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「あちゃー、急に降りだすなんてついてないや」
ランニングトレーニングの途中、急に降りだした雨に追われて、逃げ込んだ店先。
『本日休業』と書かれた店のシャッターに寄りかかりながら、真がそうぽつりと呟いた。
「せっかく千早と気持ち良く走っていたのになぁ……」
「そうね、たしか天気予報では雨が降るのは夜中と聞いていたけれど。
出がけはあんなに晴れていたのに、やっぱり梅雨時の天気はすぐ崩れてしまうわね」
出来るだけ何気ない風を装いながら、私は真にそう返す。
視線を真の方に向けないようにして。 
「汗ならすぐに乾いちゃうんだけどなぁ」
「そうね」
もう既に汗を拭くための用をなさないほど濡れてしまったタオルをきつく絞って、髪を濡らしている水滴を吸い取る。
すぐにタオルはまた重くなり、私は再びそれを絞った。

雨音は激しく、まだ雨は止みそうにない。

「ううっ、もう下着までグショグショだよ」
――『見てはいけない』。
そんな意識に逆らって、私の視線は真に吸い寄せられる。
胸元にピッタリと吸いついた白いトレーニングウェアを摘まんで、ぼやく真。
その首筋から鎖骨へと、水滴が幾筋かの流れを作っている。
水を吸い、ところどころ肌色を薄らと見せている服。
持ち上げられた襟元から見える、濡れた淡い水色のスポーツブラは、ロッカールームで見た時よりも私の鼓動を早めた。
「嫌なものね」
『友人』である真をそんな風に見てしまう自分は最低だ。
自嘲を混ぜてそう呟く。
「うん、ちょっと気持ち悪いかも」
苦笑しながら真が同意する。
勿論、その言葉が意味するものは私の言う意味とは違う。
そんなことは十分分かっているのに、汚らわしい自分を責められたようで胸が痛くなる。
「千早、どうかした?」
どうやら、表情に出ていたらしい。
気づけば真が私の方を見て、心配そうな顔をしていた。
「なんでもないわ。
少し考え事をしていただけよ」
内心慌てながらも、私は平素のように落ち着いた言葉を返す。
真はそれで納得したのか、「そう、ならいいけど」と言った。
そこで会話が止まる。
こう言う時、人づきあいが苦手な私は自分から話題を振ることが出来ない。
家にいる時――つまり、一人でいる時などは、誰とも口をきく必要はないし、誰かと一緒ならば大体は相手が話題を振ってくれる。
だから、真が黙ってしまえば、私も口をつぐんでいるしかなかった。

(まるで世界の終りみたいね)

視線の向こう、雨が降りしきる街並みには、突然の雨のせいか誰も歩く者はいない。
もともと排気ガスをさけるよう、通行量の少ない道を走っていたため、車の姿もなかった。
無言のまま、灰色の街を洗い流すように降る雨をみつめながら、私はふとそんなことを考える。
人間の業に怒りを覚えた神が、40日と40晩降らせて地上から罪を洗い流したという大雨。
方舟に乗ったノアが見たという景色もこのようなものだったのだろうか。
(まあ、私が方舟に乗れるはずはないけれど)
キリスト教、ユダヤ教を問わず、旧約聖書において、ソドムとゴモラの例に洩れず、同性に対して友情以上の感情を持つ者を神は許していない。
となれば、私が見ている景色はノアではなく、箱舟に乗れず、地上に残された人々が見るものなのだろう。
きっと真は――少なくとも私と同じ罪のせいで、私と同じ景色を見ることはない。
なら、いっそここで、真と同じ景色を見たまま流されてしまった方が良い。
それはどんなに幸せなことだろうか。

雨音は激しく、まだ雨は止みそうにない。

「ねえ、千早」
沈黙とともに私の沈思を破ったのは、真の問いかけだった。
「このままずっと、雨が止まなかったらどうしようか」
「……どうしようか、と言われても困るわ」
そうとしか言えなかった。
まさか、先ほど考えていたことを言えるはずもない。
かと言って、すぐに当たり障りのない答えを思い付くほど、私は器用ではなかった。
「真はどうしたい?」
その代わりに、恐る恐るそんな風に聞き返してみる。
頭の中では被害妄想と言われてもおかしくないような、想像の真の答えがグルグルと回る。
でも、望んでいる答えだけは不思議とハッキリしていた。
「うーん、そうだなぁ」
少しだけ困ったように腕を組んで、しばしの間沈黙してから、真は口を開いた。
「まあ、いつかは帰らないといけないね。
夕方には千早の好きなボイストレーニングも待っているし。
あんまり長く続くようなら、事務所に電話してプロデューサーに迎えに来てもらおうよ」
「……そうね」
私は何を期待していたのだろう。
余りにも『当たり前』の答えは、私に何度目になるか分からない『事実』を突きつけた。
期待などしてはいけない。
そんなことをすれば後で傷つくだけなのに。
そんなことは分かっているはずなのに。
勝手に期待して、勝手に傷ついて、私はどんどん深みに嵌まっていく。
「じゃあ、今電話するわ」
ショルダーバックの中から携帯を取り出して、パチリと開く。
ボイストレーニングまでには随分時間があるが、もうここにいる意味はないだろう。
そうでなくても全身濡れ鼠なのだから、風邪をひいてしまっては仕事に差し支えてしまう。
「待って」
通話ボタンを押そうとした瞬間、真の手が私の手に重なる。
私の手は雨に濡れて、少しだけ冷たくなったというのに、真の手は温かい。
その温度で私は溶けそうになる。
「もう少しだけ待とうよ」
ああ、真が笑っている。
「この雨は、遣らずの雨かもしれないんだし」
「……そうね」
勿論、その言葉が意味するものは私の言う意味とは違う。
そんなことは十分分かっているのに、私の胸は熱くなる。


泣きそうなくらいに熱くなる。


雨音は激しく、まだ当分雨は止みそうになかった。


終わり


あとがき
前作のやよはるで浴衣でひゃっほう
→ところで、水に濡れた浴衣って最高だよね?
→でも、浴衣の資料ないじゃん
→……雨に濡れた白いトレーニングシャツって最高じゃね?
→それだ!!

初めから千早の片道通行のお話を書きたいなあと思っていたのですが、
途中でtakasiPの『アイドルマスター_lily's』を見て、
『雨に唄えば』を絡めた実はラブラブっぽい話に変えました。
そして、一度書き上げた後、PちゃんPの『朝起きたら男の子になっていた。』を見て、
その辺りを全部消して、百合っぽさ重視の初志を貫徹しました(笑)
どちらも千早の後ろ向きな面倒くささは出せたように思えますが、真の真らしさは削除した方が強かったかもしれません。
だが私は謝らない( ・`ω・´)キリッ

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