輝針大学――研究室
私は研究室の隅っこで骨をしゃぶっている今泉くんを叩いて呼びつけた。
「いたっ!…何ですか鬼人博士…」
「サボろうとしてるんじゃないぞ今泉くん。さっさと準備しろ!出かけるぞ」
そう言えば今泉くんは全て理解してフィールドワークの準備を始める。いい使いっ走り根性だ。
彼女は私が出かけたいと思った時に出かけるという私の特性を十分に理解してくれている。
なにせ、私の方がここでは上なのだから。直に下っ端妖怪を従える優越感を味わえる。
遙か昔は下克上を夢見ていた私も、今では並み居る研究者達の中でも三本の指に入る地位だ。
だが、まだ頂点には至っていない。尤もそこを目指している訳ではないのだが…。
「今日は何処へ行かれるんですか?」
「カンジュデン地方だ。初心に還る」
それ以上は言わなかった。助手は黙ってついてくればいいのだ、こいつはそういう意味でも役に立つ。
小さいのはあーだこーだ五月蠅かったから、これくらいの奴が丁度いい。

カンジュデン地方――前線基地の森
ここ、カンジュデン地方は小高い丘…というか山に囲まれた盆地だ。
つきのみやこ自然保護地区の入り口にあり、多くの観光客がまず入る場所。
ここにはお馴染みのラプトルとトプスが至るところにいて、山脈をなぞるようにして観光ルートが伸びている。
一般の観光客は山を超えられないが、許可証を持っている私達には何の問題もない。
この山の向こうは槐安通路の岩場と凍り付いた月の都、その先には静かの海がある。
これらを囲うようにして山が立ち並んでいてまるで守るようにして森が広がる事から前線基地。
道中では嫌と言うほどトプスを見る。もちろん車では超えられないので歩きだ。
「あの…少しは荷物…」
「うん?何か言ったか?今泉くん」
「いえ…なんでもないです…」
元狼女の妖怪とだけあって力のほうは心配ない。流石にジュラシックには及ばないのだが。
それでもこいつがいると色々な危機を回避出来る。その為に助手にしたのだ。

「ましし、まっしっし」
ジュラにゃんの鳴き声だ。本来シンレイビョウ地方にいるのだがジュラにゃんは決まった縄張りを持たない。
凶暴で邪悪な肉食竜で、遭遇したら逃げるのは困難とされている。
だが、こんな時に今泉くんは役に立つ。私は今泉くんの手を引いて一緒に茂みの中に身を潜める。
「まし?犬の匂いがしまし…」
本人は香水を付けたがっていたが、こういう自然では獣の匂いの方が人の匂いを隠せるのだ。
犬は小さすぎるのでジュラにゃんの捕食対象にはならない、すぐに興味を失うだろう。
「おちびちゃんの遊び相手に丁度いいまし!どこにいまし…?」
まずい、偶然にも興味を持たれてしまった。だが、こんな時でも安心だ。
私は今泉くんの袖を引っ張ると、今泉くんは口のそばに手を添え、大きく息を吸った。
「アォォーーーーーン!!」
「狼まし!怖いまし!!」
ジュラにゃんは邪悪で賢いので他の肉食獣との競争を嫌う。
鳴き真似を聞いたジュラにゃんは一目散にその場を離れていった。やはり役に立つ。
今泉くんがなにやら冷めた目でこちらをみているが些細な事だ。

私の今回の目的はこの先の凍り付いた月の都にある。そこはサグメノドンが多く生息する地域だ。
かつて人が生活していたような跡があり、多くの人工物がそのままジュラシックの住処になっている。
もう少し奥に進めば静かの海で、そこには天敵でもある純狐サウルスやヘカTレックスが跋扈しているのだが…。
にも関わらず、ここにはサグメノドンが…まるで何かを守っているかのように群生している。
「見て下さい、博士。あそこにトプスがいますよ」
今泉くんが指差した先を見ると、崩れた建物の剥き出しになった二階にトプスがいた。
寝転がりながらdangoを食っている。様子を見るからにこの辺りの長の様な存在だろうか。
こちらに気付いたようで上体を起こすと胡座をかいてこちらを見下ろした。
何だか変に人間臭いトプスだ、ああいう奴は会話が出来る。私はトプスに向かって手を振った。
トプスは何故か後ろを振り向いた。その後、自身を指差した、そうだよお前だよ。
如何にも「仕方無いプスなぁ…」と言わんばかりにその辺の瓦礫に手をかけてようやく立ち上がった。
ゆっくりと、一歩一歩、階段を踏みしめて…さっさと降りてこいよ。

