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いつも私の下手な歌を喜んで聴いてくれた。
本当に心から笑えていた。
私はあの日、幸せだった時間を失くした。

今年もまた、彼に会いに来た。



― summer end −







青く広がる空。大きな白い入道雲。夏の到来を感じさせるようにセミが鳴いている。
いつかを連想させるような風景。遥か上空に小さく飛行機が飛んでいるのが見えた。
容赦なく照らしてくる太陽を避けるように木々の影に隠れながら歩を進め、じめじめとした暑さに少しだけ気ダルさを覚える。たまに吹く生ぬるい風に髪がふわりと後ろになびく。

手には霊園の管理事務所から借りた彼のお墓を掃除する為の雑巾やたわし等を入れたバケツとほうき。お参りの為のひしゃくと自分で買ってきた線香とマッチ。それから、花と彼が好きだったもの。


彼のお墓は、奥の方に。いくつものお墓の一つとして埋もれたようにある。
とは言え探すのは特に大変ではない。もう何年も決まった日や時期に来ているせいか、なんとなくわかるようになっていた。
去年のこの時期、私と同じように掃除も兼ねてお墓参りに来た人が何人かいたのを覚えている。その前の年はどうだったのだろう。あんまり覚えていない。
今年は花が添えられているのをいくつかは見たのだけれど、見渡せる限り人は私ぐらいしかいない。

そうこうして彼の名前が記されている墓石の前まで来て、持っていた物を近くに置く。
予め用意してたペットボトルの水で手を清め、墓石の前で数十秒ほど手を合わせた後に掃除に取りかかる。手始めにお墓周りのゴミや草、線香の燃えカスや枯れた花を片付け、その後に掃除する為に墓石に水をかける。
太陽の光を反射している大理石に触れると思わず声をあげてしまいそうになるぐらい熱かった。







――両親は。数年前に一緒に来たあの日以来、ここに来ているのだろうか。


確かめようのない疑問だとはわかっていても、毎年こうしてここに来ると必ずと言っていいほど考えてしまう。もう戻れぬほどに大きくなった亀裂をどう思っているのだろうか。もう戻れないあの頃をどう思っているのだろうか。
湧き上がってくる得体の知れない感情を誤魔化すかのように墓石を磨く手に力が入る。

この怒りにも、悲しみにも似た感情を向ける矛先がわからない。誰も、何も悪くはないのだ。
彼も、その時彼の側にいた母も、母を激しく責めた父も。交通事故という名の偶然の出来事も。そこからズレ始めた歯車も。全ては偶然に。たまたま重なってしまった。誰も、何も悪くはない。不運だと自分に言い聞かせる。

それでも。どんなに戻れないとわかっていても。本当に幸せだったあの頃に戻りたいという気持ちの表れとも捉えられる夢を未だに頻繁に見る。
夢の中ではあの頃と同じように両親も彼も楽しそうに笑っていて、私もその中で笑っている。今みたいに名誉を得たわけでも脚光をあびる位置にいるわけでも、お金がありあまるほどあるわけでもない。けれど、今あるものが霞んで見えてしまう程に心から幸せだと感じている。あぁ、良かったと。あの頃みたく笑えるのだと。あの頃に戻れたのだと。
そして目が醒めた時。ただの夢だったという現実を突き付けられ、もう戻りたくても戻れないのだと痛感する。


墓石を綺麗にし、花立てと線香皿を軽く水洗いする。
額に滲む汗が頬を伝って乾いた地面にぽとり。ぽとり。と落ち、自分が来た時よりも汗をかいている事に気が付いた。
ごうっと風が吹き、木々が少し揺れる。風は相変わらず生ぬるい。けれど、気持ちがよかった。


最後に僅かに残ったペットボトルの水を墓石にかけ、雑巾で綺麗に拭きとる。
数年前。全くこういう事を知らなかった私に誰かがお墓参りの事やお墓の掃除の手順を教えてくれた。良いのか悪いのか、今じゃ同世代の子がまだ知らない、けれど、いずれ知る事になるであろうこういう手順もすっかり頭に入ってしまっている。
彼の命日とお盆と年の暮れとお正月。こうやって来るようにしているのだけれど。
今も充分忙しいのに今よりもっと仕事の方が忙しくなった時、今と同じように来れるのだろうか。

花立てに風で倒れないようにと茎を短く切った花を飾る。綺麗なのに、この場にあると少し悲しさを秘めているようにも見える。多分、見る人にもよるのだろう。この花をここじゃない何処かで見れば。何も知らなければ、ただ美しい。
半紙を折ってその上に彼が好きだったお菓子を置く。それを墓石の上に供え、マッチを擦り線香に火をつけると白いけむりが音も立てずに空へと昇っていった。

やっぱり一本じゃ足りなかったのね、と。二本目のペットボトルの水のふたを開け、一度ひしゃくに注いで墓石にかける。それから体を低くして手を合わし、彼に近状報告や話そうと思っていた事。ぱっと思いついた事。それらを心の中で話した。






