最終更新:ID:Q6r8l70OQg 2012年02月09日(木) 11:14:29履歴
控えめな雨音だけが支配する、そんな薄暗い部屋に真美は居た。
真っ白なセミダブルベッドに、ふかふかで品のあるソファーが二つ、
電器店でしか見たことのないような、何インチあるか分からない大きなテレビ。
冷暖房は完備で、ひとりの女の子が住まうには文句のつけようがない広さだ。
対して真美自身は、天真爛漫な彼女には似付かわしくない純白のドレスを着ている上、
髪型もいつもとは異なり、髪ゴムは外され、その髪をすべて下ろしている。
「はあ・・」
カーテンの隙間から見えるのは灰色に染められた、重苦しい雨空だけ。
ここ数日、欝屈とした雨が降り続いていた。
梅雨時とはいえ、そろそろ神様も雨を降らすのに飽きてほしいと、思わず心の中で呟いてしまうほどだった。
「・・・」
そんなぼんやりとした空間にコツ、コツと規則的且つゆったりとした足音が響いてきた。
もうそんな時間かと真美はハッと意識を取り戻し、そそくさとソファーに座る。
直後、部屋のドアが静かに開き、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
「・・真美、食事の時間ですよ」
神々しいほどの銀を身に纏った少女は食事を乗せたプレートを持ったまま、柔和な笑みを浮かべる。
「ふふ。部屋の電気くらいは点けた方が良いですよ」
「うん、そだね・・」
微笑みながら、貴音は真美の向かいのソファーに腰を下ろした。
その所作は、いつもの貴音と変わらないように見える。
「今日の夕食はシチューです。野菜がたくさん入っていて、まこと、美味ですよ」
「・・ありがと、お姫ちん」
大きな丸テーブルの上にプレートが置かれる。
炊きたての白飯と、色とりどりの野菜が散りばめられたシチュー、
コップ一杯のオレンジジュースに、デザートはさくらんぼの乗った小さなプリン。
普通の子どもなら嬉々としてがっつくであろうメニューだが、相変わらず真美の表情は浮かないものだった。
「さあ、どうぞ」
「・・うん。いただきます」
カチャカチャと、スプーンが皿に当たる音が響く。
皿を、コップをプレートに置く音が響く。
いつもは人と喋りながら、何かに気を取られながら物を食べる真美だったが、
今は楚々として食事を続けるに留まっている。
そして、そんな彼女の様子を、貴音はただ鷹揚に見守っているだけだった。
「よく噛んで食べるのですよ」
「・・うん、分かってるよ」
「美味しいですか、真美?」
「うん。とっても」
「そうですか、良かった・・」
「ねぇ、お姫ちん・・?」
「はい、何でしょう」
「・・あの、」
真美を前にした貴音は、普段のミステリアスなイメージとはかけ離れた、聖母のような振る舞いでいる。
その佇まいは不気味なくらい、温柔で敦厚だった。
「・・真美?」
「そろそろ、外に出たいなぁ・・って思うんだけど」
真美がそう漏らすや否や、笹の葉のような貴音の目がより一層細くなる。
彼女がそういう目付きをするときは決まって相手を疑うときか、咎めるときだ。
「いけませんよ、真美。貴女にとって、外は穢れに穢れを重ねた俗界なのです」
「でも、真美がここに来てから一週間は経ってるよ・・」
真美が貴音に拉致軟禁されてから七日経っていた。
当然、外出は許されておらず、快活な真美としてはストレスが溜まる日々なのだろう。
無論、真美の家族や事務所はてんやわんやな状態で、
売出し中のアイドルが行方不明とあって、警察の捜査やメディアの報道も過熱を極めている。
だが、一向に解決の糸口すら掴めないでいた。
何せ、あの四条貴音が犯人なのだから。
「ええ、そうですね。そして、これからもずっとここに居るのです」
「ずっと・・」
「そう、ずっとです。貴女と私はずっとここに住むのです」
テレビでは連日、真美の事件が報道され、真美のことを心配する仲間や家族の姿が流されたりもした。
それを受けて、真美は一晩眠らずに考えたこともあった。
「・・・」
この家に貴音以外の人間は居らず、単身で脱出するのは容易だ。
だが、自分が保護されれば、遅かれ早かれ貴音は捕まり、糾弾の的にされるだろう。
万が一、逃げ果せることができたとしても、共にアイドルとして活動することは適わなくなるだろう。
清廉な貴音のことだ。真美が逃走すれば、それを追わずに潔く自首してしまう可能性もある。
さらに、貴音に悪意はなく、むしろこの軟禁が好意によるものであることも大きい。
それが、真美の心中をまた複雑なものにしていた。
自分のことを想ってくれる、そんな相手を裏切る強さは今の真美にはない。
「でも、亜美や事務所の皆に会いたいよ・・」
「いけません、真美。貴女は・・、」
苦し紛れに吐いた言葉も柔らかな物言いで否定される。
やがて、貴音はゆっくりと立ち上がり、静々と真美に近づく。
そして、その小さな身体を優しく包むのだ。
硝子細工を扱うように、融け始めた雪像に触れるように。
銀の髪がふわりと揺れ、辺りに上品な香りを漂わせていく。
「貴女は私の・・いえ、私は貴女の、」
と言い掛け、貴音は唇を真一文字に結んだ。
真美の頬に冷たい涙がひたひたと落ち、滴る。
当然、それは真美の流したものではなく・・。
「真美、愛しています・・何よりも、誰よりも」
抱き締めるその腕に、自然と力が入る。
その偽りなき愛の告白に対して、真美は返すべき言葉を紡げない。
