4.リプル、主催者にかんを見せ付ける

 いぶちが近付いていくと、不意に顔を上げた白の上下の女性と目が合いました。

「ちょっと、なべさん」

「なんですか急に・・・うぉ!?」

 なべさんと呼ばれた赤いポニーテールの女性が振り返って、いぶちの姿に気が付くと、
突然の来客に驚いたのでしょう。少しだけ取り乱し、それから姿勢を改めると、こんなことを言いました。

「ようこそワンダーチャンネルへ!やみなべです、以後お見知りおきを」

 そして、上品にお辞儀をしてみせて「こちらへどうぞ、お嬢さん」といぶちに呼びかけると、
白の女性に「リプル、この方に何か飲むものを」と命令しました。リプルと呼ばれた女性は「はいはい」と答えると、
少し離れたお店まで走って行きました。やみなべは、少し畏まった様子で辺りを見回すと、
木陰の一番良い場所(少なくとも、いぶちにはそう見えました)をいぶちに勧めました。

「えーと・・・やみなべさん、ここはどういう場所なんですか?フェスティバルがどうとかって・・・」

 勧められるまま木陰に腰掛けて、どうやら落ち着いて話ができそうだったので、いぶちは尋ねてみました。

「フェスティバルの参加希望者でしたか!それはどうも!」やみなべは嬉しそうに答えました。

「え?いやその・・・」

 いぶちは返事に困りましたが、やみなべは構わず続けます。

「いやね、最近イベントって少ないなーって思いましてね。まあ、人もそれなりに集まったし、
お祭り騒ぎって楽しいじゃないですか!それで、折角だし何かやろうかなと、えーと・・・」

「あ、いぶちです。やみなべさん」

 やみなべが困ったようだったので、いぶちは答えました。

「あ、自己紹介どうも。掲示板出しとくんで、良かったら書き込みを・・・」

 話はどこか一方的に進みます。それに思っていたのとは違う返事が返ってきましたが、
楽しそうに話すやみなべの姿に、水を差すのも何だか悪い気がして、いぶちは何となく頷きながら話を聞きました。
話したいことは沢山あるようで、やみなべは更に話を続けようと口を開きました。

「はいなべさん」

 いつの間にか、リプルが帰ってきていました。手には小さな包みを持っています。やみなべは、
「おっと失礼」と言って包みごとそれを受け取り、いかにも大事そうに開くと、中から茶色の小瓶を取り出して、
丁寧な仕草でいぶちに差し出しました。

「まあ、一服してください」

 実に礼儀正しいその仕草に、いぶちは少し感心し、「きっとさっきは機嫌が悪かっただけなんだ」と思いました。
それから「ありがとうございます」と言って、小瓶を受け取ろうとしました。

「すいませんね、何もありませんが・・・ってコレ、気力薬じゃネーカ!」

 小瓶のラベルに気が付いて踵を返し、やみなべが叫びました。

「初対面ですし、無難なものが良いかと思って」

 それが当たり前だと言うように、リプルがしれっと答えます。

「いや、プリンは標準じゃないからね?て言うか、これ系だったら回復薬とかウチの倉庫にあったでしょう・・・」

「箱からのドロップ品とか、期限が分かりませんし」

「それは言っちゃダメダロ・・・」

 やみなべが何か言う度に、リプルがすかさず答えます。間髪入れない会話のテンポに、しばし圧倒される
いぶちでしたが、自分の為に用意してもらったもので言い合いになるのが何だか申し訳ない気分になりました。
それに、何か言わなくては、話が進みそうにありません。

「あの、私なら構いませんから・・・」

 やっとのことで、いぶちはそれだけ言いました。やみなべとリプルはそれを聞いて、どちらからと言うでもなく
口を噤み、やみなべは持っていた小瓶を「どうぞ」と、いぶちに渡しました。

「まったくなべさんはー」

「だまリプル!」(これは口癖みたいなものだなと、いぶちは思いました)

「そうだ、やみなべさん。掲示板って何のことですか?」

 先ほどの会話を思い出して、いぶちは尋ねてみました。二人が何者なのかも気になりますが、
今はまず、フェスティバルについて知っておきたいと思ったのです。やみなべが答えました。

「ああ、希望をとっているんですよ。どんなことをやりたいかってね」

「運営する側としては、案が多い方が助かりますからね・・・」

 リプルが口を挟みました。運営する側というからには、この二人がフェスティバルの主催者ということ
なのでしょう。ちょっと含みのある言い方からすると、下準備が大変なようです。いぶちは続けて尋ねました。

「へ−、どんなことをするのですか?」

「えーと、今なにがあったっけ?」

 やみなべはリプルに調べるように言い、リプルがノートを開いて確かめます。

「えー、かくれんぼに人文字・・・これは笠屋か。グルメレース・・・?これはカラスね。
あとは座談会がももさんに、仮面のクロッキー大会にビンゴ・・・ですね、今のところ」

