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やっとここまで辿り着いた。長かった。
アイドルアルティメイト本戦。ここで、見つけなければならない。私と、春香の答えを。

もう覚ええているファンも少ないだろうが、私と春香は昔ユニットを組んでいた。
如月千早と天海春香のデュオ「A.I.E.N」
当時のことはあまり思い出したくもない。
人気は出ず、私は春香に辛く当たって、それでも春香は優しく一生懸命だった。
思うように歌えない苛立ち、辛い営業の日々。
今思えば、春香がいてくれたからやっていけた。でも私はそれにすら気付いていなかった。

少数だけれど応援してくれたファンもいた。
でも彼らの評価は私が春香の「お荷物」だった。
絶対の自信を持っていた歌ですら、春香の魅力の前に遠く及ばなかった。

ユニットは僅か5ヶ月で解散。
春香からの申し出だった。「千早ちゃんの為にも、このユニットは解散したほうがいいよ」
悔しさ、怒り、悲しみ、そんな感情が飽和した私が答えられた言葉は「そうね」一言だった。

春香はすぐにソロとして再デビュー。一気にスターダムに駆け上がった。
順調にアイドルランクを上げ、デビュー僅か一年で10年に一人と言われるSランクアイドルに。

私は自分と向き合う暗い日々が続いた。
声が枯れるまで発声し、靴が擦り切れるまでダンスレッスンに励んだ。
そして表現を…感情を研ぎ澄ますことを。

私は春香から遅れること約半年で再デビューを果たした。
自分のスタイルを貫くこと、ぶれないことだけを念頭に置いて。

私の歌は、少しずつ評価されるようになった。
765プロでは異質な、孤独なアイドルという妙なイメージがうけたのもある。
私が、ファン感謝祭に出なかったり、合同イベントに参加しなかったのは
別に他の仲間と仲が悪いからというわけではなかったのだけれど。

大きな転機は3rdシングル「蒼い鳥」のヒットだった。
765プロでは春香に次ぐミリオンヒット。その後様々なメディアに取り上げられることにもなった。
それからは出す曲が全て売れ、いくつもの賞を貰った。

そして私も春香に遅れること約一年でSランクアイドルにまでのし上がった。
同時代に二人、しかも同じ事務所からのSランクアイドル輩出は歴史的快挙と言われて随分話題になった。
だから春香と私の関係にも注目が集まったのは必然といえる。
ソロデビューしてからお互いの名を口に出したことすら無く、5ヶ月という期間の失敗ユニットという
黒歴史を抱えている、ということで私たちの仲は最悪だ、と各メディアがこぞって噂した。
特に私以外のアイドルとは非常に仲がいいことがテレビによって知られている春香は、私を毛嫌いしている、と。

実際、春香が今私のことをどう思っているのかは分からない。
事務所で顔を合わせることがあっても挨拶程度で、お互いに近づこうとはしない。
でも、私は何となく、確信があった。春香は私を待っている。
先に高みへと上り詰めた、その場所に私が追いつくのを。

そして私は、今春香の所へ辿りつきつつある。

今年、桜の季節を前にアイドル界に激震が走った。
今年のアイドルアルティメイトに如月千早、天海春香が参加を表明したからだ。

今までに数々の賞を総なめにし、あとはIUの優勝のみと言われた春香。春香が出ればその年は実質の枠が0とまで言われていた。

これは、ありえない事態だった。
IUは優勝者以外には失うものしかない、リスクの大きすぎる大会。
それに同じ事務所から二人のアイドルが参加するというのだから、正気の沙汰ではない。

当然社長もプロデューサーも、私がそれを提唱したときには猛反対した。

そして私は久々に春香と話すことになった。

「今年のIU、私は是非春香と戦いたい」
春香は私の顔を暫し見て、それから仄かに笑って
「うん、私も千早ちゃんと一緒にIU出たいな」
そう言った。

結局、私と春香、二人のSランクアイドルの熱意に負ける形で事務所が折れることになった。
私のプロデューサーも、春香のプロデューサーも、絶対に負ける気は無いことを双方念押しした。
正真正銘の、真剣勝負であることを。

