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今日は久しぶりのオフ。
普通毎日を追われてるアイドルがオフをもらったら、
例えば気晴らしに思いっきり買い物をしたりとか、のんびりと家で過ごしたりとかそんな所かもしれない。
おしゃれなカフェで紅茶でも、…って言うのは現役アイドルには無謀かしら。

しかし私には今の所休みはない。

昨日ファンレターを取りに事務所に寄った時、デスクの上に山の様に積まれている書類と、
その隣で瀕死状態でデスクに突っ伏してる小鳥さんを見つけたからだ。
内心「あちゃー…」と思いながらも気がつかれないようにこっそり事務所から出ようとしたらしっかりと服の裾をつかまれた。
そして涙目で私を見上げる小鳥さん。
最近アイドルとしての仕事が忙しかったから事務仕事を手伝う事ができなくなって、
全てを小鳥さんがやっていたのだけれど…まぁ無理でしょうね。
そんな事を思い、ため息を一つついて事務所への階段を上る。

「おはようございま…、あれ…?」

事務所に入ると誰もいない。小鳥さんもいないし、社長もプロデューサーの姿も見えない。
必ず誰かしらいるはずなのに誰もいないとは少し様子がおかしい。
しかもドアの鍵も開けっぱなし。いくらなんでも無用心すぎるだろう。
私は首をかしげ、しかしやるべき事はあるので山積みのデスクへと向かう。

「…おかしいわね、誰もいないなんて。…小鳥さんも仕事を放っておく人ではないのに」
「誰もいなくないよ〜?」
「…え?」

声がした方を振り返ると紙パックのいちご牛乳を持ってストローをくわえてる真美。
お客さんが来た時に座る、社長が凄く自慢してたソファーに悠々と座っていた。
いつもあれだけ座るな!って言い聞かせてるのに、と怒ろうかと思ったが私はある事に気がついた。
真美の目が赤い。元気そうに笑っているもののいつもの元気とは少し違っている。
どこか作られた、子供には似合わない作り物の笑顔。

「どういう事なの?…もしかして、みんなに何かがあったとか…?」
「…んー、兄ちゃんは真美が、追い出したの。あとぴよちゃんも。社長は元からいなかったからわかんない」
「…え?追い出した…?」

私の問いかけに先ほどまで作っていた笑顔も消える。
泣きそうではないけど、目を伏せて、ひどく落ち込んで見える。

「実はね…、真美、昨日のオーディションに落っこちちゃったんだ。
 真美、めっちゃそのオーディション自信があって、…でもさっきその結果聞いて。
 兄ちゃんもぴよちゃんも次があるよ、って言ってくれたけど、でも元気出なくて。
 …ゆきぴょんも応援してくれたのに」

その言葉に私はぴくりと反応した。
「ゆきぴょん」と言うのは雪歩の事だけど、今唐突に出てくる名前ではない。
亜美は妹だし、やよいとかなら仲がいいし名前が出てくるのは違和感ないのだけれど。
でも私は密かに知っていた。

雪歩と真美がいわゆるそういう関係な事。

てっきり雪歩は真となのかと思っていたので正直それを知った時は驚いたけど、
二人を見ているとところどころわかる。

例えばこの前の事。
雪歩がオーディションに落ちて凄く落ち込んでる時。
あの時は確か私と亜美真美、真、やよい、プロデューサーがいた。
私達は多分今日のプロデューサーたちと同じように雪歩を元気付けていた。
「次頑張ろう」とか「今回は調子が悪かったんだよ」とかそういう感じだったと思う。
でもただ一人、真美だけ何も言わないで椅子に腰掛けてる雪歩の前にしゃがみ、
ただただずっと静かに手を握ってるだけだった。凄く悔しそうに口を歪めて。

またある日の事。
私がダンスレッスンに向かう途中、偶然雪歩に会った。
私に会うとは思わなかったのかひどく動揺していて、その様子に私は眉をひそめた記憶がある。
結局あの時はオーディションに受かったものの、納得がいかなくて自主練習していた真美に
差し入れを持っていく途中だったみたいでコンビニ袋には真美の好きな物が沢山入っていたのが見えた。
真美も雪歩に気がついて自主練習を切り上げて二人で並んで帰っていった。
私はその二人の後姿を見てなんとなく察したのである。

