GENOウィルス蔓延中! うつらないうつさない  このWikiは2ちゃんねるBBSPINKの「金の力で困ってる女の子を助けてあげたい」スレのまとめサイトです

 ボロアパートの前で佇みながら、ポケットの中身を再度確認する。
 乾いた感触とその重みに多少の別れを惜しみながら、呆れるほどに爽快な気持ちが湧く、その感情に戸惑う。
「なにやってんだかな、俺」
 寒さに首をすくめながら建物へ向かった。

* * *

「悪いが、そんな金はねえ」
 目の前で頭を下げる女に冷たく言い放つと、タバコに火を点けそっぽを向いた。
「そっか、そうだよね、ごめんなさい。忘れて……下さい」
 立科はそう言ってまた頭を下げると工場の中へ消えていった。
「お前もかよ……」
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、自分もタバコを灰皿に捨てて持ち場へ戻った。


 俺の家は会社を経営していたためそこそこ裕福だった。いわゆるいいとこの子だった俺は何不自由なく
育っていた。

 だが大学に入ってすぐ経営が悪化し、あっという間に会社は倒産、両親はその直後事故死した。

 それからは周囲もがらりと変わってしまった。
 ちやほやしていた連中はそれまで面白い様に寄ってきた女達をはじめ、皆潮が引いたように消えていった。
 僅かに残った友人と呼べる者たちさえ、荒んでいく俺を見るのがしのびなかったのか、1人、また1人と
居なくなった。

 一文無しになってしまった俺は入ったばかりの大学を辞めざるを得なくなり、それからは町工場になんとか
職を見つけて働き出した。
 すっかり他人が信じられなくなっていた俺は、誰とも関わりを持たないような人間になっていた。
 誰かと付き合えば嫌でも金も気も遣う。

 ――裏切らないのは金だけだ。

 そう悟った俺はひたすら働いた。働いて働いて――ただ金を貯める、それだけを目的に生きている。
 ただ、アテも無く。


 恋人と呼べる女などいない。
 会社でもほとんど口を聞かない俺には、男は勿論女など寄ってくる筈もなく、アパートと職場の往復
のみの生活では知り合う機会も無い。
 唯1人物好きな奴がいるにはいた。高校を中退して来たばかりのまだ17の女。そいつに俺が少しばかり
仕事を教えたのがきっかけで、たまに茶位は飲むことはあった。
 苦労しているらしく今時の若い女らしくなく地味ななりで、とにかくいつも疲れた顔をしていた。
自活していると聞いてはいたが、それにしてもショボすぎる。
 以前の俺なら間違いなく見向きもしなかったタイプだろう。だから逆に気兼ねなく付き合えて楽だった。
 久々に人と付き合い始めて、しばらくは慣れてきていた1人の世界から踏み出し、それも悪くないと
思い始めた矢先、そいつは言った。
『お願いします。お金、貸して下さい』
 ……失望した。
 断ると、悲痛な面持ちで俯きながら彼女――立科冬香は
『わかった。変な事言ってごめんなさい』
と頭を下げた。


 俺が彼女を抱いたのはそれから数日後の事だった。


「何考えてるんだ、お前」
 仕事の後頼みがある、と彼女にしては強引に部屋まで付いて来たかと思うと、いきなり切り出したのだ。
「あたしと寝て下さい」
 耳を疑った。若いとはいえすっぴんにおよそ色気の無いジーンズに地味なグレーのパーカーという格好。
はっきり言ってこいつはガキだし、女だと意識した事などない。まして周りは面白がって色々言っている
ようだが、恋愛感情など微塵もない。
 その立科が自分を抱けと言う。明らかに震えて思い詰めたような固まった表情にひとつの考えが浮かんだ。

