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「たっだいまー!」

 先頭を行っていた亜美が事務所のドアを勢いよく開ける。

「ピヨちゃーん、兄ちゃんにいびられ、芸能界の荒波にもまれてきた亜美を癒しておくれ〜」
「あぁっ、亜美ちゃん!お姉さんで良ければいくらでも癒してあげるわ!さあ、私の胸に飛び込んでいらっしゃい!」
「ピ〜ヨちゅわぁ〜〜〜ん!がばぁっ!」

 事務所に戻るなり亜美がピヨちゃんこと小鳥さんに抱きついてじゃれている。
少し前までは自分も似たようなことをしていたけど、今はも、そうして抱きついていた人はこの事務所にいない。
あの人が使っていたデスクは主が居なくなってからも他の人が使うことはなく、そう狭くはない事務所の中で
いつもぽっかりと穴が空いたようになっている。
 それでも、いつもの癖で無人のはずのデスクの方を見てしまう自分がなんだかおかしかった。

(居るわけないのにね……)

 そう思って視線をはずそうとした時、求める人はいない筈のデスクから声をかけられた。

「プロデューサーに亜美真美、お帰りなさい。3人ともお疲れ様」
「あ、律っちゃんおひさ→」
「おう、律子。今日はこっちに来てたのか」
「ええ、月末の事務処理が膨大にたまって片付かないから助けてって某事務員さんに泣きつかれまして」
「律っちゃんも大変だねぇ。それにしてもこのピヨちゃん、ムチムチである。ほ〜れここか?ここがええのんか〜」
「あぁん、亜美ちゃんおよしになって〜」
「……お前に手伝い頼んだ本人はああして亜美と遊んでるが、良いのか?」
「いいんですよ、独立して事務所構えたって言ってもまだアイドル候補生一人居ない開店休業状態ですし
 ちょうど良い息抜きにもなりましたからね、小鳥さんの気遣いに感謝です」
「そっか。ん、どうした真美?」

 兄ちゃんに問い掛けられてやっと自分が挨拶もしないでぼんやりしていたことに気付く。

「あ、っと、律っちゃんおひさー」
「ん、真美も久しぶり。って言ってもまだひと月程度だけどね。相変わらず元気にしてる?」
「う、うん。そりゃもう、ちょー元気だよ」

 我ながら一々ぎこちない。以前なら亜美と同じように気軽に抱きついてじゃれたりできていたのに。

「ふむ……?」

 律っちゃんが少し不審そうにこっちを見てる。
やっぱり態度がおかしかっただろうか。出来る限り変に意識しないように気をつけたのに。

「真美、真美」

 ちょっとの間顎に手を当てて何か考えていた律っちゃんが、何かに思い至ったように小さく私を呼ぶ。

「えと、なに律っちゃん?」
「ほらほら、こっちいらっしゃい。小鳥さんじゃないけど癒してあげるわよ?」

 キャスター付きの椅子を少し回しながら、律っちゃんが私のほうを向いておいでと手招きをする。

「あっ!えっ、あぅ……」

 ここで変に拒んだらそれこそ意識していると白状するようなものだったから、思い切って律っちゃんの近くに歩み寄る。
だけど、近くに行ったところで私の体は緊張して動きを止めてしまう。

(どうしようどうしよう!ここで止まっちゃったら変に思われるって分かってるのに!)

「んー、真美、ちょっと窮屈だろうけど膝の上に座るくらいで良いかしら?
 私はほら、小鳥さんほど照れの無いスキンシップはちょっと恥ずかしいし、一応、仕事も片付けなきゃいけないからね」

 そう言って笑いながら律っちゃんが自分の太ももの辺りをポンポンと叩く。

「じゃあ、お邪魔しちゃおっかな……」
「どうぞー、小鳥さんと比べたらさわり心地は良くないでしょうけど、そこは我慢してね」

 おずおずと律っちゃん膝の上に背中を預けるような向きに座ったら、律っちゃんの手が私の腰に回されてドキッとした。

「ごめん真美、そっち向きだとちょっとPCまでが遠くなっちゃうから――真美の体の向き、横にしてもらえる?」
「え、えっと、どっちに?」
「えーとね、真美の体の向きをそのまま90度回してもらえるかしら?そそ、それでオッケー。うん、これで快適に仕事もできる」

