139無題Nameとしあき 20/10/03(土)02:58:31No.13590342そうだねx11

彼女は今更、実家で合わせる顔がないと言った。
では彼女は一体どこで暮らしていたのだろうか?
「鈴瑚トプスの肉を食べてたわ。」
八橋は真顔で言った。 本当か? トプスだぞ?
「トプスって寝ている時にそっとお腹を揉むとね…
 プチッて千切れるのよ。 お肉が。」
それはもう追及しないとして、味はどうなのか。
「牛肉っぽいけど、柔らかすぎて変な感じ。
 焼いたら硬くなるけど。 チーズみたいな。」
「…その、トプス肉をどのぐらい食べ続けた?」
「もうわかんないよ。 四季とかないし。」
俺は撮影車にある携帯端末を渡すと、それが
現在時であるという事を彼女に理解してもらった。
「あぁ… まだ半年も経ってないわ。
 体感ではもう何年も過ごしてた気で居たのに。」

140無題Nameとしあき 20/10/03(土)02:58:56No.13590344そうだねx11

八橋は、実家で何があったのだろう? 本来なら
無名のカメラマンである俺が口を利いていいような
立場の女性ではないはずだが、今はもう彼女は俺の…
「何があったのか、教えてくれないか?」
「…啖呵切って、家出してきただけよ。 私にもう
 これ以上、似たような絵を描かせても無意味だって。」
笑ってしまいたくなるような、子供じみた話だった。
「…もう絵は描かないのかい?」
「いや、もう売れる絵は描きたくないだけよ。
 交尾とか死体とか暴力とか汚物とか、もうウンザリ。」
俺はかつて、彼女がジュラシックの死体の絵の下書きを
見せてくれた事を思い出した。 そうだったのか。
「女性作家がそういうショッキングな絵を描いたら、
 紳士が関心持ってくれるのよね。 だから売れるの。」
彼女は俺を見つめていやらしく、ニヤリと笑った。

141無題Nameとしあき 20/10/03(土)02:59:16No.13590346そうだねx14

「…そんなに儲けられたのかい?」
「末端の額は知らない。 でも私は正直お金に困ってないし。
 お金儲け出来て嬉しい人が喜んだだけよ。 それだけ。」
八橋は酷くドライに、絵画の業界を見つめていたようだ。
「その為だけに私の絵が存在するなんて、イヤだよ。」
俺はその言葉で、ドライな目と心で世界を見つめていた彼女が
本当はそんな事を受け入れたくないという潤いを持っていると
すぐに理解できてしまった。 そして、そっと抱き寄せる。
「八橋。 本当は、今でも絵を描くのが好きなんだろう?」
俺が見つめると、彼女は目を逸らした。 そして呟いた。
「ええ、大好きよ。 今でもね。」
「…そんなに私に、何か描いて欲しい?」
「当たり前だろう! あの九十九八橋様なんだから!」
俺が熱弁すると、彼女は満足そうに微笑んだ。
「それじゃあ、何を描いて欲しいの?」(終)

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