No.75 ユニヴァーサル野球協会
中年会計士ヘンリーの頭の中で日々繰り広げられる熱戦、ゲーム展開を決めるのはサイコロと各種一覧表だ。完全試合を達成した新人投手を悲劇が襲った時、虚構世界が現実を侵し始める。(白水社ホームページより)
アメリカ・ポストモダン文学の大御所、ロバート・クーヴァーの小説。
野球小説とされることもあるが、実際に野球が行われることはない。
テーマとして扱われるのはサイコロの出目ごとに試合の結果が変わっていくゲームである。野球版TRPGに近い。
主人公ヘンリーの存在が創作者、ないしは神と明確に重ねあわされており、いわゆる「キャラクターが動く」現象に振り回される創作者についてのメタフィクションと言える。
野球小説とされることもあるが、実際に野球が行われることはない。
テーマとして扱われるのはサイコロの出目ごとに試合の結果が変わっていくゲームである。野球版TRPGに近い。
主人公ヘンリーの存在が創作者、ないしは神と明確に重ねあわされており、いわゆる「キャラクターが動く」現象に振り回される創作者についてのメタフィクションと言える。
ヘンリーはついにかれ自身の手になる野球ゲームで行こうと覚悟を決め、本物の野球の複雑さに近づけようと、ハンデや釣り合いの問題に取り組んだのだった。それだけでほぼ二ヶ月を費やしてしまった。まずサイコロ二つではうまく行かなかったのでサイコロ三つ、しかも全部色違いでやってみた。その結果、二一六通りもの組合わせが生まれゲームには本物めいた複雑さが加わった。(中略)実際、より複雑にするために一の三ゾロか六の三ゾロ————つまり、一・一・一か六・六・六————が出た場合、次の出目は緊迫プレー一覧表を参照することで、一層派手な事件を引き起こそうとしたのである。(中略)一か六の三ゾロが二度続けて出ることは非常にまれだが————まる二シーズンを通じて平均三回ぐらいしかない————それでも、もし出た場合、次の出目は殴り合いから八百長試合まで、ほとんどどんなことでも起こる大事件一覧表を参照することになる。大体こういうゲームである。主人公ヘンリー(56歳独身)は仕事も手につかないレベルで熱中しており、うちに帰るとほぼ毎日これをやっている。各選手の性格や人生まで表にして、もはや一つの仮想世界を作ってしまっているのである。これだけ打ち込んだ(しかも自作の)ゲームで自分の意にたがわないことが起こったら……
「これは試練なんかじゃないよ」とデイモンがいう。グローブを小脇にかかえ両手で真新しいボールをこねながら。ロイスにはわかっている、かれの背後で打者のスキャット・バトキンが打席に向かっていることが。「あるいは教訓でもない。これはただの現実なんだ」デイモンはボールを二人のあいだに高くかかげる。それは固く、白く、太陽に照らされて活き活きと輝いている。
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