「ガクシャさんがこんな所まで来るなんて珍しいプスねぇ…」
そう言いながらトプスは股の辺りを掻きだした。さっさとこいつから聞くべき事を聞いて別れよう。
「お前はこの辺に住んでるのか?」
「いや、トプは前線基地の方に皆と住んでるプス。なんか…ジュラにゃん?とか言うのが来たから逃げてきたプス」
どうやら私達より先に避難してきたようだ。この先にはジュラにゃんの天敵である純狐サウルスもいる。
ここに退避すればジュラにゃんは追ってこない、これを知っているという事は…。
「どうやら相当、群れとしては長生きしてるみたいだな」
「プス?確かにうちのお爺ちゃんは物知りだったプス」
基本ラプトルとトプスの群れというのはバッドジュラシック等の外的要因によって崩壊しやすい。
ただでさえラプトルの脆さとトプスのそれを追うという習性が重なり合って群れの寿命は短い。
こいつは当たりだ、今泉くんに手で合図をするとタブレットを取りだした。
「話が聞きたいんだが…この辺の昔話とか聞いた事ないか?」
「昔話プスか?うーん…結構いっぱい聞いたからどれから言えば分らないプス…」

この先の静かの海はその奥、豊かの海のあるボウゲッショー海域に繋がっている。
凍り付いた月の都では最近、奇妙な物が見つかった。それがモモサウルスとウミサヨリの骨だ。
これが静かの海で見つかるならまだしも、凍り付いた月の都は完全な陸地で海棲である二種はいるはずがない。
仮に遙か昔に海だった…としても静かの海までの距離がありすぎる。
凍り付いた月の都という地名も現地のトプスから聞いて名付けられた地名で、理由は詳しく分っていなかった。
だが月の都…というなら同じ地名がある、それがボウゲッショー海域の月の都だ。
偶然にしてはできすぎている、そこの名付け親は今は行方不明のジュラシック研究の権威、八意博士だ。
この二つには関連がある…。それを調べるのが今回の調査、という訳だ。
地質に詳しい奴が居ればそいつを連れて確かめたかったのだが…残念ながら知り合いにはいない。
適当に思われるかもしれないが、分かりやすいのは現地の奴に聞く事だと考えた。
「じゃあ耳が痛くなるほど聞かされたやつでいい。ありきたりなやつから頼む」
「ありきたりかどうかは分からないプスけど…よく聞いたやつでいいプスな?」

この辺には昔、人間がジュラシックを従えて暮らしてたプス。
主にサグメノドンやレイセンフォドン…ラプトルやトプスもいたらしいプス。
山と海に囲まれたここは争いも無く、せいぜい近くの純狐サウルスが怖いくらいで平和だったプス。
yasaiも豊富で飼い慣らしたジュラシックとyasaiを分け合って暮らしていたプスが…。
都として大きくなりすぎた時、どうしても外に狩りに行く必要性が出来たプスな。
前線基地まで行くには山を越えなきゃいけないし、槐安通路の方には食べられるジュラシックがいなかったプス。
そうなったとき狙われたのが純狐サウルス…プス。たまたま近くに群れが寄ったプスなぁ。
子供を10匹連れていてその時、見張っていた親は1匹だったプス。
都の長が縛り付けた親の前で9匹を撃ち殺して1匹だけ将来の為に残したプス。
子供とは言え図体のでかい純狐サウルスが9匹分も手に入ったプス。都はお祭り騒ぎだったプスな。
その日は夜通しで宴会が開かれたプス。そのうち、雨が降ってきたけど誰も気にしなかったプス…。