 私の顔のすぐ前に律っちゃんが居るってだけで、鼓動があり得ないくらいの速さにテンポアップしてしまう。
今日の律っちゃんは事務所に居た頃良く着ていた私服でも、時々着ていた765プロの事務員服でもない、私は見たことの無いスーツ姿で
髪型もアイドルをしていた頃には、殆どほどいたところを見たことの無い三つ編みもをほどいていて。
下ろした髪をシンプルなバレッタで軽くまとめてアップにしていたりで、なんだかとても大人っぽくて余計にドキドキしてしまう。

「ね、ねぇ律っちゃん、真美、重かったり邪魔だったり、しない……?」
「全然、邪魔に思うくらいなら最初から座らせたりなんかしないわ」
「そっか……なら、いいんだけど」

 会話が思うように続かない。そんな風に私が黙ってしまっても律っちゃんは特に構えることも無く、片手で私を支えながら
開いたもう片手で器用にマウスを操作して仕事を進めてる。

「――真美、何か悩んでたりする?」

 律っちゃんが視線はPCのディスプレイに向けたまま呟く。

「べっ、別に悩みなんてないよー、もー、律っちゃんも心配性だなぁ」

(うん、いつもの私で言えたはず……)

「そんな顔されて悩んでないって言われてもね。わたしじゃ相談できないこと?」

 亜美が相手でも9割隠せる私の内面は、律っちゃんの前では筒抜けになってしまうらしい。

「ぅ……そりゃあちょっとは悩んでることも確かにあるけど、て言うか、律っちゃんじゃ相談に乗れないと言うかなんと言うか……」
「んー、真美はさ、時々自分の気持ち殺して亜美に譲っちゃうところがあるでしょ?今回もその辺りかなと踏んだんだけど
 これはわたしの早とちりだったかな?」
「え…………」

 それは私が一番表に出すまいとしていた部分。
 亜美と一緒に交代でアイドルをするのは楽しい、けれど、表舞台に出るのはいつも『双海亜美』で、たとえ私がそこに立っていたとしても
そこに居るのはやっぱり双海真美じゃなくてアイドルの双海亜美なのだ。そのことで時々亜美に対して自分でも空寒くなるような暗い嫉妬や
妬みを覚えることがあって、そんな自分を自分が一番許せなくて苦しい時が何度かあった。
 でも、そんなのは絶対に外に出しちゃいけないと思ったし、何よりそんな自分自身を私が一番認めたくなかったからひた隠しにしてきたのに……

 そんな私の一番の隠し事を律っちゃんは知っていてくれたと言う。
その律っちゃんに隠し事をしても意味がないと思った。というより、私がもう一人で思い悩むことに耐えられなかった。

「えっとね、律っちゃん……んと、その……」

 いざ言葉にしようと思うと、なかなかちゃんと言葉になってくれない。言いよどんでしまう私を今までより少しだけ強く律っちゃんが引き寄せてくれる。

「あの……ね、最近真美たち律っちゃんに全然会えなかったでしょ?それで、ちょっと、寂しかった……」
「……へ?そんなことなの?」
「そっ、そんなことって酷いよ律っちゃん!真美はすごくすごく寂しくてっ!それで、それでっ……う、くっ……」
「うわわわ、ごめん真美泣かないでったら……そっかー、真美がそんなに私に会いたかったなんてね……律子さんも捨てたもんじゃないってとこかしら?」
「えっく、うぅ、律っちゃんはひどいよ、真美たちになんにも言わないで独立なんてしちゃうし、765プロに遊びに来てくれたりもしないし
 そのうちきっと自分の事務所で可愛いアイドル見つけて、その子にかかりっきりになって、真美たちのことなんか忘れちゃって
 それでっ、それからっ、うっ、くっ、ううぅぅっ……」
「真美……」

 最後はろくに言葉にもならなくて、取り留めのない言葉と嗚咽だけがこぼれてしまわないように歯を食いしばるのが精一杯で。

「あのね、真美……悲しいときには声を上げて泣いたっていいの、誰もそれで真美を責めたり笑ったりなんてしないから」
「うぅ、ぐすっ……り、律っちゃん……」
「ごめんね、真美がそこまで私のこと慕ってくれてるなんて思いもしなかった」