「お前――それで俺が金を寄越すと思ってんじゃねえだろうな?」
 飲みにもいかず誰とも付き合わない俺が金に汚く、相当ケチケチ貯め込んでやがる、と噂されている
のは知っている。まあ、ほぼ間違いではないが。こいつもそれはわかっている筈だ。
「違う!」
 立科はそう強く否定する。
「お金なら、もういいんです。何とかなりましたから。だからもういいの」
「……百万の金、18のお前がどうやって作った?」
 俺の問いに一瞬ビクッと肩を震わせたに見えたが、すぐに向き直り
「えっと、他にアテがあって」
と無理矢理にも見える笑顔を見せた。
「……なら、なんで俺を誘った?」
 何の得もないだろうに、俺に躰を開こうとする意味がよくわからなかった。
「あたしがそうしたいから。……いけない?」
「別に」
 だがそうやすやすと誘いに乗るつもりはなかった。そんなうまい話があるか。
 俺がなかなか動きを見せないのに痺れを切らしたのか、やがて静かに大きな溜め息をつくと立ち上がった。
「……もういい!」

 さようなら。

 微かにだが耳に届いた言葉に体が勝手に動いた。気がついた時にはドアノブに掛かっていた彼女の
手を掴み、部屋の真ん中に敷きっぱなしの冷たい布団の上にその躰を押し倒していた。
「……やってやるよ」
 突然の事に右へ左へと泳ぐ瞳の戸惑いを眺めながら、パーカーのファスナーを下ろした。
「嫌ならいまのうちだぞ?逃げるか、ん?」
 金がいるどんな理由があるのかは知らない。だが何の得もないと知った上で、恋人でもない男にヤられて
平気なもんか。しかもガチガチのこの様子じゃあ。
「……初めてなんだろ、お前」
 思った通りだ。頷いて逸らした瞳に僅かに何かが滲んだが、見ないことにした。
「やってやるよ」
 やってやる。
 パーカーを脱がせ中のシャツを捲り上げると背中を探る。
 セックスするのは久しぶりだった。しかもある程度慣れた奴しか相手した事はないが、まあいい。
何とかなるだろう、と思いながらちょっとばかりホックを外すのに手間取った。
「あ、あの、電気……っ!!」
 知るか。
 答えずいきなり剥き出しにした胸を鷲掴みにすると、その中心に吸い付いた。
「……っ!?」
 寒いのか鳥肌が立った白い肌はいつしか汗ばみ、舌を絡みつかせて頂を攻める度に小さく震える。
これだけで感じるのか?――簡単な女だ。
 ぎゅっと瞑ったままの瞳と染まっていく頬が俺を駆り立て始めた。

 体を起こすとジーンズに手を掛け下着もろとも引き下げ、一気に脱がせ足元に投げ捨てた。
「えっ、や、まっ……」
「黙れよ」
 灯りの下にそれを曝されるのがそんなに恥ずかしいものなのか。体を起こして隠そうとする手を掴むと
その唇を自らの口で塞いだ。
 強引な、ただ黙らせるためのキス。
 甘い疼きや、優しさなどはきっと微塵も無いに違いない。
 それを黙って受けているこの女に更に次の手を仕掛けようと躊躇わずにそこへ指を差し込めば、僅かに残る
抵抗感を閉じようとする脚に感じ、そこへ自らの体を割り込ませそれを諦めさせる。
「んっ……んんんっ!?」
 濡れたのを確認して僅かに滑らせるだけで塞いだ唇から漏れる。暫くそのぬめりを楽しんだ後、唇を離し
先にある突起を摘んだ。
「えっ!?……いやっ……んっ!!」
 自分のあげた声に驚いたのか慌てて唇を噛む。思った通りの反応に笑みがこぼれた。
 止める事のない指の悪戯に合わせて、押し当てて耐えている手の甲からの声が苦しげに漏れている。
 そろそろいいか。
 自らのジーンズに手を掛けた所に、慌てた声が掛かる。
「まっ……あの、するんですか?」
「そのつもりだろ?」
 誘っておいて怖じ気づいたのか?まあ今更こっちにやめるつもりは毛頭無いが。
「あれ、つけて下さい」
 あれ?――ああ。
「あるかよ、んなもん」
 暫く必要の無かった物だ。そんなのに遣う無駄金などは無い。
 すると毛布で体を隠しながら隅にあったバッグを探り、中から出した小さな箱を手渡された。マジカよ?
「……よく買えたな、こんなもん」
「ドラッグストアとか行けば、普通に……。残りはあげますから」
 とは言え、若い女が自分で買うのは普通抵抗があるもんじゃないんだろうか。……まあ知ったこっちゃ
無いが。一応、本気だったのか。
 黙って受け取ると少々手間取りながら着け、押し倒した躰を貫いた。

