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「おはよう、千早ちゃん」

「・・・おはよう、萩原さん」


目を覚ますと、朝食の準備をしている彼女の姿が飛び込んできた。
いつもと変わらない朝の風景。
いつから、これが当たり前の風景になったのだろうか?


「じゃあ、私、そろそろ仕事行ってくるから。千早ちゃんはゆっくり休んでてね」

「いつもごめんなさい、萩原さん・・・」

「気にしなくていいよ。それじゃ行ってくるね」

そう言って慌しく家を飛び出していった。
いつも仕事で忙しいのに、決して私の面倒を見てくれるのを忘れてくれない。
それはとても嬉しい事であり、同時に苦痛だった。
私は彼女の用意してくれた朝食を食べながら様々な事を思い出す。


私は歌が好き、というより自分には歌しかない、本気でそう思っていた。
だから、私は芸能界への道を選んだ。
歌で生きていくために。
そして、入った先の事務所で私は彼女・・・萩原雪歩とユニットを組む事になった。


「よろしくお願いします、如月さん」

正直、自分にとってユニット活動は不本意なものだった。
私は一人で歌を歌いたくてこの世界へ入った訳でユニットなんて必要なかった。
また、純粋な歌の活動だけでなく、それ以外の色々な仕事もやらされた事もあった。
ただ、それでも彼女との活動は意外と楽しかった覚えがある。
最初は他人行儀だった私達の関係も少し経つと友人のそれと近いものになっていった。

けれど、そんなある日。
私は他の事務所からスカウトを受けた。

「うちの事務所に入れば、ソロで活動させてあげる。勿論歌う事だけに集中させるわ」

私はその誘いを簡単に受け入れ、それまでの事務所を後にした。
ただ彼女に一言だけ別れを告げて。


「さようなら、萩原さん」

「千早ちゃん・・・」


そして、私は歌手として再スタートをした。
余計な事を考えずに歌う事だけに集中できるのはすごい気分が良かった。
だけど、それと同時に心の中に何か違和感が残っていた。
その違和感を消す為に歌う事に集中し、それによって更に違和感が大きくなっていく。
そんな事を続けていたら、ある時私の体に異変が起こった。

「歌が・・・歌えない・・・!?」


何故か私は歌う事ができなくなっていた。
普通に声は出るし、喋る事はできる。
なのに、歌おうとすると声が出なくなる。
疲れのせいかと思い休息をとり、病気かと思い病院にも行った。
それでもこの不可思議な現象は治る事はなかった。
結果、私は「歌えなくなった歌手」として業界からも事務所からも抹消された。

今までの居場所から追い出され、行く宛てもなく彷徨っていた私を拾ってくれたのは彼女だった。

「千早ちゃん、大丈夫!?」

「萩・・・原・・・さん・・・」


彼女は何も聞かず、私を自分が住んでいるアパートへと連れていってくれた。
どうやら、彼女は私がいなくなった後、ソロデビューをし、それで現在では人気アイドルとなったらしい。
収入にも余裕があるらしく、落ち着くまでいていい、と私を住まわせてくれた。
そして、それからずっと私は彼女の世話になっていた。


朝食を食べ終わった私は、いつものように歌の練習をする。
歌の練習、というより歌う事を思い出す練習、と言った方がいいのかもしれない。
だけど、いつも声を出す事ができず、無理に声を出そうとすると嘔吐感がこみ上げてくる。
その度に私は吐いてしまい、それでも声を出そうとするその姿はあまりにも惨めだった。

「ハァ・・・ハァ・・・なんで・・・」

ふと、私の目に朝食で使ったナイフが飛び込んできた。
食事用とはいえ、切れ味はそこまで悪くない。
私は突然、どこかで聞いた話を思い出した。


サーカスで芸を仕込まれた動物が怪我によってその芸をできなくなった時、その動物は自ら死を選んだ


私はその話を聞いた時、その動物の誇りに感動した覚えがある。
そして、いつか自分がその様な状況に陥った時、私も潔く死を選ぼう、と。
そして、今がその時なのかもしれない。
私はナイフを手に取り、自分の喉に突き付けた。