きっと、明日も雨だろう。
真っ白なセミダブルベッドに、ふかふかで品のあるソファーが二つ、
電器店でしか見たことのないような、何インチあるか分からない大きなテレビ。
冷暖房は完備で、ひとりの女の子が住まうには文句のつけようがない広さだ。
対して真美自身は、天真爛漫な彼女には似付かわしくない純白のドレスを着ている上、
髪型もいつもとは異なり、髪ゴムは外され、その髪をすべて下ろしている。
「はあ・・」
カーテンの隙間から見えるのは灰色に染められた、重苦しい雨空だけ。
ここ数日、欝屈とした雨が降り続いていた。
梅雨時とはいえ、そろそろ神様も雨を降らすのに飽きてほしいと、思わず心の中で呟いてしまうほどだった。
「・・・」
そんなぼんやりとした空間にコツ、コツと規則的且つゆったりとした足音が響いてきた。
もうそんな時間かと真美はハッと意識を取り戻し、そそくさとソファーに座る。
直後、部屋のドアが静かに開き、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
「・・真美、食事の時間ですよ」
神々しいほどの銀を身に纏った少女は食事を乗せたプレートを持ったまま、柔和な笑みを浮かべる。
「ふふ。部屋の電気くらいは点けた方が良いですよ」
「うん、そだね・・」
微笑みながら、貴音は真美の向かいのソファーに腰を下ろした。
その所作は、いつもの貴音と変わらないように見える。
「今日の夕食はシチューです。野菜がたくさん入っていて、まこと、美味ですよ」
「・・ありがと、お姫ちん」
大きな丸テーブルの上にプレートが置かれる。
炊きたての白飯と、色とりどりの野菜が散りばめられたシチュー、
コップ一杯のオレンジジュースに、デザートはさくらんぼの乗った小さなプリン。
普通の子どもなら嬉々としてがっつくであろうメニューだが、相変わらず真美の表情は浮かないものだった。
「さあ、どうぞ」
「・・うん。いただきます」
カチャカチャと、スプーンが皿に当たる音が響く。
皿を、コップをプレートに置く音が響く。
いつもは人と喋りながら、何かに気を取られながら物を食べる真美だったが、
今は楚々として食事を続けるに留まっている。
そして、そんな彼女の様子を、貴音はただ鷹揚に見守っているだけだった。
「よく噛んで食べるのですよ」
「・・うん、分かってるよ」
「美味しいですか、真美?」
「うん。とっても」
「そうですか、良かった・・」
「ねぇ、お姫ちん・・?」
「はい、何でしょう」
「・・あの、」
真美を前にした貴音は、普段のミステリアスなイメージとはかけ離れた、聖母のような振る舞いでいる。
その佇まいは不気味なくらい、温柔で敦厚だった。
「・・真美?」
「そろそろ、外に出たいなぁ・・って思うんだけど」
真美がそう漏らすや否や、笹の葉のような貴音の目がより一層細くなる。
彼女がそういう目付きをするときは決まって相手を疑うときか、咎めるときだ。
「いけませんよ、真美。貴女にとって、外は穢れに穢れを重ねた俗界なのです」
「でも、真美がここに来てから一週間は経ってるよ・・」
真美が貴音に拉致軟禁されてから七日経っていた。
当然、外出は許されておらず、快活な真美としてはストレスが溜まる日々なのだろう。
無論、真美の家族や事務所はてんやわんやな状態で、
売出し中のアイドルが行方不明とあって、警察の捜査やメディアの報道も過熱を極めている。
だが、一向に解決の糸口すら掴めないでいた。
何せ、あの四条貴音が犯人なのだから。
「ええ、そうですね。そして、これからもずっとここに居るのです」
「ずっと・・」
「そう、ずっとです。貴女と私はずっとここに住むのです」
テレビでは連日、真美の事件が報道され、真美のことを心配する仲間や家族の姿が流されたりもした。
それを受けて、真美は一晩眠らずに考えたこともあった。
「・・・」
この家に貴音以外の人間は居らず、単身で脱出するのは容易だ。
だが、自分が保護されれば、遅かれ早かれ貴音は捕まり、糾弾の的にされるだろう。
万が一、逃げ果せることができたとしても、共にアイドルとして活動することは適わなくなるだろう。
清廉な貴音のことだ。真美が逃走すれば、それを追わずに潔く自首してしまう可能性もある。
さらに、貴音に悪意はなく、むしろこの軟禁が好意によるものであることも大きい。
それが、真美の心中をまた複雑なものにしていた。
自分のことを想ってくれる、そんな相手を裏切る強さは今の真美にはない。
「でも、亜美や事務所の皆に会いたいよ・・」
「いけません、真美。貴女は・・、」
苦し紛れに吐いた言葉も柔らかな物言いで否定される。
やがて、貴音はゆっくりと立ち上がり、静々と真美に近づく。
そして、その小さな身体を優しく包むのだ。
硝子細工を扱うように、融け始めた雪像に触れるように。
銀の髪がふわりと揺れ、辺りに上品な香りを漂わせていく。
「貴女は私の・・いえ、私は貴女の、」
と言い掛け、貴音は唇を真一文字に結んだ。
真美の頬に冷たい涙がひたひたと落ち、滴る。
当然、それは真美の流したものではなく・・。
「真美、愛しています・・何よりも、誰よりも」
抱き締めるその腕に、自然と力が入る。
その偽りなき愛の告白に対して、真美は返すべき言葉を紡げない。
きっと、明日も雨だろう。
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