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【狼と花・5】

スレ番号 タイトル カップング 作者名備考 レス
避1【狼と花・5】無し◆FUciQ2uFGo否エロ761〜764

【狼と花・5】


5

ヴィオラは小さな頃から血の匂いにやたらと敏感だった。
狩りから帰ってくるハンター達。
厨房で捌かれた食材。
自分が転んで擦りむいた膝。
血液が絡むとそれだけでもうひっくり返りそうになったものだ。
血はヴィオラにとって恐怖の象徴だった。

中でも一番怖かったのはヴィオラが6つの時、父のパーティが雌火竜を一頭捕獲してきた時の事だ。

捕獲してきたターゲットは依頼人に引き渡すまでギルドにある農場の外れ、洞窟を利用した天然の岩牢に繋ぐ決まりになっている。
しかも今度のターゲットは希少種である金色のリオレイア。
見に行こう、と言ったのは兄の方からだった。
岩壁を登った所に頭ひとつ分位の裂け目が有り、そこからなら大人達にバレる事なく中の様子を見る事が出来た。
奈落の底の様な石牢にその竜は閉じ込められていた。
身体中そこかしこに大きな傷があり、美しかったであろう金色は黒くくすんでいた。
太い鎖が這う様に絡まり少し身じろぎするだけで冷たい音を響かせた。
隣で兄が何かしらのうんちくを講じて居たが殆ど耳に入って来なかった。

眼だ。
金火竜の双眼に少女は射すくめられてしまったのだ。
その眼に映っていたのは死だった。
死への恐怖、憤り、怒り。
それが暴力に変わり、また別の死を生み出す。
負の連鎖としか言いようの無い一連のサイクルがこの石牢の中には有った。
少女は悟った。
死とは、だからこそ恐ろしいのだと。


だからこそヴィオラは泣く訳にはいかなかった。
多くの傷を抱え、血を流し、恐怖を乗り越え。
死という物をやっと振り切って舞い戻ったこの黒狼鳥を前に恐怖を見せる訳にはいかなかった。

つい先程、転がり込む様にして住処にしている洞窟に転がり込んで来たイャンガルルガ。
正に満身創痍の体でここまで戻ってくる事が出来たのは彼の気力と奇跡の賜物だった。

ノコギリで引いた様な大きな刀傷やヘビィボウガンによる銃創。
それ等は全てハンターの手によるもの。
ヴィオラと同じ人間の手によるものだ。
今迄で一番小さな鳴き声を上げた大きな嘴に触れる。
そこにも以前受けたであろう大きな傷が生々しく残っている。

互いが同じ地の上で生きる以上は仕方の無い事だと理解していながらも、どうしてこんな酷い事を、と憤ってしまう。

―――矛盾を抱えて生きるのがヒトの、お前の美徳だよ。ヴィオラ。

いつかリーリエがそんな事を言っていた気がする。
震える唇を目一杯噛みながら、ヴィオラは頭の中で叫んだ。
そんなのは全然美徳なんかじゃない、覚悟の無い弱虫の泣き言だ!


『バカだなァ…なにも泣く事ないだろ』

霞む視界の中に居るヴィオラを見ながらヤンはくつくつと笑った。
もう既に脚や翼の感覚が無い。
確実に迫り来る死の気配を前に妙にすっきりとした満ち足りた気分に浸っていた。

実の所、ヤンはヴィオラが助からない、なんて事は無いと最初から確信していた。
皮肉屋でお節介なあのアイルーなら何とかして人間達をこの洞窟に導く位造作も無い筈だ。
ヤンは後にも先にもこんなに賢い猫をシャミセン以外に知らない。
彼は初っからこの小さな少女相手に“隻眼のヤン”と呼ばれた巨体が右往左往する様をからかっているに過ぎなかったのだから。

『まさかその冗談で死ぬ事になるなんざ夢にも思わなかったけどなァ…』

必死になって涙を我慢して居るのだろうがポロポロと大きな雫を零すヴィオラの頬に嘴を寄せる。
押し付けられるヴィオラの体は熱い。
しゃくり上げる声、独特の香り。
なんだかもう何もかもが夢の様だ。