* * *

 それから3日後、一通の借用書を間に俺と立科は彼女の部屋で向かい合っている。
 外観に見合ったその古い部屋は最低限の古めかしい家具しかなく、若い年頃の女の部屋にはそぐわない
程粗末で殺伐としていた。
「何で言わなかった」
 先程までポケットにあった紙の束はこの紙切れに変わった。
「そんな面倒な事に巻き込むわけにいかないじゃないですか。それに……職場にバレたら……」
 確かに、あまりいい事ではないだろう。だが、それは彼女のせいじゃない。
「あなたこそ、松岡さんこそどうしたんですか?」

 今朝出社すると立科が休んでいた。それだけなら何のことは無いはずなのに、何故か胸騒ぎがした。
 汚したシーツの染みを気にして申し訳なさそうに俯いた横顔や、そのまま翌日が土曜なのを理由に
引き留め(何故そんな事したのか自分でもわからない)、眠ってしまったあとの首筋に汗ではり付いた
黒い髪や、朝には消えてしまっていた温もり。
 それらが頭を掠め、いやな予感に襲われ早退を申し出、事務で見舞いを理由に強引に住所を聞き出した。
 このご時世によくそんな事してくれたもんだと思うが、彼女が日頃珍しく俺と付き合いがあることや、
少しばかり週末具合が悪そうだった事を告げてみたからかもしれない。事務所の人間もあまり追求は
して来なかった。まあ、今頃は何だかんだと勝手な詮索がなされているのかもしれないが――まあいい。
「後味が悪いからな。俺のせいみたいじゃねえか」
「そんな事は……」
 うちといい勝負のボロアパートの部屋で、明らかにタチの悪そうな男らに話をつけ銀行に走り、金を渡して
帰らせたのは俺だ。
 父親は女と逃げ、母親が死んで高校へ行けなくなった。中退して働き出した所へ蒸発した父親が死んだ
知らせ。借金があったのを知らされたのはそれから大分後だったそうだ。
 返しても返しても減らない金。百万の金は18の少女には重すぎた。

 ――諦めて、奴らの世話するそういう仕事に就くしかないと、あやうく首を縦に振る所だったのだ。
 結局俺は、気がつけば増やし続けてきただけの数字が減るさまを目にするハメになった。
 何やってんだ、俺。


「ありがとうございます……」
 立科は俺に頭を下げた。
「本当に助かりました」
 気丈に振る舞っていたようだったが無理していたんだろうか、声が震えてる。今更気が抜けたのか、
ほうっと息を吐いて肩を落としていた。
 いい気になってしまっていた俺だったが、それが何故かいきなり居心地が悪くなった。
 違う。俺は――そんな奴じゃねえ。
「やめろ」
「え?」
 そんな瞳で俺を見るな。俺はいい奴じゃない。他人なんか信じない。
「でもあたし、松岡さんが居なかったら……」
「黙れよ!」
 金以外何も信じない。金だけが頼りだ。現にお前だって。
「金のために、俺と寝たようなもんじゃないか……?」
 男に躰を売ろうとしたくせに。
「違……」
「何がだ?」
 体を乗り出すと肩を掴み、怯む背中を壁に押し付け自分の重さを押し付け逃げ場を無くす。
 膝の下で踏み付けられた借用書がぐしゃぐしゃになる音がした。
「……今出した分、やらせろって言ったらどうする。一回じゃ足りないがな」
「あたしに、そんな価値ありません……」
「それは俺が決める」
 気取るんじゃない。それとももう用無しか。
「お金ならちゃんと働いて返します。だから、引き換えにするつもりは無いです!」
「ほう」
「……だから、それでいいならして下さい」
 胸元を隠すように置いていた手を離して、彼女は俺の背に回してくる。
「……やられてない方が高く売れたんじゃないのか」
「そんなのどうせ初めだけだから。だったら最初くらい自分で決めたかった。お金が無くて諦めた事、
 いっぱいあったから。だから叶う事なら自分の好きにしたかったから」
「……」
 ポケットから財布を出して、この前置いていった残りのコンドームを見せた。
「だったら遠慮なく使わせて貰おうか」
「……どうぞ」
 何故、とか何を、とか、考えて突き詰めれば問いたい事は多分溢れる程あった筈だった。
 なのに――。
 俺は耳を塞いだ。目を瞑った。
 逃げた。

