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「ふぅ〜・・・お疲れ〜」
「お疲れ様、伊織ちゃん」

ここは765プロにあるダンスレッスンスタジオ。そこでジャージ姿の二人がタオルを片手に微笑み合っていた。

「はぁ〜・・・今日のレッスンは思ったより力入っちゃったわね。もう足上がらないかも・・・」
「ごめんなさいね、伊織ちゃん。私がダンス苦手なばっかりに・・・」
「なによあずさ、まだそんなこと気にしてたの？　適材適所。自分の長所を活かすことで人は一番輝くのよ」
「それに、このポジションの方が目立てるしね。正に私にぴったりだと思わない？にひひっ」

来月から配信される新曲。それは広い音域を持つ歌詞と、大胆な動きによるダンスが特徴という、難易度の高いものであった。
通常であれば4,5人で回す曲である。しかし、現在人気急上昇中のユニットである
伊織とあずさには、半分の二人だけでこなすことが要求されていたのであった。

「その分、アンタにはボーカルの方で頑張ってもらわないと困るのよ。」
「目立つのは嫌いじゃないけど、ダンスだけでアイドルが務まるなら今頃アイドル界は肉体派ばっかになってるわ」
「ありがとう・・・そうね。私も私なりに、できることを精一杯やらなきゃね。」

そう言ってあずさはスタジオの隅にあるベンチに腰掛けると、膝の上をポンポンと叩いて伊織を誘う。

「じゃぁ伊織ちゃ〜ん。どうぞ♪」
「うっ・・・い、いいわよ。そう毎回してもらわなくったって・・・」
「だ〜〜め。そんなにキレイな髪をしているんだから、お手入れは欠かさずにしないと〜」

半ば強引にあずさは膝の上に伊織を乗せる。そして手にしたブラシで、伊織の髪を丁寧にブラッシングし始めた。

「うふふ〜。伊織ちゃんの髪ってサラサラで、本当に羨ましいわ〜」
「もう・・・別に一人でもできるって言ってるのに・・・」
「でも、こんなに長いと大変でしょう？　それとも、私なんかに髪を触れられるのはイヤ・・・？」
「そんなこと・・・！あるわけないけど・・」
「ふん！この超美少女の髪をセットできるなんて、そうできることじゃないわよ？感謝しなさいよね！」
「ふふふ、そうね〜。いつもありがとう、伊織ちゃん♪」
「こ、こちらこそ・・・その・・・あ、ありがと」

赤くなってしまった顔を悟られないようにと、伊織はとある提案を思いついた。

「そうだ！」
「なんかいっつも一方的にされるのも嫌だから、今日はあずさが何か要求してもいいわ！」
「ちょうど晩御飯の時間だし、美味しいものでも食べに行く？なんなら今からでも予約を入れさせて・・・」

ふとした伊織の一言を聞いたあずさの手がピタリと止まる。何か大切なことを考えているかのように・・・

「・・・どしたの？あずさ」
「じゃぁ・・・じゃあね」
「二人きりの時だけ・・・おねえちゃん、って・・・呼んでくれる？」
「・・・ふぇ？」

予想もしていなかった言葉に、伊織はポカンとした顔をあずさに向けていた。

「え、ええとその・・・私、どんくさいでしょう？だから私を支えて、しっかり面倒を見てくれる・・・
「そんな伊織ちゃんみたいなコが妹だったら嬉しいなって、ずっと思ってたの・・・」
「あずさ・・・」
「だめ・・・かしら？」
「・・・」

あずさの思いも寄らぬ要求を聞いて、伊織は複雑な表情をしてうつむいてしまった。
今は誰もいなくなったレッスンスタジオに、時計の秒針の音だけが響く。

「あ、いいの！私みたいなのがお姉さんだなんて、そんな・・・」
「どっちかと言えば、伊織ちゃんの方がお姉さんみたいだものね。」
「ごめんね、伊織ちゃん。さ、もう髪もキレイになっ・・・」
「・・・って・・・なさいよ」
「・・・え？」
「じゃぁ、私のことは・・・『伊織』って呼びなさいよ。」
「妹にちゃん付けなんて、変でしょ？他人みたいで・・・」

照れ交じりに、ぼそぼそと小声になりながらも、伊織はあずさの要求を受け入れた。

「い・・・伊織ちゃん・・・」
「じゃないわね、ありがとう、伊織・・・！」

あずさは高ぶった想いを抑えきれなくなり、伊織を後ろからぎゅっと抱きしめた。

「ちょ、ちょっと・・・苦しいわよ、お姉ちゃん」
「うふふ〜♪伊織にはいつもいっぱい苦労させてるけど・・・今日は一杯甘えちゃおうかしら〜」
「お姉ちゃんだって、あんまり気負いすぎない方がいいわよ？私が付いてるんだからちょっとは安心してよね」
「ありがとう。伊織はいい子ね〜・・・よしよし」
「も、もう・・・子供じゃないんだから・・・」

激しいレッスンによる空腹を、お腹の音によって気付かされるまで・・・
二人は本当の姉妹以上にお互いを想い合ったのであった。