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タイトルなし




海のそれとは違った青色の空を見上げ、まだ水の流れを感じる浅瀬まで出向く。
おっさんの言うとおり、ジャギィどもがぎゃぁぎゃぁと喚いてくる。若干気に障るが、まあいい。
噛み付いて来ようものなら噛み砕き返してやればいいことだ。
一瞥くれてから、周囲をよく見渡す。
人間の気配すら感じない。
静かなものだ。

ここまで来ても居ないのか‥‥。

とは思ったものの、今日だけは妙な胸騒ぎがする。
とりあえず、しばらく陽にあたっていくのもいいだろう。
今日はよく晴れている。
陽の光にまどろみながら、無意識に彼女と出逢った日を思い出していた――‥‥‥。
============


その日、いつも廻る餌場にエピオスを見つけられなかった私は、仕方なく、滅多に出向くことの無い浅瀬へ向かう事にした。
沖では私の飯を横取りしていく猟師と偶に暴れる以外、特に不自由なく飯にありつけはするが、
陸地に近い浅瀬となると、妙な爪や鱗を持った人間がうろうろしていて飯どころではない場合があるからだ。
まだ幼い頃、好奇心から陸地に近付いて彼らに痛い目を見た私は、それ以来あの陸へは近づいていなかった。
確かあの時は、黄色いおっさんが乱入してきて事なきを得たのだったか―‥‥。
しかしまぁ、今の私ならば黄ばんだおっさんがいなくとも、余程の事が無ければ人間に殺されることは無いはず。

とにかく今は、この空腹を満たさなければ‥。
もう何日、飯を食っていないのだったか‥‥。
恐らくこの空腹の原因は、あの妙になま白いアイツが暴れているせいだろう。
暴れるにも節度が大事だ!節度が!!!
おかげで、私の恋しい飯どもがどこかへ逃げてしまった‥‥。
ああ、あのトロトロの肉、血の味が恋しい‥。
じゅるり。

とかなんとか肉の味に想い焦がれながら空飛ぶ赤い野郎のいる崖下あたりにやってきた。
緑の姉ちゃんも騒ぎながら飛んでいたが、海を我が家とする私に彼らが今どうなっていようと興味はないし関係もない。
せいぜい卵でもとられてしまえ。
以前、滅多に見かけない、アのぷとす?を海沿いの崖で捕らえたら、上から攫われた胸糞悪い思い出が蘇る。
‥‥落ち着け、落ち着くのだ私。
きっと今私が壮絶に空腹なのがいけないのだ‥‥。うー、さー。

早く肉をををををを―‥‥!!!

そろそろ限界突破しそうな思考をよそに、目前の岩陰にエピオスの尾をみつけた。
隠れているつもりだろうか。
思いながら、私は大口開けて突進する。
‥なに?岩?そんなもの無視だろう常考。

お肉ぅううううう!!!!

少々混ざった、岩のゴリゴリとした触感も、空腹の私には程よい歯ごたえになった。
1頭を軽く平らげる。
ふと見ると、血の臭いに混乱し、逃げ惑い始めたエピオスが岩陰からまた1頭、2頭‥‥。
隠れていればいいものを、わざわざアピールしてくるとはいささか関心できないが、今の私にはむしろ好ましい状況だった。
2頭目を『イタダキマス!』しようとしていた時、妙な気配―‥‥というか、何だろうか、この匂いは。

気配、もとい匂いの感じる方を見やると、そこにはぼんやりと小さい月があった。
いや、陽に光る砂だったかもしれない。
よくみれば、その彩<いろ>の持ち主がこちらを見ながら浮いていた。

============


まずい。非常にまずい。
何でこんなところに蒼いのがいるんだ。
「簡単な肝集めなので、キケンなんてありませんよ〜!」とかのたまっていた受付嬢を殴り倒してやりたい。
いくら街から流れてきた私でも、レザー装備とハンターナイフで蒼いのを相手にする気はない。
回復薬もこんがり肉も持ってきていないのだ。

あ、やばい、ほんとやばい、エピオス食ってると思ってちょっと考えてたら蒼いのがこちらを向いてしまった。
蒼いののすぐ横には、無残としか言えないエピオスの残骸。
今すぐここから離脱しなければ、とって食われてさようならという空気だ。
どうやら蒼いのは腹を減らしているようで、『まだ食べる気マンマンです』といったような爛々とした眼をしている。

