入院第05週

入院第05週(DAY29〜DAY35)

入院第05週のあらすじ
  • ちょっとしたトラブルについて。
  • 閉鎖病棟内での調達について。
  • 院長回診がやってきた。
  • クッキーが止まらない。
  • 妄想が止まらない。
  • 病名が分からない。
  • ひまつぶしに最適。

患者たちのトラブル(DAY29)

入院患者の間では、大きなトラブルとまではいかないが小さな問題が起きることもあった。
私と同室の木塚さん(仮名)は、別室の山形さん(仮名)にストーカーっぽいことをされていると思い込んでいた。
自分がいるところにいつの間にかやってきたり、付けられたりしているという。
木塚さんはすっかりおびえていた。
私は他の入院患者に慣れてきたもので、そのストーカー行為は木塚さんの思い込みだと考えていた。
ところが、ある日木塚さんのベッドに山形さんがおやつのカールを置いていくのを見かけてしまった。
「あれ?やっぱりつきまとい行為は本当なのかな?」私は思った。
木塚さんが帰ってきて言った「これ置いていったの誰か知らない?」
「山形さんみたいですよ」私は答えた。
「・・・・」木塚さんはまた悲しそうな顔をするのであった。

もう一人、他の患者の被害を受けている人がいた。
前に同室だった須藤さん(仮名)である。
須藤さんのヤンママっぽいところを嫌う人がいたのかどうだか、嫌がらせをする人がいるという。
特にひどいのが、トイレに入ったところを見計らって、ドアの外から蹴ってくるというのだ。
それに怯えてトイレに行くのを控えるようになった須藤さんは膀胱炎になってしまった。
ドアの外から蹴った犯人は、保護室送りになったそうである。
これも被害者側の話しか聞いていないので、「被害」がどこまで本当なのかは分からない。

入院病棟には大人しい人が多くて特にトラブルもないものだと思っていた私は、他の人の話を聞くにつれ、自分だけはトラブルに巻き込まれないようにしようと、心に決めたのであった。

お買い物システム(DAY30)

入院中は週に1回、「買い物注文」の時間があった。
これはどういうものかというと、閉鎖病棟で外に出られない患者がカタログ通販で物を購入する申し込みの機会のことである。
「カタログ通販」といっても、商品名と単価が並んでいるだけのただの品物リストである。
どんなものが買えるかというと、1.食べ物(ふりかけ・梅干など)2.お菓子(クッキーなど)3.飲み物(お茶・ミネラルウォーターなど)4.日用品(コップ・切手・葉書など)5.衣類(靴下など)といった程度のものである。
品揃えは全然よくない。
しかも、申し込んでから届くのに一週間かかるという気の長いシステムなのだ。

あまりに不便なので、私は結局ミネラルウォーターくらいしか頼まなかった。
そのうちに「単独院内散歩」がOKになると、自分で下の売店に行って買えば済む話なので。
しかし、このシステムの利用者は結構いたと記憶している。
つまりそれだけの人が、病棟の外には出られない制約を受けていたのだ。

買い物がこれだけ不便だと、差し入れのありがたさは格別である。
そして、差し入れの頻度やバリエーションが、個人の所有物やおやつの程度に影響してくるのだ。
残念ながら家族が全然訪れて来ない人は、いつも決まりきったおやつしか食べられない。
おやつの時間にはよく観察をしていると差し入れの有無が分かってしまうという状況になっているのだ。
珍しい変わった新製品のお菓子は交換してもらいやすい。
逆に、病院内で調達されるクッキーは”例のあれか”という感じ。

更に、私が持ち込んで好評だったのはハーブティーのティーバッグだった。
病棟内に給茶機はあるが、みんな普通の緑茶に飽きていたのである。
良い香りのするハーブティーは密かに人気で、私は何名かに振舞い、引き換えにお菓子をもらっていた。

もう一つ、差し入れで良かったものは、「大人のふりかけ」である。
病院食を美味しく食べるにはふりかけがポイントである。
「大人のふりかけ」は味が5種類くらいと豊富に入っていて飽きさせなかった。
病院の買い物システムで買うことのできるふりかけは1味しかない瓶タイプなので、その差は歴然としているのだ。

今日のエントリで伝えたいことは、
1.差し入れは重要なので家族の人は患者さんに気を使いましょう。
2.まめにお見舞いに行くか連絡を取る事が大切です。
という、至極当たり前のことである。
参考になっただろうか。

大名行列キタ━━(゜∀゜)━━ッ!!(DAY31)

病院ものドラマにつきものの「院長回診」。そう、まるで大名行列のアレ。
それが、なんと、今日やってくるという!
朝食後の朝のお知らせ会で、そう案内があった。
私は内心「やったー!楽しみ〜!」と思ったが、周りの人はうんざりといった表情である。
「え、なんで?楽しみじゃないの?」
私はわくわくしながら院長回診を待っていた。

昼過ぎになると「もうすぐ院長回診だからお部屋にいてください」と看護師から言われた。
いよいよおでましだ!