異変に気が付いたのは三日が過ぎた頃プス。太陽がまったく見えなくなったプスな。
その間ずっと雨が降ってて都は水浸しだったプス。それでも多くの人はまだ気にしなかったプス。
五日が過ぎた頃、建物の浸水が酷くなって人々が避難を考え始めたプス。
急いで船を作ったけれど太陽が見えなくなったからか、気温がどんどん下がっていたプス。
都の周りが綺麗に凍って船で逃げる事は出来なかったプス。
歩いて逃げようとすれば長雨で岩場が崩れて前線基地への路は塞がれたプス。
九日目には全ての建物が水に浸かって、遂に静かの海と繋がってしまったプス。
それでも太陽は見えないし、気温は下がる一方で遂に都の全てが凍結してしまったと言われるプス…。
かろうじて浮かんだ船に乗った一部の人も、明日には終わる命と諦めていた次の日プス。
十日目にようやく太陽が出て、周りの氷が溶けて人々は船で逃げる事が出来た…というお話プス。

「…成る程、つまりこういう事か。殺した純狐サウルスの数だけ太陽が消えた…と」
「まぁ、お伽噺の類プスな。人間向きだと思うけど何でトプ達が聞かされてたのか分からないプス」
凍り付いた月の都の名前が付けられた理由も説明が付いた。この伝承があったからだ。
そして、その通りなら…ここはやはり、かつては海中にあった。という事になる。
「ここからサグメノドンが離れないのも逃げた人々を待っているから…とも言ってたプスなぁ」
「しかし…その話の通りだとおかしい点があります」
タブレットに話を記録していた今泉くんが口を挟む。意見を言う時は「ワン!」と言ってからと教えたはずだが…。
「静かの海は今は大部分が砂浜で…だからこそ純狐サウルスやクラサウロロピスが生息しています」
「こっちまで水没してたなら…逃げ場がないのは純狐サウルス達も同じって訳か…」
この二種含め、ヘカTレックスも泳ぐ能力は高くないはずだ。ましてや都が水没する程の雨…。
モモサウルスとウミサヨリがここまで来るくらい水位が高くなったとすれば、こいつらは全滅している。
仮に逃げられたとしても、ここに戻って来ている理由が分らない。一体何の為に…。

「さっきも言った通りお伽噺プスよ?真面目に考える必要なんてないプス」
私はトプスの腹を軽く小突くと、向こうへ行くよう手を払った。
「それがガクシャの仕事なんだよ。…やっぱりもう少し調べる必要があるな」
今泉くんは露骨に嫌な顔をした。私の次の行き先を推察したに違いない、敢えて言ってやろう。
「ボウゲッショー海域に行くぞ。準備しろ」
船の手配なんてものはしてないが、その手に持っている物でなんとかしろ。
それを示す様にタブレットを軽く指で叩いてやると今泉くんはまたも冷ややかな視線を送るのだった。


静かの海――海岸
念の為に今泉くんにあのTシャツを持たせてきておいて正解だった。
どっかのいかれたデザイナーが売り出した黒のTシャツはヘカTレックスや純狐サウルスの目を欺ける。
一刻も早く脱ぎたくなるくらいダサいデザインが難点だが…文句は言ってられない。
何とか周りにジュラシックがいない海岸まで来られたのだが…問題はこの後だ。
「それで、海を渡る手段は用意しておいたのか?」
研究費用は幾らでもある。ヘリなりクルーザーなり呼べるだけの金はあるのだ。
「えーっと…それが…。チャーターは少名学長から拒否されまして…」
答え方がいかにも歯切れが悪い感じだ。視線が一瞬、自分の髪に向いた事を私は見逃さなかった。
「……っつー事は、そこにいるんだな?」
今泉くんの髪を掴んでかき分けると、そこに小さいのがいた。ついてくるなと言ったのに、また…。

