301 :わいと ◆JAcqDEcOkfoM @無断転載は禁止:2016/08/28(日) 00:57:06.60 ID:/70W9qeK0
【第八十七話】『紫陽花の祠』
この話、うちの母親から聞いたものだから『〜だそうだ』『〜との事』ってな伝聞系の言い回しが多少目障りに思われるかも知れないけれど、
そう長くもない話なので何とか御容赦頂ければ…。
彼女がまだ幼かった高度成長期、実家では犬を飼っていたそうだ。
その犬ってのが、当時の品評会で数多の賞を獲得した精悍ながらも人懐っこい秋田犬だったとの事。
しかしある日の真夜中、近所でも有名なちょっとおかしい若者に撲殺されてしまったそうだ。
悲痛な鳴き声を聞いて家人が慌てて表に出て見るも時すでに遅し、屋外の犬舎前には何度も頭部を打ち砕かれて息も絶え絶えの秋田犬が
血まみれで横たわっているだけだったとか。
幸い翌朝、血に濡れた木刀を手にして多少噛まれた腕もそのままに辺りをフラフラしてたそいつを見た新聞配達員が警察に通報してその線から簡
単にお縄になったものの、そいつの家が日銭を稼ぐのもままならない経済状態だったそうで、警察曰く
「これじゃあ賠償も期待できないですねえ。もうしょうがないですよお」
という事で結局こちらは泣き寝入り。
数日間目を真っ赤に腫らしていた当時の母だったそうだが、ある日を境に主無き犬舎から夜な夜な「キューン、キューン…」と、かの犬そっくりの
甘えた鳴き声が聞こえてきたそう。
それが何日も続き、いたたまれなくなった母がその犬舎の前に餌とお水をやったら鳴き声は聞こえなくなったという事だ。
302 :わいと ◆JAcqDEcOkfoM @無断転載は禁止:2016/08/28(日) 00:59:18.27 ID:/70W9qeK0
『襲撃の際、大人しい犬とは言えさすがにに吠えるだろ』
『そんな大事な犬なら、せめて犬舎周りをケージで囲っておけよな』
『キューンキューンって、お前の彼はパイロットかよ』
…いろいろ突っ込みどころはあれど、今では気の強い婆さんと化した母が、その時ばかりは目にうっすら涙を浮かべて語っていた辺り、
あながち嘘ではあるまいと思う。
思えば、母の実家の庭に咲く紫陽花(あじさい)の脇には俺が生まれるはるか前からのものと思しき、何を祀っているのか考えた事も無い
古ぼけた小さな祠があったっけなあ…。
【了】
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