世間は一気に騒がしくなった。
私怨による潰しあい、765プロ分裂説、様々な風評が飛び交い、良くも悪くもこの話題が世間を一色に染めた。
テレビ局は異例のIU予選からの全国中継を早々に決め、逐一特番を組んだ。

でも私の心は穏やかだった。
春香が話を受けてくれた時に確信したから。やっぱり春香は私を待っていてくれた。
私を真っ直ぐに見てくれた。見ていてくれたのだ。

テレビ出演の度にIUや春香について尋ねられるようになった。
私は、二人で出場を決めたこと、事務所が認めていることの他には特には語らなかった。
後のことは、すべて私と春香以外には解りようの無いことだから。
そして春香もまたその態度を貫いた。

予選ではさすがに私も春香も危なげなく勝ち進んだ。
Sランクアイドルとして負けるわけにはいかない。
5つの予選を全て圧倒的な大差で勝ち進んだ頃には、季節は秋になっていた。

12月某日。決勝。
全国に生中継され、異様な熱気に包まれた会場に、私はとうとうやってきた。
暫くは報道陣に囲まれて身動きすら出来なかった私の前にふいに道が出来る。
直感で分かった。
春香が、来た。

予想通り、裂けた人垣の向こうに春香が立っていた。
こちらにゆっくりと近づいて来る。
道が出来た代わりに、いっせいにフラッシュが焚かれ、辺りが白く塗り替えられた。

「私、遅かったかな…。待たせちゃった? 千早ちゃん」
春香が照れたように笑う。
いつでも、どんな時でも春香は春香だ、と心が柔らかくなるのを覚える。

「それは、私の台詞よ。お待たせ、春香」
私も、彼女につられるように、自然笑顔になっていた。

辺りのざわめきもフラッシュの光も消え、私たちだけの世界がそこにある。
春香は、その表情豊かな目で、いろんなことを語りかけてくる。
私も、我ながら不器用な目で、いろんな言葉を返す。



「春香さん!千早さん!」
突然、春香でも私でも無い声が耳に響いてきた。
報道陣の波を押しのけて来た可愛らしいツインテールは…

「やよい!」
「高槻さん!」

私と春香の声が重なる。

「頑張ってください、二人とも!私、すっごく応援します!」
「ありがとー、やよい。来てくれたんだね」
「当たり前です!みんなも来てるんですよ!」

高槻さんの後ろを見れば、水瀬さんが。

「もう、やよい!一人で勝手にいかないでよっ」

「水瀬さんもわざわざ来てくれたのね。ありがとう」

「べ、べつに、わざわざ応援に来たわけじゃないんだからっ!ただ、私はやよいに無理やり…
 と、とにかく、二人とも頑張んなさいよね。まあ、あんた達なら無様な戦いはしないって信じてるわ」

「ふふふ、ありがとう伊織」

後ろからは、真に萩原さん、律子に美希、あずささんと亜美と真美、765プロのみんなが来てくれている。

「はるるん、千早お姉ちゃん、どっちも頑張るのだ→」
「そうそう、そんでどっちも優勝してねっ」
「さすがにそれは無理かなぁ…あはは」
「まあ、二人とも楽しんできなよ。久しぶりだろ、一緒の場所で歌うのなんて」
「春香ちゃん、千早ちゃん、そ、その…頑張って。二人とも、応援してるから」
「千早さん、頑張ってなの!美希千早さんの決勝での歌しっかり聴いてるからね。あと春香も適当に頑張ってなの、あふぅ」
「美希、ありがとう。でもちゃんと春香の歌も聴いておきなさい。きっといい刺激になるから」
「あんたたち、本当にここまで来ちゃったわね。おかげで事務所は大わらわよ。
でも、ま、ここまで来たんならあとはしっかりやりなさいよ」
「はい、ありがとうございます、律子さん」
「まあまあ二人とも、落ち着いてていい感じね〜。その調子で、しっかりね」
「はい、あずささん。今日は実力、出し切れる気がします」

