19 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:54:53 No.11147780 del
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大学の理事長室に呼ばれた私はドアをノックした。
ドアの奥から少しバタバタした音が聞こえた後に「入れ」と声が響いた。
輝針大学、理事長室。そこには慌てて身なりを整えた風の正邪博士がいた。
ここは理事長室と銘打ってはいるが実質、正邪博士の別荘みたいなものだ。
立派な背もたれの椅子がすっかりくたびれた様子からいつも通り寝ていたのだろう。
理事長は名目だけで理事長としての仕事はまったくしておらず、
昨日フィールドワークから帰ってきたばかりなのを私は知っている。
というより、荷物持ちとして付き合わされたばかりで「後日来るように」と言われた時はイラッとした。
「昨日の資料のまとめ、ですか?私は事務作業は苦手なんですけど…」
床に散らばったレポートの数々を見て呟いた。苦手というより億劫だ。
「お前を呼び出した理由はそんな事じゃないさ、今泉くん?」
博士直々に私を指名した理由が「今泉くん」という響きが気に入ったからだと言われたのを思いだした。
イラッとした。

20 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:55:18 No.11147781 del
「私はこれまでジュラ至上主義でやってきた…。そのやり方を変えるってわけじゃないんだが」
勿体ぶるように顔を伏せながら立派な背もたれの椅子に腰掛ける。
後ろ髪の中に潜んでいる少名学長が聞き耳を立てようと肩の辺りまでよじ登る。痛いからやめて欲しい。
「テーマを…少しだ。少し変える研究もして、見方を変えたほうがいいと思ってな」
やたらと言葉を濁した。学長が大分出てきている気がする。バレたらまた喧嘩になるからやめて欲しい。
「私達はずっとジュラシックを『見てきた』…そろそろ『見ている側』の変化が気になったんだ」
「…『見ている側』?」
何だか不思議な言い方だ。心の何処かが引っかかる気がした。
「人妖がジュラシックに影響を与える様にまた、ジュラシックも私達に影響を与える。
 ジュラシックによって私達の何が変化したのか聞き込み調査を…」
「それって、どちらかというとサグメ博士のほうのじゃないですか?前から批難してた…」
正邪博士の研究方針はあくまでジュラシック優先だ。人妖からジュラシックに合わせる、というもの。
むしろ人妖の負担は考えて無いのが今までの基本方針だった。

21 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:55:47 No.11147782 del
「いやっ!そういう訳じゃない!!あいつのやり方を認めるとかそういうのじゃなくてだな…」
俯いていた訳がよく分かった。前からフィールドワークに限界を感じていたようだし。
散らかったレポートの数々も、ついさっきまで寝ていてくたびれてしまった椅子も。
「…まぁ分かりました。博士直々の頼みですし」
「あっ!念の為に言っておくが学長のあいつには言うなよ!!」
変に念を押されてしまったが、当の学長は既に背中の方に隠れている。
わざわざ城を改築して大学にした上、理事長の席まで与えて貰ったのに仲は険悪だ。
一方的にここまでされる、というのも簡単には受け入れられないのだろう。天邪鬼だし。
「とりあえず頼んだぞ、今泉くん。私はまだ作業があるから…」
そう言うと大きな欠伸をしながら体を伸ばした。イラッとしたがこれも仕事だ、仕方無い。
いつの間にか体から離れていた学長を追うこと無く、理事長室を後にした。

22 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:56:19 No.11147785 del
どうせ、この後、学長が勝手に調査を始めて…また告げ口をしただの言われるだろうけど。
結果としてはこの方が良くなる事の方が多い。何より適任だと思った。
私がやるよりかは少名学長の方がよっぽど行動力もあるし、助手としては相性抜群だ。
それはそれとして、一応。頼まれたからにはそれなりにレポートとして提出しなければならない。
頭を掻きながら大学の廊下を歩いていると中庭の方に見知った顔があった。
「おっ、今泉くんじゃないか」
「…蛮奇ちゃん。その呼び方止めてよ」
食堂から持ってきたらしいお椀からは湯気が立っていて、ここからうどんの様な麺が見える。
「食べる?ごまだれかけちゃったけど」
「遠慮するわー。というか仕事は?」
彼女は大学の職員として働いている、大学構内にはジュラシックが幾らか放し飼いになっていて、
そのジュラシックの監視が彼女の仕事だ。現にすぐ傍にはバンキオサウルスがいる。