‥しかしどうしたことか、私は見とれてしまった。

街でも同じ種の龍を狩りに行ったことがあるが、この目の前にいる個体は比べ物にならないほど美しかった。
まさに「蒼い」のだ。
海の底を思わせる蒼。

似合わずうっとりと無防備状態だった私だが、蒼いのの近くで暴れ狂うエピオスの叫び声で、ハッと我に返る。
が、おかしいなと思った。
蒼いのは私をみているようで‥‥見てない???
目の前の龍は私の方を見てはいるが、咆哮の一発も上げようとしない。
遭遇一番、咆哮かまして威嚇するこいつらが叫ばないのは何故だ?
‥大丈夫なのか?逃げていいの?おk?にげるお?

「前言撤回ちょっと頑張れば尻尾くらいは‥」とか思ったのは置いておいて、蒼いのが動かないのを良いことに、私はその場から逃げ出した。
一応、閃光玉は投げておく。ぶっちゃけ私は泳ぎが苦手だからだ。追いつかれてはたまらない。
必要があれば後日、装備を整えて倒しにくればいい。
独りで冒険はよくないのだ。街には結構いたけど、冒険野郎。

‥もしかしたらあの蒼いのが、村長の言っていた地震の原因かもしれない。
そんな事を考えながらベースキャンプへ戻る。
さっさと肝を納品して、あの蒼いのの出現を報告するか。
いや待て、その前に、帰ったらあの受付嬢を締め上げておこう。

============


女だ。人間の女だ。
彼女も私を見ている。なんだろうこの気持ちは‥。

一瞬眼に入ったその姿だけで、手に入れたいと思ってしまった。

同種の雌にもこんな気持ちを持ったことは無い。
気付かぬ内に私の空腹はどこかへ逝ってしまっている。

しかし人間の女をどうやって―‥‥。

と、考えを巡らせようとした瞬間、目の前が真っ白になってしまった。
あのやわらかいキレイな月色とは違う、ギラついた光だった。

うおおおお?!なんだなんだどうした?!どうなった?!

若干パニックになった私だが、匂いが遠ざかってくのはわかった。
追いかけたい衝動に駆られるも、前が見えずにどうすることもできない。
眼が元通りになった頃には、彼女はどこにも居なかった。

――――――‥‥‥

次の日から、私は彼女と出逢った海岸付近へ赴くようになった。

周辺をウロウロするうち、見覚えのあるロアルドロスを見かける。
あの場所の近くに、あの時助けてくれたおっさんが棲んでいたのだ。なんという偶然の再開。
ここで気付いたことがひとつ。
今でこそおっさんなのだが、当時は結構若かったようだ。
幼い子は、年上と見るや『おっさん』や『おばさん』と見てしまうのだからしょうがない。
彼女目当てに赴くついでに、おっさんともよく話をするようになった。
どうやら最近、群れを継ぎたがる若い雄が増えているらしく、体力的にもそろそろ隠居を考えているとか、
人間がおっさんの‥‥なんというか、体液目当てでタテガミぶっ壊すだけ壊して逃げていく、とかなんとか。
おっさん達の群れについてはよくわからないが、適当に話を聞いていた。

おっさん達ロアルドロスの群れは、雄を中心とした完璧なハーレムだ。
下世話な話、そういうことには事欠かないとも言っている。なう。
私はどうかと聞かれたわけだが、まあ雌に困ったことは無いとだけ言っておいた。
どういう訳か知らないが、私にその気は無くても向こうさんが寄って来て、そういう流れに―‥‥という経験は多い。
添え善食わぬはなんとやらと、昔兄貴達が言っていただけに、そういうもんなのだろうと思っていたわけだ。
赤い野郎と違って、子育ては雌が行うので、今までの雌がどうなったのかは知らない。
もしかしたら私はもうパパというヤツかもわからないが、まあ‥不思議はないだろう。
しかしながら、中には番で子育てをする同属もいるらしい―‥‥「らしい。」というのは、おっさんの弁だからだ。
いるのかそんなヤツ。

