないこの想い。
それが自分の中で膨らみ過ぎて、溢れ出てしまいそうになるほど苦しくなる度に、
私は妄想の中で春香に触れ、春香を汚し、自分を鎮めた。
荒波が過ぎ去った後はいつも、私を信頼してくれている親友を、
想像の中とはいえ淫らな欲望の対象にしてしまったことへの自己嫌悪に苛まれていた。
このドラマの撮影が終われば、少しは楽になるのだろうか。
春香と一緒にいられるのは嬉しいはずなのに、こんなにも辛いなんて。
※ ※ ※
「キ、キスシーン!?」
思わず声が裏返っちゃった。
今日も『シグナスの誓い』の撮影のため、千早ちゃんと二人でテレビ局へ移動する車の中、
プロデューサーさんが運転しながら爆弾発言かましてくれました。
「そう。来週撮影する最終話のシーンで入れたいって話があって。
制作サイドの要望としては、本当にキスしてほしいんだって。
でも駄目なら寸止めにして、それっぽく見えるように撮ることもできるらしいんだけど。
どうかな?」
ちょちょちょ。なんでプロデューサーさんはそんなに淡々としてられるんですか。
どうかな?って言われても、そんな急に考えられないですよぅ。
「今日いっぱい二人で考えといてくれる?明日の朝結論を聞くから。
嫌なら事務所NGってことでちゃんと断るから、無理はしなくていいよ。
あたしはアリだと思うけどさ、気持ちが入んなきゃ意味ないしね」
はぁ。プロデューサーさん的にはアリですか。
この人、小鳥さんみたいにオタク趣味じゃないんだけど、たまに妙なとこで懐広いんだよね。
「ち、千早ちゃん、どう?」
車の中だから誰も聞いてないのに、なぜかひそひそ声になってしまう。
「ど、どうと言われても。今すぐは答えられないわ」
「やっぱそうだよね……」
どうしよう。今までだって必死で隠してきたつもりなのに、キスなんかしちゃったら、
本当にもう我慢できなくなっちゃうかも。
スタジオに入って撮影が始まっても、さっきの話のことをついつい考えてしまう。
いけないいけない。今は演技に集中しなきゃ。
と言っても、半分くらい素になっちゃってるのかもしれないけど。
えーと、次のシーンは。
千早ちゃんがはくちょう座の人々の安全と引き替えに人質になることを決めて、私と別れるシーン。
涙ナミダなんだけど、実は次回で私、はくちょう座まで会いに行っちゃうんだよね。地球人なのに。
もう突っ込む気も起こらない突拍子もないストーリーだけど、お約束で別れのシーンがまた濃い。
えーと、千早ちゃんが『さようなら、ハルカ』と言って背中向けて三歩歩いたら、
私が後ろから抱きついて『やだ!これで最後になんかしないから!……云々』と。
あーでも、この撮影ももうすぐ終わりなんだよね。
そしたら千早ちゃんと一緒にいられる時間、減っちゃうな。
ここで千早ちゃんが手をつないだり抱きしめたり見つめ合ったりしてくれるのは偽物で、
千早ちゃんの気持ちが本当に私に向いてる訳じゃないんだけど、でも嘘でもいいって気持ちもどこかにある。
「じゃ、シーンXX、天海さん如月さん、お願いしまーす」
嘘でも。幻でも。いつか覚めてしまう夢でも。
今、恋人のつもりで千早ちゃんを抱きしめることができるなら。
「さようなら、ハルカ」
千早ちゃんの背中が遠ざかっていく。
「やだ!」
思い切り抱きしめると、千早ちゃんは小さくビクッとした。
「これで最後になんか……しないから……」
シャンプーの香りなのか、それともコロンをつけているのか、千早ちゃんからは微かにいい匂いがする。
本当に華奢で、私の腕の中にすっぽり入ってしまう千早ちゃんの体。
衣装を通して、体温が伝わってくる。
千早ちゃん、あのね。私、千早ちゃんのこと、好きなんだよ。大好きなんだ。
「チハヤちゃん……やだ……」
「ハルカ……」
私の手に、温かい液体が落ちた気がした。
すぐに、千早ちゃんの手が私の手をすっぽりと包んで、ぎゅっと握る。
一秒、二秒、三秒。まだ台詞あったっけ。もう分かんないや。
「はいカットー。オッケーです!」
ディレクターさんの声が響いたのを合図に、私は腕の力を緩める。
千早ちゃんはまだ背中を向けたままで、俯いている。
「千早ちゃん、だいじょうぶ?」
声をかけると振り向いて、赤い目で微笑みながら、
「春香こそ」
と言われた。
そこで初めて、私も泣いていたことに気づいた。
※ ※ ※
<いつか続く>
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