「なんで駄目なんだ。理由を言え」
あまり言葉を多くして五月蠅く喚かれたくない、こいつがいると場が五月蠅くなるから嫌なんだ。
「小槌で出せるお金だって限度があるよ!うちだってそんなに裕福じゃないんだからね!」
「大学であんだけ学生集めてるっていうのに金が無いわけないだろ!」
「維持費だけで精一杯だよ!あの広い中に何頭のジュラシック放牧してると思ってるの!?」
「ぐっ…!」
ジュラシックの放牧は私が言い出した事だ。共に学び、共に生きる。それがあの大学の理想だったし、
人とジュラシックの共生を謳う第一人者としてそうあるべき。その思いから私が無理を言った。
だからそれに対しては何の反論も出来なかった。小さいのがこちらに向かってあかんべーをする。
「それじゃあどうするんだよ!ここまで来て帰れっていうのか!私は帰らないからな!!」
わざわざ海岸まで歩いてきた時間を考えれば帰るのは惜しい。それにまだ、何も検証出来ていない。
「一応…手段は考えておいたんですけど。そろそろ来ると思います」

来る…と言ったからにはどこかから飛んでくるか、船か何かが来ると思うのだが…。
今の所、そういった機械音はまったく聞こえてこない。今泉くんはある方向を見つめている。
そこは私達が今まで歩いてきた道だ。そこから来るとしたら人だが…まさか人を呼んだのか?
「おっ、いたいた」
不意に私の後ろから声が響く、振り向くと空中に浮かぶ生首があった。
「うおおおぉぉぉぉおお!!!」
思わず体を捻らせ後ずさった。…よくよく見たらうちで働いてたろくろ首じゃないか?
こいつを呼んだとしたらなんでこんなやつを…。
「あっ!蛮奇ちゃん!!姫はちゃんと連れてきてくれた?」
「もうすぐ来るよ。それより人を使いぱしりにしないでほしいな?」
「うっ…ごめん。ちょっとやって貰いたい事があるだけだから…」
姫?こいつにその姫とやらを連れてこさせるのが目的だったようだ。
そういえば、こいつには人魚の知り合いがいたな…。そいつに何をさせる気だ?

「影狼ちゃ〜ん。来たよ〜」
悪路を走る為か、ジープの助手席にのって人魚が登場した。そっちならレンタル代もまだ安いだろうな…。
運転席に陣取っている首無しが人魚を持ち上げて私達の前に来た。
「ほとんど獣道を通って来たけど…よく知ってたね、流石」
「蛮奇ちゃん、ちょっと嫌味入れてるでしょ?」
「凄かったよ〜!途中の岩場でガタンゴトン!揺れて…アトラクションみたいだった!」
ここが純狐サウルスやヘカTレックスが跋扈する危険な場所だということも忘れて騒いでいる。
私から切り出さないと、ここでずっとお喋りしてそうな奴らだ…。
「手段、ってこの人魚に乗れって事か?流石に無理があるだろ」
「あー…えっと、違います。それじゃ姫、多分ここの奥にあると思うから…」
「潜ればいいんだよね?任せて!!」
首無しが人魚を海まで運んで手を離すと人魚は勢いよく潜っていった。
今泉くんは海の中を指して「奥」、と表現した。海の底…となると何があるか。

静かの海は豊かの海とも繋がっている。この辺りにまで…確かmomoが広がっているはずだ。
momoは最近では地上で育てられ、すっかり海生のイメージが無くなったが本来は海生だ。
ウミサヨリやモモサウルスの主食として知られ、植物に近い生態をとる。
大きくなるまで親である木から実が離れず、手先が不器用なモモサウルスは実が離れるのをひたすら待つ。
その為、代わりにとってくれる生き物に非常によく懐く事が知られている。
同じ海であればウミサヨリ、地上からレイセンフォドンがmomoを落とす例もあった。
まさか…。人に懐く事例はそりゃ多いが、あれに乗ろうって話なのか。
モモサウルスは背中に生き物を乗せるのが好きなジュラシックで「海と山を繋ぐ」とも言われている。
懐かせる事が出来れば…この海を渡る事も難なく出来るかもしれない。