‥まあ、私も、彼女が同属ならば‥‥‥「番」というのも、そう、ヤブサカではないけども‥。

目つきが怪しかったのか、おっさんに『どうかしたのか』と聞かれてしまった。
『何でもない』と答えて、その日は自分の海へ帰った。

明日は、『内陸にも意外と水がある』というおっさんの言葉を信じて内陸に上がってみるか。
そう思いながら私は眠りについた。
今日は月が出ていない。
彼女の夢を見れたら良いなぁ‥、とか思って寝たのは秘密だ。

============


「地震の元凶!海竜ラギアクルスを撃退してきてくださいね〜!」

いつも通り、無駄に明るい声で嬢が言う。
撃退といわず、討伐してしまってもいいんじゃなかろうかと思うが、
「有望株の新米ハンターさん」として通っている私としては、そうもいかない。体裁的に。


というのも、私はこの村に来る契約を交わす時点で、若干経歴を詐称をしているのだ。
私が新米ハンターでないと知っているのはギルド本部と、街に住む友人達だけだ。
問題を抱えている村に新米ハンターを派遣することに、派遣側のギルドとしては風評が気になったのだろう。

そこでギルドは苦肉の策。

「安価な給金で辺境の村に駐在、拠点として遠征なりなんなりしても構わない物好きな上位ハンター」

とかいう、なんとも人の集まりそうに無い、キナっぽい募集をかけた。
私は誰もが「えー‥」と口をそろえる中、ベリオロスの突進さながら、剛速で面接を申し込んだ。

何故、私がこの村に来たか?

それこそギルドに話せない、モガ海域より深〜い理由があったりする。
物好きなハンターとでも思っていてくれれば、それで構わない。
(‥‥今更だが、私は誰に向かって話しているのか。)

言わずもがな、この事実はトップなシークレット。
村人にばれてはいけない。
ふむふむ、「何故か」って?
そりゃあ、安い金で新入りを育てるならまだしも、上位ハンター雇ってると知れたら、ギルドも儲からないだろう。
しかしそこまでしてこの村にハンターを派遣したギルドも、風評以前に何か隠したいことがあるかもしれない。
例えば‥‥この村と古龍が関係してるとかね。ぼそっ


さて、曲がりなりにも上位ハンターな私。
幸い、街でせっせと生産した武具類は持ち込み可能だった。
村人には、友人ハンターから餞別にもらったとか、親兄弟の形見だなどと、適当なことを言っている。
一応、たま〜に下位の武器を手にとっているさ。たまにね。

そんな武具類に困らない私が、今回の撃退依頼用に取った武器はというと‥

‥‥ ペ イ ン ト の 実 を ぶ ち ま け た レ ム オ ル ニ ス ナ イ フ 。

このまっピンクなら、ハイドラナイフに見えるはず。
帰ってくる頃には青くなってるかもしれないが、まあ大丈夫だろう。
ハンター(こっそりG)一式に、爆砕のピアスを(こっそり)装備、爆弾持ったら準備完了。

もし件のラギアクルスが、ついこの間遭った、あの綺麗な蒼いのなら、
角か尻尾くらいはお持ち帰りしたいと踏んでの装備だった。

――――――‥‥‥

地図でいうところのエリア5に蒼いのは寝ていた。
そっと近付いて「寝起きバズーカ」ならぬ「寝起爆<ねおきばく>」してやろうか。
そんなことを考えながら、這いずっていると、蒼いのがスッと頭をもたげた。
私はまだ気付かれはしないだろうとタカを括ってしまっていたが、
蒼いのは、以前と遭った時とはうって変わって、私を見るや咆哮かましてきやがった。
久しぶりに聴くモンスターの咆哮に思わず耳をふさいでしまう。

先手を打たれた。

蒼いのは耳を塞ぐ私に向かって勢いよく突進してくる。
避けなければちょっと痛いだろうな〜と思っていたが、綺麗に吹っ飛ばしてくれた。
ちょっとどころじゃなく、かなり痛い。

クソ、この野郎、ちょっと蒼くて綺麗だからって調子に乗ると痛い目みるぞ。爆弾的な意味で。

吹っ飛んだ先で、すぐさま体勢を立て直した私は、回り込んで連続攻撃をしかける。
落とし穴を使いたいところだが、あの尻尾を持ち帰るにはこのまま切り続けるしかない。

しかしこの「蒼いの」、陸の上だというのにかなり早く動いてくれる。おかげで尻尾においつけない。
いつもなら、陸に上がるラギアクルスは疲れているから動きが鈍いが、今回のコイツはそうではないらしい。
‥まあ、そりゃそうだろうな。さっきまで水に塗れた鱗を陽にさらして、気持ちよさそうに寝ていたのだから。
ぶっちゃけ私も一緒に日向ぼっこしたかったなんていうのは、この際どうでもいい。

