2ch.netオカルト板で2016年8月20日と8月27日に行われた百物語のまとめです。

【第五十四話】『山の何か』 茶屋 ◆9AuhBEUXVg


183 :茶屋 ◆9AuhBEUXVg @無断転載は禁止:2016/08/21(日) 05:59:19.86 ID:1lOh9GdO0
「山の何か」

これは知り合いから聞いた話です。


彼の祖母は子供の頃、四国の山沿いの寂れた村に住んでいたそうで、
まだ街灯もポツリポツリあるか無いかくらいの状態で、月のない夜など目を塞がれたように暗かったそうです。

祖母が9歳の夏、町のほうで親戚の集まりがあり母親に連れられて参加した後、帰りは夜八時を過ぎていました。
村に入る手前に森を通る道があり、両側は高い木々に塞がれ、空もほとんど見えないくらいでした。
「やっぱり泊まってくれば良かったろうか」
彼女の手を引きながら母親が言いました。
そこそこ大きい月が出ていたので夜道も大丈夫だと思っていたのが、急に雲が厚くなって暗くなってしまい、かなり後悔していたそうです。
それでも今更しかたないので、なるべく早く家につこうと、祖母の手を引き森の中を早足で歩いていました。

ちょうど真ん中あたりを過ぎた時、道の左側の森の中から

どぉん

という音がしました。
母親が足を止め音がした方を見ますが、木々の間は鬱蒼と暗く、何も見えません。
葉を揺らすほどの風すら無く、動く物の気配もありませんでした。
しばらく立ち尽くした後、また歩き出そうと前を向いた途端、また

どぉん

と、明らかにさっきより大きく音がしました。

(続)

184 :茶屋 ◆9AuhBEUXVg @無断転載は禁止:2016/08/21(日) 06:00:40.10 ID:1lOh9GdO0
しかも今度は足元から、小さいながらはっきりと地響きまで感じられました。
木の高い方からガサガサと、鳥の羽ばたく忙しない音と鳴き声がして、
母は急いで幼かった祖母を抱きかかえ身構えました。
やや後ろの方の藪の間に、確かに木とは違う黒い影が立っているのがわかりました。

祖母は、その頃よく食べた、3色のアイスキャンディーみたいだと思ったそうです。
頭が角のない三角錐、太さが変わらないまま四角い胴体、腰のあたりから丸みのある膨らみがあり、その下に藪に隠れて少しだけ、
まさにアイスキャンディーのように一本の棒が伸びていました。

ギュッと抱きしめられながら、母親がガタガタと震えているのを祖母は感じました。
祖母自身は情況がよくわからず、怖さより
(あれはなんだろう?)
という好奇心が強かったそうです。
むしろ母が怯えていることが怖かったと。

深い藪から足らしきものが少しでも見えているという事は、それはそこらの人間より遥かに大きなものでした。
やがてそれがゆらりと動き、また
どぉん
と音を立ててこちらに近づきました。
母は耐えかねたようにガクリと膝をつくと、
「お願いです!お願いします!」
と、祖母を抱きかかえたまま、何度も深く頭を下げだしました。
何をお願いするのか母にもわからなかったそうですが、とにかくこのままでは娘(祖母)が取られてしまう、と、そう思ったのだそうです。

お願いします、と母の声と衣擦れの音だけが、風すらない空気の中を響いていました。
そうしてどのくらい経ったか、もう一度、どぉん、と音がしました。
母が顔を振り上げると、こちらに向かってくる黒い影。
どぉん、どぉん、と抱き締められて見ることが叶わなかった祖母も、その音と地響きだけは感じられました。
よろめきながら立ち上がり後退る母が、ガチガチと歯の根も合わないほど震えていて、祖母は怖いながらも、
いったい何がやって来ているのか、そのほうが気になって、母の手の下で力を込め、なんとか振り向いて見たそうです。

(続)

185 :茶屋 ◆9AuhBEUXVg @無断転載は禁止:2016/08/21(日) 06:02:42.34 ID:1lOh9GdO0
ちょうど森の中から“それ”が出て来る時、雲が切れ、月光が小道を照らしました。

藁のような髪の間にお盆のような一つ目。
その下に曲がった釘抜き型に開いた口。
中から、ぐるりと鋭い歯が切っ先を見せて並んでいました。

見えたのはそこまでで、母がカラスの叫びも霞むほどの悲鳴を上げ、彼女を抱えたまま恐ろしい速さで村の方へ走りだしました。
だけどそのために祖母は、その何かを母の肩越しに楽に見ることが出来るようになりました。
藪から出てきたそれが丸太のような脚を曲げ、また一歩、どぉん、とこちらに向かって跳ね出すのを。

また布を裂くような悲鳴を上げ、母は転がるように走り続けていました。
それでもその何かは大きなジャンプで、あっという間に近づいてきそうでした。
ここに来て祖母はやっと本当に怖くなって、叫ぶように泣きだしたそうです。
何かは一跳ね毎に近づいてきて、もう手を伸ばせば届くのではないか、と思われた時、村の方から
けたたましい吠え声を上げながら二匹の犬が走ってきたのです。
犬達は母と祖母の横を走りぬけ、何かに跳びかかって脚と腰蓑のような部分に噛み付き、引き倒そうとしました。

「おーい!」

用事で家に残っていた父を含め、村の知人達の声が聞こえ、その姿が緩い坂の下から駆け上がってくるのが見えました。
叫びが聞こえて飛び出したそうです。
気が緩んだのか、母はその場に膝まずき、弾みで祖母は足を地面にぶつけましたが、とてもそんなことは気にしていられませんでした。
猟銃も持った村人が犬の吠えかかる方へそれを向けると、噛み付かれていた何かはグニャリと体を弛め、一跳ね大きく籔に向けて飛び、バリバリと茂みや木の枝を折る音を立てながら森の中へ消えました。

相手の異形を見ては、誰も後を追おうとはしませんでした。

(続)

186 :茶屋 ◆9AuhBEUXVg @無断転載は禁止:2016/08/21(日) 06:03:50.13 ID:1lOh9GdO0
それから夜は、村の外れに二人の見張りが立つようになったそうです。

それは街頭が道に立てられるまで、ずいぶん長く持ちまわりで続きましたが、誰も不平は言わなかったそうです。
そして祖母はその時かかとにひどい擦り傷を作ったそうで、知人はこの話を聞いた時、まだ残っていたその痕を見せてもらったそうです。


雲が切れて明るくなったのは祖母がそれの顔を見たその時だけで、他の人達は影しか見なかった。

そしてその事を、知人の祖母はとても羨ましがっていたそうです。


(了)



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