 膝の上で泣きじゃくる私を、律っちゃんが優しく抱きしめてくれる。

「これからは時々こっちにも顔を出すわ、真美たちがうちの事務所に来てくれたって構わないのよ
 幸いなことにと言うか残念なことにと言うべきか、うちの事務所はいまだ開店休業状態、社長もわたしも時間は作れるし」
「律っちゃん……」
「だからほら、もう涙拭いて。真美は笑ってるほうがずっと可愛いんだから」

 そう言いながら律っちゃんは私の涙でぐしゃぐしゃの顔をそっと拭ってくれる。

 私は――うん、今度はちゃんと笑えたはずだ。きっと泣き笑いのひどい顔だろうけど。


「あ――ふふっ、ねえ真美、わたし良いこと思いついちゃったわ」

 ふと何かを思いついたように、そのままくっついていた私を見ながら律っちゃんが言う。

「真美が中学に進学したらある程度期間を開けてだけど、双海真美としてデビューするってのはどう?」
「えぇっ?」
「そうねー、今の亜美との活動が一区切りするってのは大前提だけど、わたしの事務所からアイドル双海真美として衝撃のデビュー!とか
 その為には亜美と真美が双子だったって事実を発表しなきゃいけなくなるけど、それをするにはやっぱりそうねぇ……
 今の活動のアイドルランクは高ければ高いほど良いわね。そのほうが話題にもしやすいし、と言って話題のみって思われるのは癪だけど」
「律っちゃん、一人で思いついて企んで納得してないでよ!真美良くわかんないよ」
「あぁ、ごめんごめん。でも今言ったこと真剣に考えてみる気はない?」
「そりゃあ、そんなことできたらちょっと面白そうだなーと思うけど」
「面白そう、実に結構。それにもし真美がうちに来てデビューしてくれるなら秋月事務所はアイドルを抱えることができるし
 わたしは晴れてプロデューサーの卵になれる、真美はわたしと一緒に居られる。ほら、一石三鳥くらいのアイディアでしょ?」
「ぅ……それはたしかに魅力的かも」
「でしょ。そうと決まったら今の亜美との活動をきっちり頑張ること。わたしにプロデュースしてもらおうって言うんだから
 やっぱりAランクアイドルにはなってもらわないとね」
「うぇ〜、真美たちまだやっとDランクだよ?Aランクとかどうやっても無理無理だよ〜」
「なぁに甘えたこと言ってるの!仮にも元Aランクアイドルな秋月律子が手がけるアイドルなんだから、そのぐらいは頑張って当然!」
「ひどいよ律っちゃ〜ん、鬼〜、アクマ〜、いけづ〜」

 膝の上で不平をこぼす私の耳元に律っちゃんがそっと顔を寄せて囁く。

「それにね真美、頑張った結果が大きいほど、ご褒美も大きくなると思うわよ?」

 その囁きに含まれた艶に思わず真っ赤になってしまう。

「ご、ご褒美!?」
「んむ、ご褒美よ。頑張る気になった?」
「うん!真美はやるよ律っちゃん!この際Aランクなんてけちなこと言わない!Sランクだってなるよ!」
「あはは、実に頼もしいわ。じゃあ、真美が晴れてSランクになったらわたしは誰がなんと言おうと真美をプロデュースするわ」
「約束だよ律っちゃん!」
「ええ、約束するわ。そうだ、約束って言ったらやっぱりあれかしら」
「……あれって?」
「指きりよ、指きり。2人の今の約束がかなうように指切りしましょ」

 律っちゃんがそっと差し出した小指に私の小指を絡ませる。そして――

「「指きりげんまん、嘘ついたら針千本の〜ます、指切った!」」

 
 
 この先アイドルを続けていくうえで向き合うであろう困難も、きっと今のこの指に残る律っちゃんの暖かさを思い出せばきっと乗り越えられる。

「だから、その時までちゃんと待っててね、律っちゃん……」

 そっと呟きながら、まだ約束の余韻を残す小指にそっと口付けた。




「くうぅ〜〜〜!良い!律子さんも真美ちゃんもマーベラス!エクセレント!ディモールト良いわ!
 こうしちゃいられない、今のこの湧き上がる妄想を吐き出さないで、いつ吐き出すというの小鳥!みなぎってきたわっ!!」
「そんなことばっかりやってるから婚期が遠ざかるんだね、ピヨちゃん…………」

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