生きるか死ぬか。
その生き方は随分と馬鹿馬鹿しかった。
そもそもイャンガルルガという種自体がこの生態系でも妙に異端だった事が彼の性格の根本を捻じ曲げた。
火竜の番やメラルー達の群、人間達のギルド。
群れる生活を馬鹿馬鹿しいと思って目に付く限り突っかかって行った事も有った。
いつしかその酔狂は多くの敵を作る事となったが、上等とばかりに益々暴れまわった。
いつしか敵を薙ぎ倒す事が全てになってしまった。
幸運な事に頭の良い一匹の友人が居たにも関わらず、それを省みて感謝出来る様になったのはこんな最期の最後だった。

―――本当。馬鹿の一つ覚えみてェに…

笑って見せようとしたけれど、ヤンの体はいう事を効かなくなっていく。
それでもヴィオラがこうして泣き付いてくれる位には自分にも価値が有ったのかと思うとグルグルと喉の奥の炎が燻った。

―――あぁ、やめろよ。最期に見るのがお前の泣き顔だなんて。面倒くせェ。なァ、笑えよ。ヴィオラ。なァ…

一匹の黒狼鳥は霞む視界の向こうに小さな花を見た。
綻ぶ筈だったその花は今や小さく項垂れている。
その涙だけが心残りだった。


※※※※※


「だ、ダメっ!目を閉じちゃ、死んじゃうっ、しんじゃ…」

ヴィオラは小さく叫んだ。
ワナワナと脚が、手が、体の芯から震えが止まらない。
死神というものが居るとすればもうヴィオラのすぐ後ろに待ち構えて居て、今か今かと鎌を振り下ろさんとしているに違いない。
じわじわと足元に広がる赤い血潮。
あんなに熱かった体もすっかり冷えてしまった。

「やめて、ねぇ。連れて行かないで…」

泣かない。そう決めた筈なのに、涙はあとからとも無く溢れてくる。

あの時と同じだ。
父が死んだ時。母が死んだ時。
行かないで、引き止めてと兄に縋って泣いた。
ギルドのベテランオトモアイルーが死んだ時。村の定食屋さんの大女将さんが死んだ時。
ヴィオラはこれでもかという位に泣いた。
その度に、大丈夫だ、にいちゃんが居るからな。
そう言ってぐしゃぐしゃに髪をかき混ぜてくれた兄。
そんな兄もここには居ない。

ヴィオラはとうとうひとりぼっちで唯々途方にくれて居た。

そんな時、ふと思い出したのは母の事だ。
母も兄と同じ様にヴィオラの髪をぐしゃぐしゃにした事が一度だけ有る。
それはとあるクエストの帰りで、どうしたらそうなるのか、全身ボロボロの状態でネコタクに乗せられて来た事が有った。
その姿がかなりショックで幼いヴィオラは当然の様にわんわん泣いた。
早く良くなって欲しくて村中の包帯をかき集めて来て必死に母の腕をぐるぐる巻にした。
まるでミイラみたいになってしまった動かし難い両腕でヴィオラの頭を撫でた母。

―――ヴィオラはきっと良いヒーラーになれるね。

その笑顔が嬉しくて、分かりもしない医学書を読み始めたのだ。

―――わたし、ヒーラーになる。
それで誰が怪我をして帰って来てもすぐに治してあげるの!

頭の中で幼いヴィオラが嬉しそうにそう言った。
誇らしげに掲げる分厚い医学書は父が誕生日にくれた一番のお気に入り。
それを読む為にお小遣いを貯めて辞書を買って何日も掛けて夢中で読んだ。
覚える事が楽しくて、本がどんどん増えていく。
それらをしまう為の本棚は兄とその友達が作ってくれた。

「……同じじゃない」

ヴィオラは目の前の竜を見てぐっと奥歯を噛みしめる。
医学書、植物図鑑、あんなに読んだのは何の為?
彼はまだ生きてる。
その炎は小さく消えかかってしまったけれど、まだ燃え尽きてはいない。

相手は竜だけど、心臓が有って血が通ってる身体なのは人間と同じ。
きっと出来る事がある筈だ。

ヴィオラは大きく息を吸って、精一杯叫ぶ。

「―――帰ってッ!」

死神と、自分の中の弱虫に向かって怒鳴りつける。
思ったよりもアッサリと、そいつらは霧の様に消えて行った。
涙はいつの間にか引っ込んでいた。

小さな花は震えながらも真っ直ぐ立っている。
よろけながらも視線は強く、真っ直ぐ前を向いていた。
2015年03月24日(火) 11:31:19 Modified by sayuri2219




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