報道陣が目を丸くしているのは私のせいだろうか。
まあ、私が事務所のみんなとこんなに喋っているところを見るのは初めてだろうけれど。
至って普段通りだ。

さて

「それじゃあ、春香、行きましょう」
「うん、千早ちゃん。みんな、また後で」

最高の舞台で、春香との戦いが始まる。


私にとって勝敗は重要じゃ無い。
勿論勝てれば言うことは無い。だけど、こうして春香の隣を、同じ資格を持ったライバルとして歩く
今の、この時が何より大切なのだ。


あのとき、デュオを解散してから嵌りこんだ長いトンネル。
何故失敗したのか。何故思うように歌えなかったのか。何故春香に及ばなかったのか。

その答えもやはり春香だった。
私がそれまでに培ってきた自信、歌への揺ぎ無い思い。
それが、春香と出会って、春香の歌を聴いて、無意識のうちに揺らいでいた。
それが私の苛立ちの原因であり、そしてそんな私をなお受け止めてくれようとしていた春香への想いが私の歌への思いをぶれさせた。


歌が好きで、大好きで、歌だけが全てだった私の中に、いつの間にか歌以上の存在が出来ていた。
それはもう、随分と早い時期から。
自覚できなくて、認めたくもなくて、押し殺し続けた私の心が磨耗し、表現を鈍らせ歌を曇らせた。
それは云わば必然だった。

春香は抜けているようで聡い子だから、私の状態が春香に起因していることを察していたんだろう。
それで解散を申し出た。
当時の私に気付けなかったことも、今ならよく分かる。
自惚れでもいい。結果として独り相撲だったとしてもかまわない。
再デビューを果たしてから、私がいつも心に掲げた思い、それは歌と春香に対する想いだ。
765プロで最初に出来た友達。
そして私の人生で初めて出来た親友。初めて出来た、それ以上に大切に思える人。

どんな結果が待っていようと、私はもうぶれない。
このIUの決勝が終わったら、春香に伝えよう。私のありったけの想いを。

控え室に参加者が集まる。
審査員が様子を見に来ている。
私は落ち着いている。春香も、落ち着いている。

「それでは、皆さんの健闘を祈っていますよ」

審査員の言葉を受けて参加者の緊張感も高まる。いよいよ、最後の戦いだ。


「千早」

舞台裏でプロデューサーが声をかけてきた。

「その、なんていうか…正直どういう言葉をかけて送り出せばいいかわからないんだが…
 千早がどんな想いでこの場に臨んでいるのかよく分からないダメプロデューサーだけど
 とにかく、千早の努力と揺ぎ無い意思はしっかり俺が見届けてる。悔いの無いよう
 せいいっぱい楽しんで来て欲しい」

「はい、あいがとうございます。いろいろ、心配とご迷惑をおかけしました。
 大丈夫です。負けません」

「そうか…。今の千早はいい顔をしてる。きっと春香も最高のステージを見せるだろう。
 俺はもう一ファンとして、二人を応援することにするよ。頑張ってな…千早」

プロデューサーの言葉に頷いて、ステージへ。
私の位置からは見えないけれど、春香も近くにいるはずだ。


これはあくまでオーディションのはずなのだけれど
異様な雰囲気だ。
全国中継されている上に報道陣の数も凄い。さすがに演技中にフラッシュを焚かれることは無いだろうが…

