当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

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aikoと初音ミク

 aikoは、女ウケはいいですが、男ウケはおそらくそこまでよくはありません。別に男に嫌われているわけではなく、大半の男はaikoにあまり興味がありません。
 aikoが歌う歌は、女性の恋愛をテーマにしたものが主です。女性が女性の恋愛を歌うのがaikoです。西野カナも多分そういう意味では同系統です。
 初音ミクの「メルト」や、澪の作詞に係る「ふわふわ時間」も女性の恋愛を歌ったものです。ところがこちらは男ウケもいいのです。なぜか。多分歌い手(初音ミクと澪)がかわいいからでしょう。ブサイクが恋愛を歌っていてもだからどうしたという感じですが、可愛い子が恋愛について歌っていると、健気だとか守ってあげたいだとか俺が結婚してやるよだとか感じるのが男なのです。
 端的に言えば、aikoや西野カナの容姿は、男がそう思えるほどのレベルに達していないのです。西野カナについては異論があり得ると思いますが、よく分かりません。
 だから、初音ミクというソフトの眼目は、音声を自由にいじれることよりも、むしろ歌い手(=初音ミク)の容姿を自由にいじれることにあったのではないでしょうか。初音ミクで曲を作る人がその容姿を自由にいじれるという意味ではなく、プロデューサーや芸能事務所的な立場の人が、「初音ミク」という歌手を世に送り出すに当たって、その容姿のレベルをいくらでも高く設定できたという意味です。初音ミクは架空の存在なのだから、これは当たり前であります。容姿のレベルを高く設定できれば、女性の恋愛を内容にした歌でも女性のみならず男にもウケるのです。
 芸能界というのはそういう世知辛い世界なので、どうしようもありません。特に女性は、(芸人を除き)何をするにしても容姿も優れている方がいいのです。いくら歌や奇術がうまくても、容姿が良くなければ女ウケに止まるのです。

 もう一つの教訓があります。「初音ミクというソフトの眼目は、音声を自由にいじれることよりも、むしろ歌い手(=初音ミク)の容姿を自由にいじれることにあったのではないでしょうか」ということを書きました。この文章は、綺麗な対比を志向するあまり、意味が分かりにくくなっています。「音声を自由にいじる」のは初音ミクというソフトを使って楽曲を作るユーザーなのですが、「容姿を自由にいじる」のはユーザーではなく、ソフトの作り手です。両者の主体が違うのに、カッコいい対比構造を打ち出すことに固執する余り、あまり綺麗でない対比に歪めて当てはめてしまっています。なんでこんなことをするかといえば、カッコいいからです。
 大学受験で出てくる読みにくい文章は、カッコいいレトリックに固執するあまり、無理のある文章を作ってしまって分かりにくくなっているものが多々ある気がします。現代文の苦手な人は、そのへんも意識して読むようにしてみましょう。

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