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「ほら!千早ちゃん!もうすぐ花火始まっちゃうよ!!」
「ちょっと春香!!急に走らないでって…もう…」

春香が浴衣の袖をひっぱるのにつられて、神社の階段を駆け上がる。
思いの外、春香は駆け上がるのが速くて、下駄が脱げそうになってしまった。



それから数分後。
「はぁ…はぁ。春香、ここが隠れスポット…というところなの?」
着いた先は、神社の本殿から少し離れたところにある空地。屋台が並ぶ区域とは少し離れた、高台にある場所。
なるほど、確かにこの場所ならば花火も綺麗に見えることだろう。
先ほどまで階段を駆け上ったので、息が荒い。額からにじみ出る汗をハンカチでぬぐった。

「うん、そうだよー。今日は花火があるって聞いたから、色々調べたんだよ」
えへへと笑いながら、春香はりんご飴の包装を外し始めた。
ハンカチでぬぐうものの、こう暑くては汗も引いてくれそうにもない。
私は扇子を取り出して、パタパタと軽い涼をとる。

「色々?」
「うん。花火が打ち上がる場所とか、あまり人がいなさそうな場所とか…」
ようやく汗も引いてくる。それを見ていた春香が「千早ちゃん、それ貸して」と言ったので、私は扇子を彼女に手渡した。
ぱたぱた。春香は扇子を大きめにあおぐ。
ふぃー、とどことなく中年臭い言葉を呟きながら、彼女は少し人心地をつける。

「その努力をもっとレッスンに回せばいいのにね」
「うわっ?! せっかく探してきたのに!? 千早ちゃんひどいよぅ」
驚いた顔をしてすぐに、春香は頬をふくらませて拗ねた表情になる。本当に表情がころころ変わる子だなな、と思った。

「ふふ、だけど…。ありがとう、春香」
春香は少しの間ぽかんとして、
「うん、どういたしまして」
ぱっと花が開くような、そんな人懐っこい笑顔を、春香は私に見せてくれた。
それにつられて私も笑う。蒸し暑い夏の夜、午後8時53分。



「それにしても」
春香はりんご飴を私に一つ渡してから、近くにあった石段に腰掛けた。
「千早ちゃんが、夏祭りに来てくれるなんて、思わなかった」
「そうなの?」
私も春香の隣に腰かける。蒸し暑いけれども、夏の夜の風は汗ばんだ肌に心地よい。

「うん。だって、千早ちゃんのことだから『そんなことに時間を使うなら歌の練習をします』っていいそうだから」
包装をビニール袋に入れて、春香はりんご飴に口をつける。
ぺろぺろと単調な動きながら、扇情的な彼女の舌の動き。その舌の赤さに心を奪われそうになる。
「ここでも歌の練習はできるわよ?」
動揺を悟られないように、私がそう茶化すとと、彼女は若干顔を引きつらせた。

「ち、千早ちゃん…冗談だよね?」
「冗談よ」
「そうだよね…はぁ…よかったぁ」
ほっとする春香を横目に見ながら、私はりんご飴の包装を剥がし始める。

「それにね」
固い飴の膜が薄くなってきたのか、春香はりんご飴にかぶりつく。
「うん」
私もりんご飴を舐めながら、

「『千早ちゃんのことだから…』っていうのも、冗談なんでしょ?」
「えへへ…うん」

そういって春香は私の方に体を寄せる。浴衣越しに彼女の体温を感じる。
微かに聞こえる吐息、上気して火照った耳たぶ、香る彼女の香り。
図らずして心臓の高鳴りが大きくなる。彼女の汗が首筋に流れる軌跡が視界の隅に入る。
その汗が流れる先を想像すると、心の奥がじりじりと熱くなる。
ごくりと私は息を飲む。
ここから少し離れた屋台の裸電球がおぼろげに彼女の肌を映す。

火照って上気した肌。
 それでも白くてやわらかそうな肌。


  いっそすべてをむさぼってしまいたい


そんな劣情にかられる。
ドクンドクンと自分の鼓動が強くなる。胸が苦しくなる。



「千早ちゃん?」
至近距離で春香が私の方を見上げる。りんご飴を舐めていたせいなのだろうか、その唇はぬらぬらと照りを帯びている。
「はるか…」
名前を呼ぶだけでも精一杯な位、私は春香の唇に釘付けだった。

「千早…ちゃん?」
濡れた瞳はゆらゆらと私を映し出す。彼女の瞳に映った私はひどく切羽詰まった表情をしている。
絡めた指先に少し力を込める。
少し薬指を動かすと、それに応ずるかのように、彼女の小指がつつ、と私の指先を撫でる。

そんな微かな触れ合いだけで、心がくすぐったくなる。
このままキスしてもいいのかしら、そんな錯覚を覚えた。
ゆっくりと顔を近づける。春香は眼を伏せる。
キスまで、あと数ミリ。彼女の吐息を直に感じる位の距離。

「…ちはやちゃん」
そう呟いた彼女は、閉じた瞳を急に開き、ニヤリと意地悪い視線を私に向ける。
「は、るか…?」
急に視線を感じて動きを止めた私に、
「まだ、だーめ」
絡めた指をほどいて、春香は人差し指を私の唇にそっと歯止めをかけた。