「それでは6番さん、お願いします」

「はい」

ステージに立つ。
私の、最高のステージを。すぐに届けることは出来ないだろうけれど、春香に空間を越えて歌が響くくらい
最高のステージを。

「曲は、蒼い鳥…」










審査が終わる。
静まりかえっていた会場が、一瞬の沈黙の後、盛大な拍手に包まれる。
オーディションだというのに。

私は一礼して、舞台裏へと戻った。
私の持てる全てを出し切った。
これで負けたのなら悔いはない。

「千早!お疲れ様!!」

プロデューサーがタオルを掲げて駆け寄ってきた。
それを受け取り、私も笑顔を浮かべる。

「最高だった!もう、何も言うことは無いくらい、最高だったよ!!」

「春香は、どうでした?」

「ああ…春香も、完璧だった、な…。だけど千早も完璧だった。本当に、よくやったよ」

「ありがとうございます。結果を…待ちましょう」



普段なら控え室にて審査員が結果発表に来るのが通例なのだが
テレビ的な意図だろう、出演者はステージに集められ、結果はスクリーン映し出されることになっていた。
私は少し汗を拭ってから、再びステージに戻った。
そこには、他の出演者もいて、春香の姿もあった。

春香が笑顔で私を手招きしている。
私は春香の隣に。会場からはどよめきが起こる。

スクリーンが光り、アナウンサーが結果発表のコールをすると会場は異様な熱に包まれた。
まず、第一次審査の結果。

「ドキドキするね」
春香が私に小声で話しかけてくる。
私は正直、そんな春香の表情にドキドキしていたり。


「第一次審査の結果は、以下の通りです!!!」

如月 千早 Vo:2304 Da:1728 Vi:1728 10点
天海 春香 Vo:2304 Da:1728 Vi:1728 10点

会場がどよめきとも歓声ともつかない大音響に包まれる。
私自身も嘗て見たことがないような点数。それだけじゃなく、私と春香が全くの同点だった。

「続いて、第二次審査の結果です!!」

如月 千早 Vo:2304 Da:1728 Vi:1728 10点
天海 春香 Vo:2304 Da:1728 Vi:1728 10点

またしても同点。

「最後に第三次審査の結果です!!」

如月 千早 Vo:2304 Da:1728 Vi:1728 10点
天海 春香 Vo:2304 Da:1728 Vi:1728 10点

発表されたころにはもはや何が何だか分からない混乱した音が会場内を埋め尽くしていた。
春香が隣で口を開けてぽかんとしている。
かくいう私も、結局どうなったのか、いまいち理解できずにいる。

「総合の結果です!!」

如月 千早 Vo:6912 Da:5184 Vi:5184 30点
天海 春香 Vo:6912 Da:5184 Vi:5184 30点

もはやわかりきっていた結果にはだれも驚かなかったが、それよりも勝負の行方が気になっていた。
IUの優勝者は原則として一人のはずで、過去にも一度も例外は無かった。
しかし、私と春香は全くの同点だ。

「以上のような結果になりました。ご覧の通り、天海さんと如月さんが全くの同点となっております。
 しかし、IUに二人が優勝ということはありえません。したがって、どちらかが優勝ということになります」

司会者が興奮気味にまくし立てる。

「優勝の行方について、審査委員長の歌田音さんより、発表していただきたいと思います」


司会者に代わって馴染みのヴォーカル審査員がマイクを握る。
会場が一転、歌田さんの言葉を一言も聞き漏らすまいと静まり返った。

「まず、先に言わせて下さい。天海さん、如月さんが記録した数字は、勿論過去最高の値であり
 今後も出ることは無いであろう数です。これは、審査点の限界、つまり最高の値であり、
 お二人のパフォーマンスは我々審査員から見てパーフェクトなものでした。
 私はこの場で審査できたことを誇りに思います。また、最高のパフォーマンスを見せてくれたお二人には
 心から感謝の意を表します」