院長回診では、院長を先頭に他の医師がぞろぞろやってきて、部屋はきゅうくつなほど満杯になった。
院長は私について担当に治療方針の説明を求めた。
「せん妄と躁状態がありましたので抑えるためにリーマスを使用、他にはジプレキサを投与しています」
私の知らない薬の名前がずらずらと並んだ。
私は以前はうつ病の薬を心療内科クリニックでもらっていたのだが、どの薬とも違う名前であり、他のうつ病の薬で私が知っているものとも一致しなかった。
私は内心で「あれ?私ってひょっとすると別の病気なの?」と思った。
院長回診は1人あたり数分で、あっという間に終わった。
次は隣のベッドの人だ。

私はどうしても薬のことが気になったので、メモしておくことにした。
これで、次回の外出時に薬を調べよう。
それにしても、院長回診はドラマどおりで興味深かった。
ちょっと楽しい思いをした一日であった。

更なる限定解除(DAY32)

病棟内における患者の行動に関する制約は徐々に解除される。
この日は「単独院内散歩」の許可が下りたことが言い渡された。
今までは「院内散歩」の時間に集合して看護師に引率されない限りは病棟の外へは出られなかったのだが、これでナースステーションに申し出ればいつでも病院内を散歩することができるようになるのである。

私は早速、病院内の売店にお菓子を買いに行くことにした。
ナースステーションに散歩の旨を伝えると、中から外履きの靴を出してくれた。
それに履き替えると、いつものエアーロックのような二重扉の前に進んだ。
看護師の見送りは2枚目の扉までで、そこからは自由に動くことができた。
売店は1階にある。
私はエレベーターに乗り、1階を目指した。

売店ではお菓子のほかにも、日用品や雑誌、飲み物、ふりかけ等を売っていた。
「お店で物を買う」という行動はなかなか機会がないため、ちょっと嬉しかった。
買わないものまで一通りぐるっと店内を見回ると、私はクッキーを買い求めた。
バターたっぷりのカロリーが高そうなクッキーである。
その時の私は無意識にカロリーを欲していたのだと思う。

目的の買い物を済ませると、私はまた病棟に戻った。
そして、さっそく買ってきたクッキーを開けて食べ始めた。
食べ始めると、その手が止まらなくなった。
もう1枚、あと1枚を繰り返すうちに、あっというまに箱の半分くらいを食べてしまった。
いくらなんでも食べすぎである。

実は薬の副作用で食欲が増進していたのであるが、当時の私はそんなことには気付かず、食欲のおもむくまま食べていた。
その後も引き続き売店にクッキーを買いに行っては食べるという行動が止まらず、体重は更に増えていくのであった。

ドクター中松が世界を支配する(DAY33)

この日は入院して何度目かの外出日だった。
外出は楽しい。
夫には来てもらわなくてはならないが、会えるというのが何よりの楽しみであった。
朝から楽しみで頭も冴え、体調も良いように思えた。

約束の時間が来ると、夫が迎えに来た。
外出して病院から歩いていくと、商店街を通りかかった。
その中の1件に文房具店があった。
筆記用具が欲しかったことを思い出し、私はその文房具店に入ることにした。

普段あまり文房具店に入ったことがなかったので、その中はとても新鮮だった。
中でも私の目に留まった商品があった。
子供のころに遊んだ砂鉄式のホワイトボード(磁石のついたペン先で書くと黒い字が浮き上がって来たり、丸や三角のスタンプを押すとその形に黒くなるおもちゃ)が更に進化した商品だ。
それは今までは黒1色だった色を赤と黒という2色に増やしているものだった。
原理について説明がパッケージに書いてあった。
S極とN極に赤と黒をそれぞれ割り当て、筆記用のペン先の両端にもS極とN極を割り当ててあるという。
それで引き合う同士が浮き出てくるので2色での筆記を実現しているのである。
単純な原理なのに今まで誰も考え付かなかったまさに「発明」的商品だった。