少し驚いた私をよそに彼女はニヤニヤと笑っている、犬に意地悪く『待て』を命令する飼い主の顔だ。
「まだ、早すぎるよ」

私といえば、文字通りお預けをくらった犬のような気持ちだ。
「ダメって、何が?」
「ダメなものは、ダメなんだよぅ」
ニシシと笑う飼い主は、『よし』と言ってくれそうにない。
少し困る。大分困る。そんな気持ちが顔に出てしまったのか、彼女は「ダメだよー」と言いながら、笑っている。

だけど、
「ダメっていっても、しちゃうわよ」
私はそのまま彼女との距離を縮めることにした。
押しつけられた指先など関係ない。愛しい人の諫めの言葉でも耳に入らない。
だって、そんな制止で収まる情欲ならば、とっくの昔に自制しているのだから。

そうでしょう?春香?

「それとも、春香は私とキスするのが嫌?」
春香の顔にさっと赤みがさす。彼女の息を飲む音が聞こえる。軽く私の唇に触れているだけの指先。
「いやじゃ、ないけれど」
それでもなお、彼女は強情にもキスを許してはくれない。
「それならいいじゃない」
さらに距離を縮める。


 りんごの あまい におい


「だ、だって…」
「だって?」
「だって…。まだ、ち、千早ちゃんと…その、キス、したくない」

説得力が弱い言葉。誘っているとしか思えない位の弱々しい抵抗。
私はクスリと笑う。そんな言葉であなたへの想いが止められる訳ないのに。
遠くに聞こえる祭囃子の音。見物客の声が微かに聞こえる。

「春香がしたくなくても、私はあなたにキスしたいわ」
唇が触れるか触れないかの距離まで詰める。後は気持ち次第。もちろん、ゴーだ。
すっと息を吸った。その時だ。


薄闇を切り裂く閃光と、後から続く破裂音


驚いてその音がする方に顔を向ける。 花火だ。
見物客の歓声を背に、次々と打ち上がる花火。様々な色の光の応酬。その色鮮やかさに、しばし心を奪われる。
ざざざ、という音を立てて枝垂れ柳と呼ばれる花火が地上に流れ落ちるのを眺めているとき、春香は笑いながら言った。

「ね。だから、『まだ』ダメだったんだよ」
その時の春香の笑顔は、花火ですらかすんでしまいそうな、そんな眩しい笑顔だった。

パン!と横目で花火がまた一つ空に舞い散った。 彼女は私に笑いかける。

「…そうね」
私はふぅとため息をつく。
彼女はこれを待っていたのだ。そういえば、ここへ来たのも花火を見るためだった気がしないでもない。
私と春香は、それからしばらく花火を眺めた。紫黒の夜空に描かれる一瞬限りの花の輝き。



「それにね、千早ちゃん」
「それに…何?」
硝煙の匂いが風にのって漂ってくる頃、私は花火の美しさに少しぼうっとしながら、春香の方を見やった。

「千早ちゃんがそんなにキレイなのに、千早ちゃんの方から私を襲うなんて、私がイヤだな」
瞬間、彼女の瞳にゆらりと、炎が灯る。ぐっと彼女は私との距離を詰める。
「はるか?」
突然の彼女の変化に、私はとまどう。声がわずかに上ずってしまう。

私の動揺などものともせず、彼女は私の首に両腕を絡め、ぺろりと私の首筋を舐めた。
「…!!」
甘い刺激が身体を走り抜ける。思わず私は体を震わせていた。
舐められた跡には、しっかりと春香の舌の感触が残っている。
傷物の果実がその傷から甘く腐っていくように、逆らい難いしびれが私の神経を徐々に侵してゆく。

「浴衣姿で、髪の毛を上げて綺麗なうなじがみえているのに、ドキドキしない方がおかしいよ…」
そう言いながら、春香の舌は首筋から耳元へ移動する。
「んぅ…」
私は身体の奥から深いため息を漏らす。

ざらりとした舌の感覚が頭に直に響いてくるようで、くらくらする。
ただでさえ、彼女の髪の匂いでこちらの理性がどうにかなってしまいそうなのに。
追い打ちをかけるかのように、春香は私の耳に息を吹きかけた。 あつい。

「ちょ…はる…ここ、人前だから…!!」
そう言って身をよじる私を見て、彼女はその微笑みを深める。
「ねぇ、千早ちゃん」
「…なに…?」
朦朧とし始めた意識の中で、私はかろうじて声を絞り出す。

「ちはやちゃんは、私とキスするの、いやかな?」
「…」
その瞳は有無を言わせない光を宿していて、私としても彼女を拒む理由なんてなかったから、
「…いやじゃないわ」
そう答えた。

「…そっか」
春香は少し苦笑いして、ありがとうとごめんねを一つずつ言った。ごめんねなんて、言う必要ないのに。
どうしてそんなこと言うの、と春香に尋ねたら、うーん何となく?、というなんとも彼女らしい返事が返ってきた。
互いの肌の呼吸が聞こえそうな距離で、私と春香はえへへ、と微笑みを交わし合う。

そうして私達の距離はゼロになる。

私は彼女の浴衣のすそを、きゅっと握りしめる。
まだ続いている花火の音が、急に遠くなっていくように感じた。





オワレ\(^о^)/

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