どれぐらいだっただろうか。
長い間そうした後に目を開くと、眩しいぐらいの明るさに思わず目を細めてしまった。

これで、一通りの事は終えた。あとは帰るだけだ。
腰を上げ、帰る為に荷物をまとめる。
帰れば仕事やレッスン。一緒にユニットを組んでいる春香、同じ事務所のみんな。それから、プロデューサーが待っている。――チクッとほんの少し胸が痛んだ。
本当に、待っているのだろうか。そんな疑問がふと過る。あくまで仕事に必要だから、という理由で実際は誰も待ってなんていないのかもしれない。こんな私を真っ先に受け入れてくれた春香でさえ。

現に。春香が想いを寄せている相手は私ではない。普通に考えれば春香が同性の私に、一人の友人としか思っていない私に想いを寄せている方がおかしいのかもしれないのだけれど。でも、どこかで春香も私と同じ気持ちかもしれないという期待を抱いてしまっている。あくまでも期待、妄想。現実の世界で春香が好きなのは、プロデューサーなのだ。そしてプロデューサーも春香を少なからず意識している。それはあまり他人の事に関心のない私でもわかる事だった。

プロデューサーと話している時の春香の表情はいつもにも増して笑顔だ。
春香がプロデューサーと話をしている時。本当に幸せそうだと感じる。
春香がプロデューサーの話をする時。本当に楽しそうだと感じる。
私や他の人じゃ見れない春香の一面も顔も、プロデューサーだけは知っている。
プロデューサーは私が手に入れられないものも手に入れられる。

春香が必要なのはプロデューサーであって、私ではない。
ユニットを組んでる私であって、プライベートの私ではない。





青い空も。白い雲も。青々しく茂る木々も。セミの鳴く声も。暑さも。目の前の彼のお墓も。全てがぼんやりしている。

じりじりと照らしつけてくる太陽。シャツに汗がじとりと滲んでいて気持ちが悪い。
早く。帰えらなきゃ。帰って着替えて。急いで行けば、ボイストレーニングに間に合うかもしれない。
自分でも気付かない無意識のうちに。歯を食いしばり、手に汗を握っていた。
帰らなきゃいけないのに。帰りたくない。

これから帰る場所。自分で収入を得れるようになってから逃げるように借りたマンションの一室。最低限必要なものと音楽雑誌やCDがあるだけで生活感なんてまるでない家。そこが私の帰る場所。帰っても、おかえりと言ってくれる人はいない。帰りたいとも思わない場所。

彼が生きてたあの頃の家庭に帰りたいと願っても、もう存在しない。
それすらも。彼女と、春香と一緒なら受け入れれるような気がした。彼を過去にでき、私も前を向きながら生きていけるのかもしれないと本気で思っていた。いくら冷たくしても、千早ちゃん。と楽しそうに話しかけてきてくれる春香が眩しかった。最初はそんな彼女が鬱々しいと思っていたのに。気付けば、春香をもっと知りたいと、春香にもっと触れたいと、誰にも渡したくないと思ってしまうようになっていた。けれど、春香が必要なのは私ではなくプロデューサーなのだ。どうやっても変えようのない事実。周りも彼女とプロデューサーは時間の問題だと認識し、温かく見守っている。それのどこに私の突き入る隙間があるというのだろう。二人を目の前にして。二人にも、周りにも悟られないよう、平然を装うのが精一杯なのに。泣いてしまいたいのを無表情で堪えるのが精一杯なのに。
無理に足掻いてどうにかしようとすればするほど、何も掴めないのだと悟る。
これは私が安易に温もりを求めた事に対しての仕打ちなのだろうか。

目から涙が溢れてきて、俯いた先の地面に頬を伝って垂直に落ちていく。
嗚咽も声も押し殺す。止まらない。



もう。この世界に自分の帰る場所は。帰りたい場所はない。

ずっと。歌さえあればと思ってやってきた。
ストイックだと。努力家だと言われてきた。
蓋を開けてみれば、ただ歌に依存し執着していただけだと誰か気付いた人はいたのだろうか。
歌に全ての希望を託し、自分には歌だけだと錯覚し、歌を歌わない日は異常な焦燥感に襲われる。誰と。何と戦っているのかもわからない。ただ高みへ。そうすればいつか、彼を過去にでき、両親とも前のような関係に戻れるかもしれない。前みたいに笑える日が来るのかもしれない。欲しいものも手に入るのかもしれない。根拠も確かな理由もない。ただ、歌にすがるしかなかった。歌が心を埋めてくれる。歌より大切なものなんてない。歌が人生の全てだと信じきっていた。歌の為なら自分の身を削ってでも、何もかもを犠牲にしても良いと。歌を歌う為に何かが必要ならば、それを手に入れる為の努力は惜しまないと。歌う事が楽しいと感じる心はまだ、ちゃんと残っている。けれど、それよりも奥底で根強く歌というものを支配しているのは楽しさではない。