 一番知りたかった筈の何かから逃れるために、無言で欲望に溺れた。

* * *

 それからは毎月給料日には必ず幾らか支払われるようになった。それ以外にもこっそり内職でもしているのか
少しずつ、ボーナス時には多分ほとんどの額を寄越しているに違いない。
 返す、と言ったのは見栄や意地や虚勢ではなく本意だったようだ。おそらくそういう性格なのかも
しれないが、きっちりと滞らず返してきた。

「お金が無いのは嫌。でもそれに縛られるのはもっと嫌」
 ある時ぽつりと零した言葉に、思わず情事を終えたばかりの躰をもう一度組み敷いて乱暴に抱き締めた。
「何?やっ……苦し……」
「黙れ!」
 息が出来なくなる程抱き締め、体重を掛けた躰はそれでも負けずに俺にしがみついてくる。

 当然のようにあれからも彼女を抱いた。黙って抱かれた。
 毎月金は返される。
 そして躰を重ねる。
 その繰り返し。
 それ以外には何もない、何も残らない。
 毎月確実に増えてゆく一万円札。
 その紙の束を引き出しから取り出して眺めては、刻一刻と近付いてくる終わりが見えてくる事実から
目を背けた。

 誰も信じちゃいなかった。
 離れていくのが当たり前だと思っていた。
 なのに逃げずにそこに留まり、真っ直ぐに向き合ってくる。
 それを逃すまいと搾り取り、捕獲し、食らいついて突き放す、それを延々繰り返す日々。

 ――捕まっているのはどっちなのだろうか――?

 息をするのも億劫なほど疼く苦しみに、俺は翻弄されていた。
 互いの部屋に寝泊まりする事も、なんとなく一緒にいる日も多くなり、それが当たり前になると周りも
大して面白がらなくなり、静かになっていった。だが、それでも俺達の間にそのようなものは何もない。
 静かに寝息を立てる白い肌を眺めながら、差し伸べることのない手のひらを持て余していた。

* * *

「はい。これで……おしまい!」
 最後の数枚を俺に手渡すと、あの日と同じように頭を下げた。
「ありがとうございました!」
 返し終えた金はもう用を成さない。あれだけ執着したものが色褪せた紙切れに思えた。
 ガキだった女は大人と呼べる歳に達し、あの時よりは成長した。
「せいせいしたか?」
「まあ、それは。……縛られてるのは嫌だから」
 つき物が落ちたようにすっきりした顔で返された言葉に、何故か俺は不快感が止まらなくなった。
「えっ?もう帰るの」
 立ち上がって玄関に向かう俺を不思議に思ったのか、慌てて問いかけ追ってくるが無視して靴を履く。
一刻も早く立ち去りたかった。1秒たりともここに居たくはない。
「松岡さん!」
「……うるさい」
 戸惑いを隠せない瞳で俺を見上げる立科の視線が突き刺さって、その場から逃れるためにドアを開けかけた。
その手を彼女の手が掴んで止める。
 カサカサに荒れた、およそ女らしくない手。爪なんて多分一度も手入れなんかした事ないのだろう。
化粧すら最近になってやっと始めた位だ。
「……お金さえ返したら、もう用無しですか」
 震えながら呟く言葉に目を向けると、その顔にはうっすらと涙が見えた。
「それはお前も同じだろ?」
 逃がさない為に金を押し付け、それをタテに躰を奪った。それだけの事だ。
 それが、終わっただけだ。
「違います」
「……何がだよ。何が違うんだよ!!」
 違うもんか。
「だって、あなたはあたしを助けてくれたでしょう?だから、あたしは……」
 だから何だ。
「俺はお前の弱みに付け込んだだけだ。勘違いすんな。終われば用はない。……言わば金にモノを
 言わせたのと同じだ」