「千早ちゃん!千早ちゃん!」

気が付くと、彼女の必死の形相が飛び込んできた。
頭がぼーっとしてうまく回らない。

「千早ちゃん、大丈夫!?どこも怪我してない!?具合悪くない!?」

どうやら、私は気を失っていたらしい。
体のどこに傷がないのを見ると、私は死ぬ事はおろか、自分の体を傷付ける事すらできなかったらしい。

「フフッ・・・」

思わず自嘲気味の笑いが浮かんでくる。
私は動物にも劣るというのか。

「千早ちゃん、どうしたの?体の調子が悪いんだったら、ずっとうちにいてもいいんだよ?」

それは恐らく彼女の善意から出たであろう言葉。
けれど、今の私にはその発言は上から目線の嫌味にしか聞こえなかった。

「ふざけないでッ!!」

思わず、声を荒げてしまう。
彼女は一瞬驚いたような顔を見せるが、それも気にせず私の口からどんどん言葉が出てくる。
止めようと思っても止められなかった。

「私は・・・あなたにそこまで同情されたくない!私はあなたを捨てて他の事務所へ逃げたのよ!?
  そんな私をなんであなたは!」

「千早ちゃん・・・私はただ千早ちゃんに元気になってほしくて・・・」

「元気?そんな風になれるわけないじゃない!
  あなたにわかる?自分が命より大事なものだと思っていたものを失って、なのに死ぬ事もできない哀れな様を!!」


私は彼女に対して怒りをぶつけた。
本当はわかっている、これは自分自身に対する怒りなのだと。
それを私は彼女にぶつけている。
私の事を思っていてくれる彼女へと。
そんな八つ当たりしかできない自分に腹が立つ。


「千早ちゃん・・・」

「私は・・・私は・・・もう一度・・・歌いたい・・・」

気が付くと私は泣いていた。

「ごめん・・・ごめんね千早ちゃん・・・」

「萩原さん・・・?」

ふと、彼女に目をやると彼女もまた泣いていた。

「千早ちゃんが歌えなくなったのは・・・きっと私のせいなんだと思う・・・」

「!?それ・・・どういう・・・」

「私ね・・・千早ちゃんとユニットを組んでいる時、すごく楽しかった・・・。
  そして、千早ちゃんも同じ想いなんだとずっと信じてた・・・。
  けど・・・千早ちゃんは私より歌を選んだ・・・。
  それがすごい悔しかった・・・悲しかった・・・。
  だから、私・・・呪いをかけたの」

「呪い・・・」

「千早ちゃんが歌えなくなってしまえばいいって・・・ずっとそんな事考えてて・・・。
  そしたら・・・本当にそんな事になっちゃって・・・だから・・・」

「だから・・・その罪滅ぼしのために私の面倒を見てたと・・・?」

そう言うと、彼女は無言で頷いた。
呪い・・・あまりにも突然すぎて受け入れ難い言葉。
だけど・・・。

「千早ちゃんと一緒に暮らせる事になってどこか喜んでたのかもしれない・・・。
  最低だよね・・・私・・・私・・・」

「もういいわ・・・」

私はそこまで聞いて彼女の言葉を止めた。
そして、私は彼女を抱き締めた。

「ごめんなさい・・・萩原さん・・・」

その呪いが真実だとしたら・・・私が歌えなくなったのは彼女のせいだとしたら・・・。
それでも、私は彼女に対して怒りを抱く事などできなかった。

「なんで謝るの・・・?私が・・・私が・・・」

そこまで言って彼女は言葉を詰まらせ泣き出した。
その泣き声を聞いて、私もまた泣き出してしまった。
私達は抱き合いながらずっと泣いていた。
部屋の中に私達の鳴き声だけがずっと響いていた。



数ヵ月後・・・。


「千早ちゃん、準備できた?」

「ええ、いいわよ雪歩」


私達は再びユニットを組む事となった。
私が再活動する事、ソロ活動で人気を得ていた雪歩がユニット活動に戻る事。
それらを全て許してくれた事務所のみんなには感謝の気持ちでいっぱいだった。

「千早ちゃん、本当に大丈夫?」

少し心配そうに私の顔を覗き込む雪歩。
私はその問いに笑顔で返す。

「えぇ、大丈夫よ」


あの日以来、私はまた歌えるようになった。
決して私は「呪い」なんてものを信じてはいない。
けれど、あの時。雪歩を捨てて他の事務所へ逃げた時。
私はどこかで雪歩の想いに気付いていたのかもしれない。
それが罪悪感となり、その罪悪感が私を歌えなくさせていたのかもしれない
そういう意味では確かに「呪い」だったのかもしれない。
そして、あの日の告白を聞いた時。
私は雪歩に許されたような気がした。
同時に私も雪歩を許したのだろう。

「じゃあ、行きましょう」

「うん!」


私達は手を取り合い、ステージへと向かった。




私にとって歌はかけがえのないもの

そしてその歌を一緒に歌う彼女もまた・・・

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