 リプルが淡々と読み上げます。

「結構揃ってるなー。主宰はもう裏方でいいんじゃね?」

 やみなべはそう言いましたが、リプルは落ち着いて続けます。

「・・・で、後は、なべさんのイダル飛ばし、と」

「あー、それがあったか・・・言い出しといてあれだけれど」

 ちょっと間をとって、やみなべは続けます。

「まさか紳士が食いついてくるとは思わなかったなー」

「まあ、タヌキさんですから」

 リプルがすかさず答えました。タヌキ―いえ、知り合いのスィンパの名が急に出たので、
いぶちはびっくりしました。ふと広場の方を見れば、スィンパと仮面の青年が、途切れなく、
おかしな会話を続けています。いぶちは聞いてみました。

「あの・・・イダル飛ばしって何をするのでしょう?」

 コノハズクになったマントの青年のこともありますが、自分の知り合いのタヌ―違った、スィンパにも
関係がありそうです。詳しく知っておけば、この場所のことが何か分かるかも知れません。

「あ、いぶちさんも興味あります?」

 極めて明るい調子で、やみなべは言いました。

「遠征の金箱で、森水と同じくらいがっかりする、売れなくてアイテム欄を圧迫する邪魔な石の事、
知ってますよね?何か使い道ないかなーと。で、閃いたんですよ!
円盤投げがあるなら、飛ばすのもありなんじゃね?と!ほら、こう、こういう感じで!」

 やみなべはそう言うと、ゴルフクラブでもスィングさせるような仕草で、両腕を振ってみせました。

「・・・まあ、円盤投げは、ポストに投げ込むだけですけどね」

 リプルが冷静に言葉を添え、やみなべが遮るように話を続けます。

「で、優勝者には主催者からの記念品を贈呈しようかと。チーム対抗戦にしたら盛り上がるんじゃないかなー
ってことで、いぶちさんも如何ですか?」

「因みに、エントリー欄は白紙ですけどね」

 いぶちが答える前に、リプルが口を挟みました。やみなべがすかさず答えます。

「いいじゃない、まだ募集始めたばっかだし!・・・しかし、分かりにくいのかなー、掲示板」

「まあ、そんな状況ですけど、常連の方も結構見えますから、気軽にご参加下さいね」

 やみなべがぶつぶつ言っている間に、リプルがそう言っていぶちを誘いました。ちょっとばかり謎めいた
感じはしますが、これまでに起こったことを思えば、そうそうおかしなことにはならなさそうです。
人が沢山集まるなら、分かることが増えるかも知れません。いぶちは答えました。

「面白そうですね。どうしたらいいんですか?」
「しかし、紳士がなぁ・・・」

ほぼ同時に、やみなべが呟きました。

「この暑いのに具材持ち寄って闇鍋ってどうよ!?」

「まあ、いいんじゃないですか?前からやりたいって言ってましたし」

 今に始まったことでもないでしょうという感じに、リプルが答えました。

「親睦深めるって?だったら普通の鍋でいいじゃない!なんでまた闇鍋なんだか・・・」

「そりゃあ、主催者の名前が・・・」

「くっ・・・忌々しい・・・!」

「結構話題になっていますよ?今回の賞品になるとかならないとか・・・ワタクシ、既に入れるものは決まってます!」

 リプルはそう言うと、ポーチから何かを取り出して、自信たっぷりといった感じで目の前に掲げました。

「え、やること前提なの!?っていうか、それはないわ!」

 あっけに取られるやみなべを見ながら、そういえば双子がそんなことを言っていたなといぶちは思いました。
そして、もしもカレー鍋だったら、リプルの掲げている缶詰は絶対に合わないだろうな、とも思いました。
(フルーツの缶詰だったのです)

 やみなべとリプルのやりとりが暫く続き、その間にいぶちはフェスティバルに参加するかどうかをじっくり
考えることができました。そうこうするうちに喉が渇いてきたので、いぶちは先ほど受け取った小瓶を開けて、
ゆっくりと飲みました(瓶が小さかったので、すぐに空になりました)。二人の話はまだ続くようです。
話し掛けるタイミングを待つ間、いぶちは町の方を眺めることにしました。相変わらず噴水の周りをスィンパと
仮面の青年が走り、眠った双子の傍でお姉様が微笑み、笠や角を身に付けた人々が立ち話をしています。
空はどこまでも高く、時間が極めてゆっくりと流れ、こんなにゆったりとした気分になるのは、何だか久し振り
だなと、いぶちは思いました。そして空に目を奪われていると、悠々と渡る白い雲が、益々高く見えてくるのでした。

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