「……お金は返しました」
 静かに、だが鋭く睨みつけるような目をして掴んだ腕に力を込めてくる。
「買われるのは嫌だから。だからちゃんと返しました。あたしは一度だってそのために抱かれたなんて
 思った事ない!」
「そんなわけ」
「何でわかってくれないの?……」
 泣きながら俺の背中にもたれ、しばらくその重さを押し付け、離れた。
「……じゃあ、なんで拒まなかった?」
「いちいち説明しなきゃいけない理由がいりますか?」
 俺は黙り込んだ。言葉が、答えが見つからない。
「あなたは可哀想だと思う。でも同情はしない。そしたら、もっと傷つくだけだから」
「傷つく?」
「そう。お金しか信じない可哀想な人。あたしはお金なんか嫌い。あんなものさえなかったらって、
 何度思ったかわからない。そのために苦労して、同情ばっかされて、だけど誰も助けてくれなかった。
 ……あなた以外は」
 握られた手の力が少しずつ抜けてゆく。
「元々何もなかったあたしと、ある物をなくしてしまったあなたじゃ違うのかもしれない。でも、夢くらい
 見たって許されてもいいと思う」
 何も持てず、夢を見ることしか出来なかった者と、全てをなくして夢さえも見る気を失ってしまった者。
「目に見える形でしか、信じて貰う術はないんですか?」
 金で縛り、体で繋いだ。
「気持ちに、理由がいりますか?」
 俺自身が何を求めているのか知りたかった。
「あたしは、あなたにもあたしにも負い目が無くなるのを待ってました。だから必死でお金、返しました。
 ……あなたと切れたいからじゃありません。はな、離れたくなかっ……」
 握っていた手が離れ、ずるずると足下に泣き崩れてゆく体を振り返りながら眺めて、ノブから自らの
手を外すと靴を脱ぎ捨て、その体を力一杯抱き締めた。
「……っ」
 絞り出そうとした声は、吐き出した息に紛れて形にならず届ける事が叶わなかった。

 どれくらいそうしていたのだろう。ただ黙って泣くだけの彼女の背中を撫で、髪を梳いた。
 不思議と悪くなかった。なにもいらないと思った。言葉も、物も、……ポケットの中の自分達を縛り付けて
いた紙さえも。
「……さん」
「うん?」
 やがてゆっくり体を離すと、俯いたままで彼女が言った。
「……名前、呼んでいいですか?」
「あ?別に」
「……聡介さん」
「何だ」
「……き。すき、です。……聡介さんが、好きです。だから、何されても良かったし、ちゃんとお金も
 返して、対等な立場でいたかった。だから……信じて欲しかった」
 何もかも無くした。人としての温かみを拒んできた俺は、また失う怖さに手に入れまいとしてきた
それを欲することを望んでも許されるのだろうか?
 きっと楽になる。わかっているのにそれを吐くことが出来ず、そのまま再び抱き締めた温もりを抱えて
畳の上に横たえた。
 暫くの間黙って俺を見上げていた瞳はやがて静かに閉じられ、その唇を重ねると胸に置かれていた手は
俺の背中に回った。
 上下する膨らみを撫でる手は小刻みに震え、これまではひん剥くように脱がせてきた衣服に掛けた指が
うまく動かせない。
 なにを今更ビビってんのかと戸惑い苦笑しながらも、見下ろすものを壊してはいけないと知らず知らずに
恐々と扱っている自分に驚く。
「……あ」
 ゆっくり確かめるように撫でた肩、這わせた唇に震える首筋におされるように漏れた声に、喉元から
熱い何かが込み上げる。

 ――愛おしい。

 初めてはっきりとそう思った。

 いつもは多少粗く扱っていた気がする胸を丹念に揉み、既に立ち上がっている先端部をじらす様に
その周辺を指先で撫で回してみると、我慢出来ないのか背中を反らして強請るように突き出してくる。
「して欲しいのか?」
 真っ赤な顔で首を振る。
 強情な奴だ、といきなり舌を当ててやると
「やあっ!!」
と声を出し、慌ててその口を押さえた。