でも二人はみんながいる所ではなんとなく距離をとっているようなので、
私もその事に気がついても特に何も言わず知らないフリをしていた。
…のに、その真美から雪歩の名前が急に出るとは思わなかった。
隠したかった訳じゃなかったのか、それともふいに今は忘れて言葉に出てしまったのか。

「…ゆきぴょんにね、絶対合格するよ!って言ったんだ…。ゆきぴょんも頑張ってね!って言ってくれて…。
 でも…できなかったよ。嘘つき、って思うかな…」
「はぁ?」

真美は私の呆れた様な声に俯いていた顔を上げる。
少し涙目で、必死に流れるのをこらえているのがわかる。
私は別に真美を泣かせたい訳ではない。
つい強い口調になってしまうのは、癖なのだ。

「…あんたねぇ?雪歩がそんな事思う訳ない事くらい自分だってわかってるでしょ?
 雪歩がそんな、合格するって言ったのに嘘つき!なんて言う子だと思うの?」

私の声にふるふる、と首を横に振る。その瞬間こらえていた涙がこぼれた。
雪歩がもしこんな真美を見たら雪歩の方も泣いちゃうわね、きっと。
私がプレッシャーかけちゃったから…もう穴を掘って埋まってます〜、って。簡単に想像ができるわ。

…そして話の途中から何かの気配を感じる。
事務所のドアの擦りガラスに誰かがさっきから言ったり来たりしてるのが見える。
真美は背を向けているからわからないのだろうけど、あれは多分。
私は一歩二歩とドアに近づき一気にドアを開ける。

「きゃあ!」
「…やっぱり」
「…ゆきぴょん!?」

そこにいたのは思ってた通り、雪歩。

「あ、あの、真美ちゃん今日の朝オーディションの結果がわかるって言ってたからどうなったのかな、と思って…。
 でも、なんとなくタイミングがなくてなかなか入れなくて…」
「全部聞こえてたんでしょ?」
「は、はい…。ごめんなさい…」
「謝る事なんて別にないわ。とりあえず手を出しなさい。こうやって、立てて」
「はい…?」

私はその手に、やよいみたいにハイタッチをする。
驚く雪歩と、背にしてるから見えないけど多分驚いてるだろう真美の姿が想像できる。
無理もない。私はあまりこういう事自分からしないもの。

「バトンタッチ。真美の事は雪歩が、の方がいいでしょ?」

その言葉に雪歩が驚いて顔を赤くして戸惑っている。
そりゃそうよね、私は「知らない人」のはずだもの、ね。

「まさか…律子さん、知って…」
「じゃぁね〜。ちょっと外の空気でも吸ってくるから」

雪歩の横を通り過ぎ、ゆっくりと閉まる事務所の扉。
後は勝手に中でどうにかなるでしょう。あまり過激な事はしてほしくはないけれど。

「…やれやれ、結局仕事に出てきても全然はかどらないわね」

事務所の中の二人に向かってほんのちょっぴり愚痴を言いながら階段を下りると、
外には小鳥さんが心配そうに立っていた。

「…あぁ!律子さん!中の真美ちゃんは平気ですか?!さっき雪歩ちゃんも向かったんですけど、
 追い出された手前私が言っていいのかわからず…プロデューサーさんもさっき社長に連れられてどこかに行っちゃって…。
 私はどうしたらいいのか…!」
「んー、とりあえず、お茶にでも行きましょうか?小鳥さん」
「……え?」
「まぁ、いいからいいから」

戸惑う小鳥さんの背中を押しつつ、事務所を見上げる。
この代償は色々高くつくと思うわよ、お二人さん。
でも今だけは思う存分その時間を楽しめばいいわ。

「さて、おいしい紅茶でも飲みに行きましょうか?」

END

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