23 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:56:47 No.11147787 del
「仕事はちゃんとしてるよ。問題無し。サブヘッドで見てるから」
しっかり監視してるかどうかは問題かもしれないが、その能力を買われているのは事実だった。
「そっちの仕事は?昨日帰ってきたばかりだけど理事長室に行ってたでしょ?」
そういえば行く途中にラプトルを見かけた気がする。その時に見られたのか…。
「…まぁ話してもいいか。告げ口禁止は学長に対してだけだし」
私は正邪博士から頼まれた『見ている側』について話した。
蛮奇ちゃんは何より『見ている側』だ。有用な意見を貰えるかもしれない。
「ふーん…変な事頼まれたね。確かにこっちよりサグメ博士側の…」
麺をすすりながら喋っていた蛮奇ちゃんは途中で何かを思いだした様にその言葉を止めた。
「そういえば思い出した、この前ちょっとサボった時に読んだ本に…」
怒ろうかと思ったが重要そうなのでここは流すことにした。
… 24 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:57:17 No.11147789 del
ジュラシックと人妖との互換性。サグメ博士が出したこの本はいつもの奇書として相手にされなかった。
そこにはこう書かれていた、人妖とジュラシックはお互い何かを入れ替えて存在を保っている、と。
一例としてラプトル清蘭が多く死ぬと清蘭が死にづらく、兵士の様に強くなり、
鈴瑚トプスがトプるほど鈴瑚が美少女になるのだという。正直何を言ってるのかよく分からなかったが。
「私もそれ読んでさ、確かにジュラシックが出てきてからごまだれの量が減ったなって」
「どれくらいよ」「一日三本から一日一本」
大して減ってないと突っ込みたくなったが諦めた。蛮奇ちゃんはごまだれ妖怪なのだ。
――妖怪?

「そういえばさ、思ったんだけど…」「ん?」

――「私達っていつから『見ている側』になったんだっけ?」

25 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:57:51 No.11147792 del
結局、今日は大した収穫も無く時刻は七時を回ろうとしている。
いつもの屋台の暖簾をくぐるとこれまた見知った顔が迎えてくれた。
「あっ!影狼さんっ!いつものでしゅよね!!」
「うん。いつものお願い」
ここでわかさぎ姫の作るラーメンを食べて一日が終わる。ほぼ毎日しているルーティンだ。
寸胴鍋ではシーラワカサギンスが尾びれで器用にスープをかき回している。
今日は調子が良いらしい、roundaboutを歌いながら自分の出汁を出している。
「お待ちっ!魚介だしの醤油ラーメンです!!」
毎日は正直飽きる…と言いたい所だが親友の味が何故か恋しくなる時が来てしまうのも事実。
草の根は事実上解散したと言ってもいいのだがこうして繋がっているのだった。
「そういえば蛮奇ちゃんは元気?最近来なくって…」
「うん。今日もごまだれかけてたよ。そういえばごまだれの量減らしたんだって」
他愛のない会話をしながら一日の終わりを実感する。
仄かな屋台の灯りとシーラワカサギンスの歌声、そしていつものラーメンの匂い。

26 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:58:27 No.11147793 del
――いつからこれが日常になったのだろう?あの時引っかかったのはこれだったのか。
私達はかつて妖怪として『見られる側』だった。人間達に『見られて』過ごしていた。
今は『見ている側』だ。ジュラシックを『見ている』。ついさっき蛮奇ちゃんから聞いた話。
ジュラシックが人妖に及ぼす影響…私達、妖怪はその時代の人間によって姿や力を変えてきた。
それはそのまま、今のジュラシックにも当てはまる。ジュラシックが妖怪に…成り代わっているような。
「影狼さん?」
「えっ、あっ!何?姫…」
わかさぎ姫がカウンター越しに顔を覗き込んできた。近くてちょっとドキドキする。
柄にもなく真面目に考えすぎていただろうか、まだ湯気が立っているラーメンを必死にかきこむ。
「何か考え事してたみたいだから…。お仕事上手くいってないとか…」
「いやっ!!1そんな事ないよ!!ほんと!!」
必死に否定する。今はこれで何とか食べていけている、むしろ助教授なんて立場も貰えた。
上手く行きすぎているぐらいだ…。本当に。

27 無題 Name としあき 18/12/05(水)00:59:00 No.11147795 del
この仕事が始まったのはいつだったか、竹林にジュラシックが蔓延り住む場所がなくなったのだ。
大家さんに紹介されたのが正邪博士のアシスタントだった。そこで偶々気に入られて…。
思えばその紹介がなければ私は生活出来なかったかもしれない。
なにせ…仕事すらジュラシックに取られる時代だ。今日のラーメンだって食べられなかったかも。
「ご馳走様。お代置いとくね」
「…いつもありがとうね。影狼さん」
そう呟く姫の声には少し元気が無かった。この屋台もそれほど元気ではないようだ。
妖怪の居場所は徐々に無くなっている。正邪博士の考えていた調査とは違う内容…かもしれない。
私は『見ている側』になる事が出来た。それは本当に良かった事なんだろうか?
このまま私はかつて私達を『見ていた』人間と同じになる…。
上手く纏まらない感情と情報に頭を掻くと、自慢のキューティクルが痛むのを感じるのだった。

28 無題 Name としあき 18/12/05(水)01:03:00 No.11147808 del
1543939380243.png-(27253 B) サムネ表示

なんとなく思いついた輝針大学の設定を無理矢理詰め込もうとしたらこうなった…
長い割に内容薄い感じするけど別にいいよね…

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