 これまで自分本位にコトを進めていたが、その反応を見て「素直に」苛めてやりたいという気持ちになった。
 先程の反応に気を良くして同じ様にまた舌で転がしながら反対側を指でいじり倒し、ふるふると震えながら
涙を浮かべて声を押し殺す様を楽しんだ。
「……て」
「ん?」
 名残惜しく思いつつ唇を離し涙でくしゃくしゃになったのであろう顔を覗き込むと、迷いの残る表情で
俺を見上げている。
「何だ」
「えっ……と、あの」
 言いよどんでいる事は何となくわかっていた。だが、それは彼女の方から言わせたかった。言って欲しかった。
「黙ってるなら、このままにしとくが」
 開き掛けた唇を何度も閉じる。それを繰り返しているのを眺めながらこっちは次の手に移る。
「なっ、やあっ!?……んっ、んあっ!」
 素早く下着の上から忍ばせた指を動かし擦りあげた敏感なモノの刺激に耐えられず嬌声をあげる、それに
俺自身がもう持つかどうか我慢ならなくなってきた。
「……て」
 動きを止める。
「して、下さい。聡介さんが、欲し……」
 素早く下着を引き抜くと、既に高ぶりきったモノをあてがい一気に押し込んだ。
「はあ、あっ!……や、だめ、このまま、じゃ……」
 わかっていた。
 持ってはいたが、着けなかった、ワザと。
「俺は構わない」
「えっ?」
「お前の一生、俺が買ってやる。……多分、相当働く事になるだろうがな」
 突きながら見下ろす顔には、直に貫かれる感覚と俺の言葉とに戸惑う気持ちが読み取れた。だが、柔らかく
まとわりつくような快楽に流され掛け、それに耐えながら俺は続けた。
「不満があるか?……お前にはその価値があるんだ」
「そ……すけさ」
 ぎゅうと抱き締め、再度唇を塞いで深く深く腰を沈めれば、向こうもそれを離すまいと締め付けて
躰ごとしがみついてくる。
 少しずつ揺さぶりながら唇を離し、虚ろに漂う顔を見つめた。

「呼んで……」
「何を?」
「あたしの名前」
 肌寒い季節に汗ばんだ首筋に手を添え哀願するように俺を見上げる彼女の願い。
 その手を撫で、見つめ返しながら呻くように囁いた。
「……ゆか」
「はい」
 伝えておきたい。こんな時でなければきっと俺は口にする事はできないであろう言葉を……。そう思い、
再度その名を呼んだ。
「冬香――愛してる。お前の心が欲しい」
「……はい」

 気持ちと体が一つになって喜びに震えた。こみ上げる想いを精一杯噛みしめながら、高ぶる感覚と共に
熱い全てのものを彼女の中へ押し出し、果てた。


「聡介さん」
「ん?」
「呼んでみただけ……」
「何だよ」
 たわいのない会話をし、大して寝心地の良くない布団にくっついて寝転がっていた。
 それはいいが、やたらと意味もなく喋りかけたりあちこちさわって抱きついて来やがる。なんだこいつ。
「あたしの人生買うんでしょう?」
「……お前買われんの嫌なんじゃなかったか?」
「じゃあやめちゃうの?」
 胸元に頬を寄せて目を閉じる、その顔がふと不安げに見えて、何となく頭を撫でた。
「拒否るか?」
 返品する気はないが。そんなつまらん買い物はしねえ。
「それを決めるのはあたしでしょう?」
 言いやがる、と思わず苦笑する。それにしても。
「うっとうしいな、この部屋」
 見上げると至る所に何がしか洗濯物が干してある。
「乾かないから。陽当たり悪くて」
「だろうな」
 昼間なのに少々薄暗い部屋の天井を眺めて思う。
 俺は一生ぶんの稼ぎで買い物したようなもんなんだろうか。
「良かった」
「何が」
「……今度ばかりは、欲しいもの諦めなくて良くなったもの」
「……」

 ――さて、とりあえずあの百万持って陽当たりのいいボロアパートでも探すとするか。



「終」




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