「影狼ちゃーん!これでいいんだよね!?」
潜水していた人魚が馬鹿でかいmomoを持ち上げて浮上してきた。
海のmomoは大きいもので十メートルに及ぶ。そういえば「水の中で力が増す程度の能力」だったか…。
そしてそれをどこからか見ていたのか、人魚の後ろからもの凄い水飛沫が上がる。
このど派手な登場の仕方は…間違いない、モモサウルスだ!「キュピー!」という特徴的な鳴き声も聞こえる。
どうやら腹を空かせているようだ。人魚が持っているmomoを見つめたまま動かない。
「だ、大丈夫!?食べられたりしないよね!??」
「モモサウルスは他人の分を取るほど好戦的じゃないし、頭も悪くない」
怯える人魚に聞こえるように少し声を張り上げて説明した。その後、今泉くんに視線を移す。
「あっ、姫ー!!そのmomoをモモサウルスの目の前に浮かべたら離れて!!」
人魚は指示された通りに動くとモモサウルスは前ヒレでmomoを掴んで首を傾げた。
ろくろ首が人魚を回収すると、持ち上げられた腕の中で人魚が頷いた。

「キュピー!!」という元気のいい声をあげるとmomoを一口でぱくりと食べてしまった。
モモサウルスはエネルギー効率が良く、一つのmomoでも長時間泳ぐ事が出来る。
滅多に餌にありつけない為に進化したのだが…その為に一気に多くのmomoを食べて巨大化してしまう。
これだけで懐いてくれるか疑問に思っていたのだが、モモサウルスは大分喜んでいるようだ。
こちらに近づくと、体を僅かに砂浜に乗せて前ヒレを上機嫌に動かしている。「乗って良い」の合図だ。
「急繕いの船…になりますが。これで良かったでしょうか?」
「まぁ、上出来だ。行けるところまで行くか」
行ける所まで…、と表現したのは複雑な事情が絡む。私の目的地は「月の都」だ。
だが、そこに辿り着いた研究者は現状では八意博士しかいない。謎の嵐や大波に飲まれる…らしい。
様々な方法で数多の研究者が挑んだが、実際に「月の都」を見た者はいない。
モモサウルスを用いた方法もあった、だが突然暴れだして全員が振り落とされた…とも聞く。

「またいつでも呼んでねー!影狼ちゃん!!」
「ゴマダレでもいいから駄賃用意しておいてよ」
「帰ったら何か奢るから!気を付けてね!!」
モモサウルスの上に乗ると草の根の下っ端妖怪達がわちゃわちゃと何か言い合っていた。
こっちはさっさと行って調べたい事が山ほどあるというのに…。呑気な奴らだ。
「仲間っていいねぇ…。そう思わない?せーじゃ?」
…頭の上から何か声が聞こえる。
「いつの間に乗ってんだ!バレたからって開き直りやがって!!」
「何よ!!二人で調査するのに限界があるって漏らしたから大学まで作ったのに!!」
「あれは一人でやるための口実以外の何物でもねぇよ!勝手に解釈したのはお前だろ!!」
「素直に喜んだらどうなの?!天邪鬼!!」
だからこいつがいると嫌なんだ…。ジュラシックの研究に没頭出来ない。だから…。


ボウゲッショー海域――海上
「月の都」へと辿り着くまでにいくつか小さな島々が点在している。
まずはそこの一つに上陸して「月の都」があるとされている所を遠くから観察したい。
記録によればモモサウルスが暴れるのと、謎の嵐が訪れるのとは大体同じくらいの所らしい。
予兆としてモモサウルスが震え出す…というのがあるとも記載がある。
それを参考にして、一番「月の都」の近くにあるとされる島に上陸しよう。
「あれ?誰かいますよ。向こうの島」
今泉くんが野生の獣さながらの視力で何かを見つけたようだ。そこにあるのは目的の島だ。
双眼鏡を取り出して確認する。…体育座りした紫色の髪の女が見える。
「あれ綿月の…妹のほうじゃないか。何でこんな所にいるんだ…?」
周りに船舶は確認出来ない、更に墜落したようにも見えない。どうやってそこまで辿り着いたんだ…。
完全に無人の島であり、何本かmomoの木が土から生えている。一応サバイバル環境はありそうだ…。

