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The Last of Us

 ジャンル的にはアクションアドベンチャーかなんかかしら。
 謎の寄生菌が蔓延したアメリカで、40代後半のおっさんであるジョエルと、14歳の少女エリーを目的地まで移動させるゲーム。ただ移動するだけなのだが、凶暴な感染者と追剥みたいな連中がウヨウヨしており、なかなか大変である。

 プレイしてまず思ったのは、まともな人間が主人公近辺にしかいない世界を2人で移動するという世界観が椎名誠の『アド・バード』に似ているなということ。ただ『アド・バード』自体そんなに中身をちゃんと覚えていないので、記憶違いかもしれない。それにSFをよく知らないので、似ている作品はもっとあるかもしれない。
 感染した人間が敵になるというのはバイオハザードと似ているわけだが、バイオと違うのは、弾薬が(3以前の旧バイオシリーズ以上に)足りないこと。荒廃した世界が舞台だから、そもそも武器になるような物資が欠乏しているということなのだろう。
 そのためゲーム本編や取説では「弾薬が足りなければ戦闘を避けて逃げろ」ということが言われる。ただ、「中級」という普通の難易度でやっていても、逃げても逃げてもいずれ敵には見つかってしまうような気がした。だから、基本的に戦闘は不可避である。弾薬を溜める目的で戦闘を避けようとしても、一度に持てる弾薬の数は各武器につきひとケタから十数発が限界であり、溜めるということもしにくいのである。ゆえに、結局、少ない弾薬を使って戦いながら進んでいくというプレイスタイルが基本になる。これでやっても、「中級」なら結構な頻度で弾薬は拾えるので、あまり問題がない。
 「戦う」か「逃げる」かを状況に応じて選べとは言われるが、多くの場合で「戦う」一択のような気がしたということである。逃げようにも、先述の通り敵は基本的に追ってくるし、ゲームとしてメタギアほど隠れて進む手段やルートがきちんと用意されているわけでもない。

 敵は、感染者と健常者の二種類である。感染者は不気味だが行動は予測しやすい。やっぱり生の人間の方が目も耳も利くし飛び道具も使ってくるしで面倒くさい。どうせこういうゲームなら感染者のみを相手にしたかったというのが本音であるが、多分個人的に健常者を相手にするのが難儀だっただけ。
 開発は、あのノーティドッグである。クラッシュ・バンディクーアンチャーテッドのノーティドッグである。パッケージのジョエルを見たときは「ネイトにすごく似ているな」と感じたが、よく見たらそうでもなかった。ただゲームの内容自体はあまりアンチャーテッドと変わらない気がする。アンチャーテッドは弟がやっているのを傍で見ていただけだが。
 両作の違いと目されるのは、2つである。まず1つは、本作では隠れて逃げるという選択肢が前面に押し出されていることだが、先述の通り、本作も実際には戦いながらごり押していくのが一番早い。もう一つは、敵が生身の人間ではなく感染者であることだが、本作でも5割くらいは生身の人間を相手にしていた印象があるし、アンチャーテッドも人外を相手にする場面はあるので、やはりあまり変わりがない。結局違いはやはり、本作では世界がより荒廃していることと、弾薬が足りなめであることである。
 
 アンチャーテッドよろしく、基本は吹き替えである。これはこれでいいのだろうか。筆者は英語が聞きたいから字幕の方が好きなのだが。吹き替えにしなければならない理由として考えられるのは、「聴覚的な情報のうち言語として意味のあるものがゲームの攻略に必要である」ということである。例えば敵が後ろにくるとエリーが"Behind you!"と言ってくれるみたいな。でもこれだって字幕で「後ろ!」って出せば対応できるし、そうでもない気がしてきた。字幕って選べるんだっけか? アレ? こういうことは調べてから書いた方がいいな。多分。

 世界観は何度も述べている通り荒廃しており、国家というシステムはほとんど破綻している。人々は全力で自力救済を強いられている。そのへんはRed Dead Redemptionと似ているが、Red Dead Redemptionはこれから国家が作られるのが見えてくるのに対して、こっちの方はそんなふうに思えないほど世界が荒廃しているため、より救いがなく、胸糞も悪い。自力救済の世界なので、基本的には躊躇なく人殺しや泥棒ができる人間が幅を利かせている。ジョエルもパンデミック後の世界をそうやって生き延びてきた人間であり、そのために弟のトミーと袂を分かつことになってしまった。トミーとは、物語中盤で再会するが、彼は水力発電所に街を作って国家というシステムを取り戻そうとしている。
 出てくるモブは基本的に男である。女性キャラは、エリーはじめ名のある登場人物としてしか出てこない。こういう自力救済の世界では女性は男性による搾取の対象になるのが常であり、エリーにも常時レイプの危険が伴うのであるが、そういうような描写は極力排除されていたように感じた。エリーも、盗賊や追剥に殺されそうになる「アワヤ」は何度もあったが、性的な意味での「アワヤ」は一度もなかった。それは、なんか、アメリカらしいなといったところ。(物語の最後の方にマーリーンという人物に「いずれレイプされて殺される」ということを言われるが)
 で、エリーというのは、感染菌に対する免疫を持っていて、ワクチンを作っている研究施設に行くために旅をしているのである。
 最後には研究施設の人間が、ワクチンを作るためにエリーを殺そうとする(どうにもエリーを殺さないとワクチンが作れないらしい)が、ジョエルがこれを救い出して、ワクチンは作られないまま終わり、という話になる。ジョエルから助け出される間ずっと意識を失っていたエリーは、ジョエルから「あの施設にはおまえ以外にも免疫を持っている人がたくさんいたからお前がいなくても大丈夫」という嘘をつかれて、別にそれを完全に信じたわけではないが、とりあえず信じたことにしたまま終わる。
 大の虫か小の虫かというお話にはよくある二項対立なのだが、自分の命を捨てても世界を救うという決断をするかどうかについて、エリー本人の意思は結局最後まで無視されているわけである。まどかなら確実に自己犠牲を志向したと思うので、その点がどうにも気持ちが悪い。なんか、このお話を見届けた方としてもすんなりと結末に納得がいかない。まあまあ、それは。

 グラフィックはきれいだし、世界はよく作り込まれているが、ストーリーは絶望的であまり納得のいかない終わり方だし、結局戦いながらごり押しで進むしかないしで、筆者は1周するのが限界だった。あと、これは完全に言いがかりだが、集中してやっていると頭が痛くなる「頭痛ゲー」でもある。

あとは
・ジョエルが大学で負ったあの傷は確実に腹膜炎で死ぬと思う。貫通してるし
・エリーのナチュラルな困り顔はやっぱりよい。



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