春香は隣で、緩んだ顔で一礼している。そんな春香のおかげだろう、私も緊張が抜け
素直に賛辞を喜べる。
会場からは暖かい拍手が鳴り響いた。

「しかしやはり、これは伝統あるIUである以上、優勝者を一人、決めなければなりません」

歌田さんの声のトーンの変化に再び会場が静まり返り、息を呑む音だけが木霊する。

「IUの規約に、審査において全くの同点で優勝者が一人に決まらない場合、『よりフレッシュなアイドル』を
 勝者とする、とあります」

意味がよく分からず、会場が再びざわめく。

「いいかえれば、審査の公平性の観点から、よりキャリアの短いものを優位にみる、ということです」

「したがって…」

会場のボルテージが、一気にあがる。



「優勝は、如月千早さん、あなたです!!おめでとう!!!」














暫くは、報道陣、関係者、765プロのみんなにもみくちゃにされて身動きも出来なかったけれど、ようやっと開放された。
表彰式は後日、というのも助かる話だった。
今、私はそんなことよりもしなければならないことがあったから。

春香を探す。
もう帰ってしまったのだろうか、と焦ったのだが春香のプロデューサーが「春香が待っている」と教えてくれた。
私は裏口を使って外へ出た。

12月の夜の外気は高まった体温を心地よく冷ましてくれる。
それでも私の鼓動は高まって、足は否応無く早く動いて、春香を探す。

会場の裏手にある歩道橋の上に春香はいた。


「あ、千早ちゃん…」

「春香…」

こちらを向いた春香は月明かりに照らされて静に笑っていた。

「来てくれたんだ。ごめんね、いろいろ大変なのに」

「そんなこと…」

「優勝、おめでとう。やっぱり、千早ちゃんは凄い」

「そんな…差なんて無かったじゃない…」

「でも、勝ちは勝ちだよ。もっと胸、張りなよ」

何だか、春香の様子がおかしい、そう感じた。
さっきまでは、そんなことは無かったはずなのに、突然春香が小さく思える。
まるで夜の闇に溶けてしまうんじゃないか、そんな風に思えて不安が擡げる。

「春香、私は…」

「あのね、千早ちゃん。私、千早ちゃんにずっと憧れてた」

私の言葉を遮って、春香が言葉を紡ぐ。
時折眼下を通る車の嘶きに消されてしまいそうな声。
私は聞き漏らすまいと、一歩春香に近づいた。

「千早ちゃんの歌が好きだった。千早ちゃんの真っ直ぐな眼が好きだった。凛とした背中が好きだった。
 時々見せてくれた笑顔が好きだった。大好きだった…でも、私のせいで、千早ちゃんの歌を汚したんだよね」

「違うわ!!」

思わず叫んだ。春香が、何か大きな思い違いをしている。

「ううん、違わない。分かってたんだ。私が隣にいると、千早ちゃんは自分の歌が歌えない。
 私の歌が、千早ちゃんの歌を狂わして、私のノーテンキな振る舞いで千早ちゃんがペースを乱して…
 プロデューサーさんにもね、言われたんだ。『A.I.E.N』続けたかったけど…
 『このままじゃ、二人にとってよくない』って。その通りだった…」

それは…私がきちんと自分に向き合うことが出来なかったから…春香の隣に立つのに相応しい存在でなかったからだ…
決して、春香のせいなんかじゃない…。

「私が再デビューして、そこそこ売れ出したときにファンの人に言われたんだ。
 『天海春香は、如月千早を踏み台にした』って。思い返してみたら、本当にその通りだったんだよね」

「そんな訳…」

「それでも、私はどうしたらいいのか分からなくて、気がついたらSランクになってて…
 だから、ずっと待ってたんだ。千早ちゃんが、同じところに来てくれるのを。ううん、祈ってた。
 ちゃんと、『私』というハンディキャップを払い除けてトップに立てる、私の憧れた千早ちゃんであって欲しいって…」