人命救助なんてガラでもないが、そこが目的地でもあるし見逃せない。
モモサウルスをそこへ向かって近づけさせると妹のほうが立ち上がり手を振る。こちらに気付いたようだ。
「何してんだ。こんなところで」
「あっ!貴女は稀神様の…」
ここであのババアの名前が出てくるとは思わなかった。いや、予想通りかもしれない。
こいつらは地上の…所謂、幻想郷の研究者達とは滅多に協力しない。
私や古明地のやつらとは一切手を組まず、ババア…稀神サグメと行動している。
だから私を見て、真っ先にババアの名前が出たのだろう。あいつと私は…。
「稀神さまの…?なんだよ」
「…いえ、何でも。それより何故ここに?ここは私の管轄です」
綿月姉妹は二人でこのボウゲッショー海域を調査している。姉の方はもう引退したんだったか…。
調査領域のケチを付けるなんてのは予想外だが、わざわざ「私の」を付ける事が気になった。

「何か都合が悪い事でもあるのか?遭難したのを見られたくないとか…」
「そっ…それもありますが。兎に角、ここは貴女が来る所では…」
「じゃあ帰るか。今泉くん、帰るぞ」
「あっ!ちょっ、ちょっと待って!!分かりました!話をしましょう!!」
島に上陸すると、妹の方の周りにレイセンフォドンが何匹か群がっていた。
管轄を自称するだけはある、手懐けるのが難しいレイセンフォドンをこれほど集めるとは。
辺りにmomoの実がいくらか落ちている。地上に生えてるのは手のひらサイズだ。
レイセンフォドンは木登りが上手いから、momoの木に登って取ってきて貰ったのだろう。
「まずは…そちらが何故ここに来たのかを尋ねましょう」
「やっぱ帰るか、大した収穫も無さそうだし」
「なっ!何故そこまで高圧的なんですか!!私だってここを任された体面とか色々…」
そういうとまた体育座りして顔を伏せてしまった。…少し意地悪が過ぎたか。

「あ〜…もう分かったよ。この先の「月の都」に用があるんだ。行った事ないだろ?」
「…「月の都」?…分かりました。もう帰って頂いて結構です」
妹の方の態度が変わった。どうやら本格的に触れてはならない「領域」…らしいな。
「せめて観察だけでも、と…。乗り込む事を最初から考えては」
「あなた方の意見は聞いていません。何なら実力行使でもいいのですよ?」
そう言うと腰に差した刀を静かに抜いた。…聞いた話ではあるがこいつは馬鹿強いらしい。
今泉くんと小さいのがいるが、こいつらでは到底敵わないだろう。
「せ、せーじゃに敵対しようものなら私が許さないよ!!」
小さいのが小槌を使って人並みになって剣を抜く。私はそれを手で制した。
「喧嘩しに来た訳じゃあるまいし、何ならここを血で穢したくないだろ?」
あいつらがもっとも嫌いな言葉を使ってやる事で気を削ぐ事にした。向こうの構えが緩む。

「なら、今すぐに立ち去る事です。これ以上の調査は私に任せられています」
「誰にだ?稀神のババアにか…?調査してるなら何があるのか、お前は分かってるんだよな?」
「月の都」の内部は今の所、誰にも知られていない。その場所がある、という事だけが知られている。
どんなジュラシックがいるのか、はたまたそこには人がいるのか。何も分からない。
そこまでひた隠しにするのなら、こいつは知っているはずだ。「月の都」に何があるのかを。
「…現在調査中です。だから私がここにいるのです」
「代わりに調査する事も許さず、いつまでも進歩しない調査を続けたいってか?虫が良すぎるよなぁ?」
「どう言われようが結構です。これ以上は…!」
どうやら幾ら口で言っても割るつもりはないらしい。だが、それでは困る。
しかし、ここで喧嘩して、巻き添えを出したくは無い…。近くのレイセンフォドンもそうだしモモサウルスもだ。

