一話
火薬の破裂音が響き渡る。
暗闇に落ちていた意識が一気に現実へ戻り、私は飛び起きた。
火薬の破裂音は確かめなくとも分かる、聞きなれた音。
すなわち、銃声。
すぐさま、まくらに隠していた拳銃とマガジンを取り出す。
体にかけていた毛布ごとベッドから落ちて、ベッドを盾に姿を隠す。
(どこから?外?方角は?距離は?人数は?)
マガジンを装填しつつ、脳みそをフル稼働させ、何の情報が必要かを考える。
意識が戻ってきたとはいえ、先ほどまで寝ていた私には思考を纏める時間が必要だった。
(銃声はあの一回だけ。
付近に銃弾の痕はなし。
窓ガラスも割れた形跡はない。
距離は近かったけど、間近じゃない。
少なくとも、私を狙って撃った銃声じゃない)
部屋の隅にある窓をちらりとみても、窓に穴はなく、破片は地面にも散らばっていない。
ならば先ほどの銃声は外で起きた厄介事だろう。
そうと分かると、私は毛布を脱ぐように取る。
毛布の下は黒のショーツ一枚のみ。
部屋の冷気は体中の熱を奪っていく。
寒さから逃れるため、急いで部屋の隅にかけてあった服を取る。
ワンピース状の服を被るように着て、ケープをかけ、寝癖の付いた髪の毛のまま帽子を被る。
ガーターベルトをはいてからホルスターを太ももにつけ、ショルダーベルトを胸につけてナイフを設置する。
最後に愛銃のドラグノフを持つと、私は逃げるように部屋を駆け出した。
――――――――――――――――――――――――――――――
(さむっ……)
外は雪が降っていた。
ここ数週間、雪は降ったり止んだりの天候で、道路には雪が若干積もっている。
ケープのおかげでなんとか少しは暖かいものの、風が吹けばやはり肌寒い。
体は寒さに震え、自慢の髪の毛は雪とともに舞う。
寒さに震える身体に、私は鞭を打ちながら家を飛び出し、近くに捨てられている廃車の陰に隠れる。
銃声がしてから数分立っている。
銃を撃った本人はもう子の場にいないと思うが、可能性が無いわけではない。
もし狙撃を狙っているのだとしたら。
その可能性を考慮して隠れている。
廃車の陰からあたりを見渡すと数十メートル先に人が倒れている。
ドラグノフを構えスコープを覗くが、倒れている人から血が流れているようには見えない。
とはいえ、倒れている人は私に足を向けて倒れているうえに、私も良く見える角度にはいない。
うまく血が隠れているのだろうか。
(倒れてるってことは死んでる……よね?
誰がやったかはしらないけど……こんなところに死体を置いていくなんて)
内心にふつふつと湧くのは怒りの感情。
私が銃を握るようになって一ヶ月以上経つ。
その一ヶ月で学んだことが、いくつかあった。
一つ、誰も、特に大人を信用しない。
一つ、相手が誰であっても、情けをかけない。
そして一つ――
(殺すときは頭を撃ち抜く――)
むくり、と起き上がる倒れていた男性。
その服には血の痕が付いており、心臓付近には小さな穴が空いていることも伺える。
致命傷のはずなのに、即死でないにしてもあのように起き上がるのはほぼ無理なはずなのに、彼が起き上がれる理由は一つ。
(やっぱり、ゾンビ化した……)
それが正式名称なのかはわからない。
ただ、私は目の前の現象に、そう名付けた。
死んだ人が歩き出す現象を、ゾンビ化と。
――――――――――――――――――――――――――――――
数ヶ月前、私が住んでいる土地を病原菌が襲った、らしい。
ニュースではバイオテロだとか、宇宙から飛来した未知のウィルスだとか言っていたが、私にはわからない。
少なくとも、そこに住んでいる人間は全員感染した可能性があり、避難所への移動と政府の検査が始まった。
最初の一ヶ月は暴動もなく、全員がなんとか過ごせていた。
しかし、ある日。
老衰で倒れた人を埋葬しようとしたときに、現象が発見された。
響く叫び声。
逃げ惑う人、食われていく人、戦う人。
私は母に手を引かれて避難所から逃げ出した。
逃げることが一番だと思ったし、私は母に守られていれば良いと考えていたから。
だから、逃げ出したせいで、母も死んでしまった。
目の前で、たくさんの人に食べられて。
――――――――――――――――――――――――――――――
現実に戻る。
今、目の前には心臓を撃ち抜かれ、死者として蘇った人。
("死者として蘇る"って、意味がわからないけど)
自分で考えたことに自分で笑い飛ばす。
昔ならもっと笑えていたように思える事も、今はもう、乾いた笑いしか出来ず。
ドラグノフと呼ばれるライフル銃のコッキングレバーを引いて弾丸を装填する。
アレを放置するわけにもいかない。
これで準備は良い。
後はゆっくりと廃車から体を出し、アレの頭目掛けて――。
(――ッ!!)