「だから、今日千早ちゃんが勝ってくれて、本当に嬉しかった。いままで、本当にごめんね。
 これで、私も心置きなく引退できるかなって…」

「春香!!!」

私は叫んだ。

「どうして春香はいつもそう、変に意固地なの!?私には話す機会すら与えないつもり!?」

「う…恨み言聴く覚悟くらいは…その、してきたけど…」

「それなら、聞いて貰うわ。春香は自分のせいで私が歌えなくなったって、そう言ったけれどそれはその通りよ」

「うん…」


「でも、それは春香の言ったような理由じゃないわ。強いて言うなら、その…わ、私が…春香をす、好きになったからよ!」


春香が、やっとこちらをきちんと向いた。眼を見開いて。

「春香が私に憧れてくれたというなら、私もそう。私も春香に憧れていたわ。いいえ、今でも憧れている。
 そして、あの頃、私が歌えなくなった理由は、春香に向かう私の気持ちを私自身が持て余したから。
 だから原因だとしても春香には何の責任もないし、全て私の弱さから出たこと。
 それに、春香がトップアイドルになれたのは春香自信が努力してきたからでしょう?
 私がここまで来れたのは、そんな春香を追い続けてきたからなのよ。憧れた…その、大好きな、春香の背中を」

「ふ、ふぇ????」

「どうして、ここまで来れたのか、今の私にはよくわかるわ…
 それは、もう一度、春香の隣で、パートナーとして一緒に歌いたかったから…」

「ち…ちはや…ちゃん…?」


春香が未だ、目を白黒させている。私の一世一代の告白、まだ伝わっていないのだろうか。



「もう一度言うわ。私は、もう一度春香と一緒に歌いたい。今度は決して春香の足を引っ張ったりしない。
 私も、ぶれたりしない。だから…」


「で、でも…」


「でも、は無し。春香の気持ち、聞かせて?」


「わ、わだしも…もういぢど…ぢは、ぢはやちゃんと…」


春香の顔が、崩れていく。これは、都合のいい方にとって、いいのだろうか。
泣き声の春香が何を言おうとしているのかよく聞き取れない。だけど


「大好きな春香の隣で、大好きな歌を一緒に歌いたい。これが、私の今一番望むことよ…」


「ぢはやぢゃん…!!!」

春香が私の胸に飛び込んできた。
よかった…。これは、さすがに受け入れてくれた、のだろう。
春香の体温に触れて、今更ステージ衣装に上衣を羽織っただけの格好であることを思い出した。
そしてその体が芯から冷え切っていたことも。
でも、じわじわと体が温まっていく。心地よい速度で、鼓動とともに。

「ぢばやぢゃん…でも、でもわたし…」


私の腕の下から春香の涙声が聞こえてくる。


「でも、は無しよ」


「うん…千早ちゃん…嬉しい…私も、私も千早ちゃんが大好きだから…一緒に、また一緒に歌いたい…!!」







それから、私はたくさん春香と話した。
今まで出来なかった分を埋めるように、殆どが下らない世間話だったけれど、楽しかった。
これからのことも話した。さすがに、今回は我侭が過ぎたけれど、またさらに無茶な提案を社長やプロデューサーに
することになりそうだ。
春香は今回のIU敗退を機に、『SランクでありながらIUで敗れたアイドル』という汚名を着て引退する気でいた。
でも、そんなことは私が許さない。春香が歌わなくなる、そんなことは絶対に認めない。
だから、今回の結果も、今までの成功も、全てリセットして
「天海春香」と「如月千早」の「新人ユニット」として再デビューしよう。それが私の望むことで
春香も望んでくれた答えだ。

今から、どうやって事務所の皆を説得しようか、考えどころだけれど。
とにかく、私と春香にとっては、やっと第一歩から、二歩目に踏み出せた、といったところ。
まだまだ、迷うことも、衝突することもあるだろう。
それでも、春香が隣に居てくれるなら、私はいつまでも歌い続けるだろう。

それが私の幸せなのだから。








「ところで、ネットで見つけた千早ちゃんの呼び名でね、面白いのがあったんだけど」
「面白い、呼び名?」
「うん、ほら、私が千早ちゃんを踏み台にしましたよーっていうのと、千早ちゃんの(ryをかけて
 『ロイター板』、ね、面白いでsy」

「春香…とりあえず座りなさい」
「だ、だめだよ。ほら、みんな待ってるし、風邪ひいちゃうから早く戻りますよー」

「あ、こら、春香!待ちなさい!」



おわれ



作者:百合13スレ374

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