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控えめな雨音だけが支配する、そんな薄暗い部屋に真美は居た。
真っ白なセミダブルベッドに、ふかふかで品のあるソファーが二つ、
電器店でしか見たことのないような、何インチあるか分からない大きなテレビ。
冷暖房は完備で、ひとりの女の子が住まうには文句のつけようがない広さだ。
対して真美自身は、天真爛漫な彼女には似付かわしくない純白のドレスを着ている上、
髪型もいつもとは異なり、髪ゴムは外され、その髪をすべて下ろしている。
「はあ・・」
カーテンの隙間から見えるのは灰色に染められた、重苦しい雨空だけ。
ここ数日、欝屈とした雨が降り続いていた。
梅雨時とはいえ、そろそろ神様も雨を降らすのに飽きてほしいと、思わず心の中で呟いてしまうほどだった。
「・・・」
そんなぼんやりとした空間にコツ、コツと規則的且つゆったりとした足音が響いてきた。
もうそんな時間かと真美はハッと意識を取り戻し、そそくさとソファーに座る。
直後、部屋のドアが静かに開き、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
「・・真美、食事の時間ですよ」
神々しいほどの銀を身に纏った少女は食事を乗せたプレートを持ったまま、柔和な笑みを浮かべる。
「ふふ。部屋の電気くらいは点けた方が良いですよ」
「うん、そだね・・」
微笑みながら、貴音は真美の向かいのソファーに腰を下ろした。
その所作は、いつもの貴音と変わらないように見える。
「今日の夕食はシチューです。野菜がたくさん入っていて、まこと、美味ですよ」
「・・ありがと、お姫ちん」
大きな丸テーブルの上にプレートが置かれる。
炊きたての白飯と、色とりどりの野菜が散りばめられたシチュー、
コップ一杯のオレンジジュースに、デザートはさくらんぼの乗った小さなプリン。
普通の子どもなら嬉々としてがっつくであろうメニューだが、相変わらず真美の表情は浮かないものだった。
「さあ、どうぞ」
「・・うん。いただきます」
カチャカチャと、スプーンが皿に当たる音が響く。
皿を、コップをプレートに置く音が響く。
いつもは人と喋りながら、何かに気を取られながら物を食べる真美だったが、
今は楚々として食事を続けるに留まっている。
そして、そんな彼女の様子を、貴音はただ鷹揚に見守っているだけだった。
「よく噛んで食べるのですよ」
「・・うん、分かってるよ」
「美味しいですか、真美?」
「うん。とっても」
「そうですか、良かった・・」
「ねぇ、お姫ちん・・?」
「はい、何でしょう」
「・・あの、」
真美を前にした貴音は、普段のミステリアスなイメージとはかけ離れた、聖母のような振る舞いでいる。
その佇まいは不気味なくらい、温柔で敦厚だった。
「・・真美?」
「そろそろ、外に出たいなぁ・・って思うんだけど」
真美がそう漏らすや否や、笹の葉のような貴音の目がより一層細くなる。
彼女がそういう目付きをするときは決まって相手を疑うときか、咎めるときだ。
「いけませんよ、真美。貴女にとって、外は穢れに穢れを重ねた俗界なのです」
「でも、真美がここに来てから一週間は経ってるよ・・」
真美が貴音に拉致軟禁されてから七日経っていた。
当然、外出は許されておらず、快活な真美としてはストレスが溜まる日々なのだろう。
無論、真美の家族や事務所はてんやわんやな状態で、
売出し中のアイドルが行方不明とあって、警察の捜査やメディアの報道も過熱を極めている。
だが、一向に解決の糸口すら掴めないでいた。
何せ、あの四条貴音が犯人なのだから。
「ええ、そうですね。そして、これからもずっとここに居るのです」
「ずっと・・」
「そう、ずっとです。貴女と私はずっとここに住むのです」
テレビでは連日、真美の事件が報道され、真美のことを心配する仲間や家族の姿が流されたりもした。
それを受けて、真美は一晩眠らずに考えたこともあった。
「・・・」
この家に貴音以外の人間は居らず、単身で脱出するのは容易だ。
だが、自分が保護されれば、遅かれ早かれ貴音は捕まり、糾弾の的にされるだろう。
万が一、逃げ果せることができたとしても、共にアイドルとして活動することは適わなくなるだろう。
清廉な貴音のことだ。真美が逃走すれば、それを追わずに潔く自首してしまう可能性もある。
さらに、貴音に悪意はなく、むしろこの軟禁が好意によるものであることも大きい。
それが、真美の心中をまた複雑なものにしていた。
自分のことを想ってくれる、そんな相手を裏切る強さは今の真美にはない。
「でも、亜美や事務所の皆に会いたいよ・・」
「いけません、真美。貴女は・・、」
苦し紛れに吐いた言葉も柔らかな物言いで否定される。
やがて、貴音はゆっくりと立ち上がり、静々と真美に近づく。
そして、その小さな身体を優しく包むのだ。
硝子細工を扱うように、融け始めた雪像に触れるように。
銀の髪がふわりと揺れ、辺りに上品な香りを漂わせていく。
「貴女は私の・・いえ、私は貴女の、」
と言い掛け、貴音は唇を真一文字に結んだ。
真美の頬に冷たい涙がひたひたと落ち、滴る。
当然、それは真美の流したものではなく・・。
「真美、愛しています・・何よりも、誰よりも」
抱き締めるその腕に、自然と力が入る。
その偽りなき愛の告白に対して、真美は返すべき言葉を紡げない。

きっと、明日も雨だろう。

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