気付いたのは体を廃車から出した瞬間。
黒い影が私を覆った瞬間だ。
「アァァァアアアア!!」
「きゃああああああっ!」
目の前に現れた、先ほどの男に驚いて大声をあげてしまう。
碌に構えもせず、銃口で相手の体を押しながらトリガーを引く。
腹を弾丸が貫くも、ゾンビは怯まずに私を押し倒そうとする。
「いやぁっ!いやぁぁぁぁぁっ!!」
ドラグノフを棒のようにつかい、押し倒そうとしてくるゾンビに抵抗する。
赤黒い眼と血の色をしていない液体が服にかかってくる。
私はドラグノフを突き立てたまま、転がってゾンビから遠ざかる。
ゾンビは私の代わりに銃を押し倒す。
しかし、それが目当てのものではなかったことに気付いたのか、ゆっくりと立ち上がってくる。
私はすぐに太ももにつけたホルスターから拳銃を抜き、ゾンビの頭を狙って何発も撃ち込もうとするが、トリガーが引けない。
(しまっ――。セーフティ(安全装置)ッ――!)
「アァァアアアッ!!」
「ひっ――やっ――!」
まるで老人のように前傾姿勢で走ってくるゾンビを、間一髪横に飛びのいて避ける。
服がとけかけの雪で濡れてしまい、体の熱を奪っていく。
急いで安全装置を外そうとするも、震える手は恐怖心からなのか、それとも寒さからなのか分からないほどで、安全装置を外すのに手間取る。
雄たけびを上げながら迫りくる死。
いそげ、いそげ、と逸る気持ちを抑えながら安全装置を外し。
「アアアアアアッ!!」
「死んで!死んで死んで死んで死んで死んで死ね死ね死ねっ!!」
銃の、独特な破裂音が響く。
一発、二発三発四発五発――。
何発目が頭に当たったのかは分からない。
けれど、ゾンビは滑り込むように地面に倒れ、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……。ひっく、ひっ……」
自然と涙が零れてくる。
何度も潜り抜けた死線は、いまだに私の心を砕き、はしたなく喘がせようとする。
耐えようと声を抑えるも、涙は止まらず、止むまでに数分を要していた。
「ぐすっ……。ママ……パパ……」
呟いても誰も助けてくれない。
分かっている。
だけれど、この理不尽を受け入れがたく、いつも呟いてしまう。
「誰か……、助けてよ……。誰か……」
溶けた雪が服を、下着を濡らす。
濡れた衣服が体の熱を奪っていく。
このまま死ねたら。
そう考えるも、私の体はゆっくりと立ち上がる。
「こんなところで……死にたくない。
死にたく、ない……」
アレと一緒になるのはいやだ。
ただ片隅に浮かぶのはそれだけで。
私はゆっくりと歩き出す。
親の形見であるドラグノフを拾って。
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