水飛沫が上がる。

蒼いのの鱗と陽の光、そして水飛沫はちょっと幻想的。
なんて思っていたら、どうやら蒼いのがレムの毒気(眠気?)にあてられてゆっくり倒れてくれた。
「丸まって寝ちゃってまぁ、愛いヤツめ!今からドッキリ大作戦だぞ〜♪」と心の中で言いながら、すかさず爆弾を頭部にセット。
尻尾がだめなら角を頂かなくては。

起爆用の小樽爆弾をセットして離れ、横目で起爆を確認しながらナイフを研ぐ。

角が砕け散る音が聴こえた。
でも、ちょっとおかしい。
樽爆の爆風にまぎれてるにしては、あのでかくて蒼くて綺麗な体が視界の端に映らない。
しかも、いつも壊せば聴こえるはずの、彼ら独特の叫び声がなかった。

あれ????

私はすぐさま、顔を蒼いのが居るはずの方向へ移して、
眼前に繰り広げられていたあまりの出来事に、どうしてこうなった?!と叫んでしまう。心の中で。

蒼いのが居るはずだったそこには、真っ裸で顔面と地面で接吻かましてる一人の男がいるだけだった。

============


陽の光にまどろんでいると、匂いがした。
彼女の匂いだ。
俺はガバチョ!と起き上がる。

きょろきょろと周囲を見渡した。

おかしい‥。
この匂いは絶対に彼女のものだ。忘れるはずはないのに、私には彼女を見ることが出来ない。
クソ!ナンデ!?と思ったが、すぐ合点がいく。
『そういえば、人間って小さいんだった‥』
匂いの先へ視線を落すとすんなり彼女を見つけた。

彼女だ。

眼が合ったのは一瞬だったのに、それは一瞬ではなく永遠とも感じられる。
今まで味わったことの無い高揚感。

私は嬉しさのあまり叫び声を上げる―‥‥

『逢いたかったああああ!!!!!!!!!』
(※実際のボイスはトライでお楽しみ下さい。)

‥‥―と同時に、彼女の方へ駆け寄った。

が、しかしこれがいけなかったようだ。
体格差を忘れて彼女をふっとばしてしまった‥。

月色を陽の光にきらめかせ、美しく舞う彼女。

ああ、これはこれで綺麗だが、死んでしまっては困る‥。
なんとも言えない喪失感に襲われながら彼女を見やった。
そんな思いはなんのその、彼女は起き上がると、妙な色の爪を生やして私の尾の方へ回りこんできた。

『いやいや、ちょっと待ってくれ、むしろ私がそうしたいんだが‥。(性的な意味で)』

言うより早く、彼女は私に爪を振りかざす。
赤い野郎と喧嘩した時より痛みはないものの、それなりに痛い。
まずい。これはまずい。

もしかして怒ったのだろうか‥。
そうだよなぁ‥怒るよなぁ‥いきなり突進だものなぁ‥。

とりあえず、戦いたくはないので、彼女がやめてくれるまで逃げ回ることにした。
逃げ回っているだけだが、それなりに彼女の爪は当たってくる。
致命傷にならないことは最初の一撃で確認済みだから、恐ろしいことは無い。

しかも、こうして水の上、ばちゃばちゃと動き回っていると、何だかじゃれあっているようで、正直楽しい。
彼女の美しいタテガミが水と一緒に煌いてまぶしい。
動いているからかわからないが、いつもより動悸が激しい気もする。

これが所謂、トキメキってやつなんだろうか、おっさんよ‥。

とか思った途端、何故か急速に意識が遠のいた。


――――――‥‥‥


聴こえたのは、あのアホな白い野郎が叫んだような、バカでかい音。
その音と同時か後か、私はまた意識が吹き飛ぶ。


ああ、これはきっと夢だ‥。
だって、彼女が私の顔を覗き込んでいる。
あの綺麗なタテガミが私の頬に当たっていた。
2013年08月06日(火) 14:14:41 Modified by tonight_1530




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