「お…落ち着きましょう!せめて今回の調査で分かった事を聞ければこちらは満足です」
今泉くんが妥協案を出す。何か意見を言う時は「ワン!」と言ってからとあれ程言っているのに…。
「ちょ…調査で分かった事…。それは…」
「本当は何も分かってないんじゃないの?こいつ。さっきからそんな感じするよ!」
小さいのが指摘する。私も薄々感じていた…、違和感だ。
ひた隠しにするにしては適当な言葉で誤魔化しすぎている。
もし隠す意味を知っているのなら、少しは匂わせるはずだ。その先に何が待っているのかを。
精々、危険だの何だの言えば良かっただろうが、遭難して余裕が無かったのだろう。
「そっ!そんな事はありませんっ!!ただ…この先は八意様が…」
「もういいわ。依姫、隠しても無駄でしょう」
どこからか声が響く、声のした方を見ると…そこにはアノマロえーりんがいた。

「や…八意様っ!!何故ここに…」
「その名前で呼ぶ事は禁止したはずよ。せめてえーりん12歳で呼びなさい」
まったく状況が掴めない。確かにその呼び方があるのは知っていたが…まさか?同じなのか?
あのジュラシックと…八意博士が?そんな馬鹿な…。
「貴女がここに来たのも何かの運命かもね。自分の力でここまで来られるなんて…」
「どういう事だ。まさかお前が口封じしてたのか…?」
「そうよ、この先に行って貰っては困るの。「月の都」にジュラシックの答えがあるわ」
答え…何だかあいつが言うと重みのある言葉だ。だけどあいつはそこに到達したはずだ。
それなのに答えを言わず、自分の部下を使って人を遠ざけている…。私は納得出来ない。
「どう困るっていうんだ?何が困るっていうんだ?もしかして…そうなるっていうのか?」
私はアノマロえーりんをそのまま指差した。自然な推理だ、そうとしか思えない。

「そうね…それもあるけれど、他の誰かが答えに到達してしまうと、終わってしまうもの」
「終わる?何がだ」
「この世界よ」
私の疑問に間髪入れずに飛び出た言葉は、私の頭をフリーズさせるのに十分だった。
「…え?何?どういう事…?せーじゃ!この変なのの言う事は聞かない方がいいよ!」
「そうね。ジュラシックの言葉は聞かない方がいいわ。こんなもの、全部嘘だもの」
「嘘…?どういう事ですか?少なくとも貴女は永琳博士では…」
「そうよ、私は元八意永琳。でも私はジュラシックでもあるの」
「あぁぁ!もうこんがらがってきた!どういう事!?」
「あまり核心に触れた事は言えないわ。貴女達はそれだけ知っていればいいの」
「……また「隠し事」かよ」
私は遙か昔、あのババアに聞いた事があった。ジュラシックの謎、この…「世界」について。
帰って来た答えはほとんど同じ物だった。「貴女はそれだけ知っていればいいの」…。

私はこの「隠し事」の答えを知りたくて今の今まで研究者を続けてきたのだ。それを…。
「その「隠し事」自体が嘘なのよ。どういう意味なのかは自分で考えなさい」
まるで私の考えている事を見透かしたかのようにアノマロえーりんが口を開く。
どういう意味なのか…考えたくない。それが求めていたものだっていうのに。
「貴女達は一緒に居ること…それが本当なの。貴女は嫌でしょうけどね」
アノマロえーりんは間違いなく、小さいのを見てから私を見た。
それが…本当?じゃあこいつと一緒にいるのが嫌なのは…嘘?
「せ…せーじゃ…?どうしよう…?」「博士…?どうしますか」
分からない。何も分からなくなった、たった一匹のジュラシックの乱入でここまで頭を乱されるなんて。
「ヒントは…依姫、出してあげなさい」
アノマロえーりんがそう促すと、妹のほうは何処からか丸い玉を取り出した。

