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父の仕事が長続きせず、困窮した高槻家。
 そこへ水瀬財閥から、やよいを水瀬家の長女の専属メイドとして迎えたいとの話が舞い込んだ。
 条件は水瀬家に住み込み、帰宅は年に数日だけで、電話や手紙さえも制限される。
 両親は、いかに苦しかろうと娘を売るような事は出来ないと、即座に断ろうとしたが、
やよいは家族が楽になるのならと喜んで了承した。

 水瀬家の応接間に通され、テレビでしか見た事のないような豪華な調度品に囲まれ
一人で落ち着かない時間を過ごすやよい。
 実際には5分程度しか経っていないのだろうが、慣れない環境の為、数時間も経ったような
感覚に襲われ、気が遠くなりそうになったその時、扉が開き一人の少女が現れた。

 「は、はじめまして。高槻やよいです。一生懸命頑張りますのでよろしく御願いします。」
 この子が自分が仕える同い年の水瀬の令嬢か・・・。
 やよいは思わず見惚れていたが、すぐに気を引き締め、自己紹介をした。
 ここで失礼があってはいけない。自分が頑張れば家族の生活が楽になる。

 「水瀬伊織よ。これからよろしくね。あなたのことはやよいって呼ぶわね。」
 「は、はい。よろしく御願いします。お嬢様。」
 「伊織でいいわ。」
 「はい、伊織お嬢様。」
 「お嬢様なんていらないわ!ただの伊織で良いの!」
 「で、でも・・・呼び捨てなんて・・・」
 「私が良いと言ってるんだから良いのよ!」
 「え、えと・・・。それじゃ・・・い、伊織・・・・・・ちゃん・・・」
 「はあ・・・。まあ、いいわ。改めてよろしくね、やよい」
 優しく微笑みながら差し出された手に吸い寄せられるように自分の手を合わせる。
 「よろしく御願いします。伊織さm・・・伊織ちゃん。」

 それは奇妙な生活だった。
 専属メイドとして雇われたはずなのに、するべき事は何もない。
 邸宅の掃除も、料理洗濯どころかベッドメイクすらも。
 やった事と言えば、伊織の髪を整える手伝いと、どのヘアアクセサリーを
付けていくかの相談にのった事くらいだった。
 女の子同士が普通にやっていることと全く同じ。とても仕事とは呼べない。

 仕事をするどころか、やよいには伊織と同等の私服が与えられ、一緒の食事をし、
伊織の部屋の同じベッドで共に寝起きをした。
 そして、同じ学校に通い、成績の良くないやよいのために専用プログラムが組まれ、
専属の家庭教師が付けられ、さらに伊織と一緒に経営学も学んだ。

 数年が経った3月。やよいの20歳の誕生日を迎えた。
 「やよい。20歳おめでとう。これでようやく世間から大人として認められるわね。」
 「うーん。なんか実感湧かないけどね。」
 「まあ、私も実際の所はそうなんだけど、やっぱり未成年とは多少なりとも違うわよ。」
 とめどないおしゃべりが交わされ、時折二人の笑い声が重なり合う。
 30分ほども経った頃だろうか、やよいがポツリと質問を発した。

 「ねぇ伊織ちゃん。どうしてこんなことしたの?」
 今までの会話とは全く繋がらない、唐突な質問だった。
 だが、伊織はその問いに疑問を持った様子もない。
 「・・・・・・知ってたのね。」
 「・・・うん。来た頃は、頭悪くて全然分からなかったけど、暫くしたら変だなと思って、
一緒に経営を始めた頃に、色々調べたんだ。」
 「そう。理由は・・・・・・一目惚れ、かな。」
 「あれは、中学へ入る前くらいだったかな。たまたま、家族と一緒に歩いているやよいが
目に入って、その笑顔から目が離せなくなったの。」
 「車で通り過ぎる一瞬だったけど、それ以来やよいの笑顔が頭から離れなかったの。
それで、どうしても我慢できなくて、お父様に無理やり御願いして
やよいと一緒に居られるようにしたの。」
 「やよいとご家族には酷い事をしたわ。謝って許してもらえるような事じゃないし、
償えるものでもないし、いまさらだけど、ごめんなさい。」
 そう言って深く頭を下げる伊織の目には涙が光る。
 やよいは伊織の泣く所を初めて見た。

