5.わむの助言

  いえ、雲が高くなっただけではありません。ふと周りを見回せば、広場もお店もどんどん遠くなり、
 話していた二人に至っては、どんどん大きくなっていきます。いぶちは気が付きました。

「小さくなってるんだ!でも何で!?」

 いぶちは瞬く間に小さくなって、今や身長12ミリ。座っていた木陰の木の幹が、やたらと大きく迫って見えます。
話に夢中の余り、やみなべもリプルも、いぶちが縮んだことに気が付きません。

「あれ、ぶちさんは?」

「回線落ちかな・・・」

 いぶちの姿が見えないのに、ようやく二人は気付きました。が、ちょっと不思議そうな顔で辺りを見回した後、
回線落ちしたんだろう、という結論に達して、再び打ち合わせを始めました。いぶちを探す様子はありません。
せっかくフェスティバルのことが分かりそうだったのに・・・声も届かないようなので、いぶちは困ってしまいました。

「また大きくならないと!さて、どうすればいいのかな?たぶん何かしら、食べるか飲むかすればいいんでしょうね。
でも何を?それが大問題だね」

 確かにそれは大問題でした。何を?まわりをぐるっと見ても、草や葉っぱは目に入りますが、今の状態で食べたり
飲んだりするのに良さそうなものは、なんにも見あたりません。
 木の周りを歩いてみると、近くに、いぶちと同じくらいの背丈のホサキタケがありました。いぶちはその下を覗いて、
両側を見て、うら側も見てみたので、じゃあついでに、てっぺんに何があるかも見てやろう、と思いつきました。

 つま先立ちになって、ホサキタケのふちから上を覗くと、その目の前に高地靴の底が映りました。てっぺんに誰かが
座っています。その人は熱心にアルバムを見ていて(イモムシの写真が沢山写っていました)、それ以外の何事も、
ぜんぜんどうでもいい、という様子でした。いぶちは暫く黙って、靴の裏とアルバムとその人とを眺めていましたが、
とうとう思い切って声を掛けてみました。

「あの、すみません」

 いぶちの声に気付いたのでしょう。その人はアルバムから顔を上げて、いぶちの方を見ました。
それから出し抜けに「わむ?」と答えました。

「えーと、初めまして!」といぶちは挨拶をしました。そして、何から聞けばいいんだろうと少し考えてから、
こんな風に尋ねてみました。

「あの、私、さっきから大きさが変わってしまって。何か大きくなれる方法を知りませんか?」

「わむぅ、わむわむっ!」と、その人は答えました。いぶちはあっけにとられました。
何を言っているのかさっぱり分かりません。

「あの、日本語でお願いします・・・」

他に話のできそうな大きさの人は居なかったので、いぶちは頼んでみました。

「いやー失礼。夢中で見ていたもので」

 急に饒舌になって、その人は答えました。

「巨大化なら廃都がお勧めですねー。ギブジャバでもいいですけど。
まあ、愛情を注げば大きさは関係なく可愛いですね!これウチのわむですけど見ます?」

「いや、育成の話ではなくて・・・」多少戸惑いながらいぶちが答えます。

「やっぱり賢さかサポートかなあ・・・精神特化した固いのも見かけますけど、あれは何というか、厄介ですね・・・
あ、巨大化の話でしたっけ?イワジカとか試しました?ノーブルケサルなんかも良いらしいですけど、あの辺だと
課金かなあ・・・あんまりドロップしませんもんね」

「そうですねー」

 話がかみ合いそうにないので、仕方なくいぶちは相槌を打ちました。悪い人ではなさそうですが
いぶちの問題を解決できそうな答えには、辿り着くのが難しそうです。

「大きいと言えば―」

 ふと思いついたように、その人は言いました。

「船着場のモンスターなんて、かなり大きいですよね。やっぱり遠征のドロップ品かなあ・・・
今度船が出るときに、着いていくって言うのはどうでしょうね」

「なるほど」

 ちょっと感心して、いぶちは答えました。このままここに居るより、大きくなる手掛かりを得るには
都合が良さそうです。ただ、このままの大きさで船着場まで行くのは、少しばかり大変そうです。

「誰かに乗せてもらうのがいいかもね」といぶちは思いました。そこで、船着場に向かう人を探しに行こうとして、
その前にお礼を言って別れようとすると、その人はもう写真に見入っていて、いぶちが声を掛けても
「わむわむっ」と答えるだけでした。