「あーっ!それ!何とかボールだ!!」
小さいのが突然騒ぎ出す、どうやら見覚えがあるらしい。これがヒント…?
「都市伝説が具現化するとか…何とか。そんな力がある…」
「もちろん、ただそれが答えではないわ。さっきも言ったようにこれはヒント」
「…何かの本で見た事があるかも、天狗が出してた本だったかに…稀神サグメ博士が作ったっていう…」
今泉くんは確か天狗から取材を受けてたはずだ、出版を辞めた本で…いや、そんなはずはない。
ジュラシックが現れてからはその辺をぶらぶらしてて…私が拾って…何かがずれている。
「具体的な数字を出すとしたら外の世界で2015年…そこからこの世界はずれているのよ」
ずれている…確かにそう表現する他ない。その前にはジュラシックなんていなかった。
いや、待て。なんで私達が2015年という数字を違和感なく受け入れているんだ?
今は…今は…いつだ?2019年…4年前か…?それもおかしいはず…。

「ね?ずれているでしょう?その答えが、「月の都」にあるのよ」
このずれ…。そうだ、2015年より後には異変らしい異変が起こっていない。
それより前には起きていた幻想郷の異変が無くなって、当たり前のように新しい事が追加される。
新しいジュラシックが新種として発見され、それに呼応するかのように新しい人妖が追加されている。
そうだ、あの異変…紺珠伝異変はどう終わった…?思い出せない…。
「これ以上は踏み込んではいけない領域…という事よ。この先はないの、この世界にはね」
「も、もうちょっと分かりやすく説明してくれませんか?」
今泉くんが私とアノマロえーりんの間に割り込む。
「現実ではある天空璋異変も…そしてこの先にある鬼形獣異変もこの世界には無いのよ」
「言っても理解出来ないだろうけどね」アノマロえーりんはそう小さく付け足した。

異変は起こらない…?どういう意味だ?理解出来ない…。そもそも異変って何だ…?
弾幕ごっこがあって…、そうだ、私はその異変を遙か昔に起こしたんだ。
「……そんなはずはないはずだ」
確かな確信があった。そうだ、異変が起こらないなら起こせばいい。私はいつだってそうしてきた。

――あの花火大会だって…!
「私は根っからの天邪鬼だ!!起きないと言われたら起こしてやる!!」
自分でも何を口にしているのか訳が分からなかった。私はここに、ジュラシックについて調べにきたはずだ。
何で今更、異変について口にしているんだ…。
「せ、せーじゃ?」「行きますよ!姫!!幻想郷の奴らに一泡吹かせてやる!」
「まっ、待って下さいよ正邪博士!!」
私は何をしようとしているのか、まるで分からなかった。ただ体が勝手に動く、それが本当の事のように。

「八意博士…本当によろしかったのですか?あのような…」
どうせ忘れるからね。ここはそういう世界よ。一日も経たず、彼女は自分を忘れるわ。
元の「正邪博士」に戻ってね。でも…一時でも自分を取り戻したのは、流石のものね。
「正直…私にもよく分からないのですが。八意博士のおっしゃる事が」
あなたも忘れてる側よ、すぐに分かるわ。
「あっ!なっ何ですか!!急に戻って来て!!」
「まずお前に何か仕返しするのを忘れてたよ!これでも食らえ!!」
「…っ!momoを投げつけるだけで仕返しですか!浅はかな…」
彼女がどこに投げたか、よく見た方がいいわ。
「えっ…?momoの木の上…!あぁっ!レイセンフォドンがみんな木の上に…!!」
「じゃあな!くっころ姫!!次はちゃんと懐かせとけ!!」
「ひ…ひどい…。三日かけて木の上から降ろしたのに…」
まずはその体育座りをなんとかしたほうがいいわ。
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