 二人は、中学時代から会社の経営に携わって来ていた。
 水瀬家の方針と言うわけではなく、伊織の強い希望で始めた事だった。
 未成年の為、書類上は伊織の父が経営者だったが、口は全く出さず、
二人の決定がそのまま実行された。
 結果、会社が傾き、解雇する社員、損害を受けた取引先から罵倒され、
二人きりの時に弱音を吐く事は有っても、決して泣く事はなかった。

 スっと涙をぬぐった伊織は、頭を上げると部屋の隅の机に向かい、何かを書き始め、
 ほんの1、2分で戻ってきた時には数枚の紙を手にしていた。
 「こんな程度じゃお詫びにも何にもならないけど、今の私が考え付くのはこれくらいなの。」
 そう言って渡された物は、伊織の署名と実印だけが押された白紙だった。
 このままプリンターにセットすれば、契約書でも借用書でも保証書でも好きな物が作れる。

 「とりあえずそれだけあれば、私の個人資産と、私たちの会社の全てがやよいの物になるわ。」
 それだけ告げた伊織は、ソファへ歩いて行き、深く腰を下ろし、天井を見上げている。
 しばし呆然としていたやよいだったが、気を取り直すと急いでパソコンに向かい、契約書の
フォーマットを呼び出し、次々と新しい文面に書き換えていった。
 そして、プリンターにセットした伊織の署名入り白紙の全てが印刷されると、内容をチェックして
伊織のもとへと向かった。

 「伊織ちゃん。コレ。」
 「あら、やっと出来上がったの?待ちくたびれちゃったわよ。どれどれ・・・。」
 「なっ!」
 やよいの差し出した紙に目を通した伊織が絶句する。
 「ん?どうかしたいおりちゃん?」
 「どうかした、じゃないわよ!何よコレ!」
 「何って、タダの契約書だよ?」
 「そんなことじゃない!内容のことよ!」
 契約書の内容は皆同じ内容だった。

契約書
甲:水瀬伊織  乙:高槻やよい
甲は所有する株式会社イオリンコーポレーションの権利の二分の一を乙に無償で譲渡する。
ただし、乙が所有する権利を行使、または他者に譲渡する場合は甲の同意を必要とする。
また、甲は権利を行使、または他者に譲渡する場合においても乙の同意は不要とする。

 やよいは伊織の所有する権利の半分を手にするが、伊織の同意がなければ何も出来ない。
 対して伊織はやよいの同意なしで好きに出来る一方に有利な内容となっていた。
 「なんで権利の半分なのよ!どうして私の同意が必要なのよ!全部やよいの物にする
べきでしょ!」
 自分が有利な契約内容について文句をつける、普通では見られない光景だった。

 「ねえ、伊織ちゃん。わたし達が初めて会った時の事覚えてる?」
 「え?・・・も、もちろん覚えてるけど・・・・」
 急に思いも寄らない質問を浴びせられた伊織は、素直に答えた。
 「あの日ね。わたし初めて伊織ちゃんを見た時に、見惚れちゃったんだ。世の中にこんなに可愛いくて
綺麗な子がいるんだなぁと。・・・わたしも伊織ちゃんに一目惚れだったんだよ。」
 「それで、そんな子のお世話をするためにすぐ近くで働けるって思ったら、すごく嬉しかった。」
 「なのに、働くどころか伊織ちゃんと一緒の服を着せてもらって、一緒に遊んで、一緒においしいご飯食べて
一緒のベッドで寝て、一緒に学校も行って、いつも一緒に居てくれて、いつもわたしに笑ってくれて、すごくすごく
幸せだった。」
 「うっ・・・うっ・・・」
 いつの間にか伊織は嗚咽を漏らしていた。
 「どうして・・・、どうしてそんな事言えるの・・・、私あんなに酷い事したのに・・・」
 「確かに酷い事ではあるけど、お父さんにも悪い所一杯あったし、全部が伊織ちゃんの所為じゃないよ。
妹や弟も幸せになれたし、それにわたしは伊織ちゃんと一緒に居られて本当に幸せだったんだよ。」

 「だから、わたしはこれからもずっと伊織ちゃんと一緒にいたいの。ううん、伊織ちゃんにどっか行けって
言われるまで、ずっと一緒にいる。絶対離れない。」
 「ありがとう・・・。ありがとうやよい。グスッ・・私もやよいとずっと一緒にいたい。」
 「伊織ちゃん」
 「やよい」
 「「愛してるわ(よ)」」

終わり

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