歌が唯一の希望だった。

けれど、いくら歌を歌っても。
彼も、あの頃の笑っている幸せそうな両親も、幸せな時間も取り戻せなんかしない。
帰りたい場所はない。待っていて欲しい人は、他の誰かを待っている。







アブラゼミが近くの木に止まったのが見えた。
最後にセミ取りをしたのはいつだったか。試しに今、捕まえてみようか。

あぁ。やっぱり、やめよう。多分。もう、捕まえようとしても捕まえられない。きっと逃げていく。私の手が届かないところへ。どこまでも飛んでいってしまう。




「――――――?」

苦笑いに近い笑顔で、私は今は亡き彼に声にもならない声で訊ねる。
ごうっと、また、強く風が吹いた。
木々の葉が揺れているのが、彼が駄目だと言っているかのようにも、いいよと言ってくれているかのようにも取れた。

私がいなくなっても、小さな波紋を生むぐらいで何事もなかったかのように世界は進む。その時。両親は、春香は、悲しんでくれるのだろうか。もし、私がいなくなることで誰かの歯車がズレて私と同じような状況になってしまったのなら。私にそんな価値がないのも、自惚れているのも充分に理解しているのだけれど。でも。もし、そうなったのなら。今はそれでもいいのだと感じる。誰かの歯車をズラさない為に。誰も傷付けない為に。そうやって生き続けれるほど、私は強くない。


確か。この霊園を出て少し歩いたところに綺麗な景色の見える場所があった。丁度崖になっている。高い高い場所。
暑さのせいか、それとも他の何かのせいか。ふらふらする。動く度に視界が妙にぐらりと揺れる。よく、頭が働かない。まとめた荷物を手にゆっくりとした足取りで彼のお墓を後にする。来た時と同じような景色。きっとこのまま帰れば今年の年の暮れにでもまた来るであろう場所。でも、もう来れないかもしれない。そう思って目に焼き付けた。

管理事務所に着くと、いつもの管理人の人にありがとうございました。という言葉を添えて借りていたものを返す。そのまま。私は彼が好きだった歌を自分だけが聴こえるぐらいの声で歌いながら、綺麗な景色の見える場所へと向かう。彼が好きだった歌を歌っているはずなのに、何故か彼との思い出と同じぐらい春香の顔や春香との思い出が浮かんでくる。それがどこか可笑しくて、つい頬が緩む。
少しして。彼が好きだった歌を歌うのをやめ、気付くと昨日の夜に寝る前に聴いたエディット・ピヒト=アクセンフェルトが弾くシューベルトのピアノソナタ21番の第4楽章が頭の中で再生されていた。綺麗だ。あまり上手い言い回しはできない。やっぱり、ただただ綺麗だ。悲しみすらも一緒にして浸れる。終末。人生の終止符。不思議と怖くはない。もう聴けないとはわかりつつも、もう一度、聴きたいと思うのは我儘なのだろうか。
なんだか夢心地で、ふわふわした気分だ。急な長い坂道を上っているのに全然疲れない。なのに少し楽しい。特に何をしている訳でもないのだけれど。
お酒を飲んで酔うという事はこんな感覚に近いものなのだろうか。

気晴らしに。結構前に読んだ宇宙の本に書いてあった。宇宙の始まりは真空空間、つまりは無の中に粒子がふっと現れ、ふっと消える。それを繰り返し、凄く僅かな確率で、ある時ある偶然にある偶然が重なり、無の空間から有の空間が誕生するのだと。あまり詳しくは覚えていない。間違った話かもしれない。ただ、それが宇宙の始まりだと書いてあった。
そうやって誕生した小さな宇宙は何らかの理由で膨張していき今に至る。まだ、宇宙は止まらずに膨張しているとも書いてあった。そうして、二つの説がある。一つは宇宙は永遠に膨張し、無限に広がるという説。もう一つは、宇宙はある程度まで膨張した後に今度は凝縮していき、最終的にはまた無に戻るという説。
前者ならともかく。後者なら、ちょっとだけ嬉しい。彼とも、両親とも、春香とも、叶わなかった想いも願いも歌も音楽とも、何もかもと一緒になれる。そうなれば、もう寝る時にいつかの温もりが欲しいと願わなくて済む。なんて幸せなのだろう。



坂を上りきると、綺麗な景色の見える高い高い場所。
前来た時と同じ綺麗な場所。隣に春香がいたら何て言うのかしら。
それを想像すると少し微笑ましい。

丁度頭の中で流れていたピアノソナタも終わりを迎えようとしている。
広がる空の方向に足を進める。


空は青い。

不釣り合いね、と私は笑った。

このページへのコメント

重いわ…

0
Posted by 他だのかかし 2011年10月25日(火) 14:44:37 返信

すくわれんね…

0
Posted by 名無し 2011年08月18日(木) 00:40:04 返信

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