 広場の人たちはお喋りに夢中だったので、とにかく一歩ずつと、いぶちは船着場を目指して歩き始めました。
とは言え、元の体の一歩分を進むのに、今は百歩歩いても足りません。タイミングも良くなかったのか、船着場に
向かう人は居らず、おまけにいぶちの姿は誰の目にも留まりません。太陽だけはいぶちを照らしていますが、
先ほどまでのどかに思えたお天気も、今やじりじりと照り付けるのが却って憎らしいほどです。暫くは、建物の影を
頼りに進んでいましたが、かわいそうないぶち!とうとう疲れて座り込んでしまいました。

「あーもう!何でこんなことになっちゃったんだろう!」

 ちょっとイライラして一人怒ってみましたが、状況は特に変わりません。こうなっては歩き続けるしかなさそう
です。少し休んだら行ってみようと、いぶちが思ったその時でした。

「ケケケッ、お困りのようですねっと!」

 いぶちが声のする方を見ると、それは海岸で見た、あのコノハズクでした。

「あれ、コノハさん・・・でしたよね。私が分かるんですか・・・?」

 少し驚いて、いぶちは尋ねました。

「お、オレのこと知ってるの?ま、可愛い子が困ってたら見逃せないしねっ」

 少しだけ胸を張って、コノハズクが答えました。

「さっき、海岸で見かけたので・・・」と、いぶちが答えると

「あ?あーあのとき後ろに居たね!まあ、それはいいや。お助けしましょうか?」

 ちょっとまくし立てる感じで、コノハズクが答えました。

「その体じゃ移動も大変でしょ。どこに行きたいって?ひとっとび連れてってやるよ!」

 戸惑ういぶちに構わず、コノハズクは続けます。あんまり急な申し出だったので、いぶちは少し返事に
困りました。が、今のいぶちには、コノハズクのこの申し出が、大変親切に思えましたし、何より、沢山歩いて
とても疲れていたので

「それじゃあ、船着場までお願いしてもいいですか?」と、軽い気持ちで頼みました。

「いいぜ!乗りな・・・そらよっと!」

 コノハズクは、背中にいぶちを乗せると、そのまま高く飛び上がりました。それから町をぐるりと旋回して
位置を確認すると、一直線に船着場に向かいました。あっという間の出来事だったので、頬を切る風に驚く間もなく、
いぶちは船着場に降りていました。

「ありがとう、コノハズクさん」

潮の香りに包まれて、いぶちはお礼を言いました。するとコノハズクは

「いやなに、当然のことです」と仰々しく答えました。それからちょっと声を潜めて

「それで、お願いと言っちゃあ何ですが、もしイダルを拾ったら、オレにくれませんかね」

と言いました。

「あの、コノハズクさん」

いぶちは尋ねました。

「イダルって、何なんですか・・・?」

「ん?見たことない?イダル」

 少し驚いたように、コノハズクは答えました。いぶちが、そうだというように首を振ってみせると、
コノハズクは、ふうんと言って、それからこんな風に説明しました。

「まあ、この辺りじゃ珍しいのかな。大昔に、ここいらの暮らしの大部分を支えてたっていう、
力をもった石ってとこだな。まあ、今じゃ誰も作り方を知らないし、使い道も分からないっていうね!」

 少しおかしそうに、コノハズクは言いました。使い方も分からないのに、どうして欲しいんだろうと
いぶちは思ったので、コノハズクにそう尋ねてみました。

「ん?まあ、大した理由じゃないんだけどねっ、ちょっと珍しいから欲しいって言うか・・・俺はこんな姿だし、
探しに行くのも大変なんだよねー。まあ、その体じゃあ動き回るのも大変そうだし、無理にとは言わないけどねっ」

 やっぱりどこか早口に、コノハズクは答えました。それから、船は直ぐに出るから、
乗るなら早くした方がいいぜと言うと、くるりと向きを変えて、またどこかへと飛び去って行くのでした。

 辺りが少し賑やかになってきました。いぶちが入り口から広場を見ると、広場でのお話を終えた人たちが、
こぞって船着場にやって来るところでした。

 コノハズクを見送ったいぶちは、船に向かいました。丁度次の船が出るところで、船着場は俄かに人で溢れ
返りました。受付を済ませたブリーダーとモンスターが船に向かうのを見たいぶちは、そのまま列に紛れ込みました。
船の方は、ここへ来る前に見た大きなモンスターに繫がれていて、準備さえ整えば、直ぐにでも出航できそうです。
そのまま乗り込むのはとても大変でしたが、倖い、とても人懐こい犬のようなモンスターがやってきて、いぶちを
乗せてくれたので、出航には何とか間に合ったのでした。

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