これを見ているうちに、私の中で妄想が広がっていった。
いつのまにか発明者はドクター中松ということになっていた。
「こんな素晴らしい発明をするのはドクター中松に違いない」
「今の元気のない日本をドクター中松が変えようとしているんだ」
「特許を取って知財国家を目指しているのだ」
「生活に身近な商品から、もっと大きなものまで発明されているのだろう」
そして、私は日本を影で支えて操っているのはドクター中松である、という結論に達した。
「だって、都知事選にも出てたし!間違いない!」
朝、頭が冴えていると思っていたが、そういうわけではなかった。
新たな刺激を受けたせいか、妄想がひどいだけである。

また、店内で買い物をしている自分を店員がじっと見ているように思えた。
「これは店員によるマーケティング分析に違いない」
「その証拠に私が足を止めた商品に注目してメモを取っているみたいだ」
「きっと良いサービスを提供するためにこの店はがんばっているのだ」

そして、数々の妄想から導き出された結論である「日本は良いほうに変わりゆく途中である」という考えは、しばらく続くことになったのである。
入院して1ヶ月以上経ってもこの状態なのだから、退院などまだまだ先の話なのであった。

もしかして統合失調症(DAY34)

私は昨日の外出の際に検索して調べたことを思い悩んでいた。
ジプレキサとルーラン。
この2つの薬について、インターネットで調べてみたのだが、どう見ても普通のうつ病用の薬ではなかった。
ジプレキサ、ルーランともに「統合失調症」という病気の薬となっていた。
私の本当の病名は何なのか?
まだ誰も教えてくれていなかった。

統合失調症という馴染みのない病気についても調べてみた。
この病気は昔は「精神分裂病」と呼ばれていたが、改称されたこと。
特徴としては、幻聴・幻覚や被害妄想を生じる陽性症状と、やる気が出ずに何もできなくなってしまう陰性症状といった症状があるという。
私はなんとなく自分にこの病気が当てはまるのではないかという気がしてきた。

気になるのは、「治りづらい」「治らない」病気であると書かれていたことである。
うつ病は治ると言われているが、統合失調症は治らないのか。
この深刻な病気になってしまったのかどうか、非常に気になる事項になった。
そうは言っても、正直に医師に聞くには勇気が要ったので、まだ自分の胸のうちにしまっておくことにした。

他の入院患者では自分の病名をきちんと知っている人が何人もいた。
強迫性神経症やうつ病等である。
では、なぜ誰も私の病名については教えてくれないのだろう?

結局私が自分の病名を明確に知るのは、退院間近になった頃のことであった。
もちろん、堂々たる「統合失調症」だ。

大人の塗り絵(DAY35)

日中は暇つぶしをするのも一苦労な入院生活で、私が新たにハマった趣味があった。
それが「大人の塗り絵」である。
下絵の線が描いてあるところを色鉛筆で塗っていくだけで綺麗な絵葉書が簡単にできあがるのである。
なんだか自分が絵が上手になったのではと錯覚させるこの感じが気に入った。
私が買った塗り絵は全て野の花の絵になっており、適当な花の色と緑色をそれらしく塗れば、一丁前の花の絵に見せることができた。

せっかく描いた塗り絵なので、それを絵葉書として家族にそれぞれ郵送することにした。
家族からは「普段の趣味じゃないっぽいねー」というコメントを頂戴した。
自分ではそれなりに上手に塗れたお気に入りだけを送ったというのだが…。
それでも、電話とは別の形でのコミュニケーションができて、それなりに楽しい趣味の時間だった。

同室の人でも大人の塗り絵にハマっている人がいた。
小川さん(仮名)である。
彼女の塗り絵はとにかく凄かった。
凄いというか「細かい」かつ「濃い」のである。
花の花びら一枚を塗るのにもおそらく何時間もかけて丁寧に色を重ねていくのだ。
だから、一枚の絵が完成するのに何日もかかっていた。
こんなに色を塗って、よく下の紙がへたってこないものである。
36色セットの豪華な色鉛筆はこういう人に使われてこそだ。
それにしても、病気なのに凄い集中力があって羨ましいなぁと私は思った。
私だったら何時間も塗り絵なんてしていられない状態だ。

それにしても、同好の士がいるというのはちょっと嬉しかった。
私たちの静かな病室に、鉛筆のシャカシャカという音だけが響く時間が続くのであった。

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最新記事はブログ統合失調症患者のクワイエットルーム体験記でお読み下さい。
2008年01月31日(木) 21:41:09 Modified by quiet_room




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